第九話 帰り道
ハナちゃん達が住んでいた森はいきなり枯れたのではなく、実は前々から衰退していたのかもしれない。
そんな仮説を思いついたが、まだ仮説の域ではある。
そろそろ夜も更けてきたし、これ以上の確認は村に帰ってからにしよう。
「色々な事が見えてきましたけど、まあ今日はこのぐらいにしましょうか」
「そうですね。そろそろねたほうがいいですかね」
「テント、たのしみ~」
「ぐっすりねむれそうね」
「ばう~」
平原の人達も同意なのか、テントを見て嬉しそうにしている。
フクロオオカミはすでにタープの下に行って、寝る準備万端だ。
じゃあ、火の始末をして寝ましょうかね。
今日は新月なのか、この世界では月が見えない。
火の始末をすると明かりがなくなるので、LEDランタンも渡しておこう。
「あとこれですが、安全な明かりです。よろしければ使って下さい」
「あんぜんなあかりですか?」
「ええ。火を使わない明かりで、ここのつまみを回すだけで使えます」
実際に使って貰うのが手っ取り早い、色々試して貰おう。
「ここをこうすると、ほら、明るくなったり暗くなったりします」
「おお! ほんとだ!」
「ふしぎ~!」
「あかるいわ~」
LEDランタンをぺっかぺかさせて、珍しがっている。
使い方は簡単だから、もうお任せしちゃって大丈夫だろう。
「それじゃ、私とハナちゃんはあの家で寝ますので、何かあったら知らせて下さい」
「おやすみです~」
「わかりました」
「おやすみなさい~」
「あしたもよろしくおねがいします」
そうして平原の人たちとあいさつを交わした後、ハナちゃんの家で寝る準備をする。
とはいえ、エアマットを膨らませて適当な場所に敷き、寝袋に入るだけだけど。
そして寝る前の歯磨きを済ませて、いざ就寝だ。
「かいてきです~」
ハナちゃんは既に寝袋に入って、ぬくぬくしている。
ここは気候が良いけど、やっぱり夜はそれなりに冷え込んできた。
寝袋はあったかくてよく眠れるだろう。
エアマットもふわふわなので、板の上で寝るよりは快適だ。
俺も寝袋に入って、ぬくぬくしよう。
「そういえばタイシ、さっきなにかかんがえてたです?」
寝袋に入ってさて寝るか、となったとき、ハナちゃんが聞いてきた。
俺が考え事をしていたのを、何となく気づいていたようだ。
「うん。いろいろ考えてたよ」
「なにかおもいついたです?」
「思いついたというか、こうなんじゃ無いかって思う所があってね」
「おもうところです?」
さっき思ったことを話しておこうか。
「話を聞いて思ったんだけど、この森はいきなり枯れたわけじゃないのでは? と思ってね」
「あえ? そうなんです?」
「うん。前々からじょじょに、この森は弱ってきてた感じがするんだよ」
「あや~……でも、あるひいきなり、こんなことになったですよ?」
こんなことというのは、灰色に枯れたって事かな?
まあ、水面下で変化は起こっていて、ある日突然現象が発現したように見えることは良くある。
自然災害だと地震がそうだな。いきなり揺れたように思えるけど、変化はずっとずっと前から起きている。
生物だって似たような事はよくある。
というより、生物は状態を正常に保とうと自ら制御する機能があるだけに、やろうと思えば本当にギリギリまで耐えられてしまう。
この森は生物だったのだから、そういう機能が働いていたのかも知れない。
「この森は、ギリギリまでふんばってたんじゃないかな」
「ふんばってたです?」
「うん。生き物は抵抗力があるから、けっこうギリギリまで我慢できるんだ」
「がまんできちゃうですか?」
「お腹がぺこぺこでも、けっこうギリギリまでがんばれちゃうよね?」
「あい! けっこうがんばれたです~!」
実体験があるからか、何となくわかってくれたようだ。
「でも、お腹ぺこぺこでがんばっても、限度はあるよね」
「あい~。うごけなくなるです~」
「この森も同じで、限界ギリギリまで耐えたけど、あの日限界を迎えて灰色になっちゃったんじゃないかなって思ったんだ」
実際はお腹がぺこぺこでこうなったかはわからないけど、何らかの限界を迎えてこうなったんだろうとは思う。
衰退はしていたが耐えに耐えて、それでも耐えきれずに限界を迎えた。
いったん限界を超えてしまうと、崩壊を防ぐものはなにも無くなる。
防波堤の決壊と同じだ。一気に事態は進行してしまう。
そうして、この森は――モノクロームな世界になった。
これが俺の推測だ。
「このもりは……」
俺の話を聞いたハナちゃんは、上を見たり首を傾げたり、耳をぴこぴこ動かしたり。
なにやら考えているみたいだ。
そして、しばらくそうしていたかと思ったら、ぴたりと動きが止まった。
……何か、思いついたかな?
