第二章 準備をはじめましょう
あっちの世界に行くことを決めたので、まずは情報収集から始めよう。
どこにつながっているかは分かっては居ないけど、多分エルフ達が元いた世界なんじゃないかなと思っている。
でなければ、ハナちゃんを指定する意味はあまりないと思うんだ。
ただ、俺が思っているだけなので実際どうなのかは分からない。
とりあえず、ダメ元で確認してみるだけはしてみるかな。
◇
「ハナちゃん、洞窟の中の空気とか匂いとかわかる?」
「あい。なんとなく……ハナたちがいたところのかんじがするです~」
洞窟にちょっと入ってみて、空気感とか匂いとかを確認して貰った。
なんとなくだけど、覚えがある感じがしているようだ。
「かれたもりのにおいが……あるです?」
「枯れた森の匂い?」
「あい。すなみたいなにおいが、してたです」
枯れた森は、砂みたいな匂いがしていたらしい。
他の方々にも聞いてみるかな。
「森が枯れたときって、ハナちゃんが言うように砂みたいな匂いがしたんですか?」
「ええ。たしかにそんなにおいがしてました」
「すなのにおいがしてきたら、もうそのあたりはすぐにダメになっちゃってたな」
「いちにちもたなかったなあ」
どうやらそうらしい。
砂の匂いがしてくると、すぐにそのあたりは枯れてしまうって事かな?
それも一日もたないくらいの早さで。
……そんな状況なのに、皆良くここまでたどり着けたな。
まあ、それはそれとして。
即断するのは良くないんだけど、エルフ達の証言を聞く限りは……彼らが元いた世界につながっている可能性は高いかも。
……まあ、そうじゃなかったら速攻戻ってきて、対策を練り直せば良いだけか。
とりあえずはエルフ達の世界につながっていると仮定して、情報をまとめるとしよう。
そうすれば、あっちに行くときの装備も絞れる。
どこにつながるかわからないからって、全ての可能性を考慮した装備にしてたらきりが無い。
ここら辺はもう割り切ろう。
ダメだったらすぐに戻る、これでいいや。
それじゃ次は、エルフ達の元いた世界につながってると仮定した場合、どこに行けば良いかを検討しよう。
「とりあえず……洞窟は皆さんの世界につながっていると仮定します」
「はい」
「その場合、何をすれば良いかってことになりますが……」
「……けんとうもつきませんね……」
「ですよね」
俺とハナちゃんに来て欲しい、と言うことしか分からない。
何をすれば良いか、誰も分からないよねこれじゃ。
……この部分は今考えてもわからないので、行ってから考えよう。
情報全然ないし。行けばなんか分かるだろ。
多分わかると思う。わかると良いな。……わかるよね?
ただ、それだけだと途方に暮れそうなので、適当に目的でも作っておこうかな。
何が良いかな……。
――エルフ達がかつて過ごしていた村を、見に行ってみようかな。
彼らがどんな暮らしをしていたのか、ちょっと興味があるんだよね。
話を聞くだけじゃ無くて、実際に現地に行って見てくるのも良いかもしれない。
それに、何か取ってきて欲しい物もあるかも知れないし。
ちょっと聞いてみるか。
「向こうに行ったら、皆さんが元居た村をのぞいてみようかと思うんですが」
「わたしたちの、もとのむらですか? すごくとおいですよ?」
「とおいです~ どうくつからみっかもかかるです~」
そうだな。確か三日も歩いて、ようやくここにたどり着いたんだよな。
ただ、全員で移動して三日かかって、若い人なら一日とか言ってたわけだから……。
一日どれくらい歩いていたかがわかれば、大体の距離は概算できるかも。
「皆さんがこちらに来たとき、休憩時間を抜きにすると、一日どれくらい歩いていました?」
「……たしか……こっちでいうと、あさおきておひるくらいまで、ですかね」
「たぶんそんくらいだったな」
「おとしよりもいるから、やすみやすみだったわね」
「ごうけいすると、そんくらいだったか」
……朝起きてから昼くらいまでだと、大体五時間から六時間かな?
歩く速さを時速三キロメートルとすると、一日十五キロメートルほど歩いていたってことになる。
それが三日とすると四十五キロメートルか。
まあ、お年寄りや子供が居た事も考えると、もうちょっと短いかも。
若い人なら一日で、と言うことも考慮すると……八時間歩いて……ちょっと無理してギリギリ三十キロメートル弱、かな?
