第五話 今後の方針どうしましょう
食事の準備の前に、とりあえず自己紹介をしあった。
三人家族だそうで、お父さんとお母さん、それと娘ちゃんだ。
フクロオオカミも子供の頃から育てた家族だそうで、平原を旅するなら欠かせない動物らしい。
地球で言う、馬みたいなものかな?
平原の部族はオオカミに乗っているので、騎馬民族ならぬ、騎狼民族、みたいな?
肝心のフクロオオカミがほのぼの動物なので、どこかのんびりした感がにじみ出ているけど……。
ともかく、自己紹介も終わったので食事の準備を始めよう。
とりあえず車座になって貰い、キャンプ道具を囲んだ状態になってもらおう。
食事をごちそうするとは言っても、初めて会った人から謎の食べ物を渡されるわけだ。
多少の警戒はあるだろう。
なので、調理手順をはじめから見せることで、その警戒を緩めようと思ってのことだ。
まあ、お湯を沸かして注ぐだけ、なんだけども……。
◇
「タイシ、ひをつけるです~」
「じゃあ、ここにおねがい」
「あい」
しゅぼっとマッチの点火のように火が点いた。いつ見ても鮮やかだ。
そして、やっぱり原理が全くわからない……。
わからないけど、とりあえずガスに点火して火の準備は完了だ。
「ええ……」
「ちょっとまって。なんかおかしい」
「ありえないものをみちゃったわ……」
平原の方々も唖然としている。
やっぱり、ハナちゃんの火起こしはエルフ基準でも驚異的なのね……。
「それ、なんだかすごそうなどうぐですね」
「なんでもえてるの~?」
「このなべ? ってべんりそうですね」
火起こしに一通り驚いていた皆さんは、次にキャンプ用道具に興味津々になったようだ。
不思議そうな顔で、ガスバーナーとアルミ鍋を見ている。
ここら辺の反応も、村に来たエルフ達と一緒だな。
彼らも土器の文化なんだろうか?
ともあれ、火の準備はできたのでお湯を沸かそうか。
とりあえずペットボトルを取り出して、水を鍋に注いで……と。
「わわわ! みずがちゅうにういてる~」
「……いや、よくみると……とうめいな、なんかっぽいぞ?」
「それって、とうめいなどきなの?」
水が入ったペットボトルを見て、驚いてらっしゃる。
……そういえば、あっちの村のエルフ達もガラス瓶で驚いてたな。
こっちは石油化学製品だけど、まあ当然見たことはないだろうから、珍しいのも無理は無い。
「これは土器とは違うのですが、まあ液体を入れておく容器ですね。手に持って見て下さい」
「ほんとだ! おみずがはいってる~」
「おお……べんりですねこれ」
「これはいいわね。かわぶくろみたいに、においがうつったりはしなさそうだし」
平原の方々は物珍しそうに、水が入ったペットボトルを手にとって見ている。
……そういや、彼らは水を持っているのかな?
ここら辺の泉がどうなっているかわからないけど、水が減ったとはエルフ達の話で聞いている。
もし水で困っているなら、こちらの水を分けてあげないといけない。
とはいえ、こっちもそんなに余裕はないけど……。
「皆さん、水は大丈夫ですか?」
「ええ。みずはまあなんとか……あっちのいずみは、まだみずがありましたので」
「かわぶくろにいれてあるの~」
なるほど。泉自体はまだあるんだな。水量がどうなっているかわからないけど。
でも、水質はだいじょうぶなのかな?