「このもりは、がんばってくれてたですか?」
この森は――頑張ってくれていた。
ハナちゃんの考えは、そうなんだな。
……そうかもしれないな。
衰退の速度は、聞いた感じでは緩やかだと思う。
そのおかげで、じわじわと移住することが出来ていた。
そう――事前避難が出来たんだ。
エルフ達がそうとは知らず行っていたとはいえ、これは大規模自然災害に対する、事前避難の成功例だ。
そして、限界を迎え事態が明るみになってからも、やっぱり人口が少なかったため二次避難は成功している。
これがもっと、あっちの森程度に人口が多かったらどうなっていただろうか。
……そうとうまずい事態に陥っていたのは、間違いない。
「……なるほど、森が頑張っていた、か。良い考えだね。そうかもしれないね」
「あい~! がんばってたです~!」
確かに、結果を見ると物事は最悪の事態を避ける方向で転がせている。
神様かだれかはわからないけど、何らかの意思の介入が感じられる。
――これは大災害だ。
しかしこれほどの自然災害に対して、被害は少なかった。
幸運だけでは片付けられない、何かはあるかもな。
「……最後まで頑張ってくれたこの森に、感謝しないとね」
「あい! もりさん、ありがとうです~!」
枯れてしまった森を恨むのではなく、最後まで頑張ってくれていたんだ、と考え感謝する。
良い考えだ。だって――確かにそうなっているんだから。
これは、この森で暮らしていない俺には到達出来ない考えだった。
俺じゃ、理屈で突き詰めるのが限界だったろう。
ハナちゃんに話してみて、良かったな……。
まあ、話はこれ位にしておくかな。
良い感じにまとまったので、ここでの考察はこれくらいにしておこう。
今日はもう、明日に備えて眠らないとな。
「それじゃハナちゃん、そろそろ寝ようか」
「あい~! タイシおやすみです~!」
「ハナちゃんもおやすみ」
「すぴぴ」
もう寝てる!
◇
翌朝、早く寝たからか早く起きた。
平原の人たちはまだぐっすりお休みのようなので、そっとしておく。
フクロオオカミも「ばふふ」とお休み中だ。警戒心がまるで無いけど大丈夫なの?
