第一話 洞窟、変です?
「あえ?」
「は?」
ハナちゃんと洞窟の確認に来てみたら、「門」が開いていたでござる。
行き止まりはなくなって、真っ暗な洞窟がぽかりと口を開けていた。
「……あいてるです?」
「開いてるね……」
俺とハナちゃんは二人して、ぽか~んだ。
しばらく二人で、洞窟をぽかんと眺めていた。
◇
「あや~……」
しばらく二人でぽか~んとしていたが、ハナちゃんが何かに気づいたのか、耳をぺたんとさせて悩み始めた。
「ハナちゃん、どうしたの?」
「タイシ~……」
肩車をしたままだから表情は見えにくいけど、俺の頭の上に置いたハナちゃんの手には力が入っていない。そのあたりから、割と落ち込んでいるのがうかがえる。
「……どうくつがあいてるってことは、ハナたち、かえらなきゃいけないです?」
……そうか、これがエルフ達の問題解決か、もしくは問題解決出来る力が身についたってことなら、そうなるのか?
「どうだろう、ちょっとわからないかな……。まあ、無理に戻る事も無いと言えば無いんだけど……」
「ハナ、もっとここにいたいです~」
もっとここに居たい、か。俺も同意見だ。
ハナちゃん達に、もっと長く村で賑やかに過ごしていて貰いたい。
高橋さんみたいに、こっちに残ることもできるわけだし。
「俺もハナちゃんや皆には、もっと村でのんびり過ごして貰いたいかな」
「あい~! もっとタイシとすごすです~!」
「うん。好きなだけ居て良いよ」
ハナちゃんは俺の言葉を聞いて元気を取り戻したのか、足をぱたぱた、俺の頭をぽふぽふして同意してくれた。
それに、他のエルフ達も「無理して戻る必要はない」的な事を言っていたし、割と長いこと村に滞在してくれるんじゃないと思う。
でかい畑も作ったしで、そう簡単にあっちの世界に帰ることはしないんじゃないかな。
なにより、あっちの森が復活しないとどうにも……。
そう簡単に、森一つが復活するとは考えにくいんだよな……。
……ん?
そうだよな。あっちの森が、そう簡単に回復するとは考えにくい。
とすると……これ、問題解決したんじゃなくて……。
「ねえハナちゃん、もしかしたら……また新しい仲間が、来ちゃったりして」
――そう、多分だけど、フクロイヌ達は後から来たように思う。
そういう前例があるわけだから……。
……問題解決したから開いたんじゃなくて、新たなお客さんを迎えるために開いたんじゃないか?
「あや! あたらしいなかまです!?」
「うん。フクロイヌ達の時もそうだったけど、向こうから来る事もあるんじゃないかなって」
「そうかもです! たのしみです~!」
うん、そうだよ。新しい仲間が来るかもしれないじゃないか。
となれば、今度はどんな面白い存在が訪れるのか、考えるだけでもワクワクしてくる。
そうなったら良いな。楽しそうだな。
もしそうだったら――素敵だな!
――さて、楽しい未来を想像したところで、次の行動を決めなきゃな。
まずは皆に知らせよう。
もしかしたら、新しい仲間が来るかもしれないんだし。
「ハナちゃん、洞窟が開いたって事皆に伝えなきゃね」
「あい。みんなにもみてもらうです~」
「新しい仲間が来るかもしれないから、知っておいて貰わないとね」
「あい~! なかまです~!」
今後のことに期待を持ちつつ、俺とハナちゃんは来た道を戻ったのであった。
◇
「どうくつ、あいてないですよ?」
「おれのめには、いきどまりにみえるかな」
「わたしも」
「大志、俺の目にも『門』は開いてないように見えるぞ?」
「何でだかしらんが、俺にも行き止まりに見える。俺、里帰り出来なくなってんじゃん」
急いで村に戻って、親父も含めた皆を連れてきた。
高橋さんも遊びに来ていたので連れてきたけど、その高橋さんですら行き止まりに見えるという。
「高橋さんにも行き止まりに見えるの?」
「ああ。あっちに帰れるようになってから、こんなこと初めてだ」
――これ、異常事態だ!
……普段自由に洞窟を行き来出来る高橋さんですら、今現在は「門」が閉ざされた状態に見えている。
一体、何が起きているんだ……。
「大志には『門』が開いて見えるんだよな?」
親父に言われて再度洞窟を見たけど、やっぱり開いている。
「ハナも、あいてるようにみえるです」
相変わらず肩車しっぱなしのハナちゃんも、俺と同じで通行可能に見えている。
ということは……俺とハナちゃんにだけ――「門」が開いているのか?