この灰色の森に沸く泉だから、ちょっと心配ではある。
「水質の方は問題ありませんでした? 正直、この森を見てしまうと……」
「だいじょうぶでしたよ。みずじたいにいじょうはなかったです」
「きのうからのんでるけど、とくになにもないかな~」
「なら良かった。水は心配しなくて良さそうですね」
水質自体に問題はないんだな。それは朗報だ。
……あとでその泉の水も、サンプル採取しておこう。
地下水なんだろうけど、含有している成分からも色々なことが分かるはずだ。
と、そんな話をしているうちに、お湯が沸いたな。
じゃあラーメンにお湯を注ごう。
カップ麺を見せて、ちょっと説明しながらやろうか。
「これがさっき言いました、ラーメンという料理です。ここにこうやってお湯を注ぎます」
カップの蓋をはがして、お湯を注いでみせる。
これで三分待てば、もうできあがりだ。
「なるほど、ようきのなかにはいってるわけですか」
「わたしらのつぼりょうりと、にてますね」
お湯を注いだカップ麺を配っていると、平原の人達がふむふむと頷いている。
……壺料理? なんだろそれ。
「壺料理? と似てるんですか?」
「ええ。しおとみずとほしにくと、きのみのこなをやいたものをつぼにいれて、ひにかけるんですよ」
「てまがかからないの~」
「めんどうなときは、おゆをそそぐだけにしたりします」
「なるほど。それなりに即席にできる料理なんですね」
「たびをするときは、だいたいこれですね」
「みずがすくないときは、そのままかじるの~」
彼らにも即席料理はあるみたいだな。
煮るだけじゃ無くて、お湯を注いで戻すだけでも食べられるのか。
……まあ当然か。旅をしている時に、のんびり土器を取り出して煮込み料理とか難しいよね。
それに、水を節約したいときはそのまま食べられるみたいだし、旅のお供って奴なのかな?
なかなか興味深い話だな。面白いじゃないか。
異世界に来て、異世界の住人の文化や風習の話を聞くのは、雰囲気抜群だ。
森は灰色だけど、空は青くて気分も良い。
ちらほら見える、エルフ達の住居跡も異世界情緒が出ていて、またそそられる。
例えカップ麺だろうと、この雰囲気の中で食べたら美味しいだろうな。
……そう思うと、よけいに腹が減ってきたな。
そろそろ三分経つし、早速食べようじゃないか。
「もうそろそろ出来ますので、食べましょうか」
「ええ! もうできちゃうの!?」
「はやっ」
「これはいいわ~」
三分でできあがったことに驚いている平原の人たちだけど、見知らぬ料理にわくわくしている感じがする。
味の方も、村に来たエルフ達にはウケていたから、まあ大丈夫だと思う。
見た目がダークエルフなだけで、根っこは同じだろうからね。
「じゃ、食べましょうか。こうやって食べます」
「いただきますです~」
フォークを取り出してラーメンを食べてみせると、皆も同じように食べ始めた。
さて、お味はどうかな?
◇
「ラーメンおいしかったです~」
「ふしぎなあじでしたが、あれはおいしいですね」
「またたべたい~」
「ごちそうになりました」
ラーメンを食べ終えてほくほく顔の皆さんだ。
ハナちゃんは食べ慣れているから良いとして、平原の人たちにもウケは良かった。
さすが、地球でも世界中で食べられる味に調整されているだけあるな。
最大公約数的な味付けだけど、だからこそこうして役立てられるわけだ。
メーカーの人には、感謝だな。
それはそれとして。
おなかを満たして落ち着いた皆さんに、これからどうするかの話をしよう。
まあ、村に招くつもりでいるけどね。直感だけど、この方々なら村に来れるだろう。
だって、村に来たエルフ達と――雰囲気そっくりなんだもん……。
なんというか、ぽやっとしている……。
こっちの人たちは、こういう感じの人が多いのかな?