……まあいいか。とりあえず歯磨きしよう。
「ハナちゃん歯磨きしようね」
「あい」
しゃこしゃこと二人で歯磨きをして、朝を過ごす。
村のエルフ達にも歯ブラシと歯磨き粉は普及済みで、ハナちゃんも慣れた手つきで歯磨き中だ。
歯磨き粉の方は、最初は「辛い」と大騒ぎだったけど、口の中がすっきりするのが周知されてからは、それが良いという風潮になって一安心だったり。
ちなみに子供達には、三色の歯磨き粉が人気だったりする。モロに見た目でウケていた。
……まあ、歯磨きが楽しくなればそれでいいよね。
「おや、なにをされているのですかな?」
お、平原のお父さんが起きてきた。髪の毛ぼっさぼさですね……。
まあ、寝癖はおいといて歯磨きしていると伝えておこう。
「これは歯磨きをしているんですよ。口の中がすっきりしますね」
「すっきりするです~」
「なるほど。ではわたしもなかまにはいりますかね」
お父さんは房楊枝? みたいなのを取り出して歯磨きを始めた。
その後おかあさんと娘ちゃんも起きてきて、皆で仲良く歯磨きをした。
そして平原の皆さんは三人とも、髪の毛ぼっさぼさだった。
うん……家族って似るんですね……。
その後歯磨きを終えて朝ご飯を食べ、村へと帰る準備を始める。
食器洗いはお母さんがやってくれるそうなので、こちらはテントやらをしまうだけだ。
あっという間に準備は終わる。
平原の人たちはもうちょっと時間がかかるので、こっちはサンプル採取や写真撮影などをして時間を合わせた。
日時計として使われていたストーンサークルは、影が一周した所で写真を撮影した。
これで、写真の日付と照らし合わせて一日の長さを割り出せるはずだ。
めんどいから帰ってからやろう。
◇
「それでは、私の村に行きましょう」
「かえるです~!」
準備も仕事も終えて、いよいよ村へと帰還することになった。
本当はもう一泊する予定だったけど、五人と一頭の大所帯になってしまったので致し方ない。
日程が詰まったけど、賑やかになったのでこれはこれで良いことだ。
旅の仲間が増えたので、より一層楽しくなったわけだし。
「皆さんも準備は出来ましたか?」
「はい。もんだいありません」
「いきましょ~」
「フクロオオカミにのっていけるので、らくでいいわね」
「ばう~」
お父さんはリアカーに、お母さんと娘ちゃんはフクロオオカミに乗って準備万端だな。
フクロオオカミも元気いっぱい、ばうばうと返事をしている。
じゃあ、俺もハナちゃんを肩車して準備を完了させよう。
「ほらハナちゃん、肩車するよ」
「あい~! かたぐるまです~!」
よじよじと登ってきたハナちゃんを肩車して、こっちも準備完了だ。
それじゃ、帰りましょう!
「では皆さん、出発します!」
「あい~!」
「よろしくおねがいします」
「いくわよ~」
「しゅっぱつね」
「ば~う!」
一晩世話になった、かつての村に別れを告げ、地球の村に帰る為出発した。
速度は時速八キロほどでいいかな。
ちょっとした小走りだけど、これならリアカーに乗ったお父さんも負担は少ないと思う。
「リアカーの乗り心地は大丈夫ですか?」
「ええ。これくらいならもんだいないですね」
「フクロオオカミもついて来れます?」
「ばう!」
「だいじょうぶね~」
「らくちん」
騎狼組も問題なさそうで、フクロオオカミも調子よく歩いている。
こまめに休憩は入れるけど、この調子なら五時間もあれば村に着くな。
暗くなる前には帰ることが出来るはずだ。
「問題なさそうですね。では、この調子でいきましょう」
「いくです~!」
うん、快調快調。
◇
二時間ちょっとほど移動して、休憩兼お昼を取った。
献立を親子丼にしたら、圧倒的卵料理の前にエルフの皆はくらくらしていた。
親子丼でこれなら、オムレツとか出したらどうなってしまうのか……。
――面白そうなので、そのうちやろう。
そうして悪魔の計画を一つ思いついたりもしたけど、まあ順調だ。
おやつも板チョコで衝撃を受けていたので、彼らにとっては刺激の強すぎるお昼となったのだった……。
そんな騒ぎはあったものの、お腹も膨れて順調に進んだ結果、夕方前には洞窟の近くまで来れた。
道中でいくらかサンプルも採取したので、俺の仕事としてももうすぐ一段落だ。
