第九話 そろいました
神社も設置したし、そこに何かが宿った。
ここまで揃えば十分だ、後は開店に向けての最後の儀式に取りかかろう。
ちゃっちゃと手を洗ったのち、儀式を始める。
「これとこれと……これかな?」
店に並んでいる駄菓子の中から、とびきり甘い奴をいくつか選んで神社にお供えをする。
そして二拝二拍手一拝、柏手を打って神様に挨拶だ。
澄んだ音が鳴るよう気をつけて柏手を打つと、神社の輝きがほのかに強くなった。
うん。儀式に則るというのは――ちゃんと意味があるって事だな。
これで神様が聞く体勢に入ったので、口上を述べよう。
「神社の完成のお祝いと、お店の開店の記念のお供え物です。どうぞお受け取り下さい」
(ありがとー!)
ピカっと光ってお菓子が消える。軽量だからすぐに持って行けたようだ。
「タイシ、いまのなんです? てをたたいてたです?」
「ふしぎなぎしき~」
「でもなんか、せんれんされてたっていうか」
「なんか、きれいにまとまってた」
柏手を見たハナちゃんが、真似して手をぺちぺちしている。
他のエルフ達も、柏手を見て何か感じたのか、興味深げな顔をしていた。
……そういや、皆の前で柏手打ったのはこれが初めてだな。
どういう儀式なのか、説明しておこう。
「これはですね、こっちで良くやる神様への挨拶なんですよ」
「あいさつです?」
「そうそう。お辞儀を二回したあと、手を二回叩いて、もっかいお辞儀だね」
「なるほどです~」
「あいさつするのに、てじゅんがあるんだ」
「なんだか、れきしのおもみがありそう」
ハナちゃんが二拝二拍手一拝を練習する。ぴこぴこぺちぺちぴこと可愛らしい。
他のエルフ達も、ぴしぴしと練習し始めた。
……そしてハナちゃんや他のエルフ達が練習するたびに、神社がほよっほよっと反応している。
うん、神様律儀ですね。
――あ、そうだ。この駄菓子のお供えも、毎日やって貰おう。
そこにかかる費用の負担は、まずは俺がしておこう。
いずれ村の収入から、公益費みたいな感じで捻出できたら良いかな。
「今思いついたのですけど、この店のお菓子などを毎朝いくつかお供えして欲しいんですよ」
(なぬ!?)
「おみせばんをはじめるまえに、おせわをするんでしたよね。それとあわせてですか?」
「そうです。こっちの方では大体やってることですね」
神様に、一日個数限定だけど好きなお菓子を持って行っても良いよ、というやり方もあると言えばある。
でも、俺が思うに……エルフ達が――手ずから気持ちを込めてお供えした方が、良いはずだ。
お供え物の種類や金額より、気持ちを込める――これが神様にとって重要な筈だ。
「なるほど。いいとおもいます。かみさまにはおせわになってますし」
(ま……まいにちおかし?)
うん、ヤナさんも異論は無いようだ。じゃあこれで行こう。
そうそう毎日お菓子ですよ毎日。
「ではそれで。さっきやった儀式と合わせてお供えすると良いかもしれませんよ?」
(う、うん)
「わかりました。そうします」
(おかし……おかしがまいにち……うへへ)
ヤナさんと話しもまとまったことだし、次の段階に移ろうかな。
うへへってる空耳は、聞かなかったことにしとこう。
……まあそれはそれとして、これで開店の準備は全部整った。後は開店するだけ。
さっそく、開店の宣言をしよう。
「では皆さん、これで全ての準備が整いました。それでは実際にお買い物をしてみましょう。お店を開店します!」
「「「わーい!」」」
わああっと商品に群がる皆さん、各々欲しい物や興味のある物を手にとって、わいわいとやっている。
「タイシタイシ、これなんです?」
「それはチョコレートだね。すっごく甘くて美味しいよ」
「! おとうさんこれほしいです~!」
ハナちゃんが持ってきたのは五円チョコレートだね。
五円で一個売るのではなく、三個で十円という太っ腹価格にしてあるけど。
神様にもお供えしたやつだ。
「タイシさん、このきいろとくろのやつはな~に?」
「それはプチプリンといいまして、これも甘くて美味しいです」
「! お、おとうさ~ん!」
「ハナ、よくかんがえてえらぶんだよ」
プリン風のゼリーかなんかだろ、と思って食べるとガチでプリンなあれだ。
子供の頃本気で衝撃を受けた。おまけにガチのプリンなのに、常温で保存できるすごいやつだ。
そして甘くて美味しいと聞いたハナちゃん、プチプリンもおねだりだ。
おねだりされたヤナさんも、口ではああ言っているがでれでれしている。
普段あんまりおねだりしないハナちゃんだから、おねだりして貰って嬉しいのかも知れないな。
「はわ……」
そしてカナさんは相変わらず、お絵かき道具を見て目をキラキラさせている。
コツコツと道具をそろえていって下さい。
「これください」
そして、最初のお会計は若干興奮気味のマイスターだ。
図鑑をあるだけ抱えている。……端から端まで全部を、本当に買うんですね……。
でもね、他の皆さんはお金を使い切らないように、慎重に選んでますよ?
