第六話 あんないするです
ハナちゃんに案内して貰う前に、まずは幕営しとこう。
広場のところで良いよね。
「ここにテントを張るけど、問題ないかな?」
「あい。だいじょぶです」
「それじゃあ、ここをキャンプ地としよう!」
「あい~!」
ハナちゃんから問題ないとのお墨付きを貰ったので、さっそくテントを張ろう。
四人用のテントなので、十分な広さがある。
ワンタッチテントなので、設営もすぐだ。
ちゃっちゃと準備してしまおう。
「あの……それってなにをしてるのですか?」
テントを設置してフライシートをかぶせていると、お父さんが興味深そうな感じで聞いてきた。
まあこれはそのまま、簡易的な居住空間を作っていると伝えれば良いのかな?
「これはまあ……簡易的な居住空間を作っているんですよ」
「そうなんですか。あっというまにできてたので、なにかなとおもって」
ワンタッチテントの設営の速さに、びっくりしたみたいだな。
そういや、彼らは今日どうするんだろう。まさかそのまま野宿?
「皆さんは今日寝るとき、どうされます?」
「このもりにはもう、はっぱがないので……てんまくをはるしかないですかね」
葉っぱで家を作れないから、天幕を張るって事か。
そういう装備自体はあるんだな。
「ただちょっと、てんまくはせっちがたいへんですけどね」
「まあ、天幕は本来ならそうですね。でも腕の見せ所ですよ?」
「そうですね。ちちおやとして、たよりになるところをみせないと」
寄り道で色々言われていたから、名誉挽回の機会だな。
「それでは、わたしもてんまくをつくります」
「頑張って下さい。私とハナちゃんは、ちょっとこの辺りを見てきますので」
「わかりました。おきをつけて」
お父さんは天幕を張るためか、家族の所に戻っていった。
これから作業をするんだな。俺も次の仕事に取りかかりますかね。
まあ、半分観光でもあるんだけど。
後で見返せるよう、アクションカムで動画を録りながら、写真も撮っていこう。
動画は四K画質にして、デジタル一眼レフも最高画質設定にしなきゃな。
学術的調査も兼ねているから、これ位の解像度がどうしても必要だ。
電池とメモリの消費に気をつけながら、色々と記録していこう。
「それじゃハナちゃん、行こうか」
「あい~!」
元気よくハナちゃんが歩き出したけど、まずはどこに案内してくれるかな?
◇
ハナちゃんに案内されてまず訪れたのは、一軒の葉っぱの家だった。
「タイシ~! ここがハナのおうちだったところです~!」
そうか……ここがハナちゃんの家――だった、ところなんだ……。
葉っぱはもうしなびて来ているけど、まだまだ住めそうではある。
外見は、葉っぱを綺麗に積み重ねた三角屋根で、結構大きい。
壁も葉っぱを重ねているようで、通気性は良さそうだ。
若干の高床式になっているのは、雨や湿気対策かな?
家の前にはいくつかの穴が掘ってあり、周りには火を焚いた跡がある。
ここで食事を作っていたのかな? あの土器を使って。
そして皆で土器を囲んで、和やかに食事をしていたんだろうか。
浪漫があるなあ。
「けっこう大きい家だね」
「みんなですごすには、これくらいがふつうです~」
六人家族で暮らしていたそうだから、まあこれ位は必要になるんだな。
一枚写真を撮っておこう。この角度が良いかな?
「タイシ、それなにしてるです?」
一眼レフを指さして、ハナちゃんが珍しそうにしている。
このたぐいのカメラは見たことが無いだろうけど、インスタントカメラと似たようなものって言えば、わかるかな?