そして、洞窟まで距離もそれほど無いので、全員でのんびり歩いていくことになった。
これから俺とハナちゃんは村に帰り、平原の人たちは異世界に踏み入れることになる。
こんな貴重な体験をするのだから、自分の足で歩いたほうが良いからね。
「もうちょっとですよ。しばらく歩けば、洞窟が見えてきます」
「すぐそこです~」
「いやあ、なんだからくにこれちゃいましたね」
「はやかった~」
「フクロオオカミちゃんも、がんばったわね」
「ばう~!」
平原の方々は乗っていただけなので、それほど疲れてはいないようだ。
フクロオオカミは走りっぱなしだったけど、まだまだ元気はあるみたいだな。
想像以上に体力のある動物だ。そして賢い。
平原の人が「旅には欠かせない」といっていた意味が、ちょっと分かったな。
まあそれはそれとして、あとちょっと、もうすぐ洞窟だ。
そして――とうとう洞窟まで帰ってきた。
「どうくつ! ついたです~!」
「これが……」
「こんなのがあったのね~」
「これをとおりぬけるのね」
「ばう~!」
大きな口を開けた洞窟を、皆で眺める。
平原の方々も「門」が開いているのが見えているので、村に来れる事が確定した。
……大丈夫だとは思っていたけど、実際確認できて一安心だ。
しかし、村の皆はビックリするだろうな……。
訳もわからず送り出したと思ったら、お客さんを連れてくるなんて思ってもいないだろう。
さて、どんな騒ぎになるやら……。
「それじゃ、行きましょう! 皆がいる村へ!」
「あい~! かえるです~!」
「どきどきしますね」
「おもしろいもの、あるかな~」
「わくわくしちゃう」
平原の方々は、さすが旅好きなだけあってもう未知の体験にわくわくしている。
うん、期待は裏切りませんよ。きっと向こうで、いろんな事に驚くでしょう。
存分に楽しんで頂きたい。
そんなキャッキャする平原の方々を見ていると、ふと、右手を何かが握った。
「タイシ」
ハナちゃんがちっちゃな手で、俺の手を握ったのか。
どうしたのかな?
「……ハナちゃん、どうしたの?」
「タイシ、いっしょにかえるです~」
一緒に帰る、か。また故郷を離れるけど、ハナちゃんは大丈夫かな? 寂しくは無いかな?
「ハナちゃん。こっちにはまた来れるかどうかわからないけど、大丈夫?」
「だいじょぶです。あのむらには、みんながいるです」
「そうだね。皆が居るからね」
「あい。ハナがかえるばしょは、あのむらです~」
それでも、ちらりと森を振り返っている。
……この森も、ハナちゃんにとっては思い出が詰まった場所だ。
今はもう灰色になって住めなくなってしまったけど、それでも故郷だ。
いろいろ思うところもあるだろうな。
ハナちゃんのその心の内は、俺にはわからない。
そっとしておいてあげよう。
俺が出来るのは、あの村で楽しく過ごしてもらえるよう、頑張る事くらいしかない。
この森も、この現象も謎だらけで、今の所出来ることが無い。
でも、解明はしなければならないなと思う。
それを解明したところで、森を復活させられるかどうかは、正直わからない。
そして森を復活させることが正しいことなのかも、わからない。
でも、この現象を解明しないと、何をすればいいのかも、恐らくわからない。
俺一人じゃ無理だ。皆の力を、借りていこう。
「タイシ?」
「ハナちゃん、これからも色々とお願いすることになると思うけど、よろしくね」
「あえ? おねがいです?」
「そう、お願い。ハナちゃんや皆の力を、借りることが多くなると思う」
「あい! まかせるです! ちからかすです~!」
どうするか、なにをするかは全くわからない。
でも、一人でやるわけじゃ無い。皆が居る。
皆の力を借りれば、まあ……なんとかなるんじゃ無いかな。
あれだけエルフが大勢いるんだから、大丈夫でしょ。
しかも、もっと増えるし。
まあ……ここであれこれ考えるのはいったん終了にしよう。
あとは帰ってから考えればいい話だ。
そろそろ行こうか。
「それじゃ、帰りますか!」
「あい~!」
「いきますか!」
「いざ、しゅっぱつ~」
「なにがあるのか、たのしみだわ」
皆で意気揚々と洞窟に向かって歩く。ここを抜ければ、あの村だ。
のんびりしたダークエルフ達とフクロオオカミを連れて、のんびりしたあの村に帰ろう。
皆の居る村に――帰ろう。