「……俺とハナちゃんにだけ、『門』が開いているみたいだ」
「そんなことって、あるのか? 今まで無かったはずだけど」
「うん、今までに無いことが起きてると思う」
以前に、親父と過去の記録を総ざらいしたのが役だったな。
こんなことは今まで無かった。
お客さんの中で一部だけ帰還可能になるなんて――記録に無かった。
「その……タカハシさんがこきょうにかえられるときは、どうなるのですか?」
ヤナさんが首を傾げながら聞いてきた。
確かに、帰還可能となったお客さんが洞窟をどうやって使うか、わからないだろうな。
説明しとこう。
「帰還可能なお客さんが洞窟に近づくと、行き止まりが消えて通路が現れるんです」
「ここら辺より先に行くと、行き止まりがなくなって奥に行けるようになるんだ」
高橋さんが補足として、地面にざりざりと線を引いてくれた。
洞窟から大体三十メートルくらいの距離になる。
「そのとき、周りに居る人も同じように見えるんですね。そしてこれに便乗することで、お客さんのいた世界に、自分たちも行けるようになるんです」
そう、今までは帰還可能なお客さんが近づけば、洞窟はフルオープンになっていた。
なのに、今回は俺とハナちゃん限定、しかも帰還可能なお客さんが近づいても反応なしだ。
……意味がわからない。
「……いままでにないこと、なんですかね?」
「そうですね。正直私も意味がわかりません」
「俺、里帰りどうすりゃいいの?」
全員意味がわからずに首を傾げている。
なんだろ、これ?
……まあ、考えても何にもわからないな。材料がなさ過ぎる。
俺とハナちゃんだけってことには意味があると思うけど、それだけじゃわからない。
……うん、これ以上考えていてもどうしようもない。
かといって何もわかっていないのに、俺とハナちゃんだけ洞窟をくぐるのには抵抗がある。
ここは一つ、保留としとこう。
「まあ、今は良くわからないことだらけですので様子を見ましょう」
「わかりました」
「俺の里帰りもまあ、そのうち出来るようになるだろ」
「意味があるのは間違いないだろうからな」
高橋さんも、特に深刻には考えていないようだ。
この洞窟と「門」が、誰かに悪さをしたことなど過去の記録にも一つも無い。
そのあたりは信用して良いし、何らかの必要性があってこうしているだろうことは想像できる。
あとは俺たちが、その意味を汲み取る努力をすれば良い。
まあ、これ以上ここに居てもしょうがない、あとは家で資料を調べるなりして、じっくり考えよう。
――そろそろ村に戻るか。
「これ以上ここで考えていてもしょうがないので、そろそろ村に戻りますか?」
「そうですね。いったんきゅうけいしてからもどりますか」
今回は緊急事態ということで、村人全員に来て貰った。
お年寄りも山登りしてきたので、休憩は必要だな。
ここはヤナさんの方針に従おう。
「お年寄りもいらっしゃいますし、それが良いですね」
「では、みなさんきゅうけいしましょう」
「「「はーい」」」
立ちっぱなしだった皆さんは、思い思いの場所に腰掛けて休憩をする。
おのおの、駄菓子を取り出してもぐもぐしているな。
山登りで疲れた体には、甘い物は効くだろう。
こんな所でも、駄菓子屋を開いた効果が出ているな。
「ハナ、おかしがあるからこっちにおいで」
そしてヤナさんがチョコレートを取り出して、ハナちゃんをおいでおいでしている。
……ヤナさん、五円チョコをまとめ買いしてらっしゃる。
「あい~! おかしたべるです~!」
チョコを見たハナちゃんは、大喜びで肩車からぴょいっと降りて、ヤナさんの方へと走って行った。
てててって感じで、お菓子に一目散だ。
「おかし、あまいです~」
「ほんとに、これはあまくておいしいね」
「あい~」
あまいチョコレートをちまちま食べるハナちゃんの表情はとろ~んとなり、エルフ耳はでれ~んとしている。
それを見たヤナさんの顔もでれでれだ。
可愛い我が子にお菓子をあげて、それを喜んで食べている様子を見るなんて、親にとってはたまらなく可愛いだろうな。
駄菓子も量としてはごく少量だし、お菓子の食べ過ぎで体をおかしくすることもそうそう無いだろう。
そのあたりはカナさんが気をつけているみたいだし、まあ大丈夫かな?
それじゃ、皆さんにはそのまま休憩してもらって、体力が有り余っている俺は洞窟をちょっと調べるかな。
入り口の所をちょこっと確認してみよう。
空気の匂いを嗅ぐだけでも、何か違いがわかるはず――だ?
「は?」
はあ!? なんだこれ!?