歩きやすい道じゃなかっただろうし、そんくらいじゃないのかな。
「親父さ、俺は洞窟からエルフ達の村まで、遠目に見積もっても三十キロから、多くて四十キロかと思うんだけど」
「……舗装されてない道だろうから、下手したら二十キロ強かもしれんぞ?」
「そのくらいなら、軽く走って一時間くらいか。道が悪くても二時間から三時間……いけるな」
食事さえちゃんと食べておけば、別に数時間走りっぱなしでも大丈夫だしな。
うん、問題なくエルフ達の村へ日帰りで行ける。
まあ……日帰り旅行は勿体ないから、二泊三日くらいしたいけど。
「あのきょりを、はしっていくのですか?」
「ええ。朝から昼までずっと走っても、私は特に問題ないもので」
「もんだいないって……」
ヤナさんが信じられないものを見るような目で見てくるけど、富士登山駅伝とか見るともっと過酷な状況でもっと速く走っているから、普通なんじゃない?
それとも、あの駅伝は自衛隊が凄いからなのか?
……まあ、それはおいとこう。
「それ、おかしいとおもう」
「おれらがまちがってるのかな?」
「いみがわからない」
俺が走って行くと聞いた皆さんは、ぷるぷるし始めた。
「タイシ、ハナはどうするです?」
「ハナちゃんを肩車したまま走るよ?」
「ほんとです!? それ、たのしそうです~!」
「ますます、いみがわからない」
「おれらはまちがってないとおもうんだ」
「ふつうむりじゃね?」
喜ぶハナちゃんとは対照的に、他の皆さんはやっぱりぷるぷるしてた。
……そんなに変かな?
「まあ、とりあえず皆さんの元いた村に寄りますので、何か持ってきてほしいものとかあります?」
「ぜんぶもってきたから、ないですかね」
「そもそも、むらはていきてきにいどうしてたから、もちものすくないんだ」
「いっかしょにいつづけると、たべものなくなるのよね~」
なるほど、村を定期的に移動させて、食料の枯渇を避けていたんだ。
エルフ達が意外と道具や装備をしっかり持ってきているので、半日程度で良くそんなに準備できたなと思ってたんだけど、そういうことなんだな。
「きのみをうえてからいどうして、かえってくるころにはみがついてる、みたいなことしてました」
「種芸してから移動してたんですね」
「ええ。でないとたべものがなくなっちゃいますから」
食料が乏しくなってきたら移動する前に種を植えて資源を増やし、それが実を付ける頃戻ってくるか。
自然の循環を上手く取り入れてたんだな。
そして定期的に移動するから、引っ越ししやすいような生活だったんだろう。
木材の資源が豊富そうなのに、エルフ達が葉っぱの家だったのもそういう理由があったからかもな。
葉っぱの家だからすぐに作れて、放棄しても惜しくは無いだろうし。
……だから、他の森に移住もすぐにできたし、ここに居るエルフ達も神様のお告げにすぐに従えたんだろうな。
一見原始的で遅れているように見えるけど、環境に合わせて合理的に取捨選択した結果なんじゃないかと思う。
森に依存はしているけど、そうした場合の最適をエルフ達はやっていたんじゃないかな。
まあ、そのあたりはもっと調べないとわからないけど、とりあえず村から持ってくるものはなさそうだ。
「それでは、ちょっと様子を見てくるだけにしますか」
「そうですね。あ、それとみちあんないは、ハナができますよ」
「あい! ハナがあんないするです~!」
ハナちゃんが道案内出来るのなら、すぐに村に着けるな。
よし、とりあえずはこの方針で行こう。
洞窟をくぐってハナちゃん達の世界にでたなら、とりあえず村を目指す。
そうじゃなかったらすぐに戻って対策の練り直し、これでいこう。
◇
方針は決まったので、後は装備を調えるだけになった。
まず真っ先に、帰還の手段を用意することから始めよう。
「親父、どの帰還手段が良いと思う?」
「とりあえず二種類用意しようぜ。消耗品と汎用品で」
「わかった。あと身代わり地蔵も欲しいかな」
「そうだな。万が一もあるからな。そこら辺は俺が家から持ってくるから、大志は食料を調達してこいよ」
お、親父が用意してくれるか。助かるなあ。
じゃあついでにキャンプ道具と例の道具も頼んじゃおう。
一式まとまってるから、車に放り込むだけで良いし。
「お願いして良いかな。あとキャンプ道具と例の道具も」
「あいよ。キャンプ道具と――例の道具もな。じゃちょっくら家に行ってくるわ」
「俺は食料の買い出しだね?」
「ああ、手分けしよう」
方針は決まった。さて、親父と手分けして準備するか。
「なあ大志、俺はどうする?」
高橋さんも、何か手伝いたそうな顔をしている。
せっかくの好意だから、ありがたく受け取ろう。
高橋さんにやって欲しいことは……お店番かな?