「これは村で使っているカメラを、もっと凄くしたやつだよ」
「そんなのがあるです!?」
「うん。これは紙で写真が出てこないんだけど、そのかわり綺麗に、しかも何千枚も写真が撮れるんだ」
「すごすぎてよくわからないです~」
ハナちゃんやエルフ達にとっては、写真は撮ったらすぐ出てくるものとして認識されている。
こういう内蔵メモリ式の最先端カメラに触れるのは、初めてだからわからないのも無理は無い。
試しに一枚取って見せて、モニタで見て貰おうか。
「ほらハナちゃん、試しに一枚撮るから、にっこり笑ってみて」
「あい」
家の前でにぱっとするハナちゃんを、パシャリと一枚撮影だ。
……うん、バッチリ撮れてるな。これをモニタで見て貰おう。
「いま撮った写真がこれだよ。ここに映し出せるんだ」
「あや! ほんとです! えがでてるです!」
「しかも、前に撮った奴とかも見れるんだ。ほら」
「あやややや! えがきりかわったです!」
ぽちぽちと表示を切り替えてみたら、ハナちゃんがかなりびっくりしている。
村ではこういう映像機器は運用してないから、まあ驚くだろう。
あとはこの機材を持ってきた理由を教えておけば、理解も深まるかな。
「このカメラで、今の村や森を記録して後で調べるんだ。もしかしたら、何かわかるかもしれないからね」
「あや~。ハナたち、タイシにせわになりっぱなしです~」
なんだかハナちゃんは、申し訳なさそうな感じだ。
耳がぺたんとしてしまった。
……でも、俺だって案内してもらったりしてる身だから、世話をしっぱなしってわけでも無い。
他のエルフ達だって、村を維持管理してくれている面もある。
無人の村はすぐに荒れてしまうから、人が居て整備してくれているのはとってもありがたいんだ。
俺が世話になっている部分だってちゃんとあるんだから、伝えておかないとな。
「自分だってハナちゃんに案内してもらってるから、こっちもお世話して貰ってるよ。お互い様だよ」
「そうです?」
「そうです。あの村だって、皆がいるから綺麗で賑やかになったんだよ」
「ほんとです?」
「ほんとです。俺も親父も、村をがんばって維持してくれている皆を、ありがたいなって思ってるんだ」
「そうですか~! ハナたち、ちからになれてるですか~!」
「もちろん。皆力になってくれているから、感謝してるよ」
「よかったです~!」
力になれていることが理解できたからか、ハナちゃんもにぱっと笑顔に戻った。
うん、これでいい。
俺と親父だって、エルフ達には感謝してるんだよって理解してくれたら、良いことだ。
負い目を感じる必要なんて、なにも無い。
俺の家とエルフ達は、お互いを支え合う――大事な相棒だと思っている。
そういうことを伝えては居なかったけど、今回ハナちゃんには伝えることが出来た。
他のエルフ達にも、ハナちゃんからいずれ伝わるんじゃないかな。
今はそれで良いと思う。
それじゃ、調査の続きをしよう。次は家の中を案内して貰おうかな?
「早速だけど、今度は家の中を案内してもらっても良いかな?」
「あい~! おうちのなか、みるです~」
ぽてぽてと家の中に入っていったので、俺も後に続こう。
「ここでかごをつくったりして、ここでねてたです~」
「こっちの板間が作業場所で、こっちの葉っぱが敷いてある所で寝てたんだ」
「そうです~」
作業場は板が敷いてあって、わりと広くなっている。
寝る場所も、板と葉っぱが敷き詰められていてそれなりに快適そうではある。
葉っぱはもう乾いてがさがさになっているけど、そうなっていなければキャンプで使う銀マットを敷いただけの状態よりはずっと快適だろうな。
家の中も風通しが良くて過ごしやすく、これで葉っぱが新鮮なものだったらもっと快適だったろう。
エルフ達、割と良い住環境で暮らしていたみたいだな。
これなら、葉っぱの家を作るのも納得だ。
定期的に移動するという面も考慮すると、この環境なら葉っぱの家が一番効率が良い。
すぐに作れてすぐに補修できて、すぐに撤収できる。良いじゃないか。
「けっこう良い家だね」
「みんなのおうちも、こんなかんじです」
「そうなんだ」
「あい。でも、たまにおうちづくりでてぬきするひと、いるです」
「てぬきしちゃうの?」
「あまもりしまくりのおうち、たまにあるです」
……ステキさんが、「屋根に隙間が無いおうちとか素敵」みたいなことを言っていた。
あれ、手抜きの産物だったのか……。
腕グキさんとステキさん、母子揃っておおざっぱなのね……。
……まあ、それはいいか。今や彼女らは立派なログハウス住まいだ。
雨漏りを心配する必要はもうないからね。よかったよかった……のかな?