「大志、どうした!」
親父が駆け寄ってきたけど、これをどう表現したら良いんだろうか……。
そのまま伝えるしか、ないか。
「親父、洞窟の『門』が――閉じた」
「は? さっきは開いてたんだろ?」
確かにさっきは開いていた、なのに今見たら閉じていた。
なんだこれ、意味がわからない。
「さっきまでは確かに開いてたのに、今見たら閉じてたんだ」
「……ほんとか?」
「うん、ほんと。休憩をしようって言ってたときには開いてたけど、今見たら行き止まりだね……」
一体何が起きているんだ?
「タイシ、どうしたです?」
ハナちゃんがお菓子を食べながら、ぽてぽてとやってきた。
――そうだ、ハナちゃんにも見て貰おう。
「ハナちゃん、洞窟って今どうなってるか見える?」
「あえ? どうくつ……? あやややや! どうくつ――とじてるです!?」
――ハナちゃんにも、洞窟が閉じているように見えている?
またもや俺とハナちゃんはぽか~んとしてしまった。
「洞窟は閉じて見える?」
「あい! とじてるです~!」
「なんだなんだ」
「とじてるって?」
「あいてたんじゃなかったの?」
俺とハナちゃんが騒いでいるのを見て、皆さん集まってきた。
「大志、さっきは開いてたんだよな?」
「うん。俺とハナちゃんには、開いて見えてた」
「でも今は閉じてるんだよな?」
「うん。俺とハナちゃんにも、閉じて見えてる」
「とじてるです~!」
開いたり閉じたり、余計意味がわからなくなってしまった……。
これには俺と親父も混乱する。なにせ今までに無い出来事がどんどん起きている。
対処しようにも何もわからない。
これ、どうしようか……。
「何でしょうね、これ」
「なんですかね」
「何にせよ、なんともならんな」
俺もヤナさんも、そして親父も諦め気味だ。次から次へと謎が出てくる。
とはいえ、ここで考えてもどうにもならないことは明白かな?
……もう考えるのを諦めて、村に帰ろう。
「どうにもならないので、諦めて村に帰りますか」
「そうですね。みんなもきゅうけいできましたし、そろそろかえりましょう」
「そうすべ~」
「かえったら、おんせんそうじしなきゃ~」
村に帰る準備を始めた皆さんだけど、休憩をしっかりとっていたようで、元気いっぱいだな。
それじゃ、ちゃっちゃと村に帰ろう。
洞窟は気になるけどどうしようも無い、今日は諦めよう。
また明日、様子を見に来る必要はあるけど、今日はこれでいいや。
さて、帰りましょう。
「それじゃハナちゃん、村に帰ったらキャベツをにょきにょきしようね」
「あい~。タイシとキャベツそだてるです~!」
キャベツを育てる前に、ちょっと洞窟の確認をしようと思ったら大事になった。
でもまあ、どうしようも無いので予定していた作業をこなすことにしよう。
「ほらハナちゃん、また肩車をしてあげよう」
「タイシありがとです~」
またもや一瞬でよじ登ってしまうハナちゃん、あっという間に肩車の体勢になった。
なにげに身体能力凄いな……エルフだから?
まあ……それはそれとして、準備ができたから村へ帰ろう。
キャベツをそこそこ作って、もんじゃ焼きを始めないとな。
「それじゃ、行きますか」
「あい~! いくです~!」
村を目指してぞろぞろと歩き始める。
帰り際、ちらりと洞窟を確認すると――。
「はあああああ?」
「タイシどうしたで――あやややや!」
「門」が――また開いているでござる!
ハナちゃんも驚いているから、俺と同じ物が見えている筈だ。
なんだこれ、意味不明――なの、か?