「俺と親父はちょっと準備に入るから、申し訳ないけど高橋さんにはお店番と研修をしてほしいかな」
「わかった。じゃ俺は店番してるよ」
「助かるよ。今度なんかお礼するわ」
「良いって事よ」
よし、これで分担はできたな。じゃあ食料を買い出しに行くかな。
二泊三日の予定だけど、食料は念のため沢山持って行こう。
空腹を抱えて異世界をさまようとか、嫌だし。
「タイシタイシ、ハナはなにをしたらいいです?」
ずっと肩車しっぱなしだったハナちゃんだけど、俺の頭をぽふぽふしながら自分のお仕事は何か聞いてきた。
そうだな……着替えや、現地で食べたいおやつでも調達してもらうかな。
遠足前にどんなおやつを持っていくか、あれ考えるの凄い楽しかったし。
神様のお願いとはいえ、多少レジャー気分を演出しても良いだろう。
「ハナちゃんは着替えの準備と、あとはあっちで食べるおやつを調達してほしい」
「おやつです!? するです~! ちょうたつするです~!」
おやつと聞いて、大喜びのハナちゃんだ。
それじゃ、おやつ調達のための軍資金を渡さないとな。
今回は別に学校の遠足でもないので、おやつは三百円まで、バナナはおやつに入りませんとかはやる必要が無い。
二泊三日は最低するつもりだから、いっぱいおやつを買って貰おう。
――というわけで、とりあえず千円くらい渡そう。
おやつで千円だから相当豪勢になるはずだ。
「ハナちゃん、おやつ調達のための資金を授けよう。ほら千円あるよ」
「せんえん! すごいたいきんです……!」
神妙な面持ちで、五百円玉二枚を受け取るハナちゃん、緊張でエルフ耳がかちかちになっている。
うん、ハナちゃんというか、この村の貨幣価値だと千円は大金だったね……。
五十円でもんじゃ焼きが食べられる物価なので、千円とか言ったらかなりの価値になっちゃうわけだ。
自分で物価を設定しといてなんだけど、忘れてた。
「あややややや……」
ハナちゃんにとっては、かなりの大金である五百円玉が二枚ある。
ちっちゃな手に持ったこの大金のおかげで、ハナちゃんは緊張しっぱなしだ。
手を開いてお金を見ては、「あやややや」とぷるぷるしている……。
……お金の価値をちゃんと理解してくれていて、嬉しいよ。
でも、そんなにぷるぷるしなくても大丈夫だよ……。
「あややややや……」
――村に帰るまで、ハナちゃんはずっとぷるぷるしてました。
◇
「あややややや……」
「それでは、ハナちゃんをおねがいします」
「わかりました、まあ……なんとかなるとおもいます」
駄菓子屋に到着しても、ハナちゃんはぷるぷるしたまんまだった。
そんなぷるぷるハナちゃんをヤナさんにお任せして、俺は食料調達に向かう。
とりあえずスーパーに行ってレトルト食品やカップ麺、それと水を大量に買い込む。
ついでにお菓子も買い込んでおく。
ハナちゃんにおやつの調達をお願いしたとは言え、駄菓子以外のお菓子もあったら良いかなと思ったからだ。
普通のお菓子は、駄菓子より十倍近く大きい。お値段も十倍以上だけど。
まあ、そんなお菓子があったら、ハナちゃんは大喜びするかと思ったわけだ。
あんまりお菓子ばかり食べさせてもよくないから、うまく加減はするけど。
そうして食料を調達したけど、ちょっとバックパックに背負うには量が多すぎになってしまった。
特に水がかさばる。二十リッターも買ったから、まあ当然といえば当然だけど……。
背負えないことは無いけど、この他にキャンプ道具も必要になってくるわけで。
どうするかな……。
――リアカー買うか。
村に置いておけば何かしら使うだろうし、無駄にはなるまい。
よし、ホームセンターに行ってリアカー買ってこよう。