さて、思わぬ所で変な謎が明らかになったのは良しとして、家を見て回るのはこれ位でいいかな。
大体わかった。この気候でこの家なら、必要十分だ。
次の場所に案内して貰おう。
「ハナちゃん、家は大体わかったから、次の所に案内してもらって良い?」
「あい! つぎはいずみにあんないするです」
お、泉か。さっき平原の人が、水はまだあるとか言っていたな。
サンプル収集もかねて見てみるか。
「じゃあ、そこに行こうか」
「あい~。こっちです~」
ぽてぽてと歩くハナちゃんに続いて、泉に向かうとしよう。
◇
「ここがいずみです~」
ハナちゃんに案内されて泉に来てみたけど、まあまあの大きさだった。
ただ、その水量はさっき見てきた集落の人口を維持できるほど、では無い感じだ。
百人くらいの集落なら、まあギリギリ維持出来る水準でしかない。
「この泉って、もっと大きかったんだよね?」
「あい。ここからあっちのほうまであったです」
ハナちゃんが指さす先を見てみると、相当遠くだ。
これ、水が減る前はかなりの規模の泉、だったみたいだな。
水質は……見た感じは水が澄んでいて綺麗だ。
詳しくは検査しないとわからないけど、水質に問題ないようには見える。
でも、一応検査はしてみよう。
これ位綺麗な水なら、緩衝性が弱いから、パックテストでないと計測はできないな。
七項目のテスターで調べてみよう。
「あえ? タイシなにしてるです?」
「これはね、水が綺麗かどうかを調べる道具なんだ」
「そんなのがあるですか~」
ハナちゃんがものすごい興味深そうに、テスターを見ている。
せっかくだから、一緒にやろうか。
「じゃあハナちゃんにも手伝って貰おうかな。手本を見せるから、同じようにやってみて」
「あい~! いっしょにやるです~!」
それじゃあ始めるか。チューブ先端にあるラインを引き抜いて……と。
「まずはこうしてね」
「あい」
「次は、中の空気をこうやって押し出すんだ
「あい。こうです?」
「そうそう。そうしたら、半分くらいまで水を吸い込ませてから混ぜるんだ。こうやって」
「かんたんです~」
チューブで泉の水を吸い取って、半分くらいまで満たす。
あとは振って薬品と混ぜれば、準備完了。反応時間まで待つだけだ。
「じゃあこの調子で、残りもやろう」
「あい」
そうしてハナちゃんと順調にサンプルを採取し、しばらく待つ。
結構時間がかかるが、徐々に反応が出てきた。
「あや! いろがかわったです~!」
「この色で、水が綺麗かどうかがわかるんだよ」
「べんりです~」
色が変わったことに驚くハナちゃんだけど、面白そうに検査キットを見ている。
さて、水質はどんな感じか調べてみよう……。
「うん。凄い綺麗な水だね」
「きれいです?」
「村にあるわき水と同じくらいだね。この水なら問題ないよ」
「よかったです~」
pHは中性で、CODは一からゼロだ。その他の検査項目も一からゼロppmなので、汚染の無い綺麗な水ではある。
この水なら、ヤマメやイワナが住める水準だ。
エルフ達は、良い水飲んでたんだな……。
「この泉はまあ飲んでも問題ないけど……念のため水は持ってきてあるから、それを使おうね」
「あい」
まあ水を使い切ったら、この泉の水を湧かして使うけどね。
あと十六リットルあるから、問題ないと思うけど。
「それじゃもうちょっとサンプルを採ってから、別の場所に行こう」
「わかったです。いろいろあんないするです~」
戻ってから、もっと精密に検査するためのサンプルも採取しよう。
含有する物質レベルで検査したら、また違うものも見えるかもしれない。
……まあ、異世界だから……どんな物質が出てくるかはわからないけど……。
水を汲んで蓋を閉めるだけだから速効終了だ。
さて、次はどこに案内して貰おうかな。
「じゃあハナちゃん、次の場所に行こうか」
「あい。つぎは、きのみがなってたばしょにいくです~」
「あの、枯れててびっくりしたってやつだっけ?」
「そうです~。いつのまにか、かれてたです~」
おお。話には聞いていたけど、最初に枯れていたのを発見した場所か。
早速行こう。
「じゃあ行こう」
「すぐそこです~」
ぽてぽてと歩き出したハナちゃんを先頭に、後を付いていく。
しばらく歩くと、同じ種類の木が沢山生えている所に出た。
灰色だけど、葉っぱが特徴的なので同種だとわかるな。
葉っぱは互生していて、長楕円形で鋭い鋸歯がある。
これは……栗の木の葉っぱに似ている。そっくりだ。
……村にできたあのエルフの森にも、そんなのがあったな……。
どんな実かは、ちょっと記憶に無いけど。
「これって、村に出来たあの森にもあった奴だよね?」
「あい。あかいみがつくです~。あまくておいしいです~」
この木には赤い実が付くのか……。葉っぱは栗にそっくりだけど、木の実はそうじゃないんだな。
まあそれはいいか。村に帰ったら見てみよう。
しかし、見事な果樹園と言ったところか。村を移動させるときに実を植えて、育った頃に帰ってくると聞いた。
これがその果樹園というわけなのかな?