「大志、まさかとは思うが……」
「うん、開いたよ……」
「ひらいてるです……」
親父もなんとなく察してくれたようだ。
同じ反応返してるからね。何かが起きていることは、すぐにわかると思う。
そしてだ、これでなんとなくわかった。
――「門」が開く法則について、なんとなく。
「……ハナちゃん、何となくわかったよ」
「ハナも、なんとなくわかったです」
だよね。「門」が開いていたとき、俺とハナちゃんはどうしていたか。
閉じていたときはどうだったかを思い出せば、何となくわかる。
こくりと頷いたハナちゃんは、肩車からぴょいっと降りた。
そして洞窟を見てみると――。
「タイシ、やっぱりです」
「そうだね、やっぱりだね」
洞窟の「門」は閉じていた。
「ハナちゃん、手を繋いでみよう」
「あい」
洞窟の「門」が開いた。
――確定だ。
俺とハナちゃんが接触すると「門」が開いた。
なんでこうなるかは分からないけど、なんでそうなるかは分かった。
じゃあ、他の人とはどうだろうか……。
「ハナちゃん、ちょっと他の人とも試してみて」
「あい」
ハナちゃんと手分けして他の人と試す。
適当に手をつないだり、ハナちゃん含めて皆で輪になってみたり。
でも「門」が開いたのは――俺とハナちゃんが一緒の時、だけだった……。
◇
「皆さん、法則がだいたいわかりました」
「ほんとですか!」
「なんだなんだ」
「大志、法則がわかったって?」
一通り組み合わせを試したその結果、わかったことを説明しよう。
「この『門』ですが、自分とハナちゃんとで体の接触があるときのみ――開きます」
「なんという、わかりにくいじょうけん」
「こってるといえば、こってる」
「ひつようせいが、わからない」
洞窟の「門」が開く条件を聞いた皆さん、意味不明過ぎて混乱気味だ。
確かに意味不明だけど、こんな条件があるなら、理由があるはずだ。
意味が無いのだったら「門」を開かなければ良いし、開いてもこんな条件を付ける必要性が無い。
わざわざこんな条件にしたからには、きっと意味がある。
たとえば……俺とハナちゃんが――必ず一緒に居ないといといけない、とかね。
そうでないと、あっちの世界に行かせる意味がなかったり、とかも考えられる。
とにかく、俺とハナちゃんに一緒に、あっちの世界に行って貰いたい。
そんな意味が込められているような……気がする。
皆にも話しておこう。
「多分ですけど、自分とハナちゃんに向こうの世界へ行って欲しいんだと思うんです」
「あえ? ハナとタイシにいってほしいです?」
「多分ね」
「またなんでそんな……」
ハナちゃんもヤナさんも困惑気味だけど、俺にはそう思える。
「恐らくですが、何か理由があってそうする必要が出てきたんじゃないですかね?」
「りゆう、ですか?」
「ええ。無意味にこのような条件を付けるのは、考えにくいです」
あっちとこっちを繋ぐのも、良くはわからないけど……そんなに簡単にできるとは思えない。
にもかかわらず、こんな条件が付いている。
俺とハナちゃんは良く肩車をしたり、手を繋いだりしているから、必ずこの法則には気づいただろう。
そういう事も踏まえて条件が設定されているように思う。
これは、この洞窟を作った存在の意思か、神様かわからないけど……。
そういった存在からの、要望だ。
俺とハナちゃんに向けた――お願いなんだ。
よくハナちゃんに、ヒントを与えていたらしき謎の声も……今日は聞こえない。
これは……俺たちに考えることや気づいて貰うことを考えてやっているのかも。
もしくは――声を伝えることが出来ない、とかも考えられる。
たとえば……『門』を繋ぐことで精一杯、とか。
――なんにせよ、ここはこの意思に乗っかってみよう。
「ハナちゃん、自分と一緒に……洞窟の向こうに、行ってくれるかな?」
「あい~! タイシといっしょに、むこうにいくです~!」
ハナちゃんは大喜びで約束してくれた。うん、ハナちゃんはやる気十分だな。
あとは……。
「だいじょうぶなのですか?」
「おやとしては、しんぱいです」
ヤナさんとカナさんが、心配そうに見ている。
当然だ。何が起こるかわからない状態で、大事な一人娘を預けるんだから。
ここは俺が責任を持とう。
絶対にこっちに、ハナちゃんと二人で無事に帰ってくることを約束しよう。
「問題なく帰ってこれるよう、準備はきちっとします」
「かえってこられるほうほう、あるのですか?」
「ええ。もしものことがあっても、実は割とあっさり帰れます」
「あっさりですか……」
「まあ、伊達に千年……まあそちらでいう、千周以上もこの村の管理をしてきたって訳じゃ無いんですねこれが」
異世界からの帰還に関しては、色々方法やらアイテムがあるわけだ。
そのあたりは、ご先祖様に感謝だな。
「まあ、準備には多少時間がかかりますが、それさえしておけば安心ですよ」
「……わかりました、ここはタイシさんをしんようします」
「ハナを、よろしくおねがいします」
ぺこりと頭を下げるハナちゃん一家だ。
俺もぺこりと頭を下げて、約束する。
「任されました。二人で問題なく帰ってくることを、約束します」
「やくそくするです~!」
よし、保護者の同意も取れた。
まだ不安はあるみたいだから、準備をきちっとしている様子を見せて安心させてあげよう。
そして、準備が整ったならば……。
何が起きるか、どこに行くのかはわからないけど、やるだけやってみよう。
しかし、ヤナさん達には申し訳ないけど……すっごいワクワクする!
なんたって、ちょっとした冒険が始まるんだから。
そして、ハナちゃんと一緒に、異世界に冒険に行けるんだ!
……向こうでは一体、どんなことが起きるのかは分からない。
だけど、きっと良いことにつながるはずだ。
――これは、忙しくなるぞ!