……まあ、それは良くわからないけど、村に来たらどうかって提案をしてみよう。
「おなかが膨れたところで、これからの話をしましょう」
「するです~!」
ハナちゃんも何となく俺の考えを察しているのか、にこにこしている。
最初に洞窟の開門を見たときに、「仲間が増えるかも」という話はしてあるからね。
そういう方面で話をするだろう事は、まあ既定路線だ。
「これからのはなしというと?」
「皆さん、ここから別の森に行くのは難しいのでは? と思っていまして」
「そうですね……ほぼ、むりかと……」
こちらの予想通り、お父さんから無理宣言が出た。
彼らがなんとかなっていたなら、多分俺とハナちゃんはこっちに呼ばれてなかったろうからね。
「たべもの、もうないの~」
「よりみちするからいけないのよ」
「ば~う!」
「ごめんなさい……」
……なんだかお父さんが、ご家族からチクチク言われて居るみたいだけど……。
寄り道したからこうなったのかな?
まあ、そこは余りつつかないでおこう。お父さんしんなりしちゃってるし……。
「……それで提案なんですけど、皆さん――私の村に来ませんか?」
「タイシさんの、むら……ですか?」
村、と聞いてもピンとは来ないよね。なんせ異世界にある村だし。
この世界でその存在を知っている人なんて、存在しない。
このあたりの説明は、この村に住んでいたかつてのエルフ達の話も交えて説明しよう。
「そうです。この村に住んでいた方々の一部は、今そこで暮らしているんですよ」
「いちぶ、ですか? ぜんいんじゃなく」
「そうそう! みんなどこにいっちゃったの~?」
「そうね。なにかごぞんじで?」
この村の住人がどうなったかという話が出てきたので、ずずいと前のめりになる平原の人たちだ。
そのあたりは、ハナちゃんから説明して貰った方が良いかも。
「ハナちゃん、皆に説明してあげてほしいな」
「あい~! せつめいするです~!」
◇
「みんな、あっちのもりにいっちゃったのですか……」
「そんでいちぶは、タイシさんのむらにいったのね~」
「ヤナさんがぞくちょうになってるとか、いろいろあったのね」
ハナちゃんから話を聞いた平原の人たちは、納得したようだ。
途中、儀式の説明のところでハナちゃんが踊ろうとしたとき、平原の人達がなんだか止めていた。
……なんで止めるんだろ。話が長くなっちゃうからかな?
まあそんなことはあったけど、とりあえず説明は終わった。
あとは――彼らはどうしたいかだな。
「そんな訳で、お三方とフクロオオカミさんも、いったん私の村に避難したらどうかなと思いまして」
「……まあ、そうするしかないですね」
「でも、ここからみっかかかるみたいだけど、だいじょうぶなの?」
「しょくりょうがもうないのですが……」
「ばう……」
村に来てくれることは良いみたいかな。
でも、手持ちの食料を心配しているっぽいな。
フクロオオカミの食料は現地生産すれば良いから、問題は俺たちの食料か。
まあ……こちらの食料は二人で十日分持ってきているから、さっき皆で食べた分を引いたうえで、残りは五人で三日分にはなる。
……ギリギリだけど、なんとかなるな。
本当は俺が三日で大半を食べる想定だったけど、そこは我慢すればいい。
「私たちの食料は十日分位ありますので、それを分ければ全員で三日は問題ないかと」
「よろしいのですか?」
「ええ。問題ありません。力を合わせて村まで行きましょう」
「ありがとう~」
「たすかります」
「ばうば~う!」
申し訳なさ半分、この状況をなんとか出来る目処が立って、安心半分な顔をする皆さんだ。
まあ、この村で二泊三日を予定していたけど、今すぐ帰らないといけなくはなる。
もうちょっとこの世界を調査したかったけど、これはしょうが無い。
今は調査より、彼らを救助する方が大事だ。
「それでは、村に行くとなると歩いて三日ですから、今日出発しないといけないですかね。……出来そうです?」
「……できなくはないですね」
「フクロオオカミもげんきになりましたから、だいじょうぶじゃないかしら」
「ば~う!」
今日出発することについては、まあ出来そうな感触だな。
ちょっと休憩してから、引き返すとしようか。
「オオカミちゃんがもっといれば、いちにちでいけるのにね~」
「ばう~」
ん? フクロオオカミがもっと居れば?
平原の人の娘ちゃんが、フクロオオカミをもふもふしながら言っているけど……。
どういうことかな?