「移動するときに木の実を植えたって聞いたけど、これかな?」
「そうです~。みんなでうえるです~」
ここがそうなんだな。この大規模な果樹園なら、まあ……それなりの人数がやっていけるだろうな。
これで全部まかなえる訳じゃ無いだろうけど、それでも大事な食料源だ。
これが枯れて、というか灰色になって実が採れなくなったら、そりゃ大騒ぎもするだろうな。
「大変だったんだね」
「あい。ゆうしょくたべられなかったです……」
ハナちゃんがおなかを押さえて、おなかぺこぺこの仕草をした。
おなかの音が聞こえてきそうなぐらいの、迫真の演技だ。
……演技だよね?
「……まあ、ここをもうちょっと調べてたら他に行こう」
「あい~! いろいろあんないするです~!」
その後、ハナちゃんに色々案内してもらった。
エルフ達の集落跡には、沢山の生活の痕跡が残っていて、とても興味深かった。
切り株が二つ並べられていたり、石で囲ったストーンサークルみたいなのもあった。
切り株の方は、大人達がたまに何かをやっていたそうだけど、詳細はわからないらしい。
ストーンサークルはそのまんま日時計を兼ねた、カレンダーみたいなものだった。
そういうものがあるのなら、暦もあっただろう。
その辺りは、村に帰ってから詳しく調べてみよう。
今回はとりあえず資料映像と写真を沢山撮って、おしまいにした。
そうして一通り調査を終えて、広場に戻ってきてみると……。
「おとうさん、てんまくまだ~?」
「もうちょっとまって! いまはるから! もうすぐできるはずだから!」
「ひもがきれちゃったんだから、むりじゃない?」
「ばうばう?」
……いまだにお父さんが天幕を張ろうと、苦戦していた。
お父さん、良いとこ見せられなかったのね……。
◇
「いやあ~。タイシさんのテントってやつですか? それをかしていただけるとはありがたい」
「タイシさん、ありがとう~」
「たすかります」
「ばう~ばう~」
どうやら紐が切れてしまって天幕が張れなくなったようなので、こっちのテントを貸してあげることにした。
テントから顔を出して大喜びのお三方だ。
四人用なので余裕もある。快適な夜をお過ごし下さい。
それとフクロオオカミは大きいので、タープを張ってあげたらこれも大喜びしていた。
タープの下でごろごろするフクロオオカミは、どうやらこの装備が気に入ってしまったようだ。
「ハナのおうちでタイシとおやすみ、たのしみです~」
「せっかく里帰りしたからね。こう言うのも良いよね」
テントを平原の人たちに貸してしまったので、今日はハナちゃんの家で休むことにした。
見た限りまだ使えそうだったし、問題ないだろう。寝袋もエアマットもあるから、屋根さえあれば問題ないとも言う。
まあ、寝るにはまだ早い時間だから、暗くなってからだけど。
まずは夕食を食べてからだね。
「寝る場所も確保できましたので、ちょっと早いですけど夕食にしましょうか」
「タイシ、カレーがたべたいです~!」
「良いね。カレーにしよう!」
「わーい!」
ハナちゃんからカレーのリクエストがあったので、夕食はカレーに決定だ。
まあこれも湯煎して、ごはんはお湯を注ぐだけなんだけど。
キャベツはたくさんあるから、それとソーセージの缶詰で野菜炒めも作ろうかな?
あとはさっぱりした卵スープもあれば、いっぱしの献立にはなるか。
うん、わりと豪華かも。これでいこう。
「それじゃ皆さん、夕食の準備を始めましょう」
「ハナもてつだうです~」
「ごちそうになります」
「たのしみ~」
「わたしもおてつだいします」
またもや車座になって、料理の準備を始める。
ガスバーナーを三つ使って一気に調理だ。
お湯を沸かして、レトルトカレーを暖めながら別のバーナーで炒め物をする。
もう一つのガスバーナーは、フリーズドライの卵スープとごはん用のお湯を沸かす。
調理自体は十分程度で終わる、簡単料理だ。
「このはものと、なべってべんりですね」
「旅でもつかえるように、工夫されているやつですからね」
「いいにおい~」
お母さんに炒め物を手伝ってもらったけど、鍋やナイフに興味深々だった。
楽しそうに調理をしている。
そしてお父さんは、なんだか真剣な様子でナイフをみているけど……。
どうしたんだろうか。
「この刃物に興味がありますか?」
「ええまあ。……なんだかこれ、どっかでみたような……」
どこかで見たことが――ある?
「そうそう、あれだ」
ぽむっと手を叩くお父さんだ。何か思い出したのかな?
「これは、むらにつたわる……『てつ』ってやつに、にてますな」
ん? 今――。
――「鉄」って、言わなかったか?