確か、アルミ製の折りたたみ式リアカーが売ってたはずだ。
それを使えば、沢山積載できる。
邪魔になれば折りたたんで背負えばいいし、それにしよう。
◇
「あ! タイシ~! いっしょにおやつ、えらんでほしいです~」
食料とリアカーを調達して村に戻ると、ハナちゃんはそれなりにおやつを調達できていた。
ぷるぷるから脱せたようで、よかったよかった。
そしてまだ調達途中なのか、一緒にお買い物のお誘いだ。
ここはハナちゃんとショッピングしようかな。
「じゃあハナちゃん、いっしょにおやつを選ぼうか」
「あい~! おすすめのおやつ、おしえてほしいです~!」
「それじゃこのサイダー飴とかがいいよ」
「かうです~!」
「飴か、一個百万円ね」
「たかいです~!」
店番している高橋さんが、定番のネタをかます。
「はい、三百円ね」
高橋さんの駄菓子屋ネタをスルーして、アメをお買い上げした。
しかしこのリザードマン、日本文化にすっかり染まってるな……。
まあ、こっちに定住して長いから、染まりもするか。
そうしてたびたびネタをかます高橋さんをスルーしながら、ハナちゃんと楽しく駄菓子ショッピングを続ける。
「この飴とかのおやつなら、長い時間食べていられるし、味も甘いのからさわやかなのまであるからおすすめなんだよ」
「ハナも、アメはだいすきです~! チョコとおなじくらいおいしいです~」
……買ったそばからもう食べてるけど、それ向こうで食べるおやつだから。
今食べたらダメだから。
「おいしいです~」
うん、ハナちゃんは飴玉を食べてもう顔がとろ~んのエルフ耳がでれ~んだ。
まあ……可愛いから良いか。固いことは言いっこなしで行こう。
そして周囲をみると、他の子供たちが羨ましそうにしている。
そうだな……他の子供達にも、駄菓子をごちそうするか。
皆良い子にしているから、俺からのご褒美だ。
「ほーらそこの子供達、駄菓子をごちそうするからおいで」
「「「キャー!」」」
羨ましそうにしていた子供達が、キャーキャー言いながら集まってきた。
適当に駄菓子を買って配ろうか。
「ほら、好きなの持ってって良いよ」
「タイシさんありがと~!」
「これたべたかったのー!」
「おいちー!」
「ハナちゃん、いっしょにたべよ」
「あい~!」
子供たちは集まって、おやつをもぐもぐしている。
皆大喜びで、さらに大騒ぎだ。
ハナちゃんも他の子供たちと一緒に、仲良くおやつを交換したりしている。
微笑ましい光景だなあ。
しかし、異世界冒険のためのおやつ調達の筈が、なんだか子供達と駄菓子祭りになってしまった。
まあ……俺の準備は出来ているし、後は親父が帰ってくるのを待つだけだ。
それまでエルフの子供達と遊んでいたって、特に問題もない。
親父が来るまで、俺のポケットマネーでエルフの子供らにさんざんお菓子を食べさせておこう。
子供達も、貰ったお菓子をほおばったり半分こして神様にお供えしたりと、楽しく過ごしている。
あと一時間もすれば親父も帰ってくるから、それまでこうしてまったりしていよう。
洞窟をくぐって異世界に行ったら、こんなにのんびりとは出来ないと思うし。
あっちに行ったら移動やらキャンプやら――異世界の物質のサンプル収集やらで大忙しになるだろう。
親父に例の道具として頼んであるから、一式持ってきてくれる。
上手くサンプルが採れるとは限らないけど、あればあったで何かの役に立つはずだ。
たとえば――森が枯れた理由とかが、わかるかも知れない。
逆になにもわからないかもしれないけど、サンプルが無いよりあった方がずっといい。
打てる手があるなら、打っておくに超したことはないからね。