「フクロオオカミが居ると、移動が速くなるんですか?」
「ふたりくらいなら、のせていけますよ」
「あるくよりはずっとはやいわ~」
「さんにんだとむりなので、フクロオオカミにはゆっくりあるいてもらってるんです」
……なるほど。二人くらいならなんとかなるのか。
もうちょっと情報を集めよう。
「二人を乗せた場合、どれくらいの速さで、どれくらいの時間歩けるかとかわかります?」
「う~ん……やすみながらいけば、まああさからひるすぎくらいなら……」
「このくらいのはやさよ~」
「ばう~!」
娘ちゃんがフクロオオカミに乗って、実演してくれた。
……大体六時間移動できて、速度は時速六キロから七キロくらいか。
小走りくらいの速さはあるな。これくらいなら、一日あれば村にたどり着けてしまう。
それが出来るのなら、ここで一泊してから戻れるんだけどな……。
……三人いるから、移動速度が制限されているわけだ。
――あれだ。だれか一人、リアカーに乗って貰おうか。
正直乗り心地は良くないだろうけど、それが出来れば一日で帰ることが出来る。
ちょっとお願いしてみようかな。
「お三方のうちだれか一人、これに乗って頂ければ速く移動できますよ?」
「これにですか? にもつをはこぶどうぐみたいですけど……」
「ええ。荷物を運ぶ道具なんですけど、人も乗れると言えば乗れます」
「おもそうだけど、だいじょうぶなの?」
別に言うほど重くはないかな? 人一人増えた程度じゃ大して変わらないだろうし。
ちょっと実験してみるか。
一番体重がありそうな、平原の人のお父さんを乗っけてみればわかるよね。
◇
実際の運用と同じ条件にするため、ハナちゃんを肩車しながら、お父さんをリアカーに乗っけて実験してみた。
もちろん荷物を満載で。
――結果は別に問題なし。時速十五キロくらいで普通に走れた。
お父さんのほうはちょっと怖かったのか、ぷるぷるしてたけど……。
まあ、実際はその半分の速度で走るので、ご安心を。
「すっごいちからもちなんですね……」
「そうです~! タイシすごいちからもちです~!」
「からだがおっきいだけあるわ~」
「のるひとはもう、きまったようなものね」
平原の人のお母さんは、どうやらもうお父さんを乗っける気でいるみたいだ。
結構揺れてたから、お父さんじゃないと多少の不安はあるよね。
まあ、お母さんと娘ちゃんはフクロオオカミに乗って貰って、お父さんはリアカーに乗って貰おう。
これで移動時間は大幅に短縮できるな。
「というわけで、この移動方法なら一日で村に着けます」
「そうしましょう……ちょっとたいへんですけど」
「おとうさんがんばって~」
「がんばるです~」
お父さん覚悟を決めたみたいだな。じゃあこれで決定だ。
そしてこれなら、出発を明日に出来る。
今日はゆっくり、観光出来るな。
「これで移動時間も余裕が出来たので、食料にも余裕が出来ました。出発は明日にしましょう」
「そうするです~」
「あしたですね。わかりました」
「それまでゆっくりしましょ~」
皆もそれで問題ないようだ。じゃあ、キャンプの準備をしたら観光しよう。
ハナちゃんにガイドしてもらって、エルフ達が元いた村を、ちょっと見学しようじゃないか。
「時間に余裕ができたから、ハナちゃんにここら辺を案内して欲しいな」
「あい~! あんないするです~!」
ハナちゃんはご機嫌でガイドを引き受けてくれた。
もう早く村を案内したくて、うずうずしている感じだ。エルフ耳がぴっこぴこしている……。
……まあ、それなら案内はハナちゃんに全面的にお任せしよう。
もう引き払われて数ヶ月経つ村だけど、それでもまだまだ、エルフ達が生活した痕跡が残っている。
彼らを理解するにも、良い機会だからね。