いきなり全財産散財させるのもアレなので、立ち読みしても良いことを伝えよう。
「買わないで立ち読みも出来ますから、今全部買わなくても良いですよ?」
「――なん……だと……。ゆめのような、おみせじゃん……」
愕然とするマイスター。しばらく固まった後、きちんと元あった場所に本を戻してから、楽しそうにぺらぺらと立ち読みし始めた。
日本語は読めないだろうけど、写真を眺めているだけでも楽しいみたいだ。
……まあ、商売という面で言えば立ち読みは困った物ではある。
ただ、この店は人がそこそこ訪れてくれることが重要であるわけだ。
立ち読みしてくれると長時間店に居ることになるので、店に人が存在する時間を増やせる。
そういうわけで、マイスターが長時間立ち読みしてくれるのは、ここではありがたいことだったり。
人が訪れてくれさえすれば、この店は金銭的には赤字になろうが成功なのである。
ある意味、公共施設であり福祉行政でもあるのだから。
それに、喉が渇いたり小腹が減ったりしたら、何か駄菓子でも買って食べるんじゃないかな。
そうやって有意義な時間を過ごしもらえれば、それでいい。
しかし、後先考えないマイスターがいきなりやってきただけで、他の皆さんはまだ慎重に何を買おうかワイワイとやっている。
この、何を買おうか考えているときが楽しいんだよな。
そんな感じで、しばらくの間商品を手に取ったり考え込んだりしているエルフ達を眺めていると、ハナちゃんがとある駄菓子をもってやってきた。
「タイシ~。これ、おもしろいかたちしてるです~」
「これ、なんですか?」
「たべものなの?」
お、五十円コーナーのブタメンだな。
駄菓子の中では高額商品だけど、おやつ代わりに良いかと思って陳列してあるやつだ。
しょうゆ、とんこつ、カレー味の三つをお試しに置いてみた。
小さいカップ麺だけど子供なら小腹を満たすには十分な量だし、結構人気がでるかなと思っている。
ただ、エルフ達は袋麺しかラーメンをしらないから、カップ麺は見ただけじゃわからない。
これはラーメンだよって、教えておかないとな。
「それはラーメンの一種ですよ。お湯を注いで、この砂時計一回分待てば食べられます」
「「「ラーメン!」」」
ラーメンと聞いて、ブタメンに殺到する皆さん。
……五十円でおやつラーメンが食べられるのだから、そりゃラーメン好きのエルフ達ならこうもなるか。
ここでラーメンを買って、集会場で食べるということも想定しているので、カセットコンロとヤカンも準備はしてある。
せっかくだから、ここで食べて貰おうかな。
「このラーメンはお湯が必要ですので、言っていただければ沸かします」
「タイシ、おねがいするです~」
「おれも!」
「わたしも~」
――そしてブタメンは速攻で売り切れた。また仕入れてこないと……。
思ってたより、ずっと人気が出てしまった。
まあ、皆食べたことがある物だから、分かり易いんだろう。
そのうち、チョコレートとかの甘味系にも人気商品とかが出てくるはず。
このあたりの需要は、しばらくやって様子を見ないとわからない。
まあ、そこら辺を考えるより先に、まずはお湯を注ぎまくらないと。
「タイシさん……なんだかえらいさわぎになってません?」
お湯を沸かしては注ぎ、沸かしては注ぎしていると、お手伝いのヤナさんが目を白黒させながら聞いてきた。
確かに、今は皆が殺到しているから忙しいな。
ただ、これ以降は一気に来客があるようなことは減るんじゃないかな。
今日は皆を集めて開店したからこうなっているだけで、明日からは一斉に来店して一斉に買い物、なんてことは無いはずだ。無いと良いな。無いよね?
「……まあ、初日はしょうが無いと思いますよ。明日からは落ち着くと思います」
「そういうものですか……」
エルフ達にとって珍しい物が沢山あり、それをある程度は好きに買えるわけだ。
そりゃ楽しくなって大騒ぎになるのも当たり前だよね。
まあ、賑やかなのは良いことだ。とりあえずこのお湯待ち行列を捌こう。
――そして、なんとか購入者全員にお湯を注ぎ終わった。
「このラーメン、おいしいな~」
「あまいおかしたくさんとか、すてき」
「このプリンてやつ、やばいな。とろけるうまさ」
皆思い思いの商品を購入して、雑貨を眺めたり駄菓子に舌鼓を打っている。
一人頭二百円~五百円くらいしか使ってないから、今日配ったお金もまだ余裕があるだろう。
明日以降も、ぼちぼちと消費してくれたら良いな。
「タイシタイシ~。このチョコレートっていうおかし、おいしいです~」
騒ぎが一段落してちょうど一息ついていたとき、ハナちゃんがぽてぽてとやってきた。
仕事の邪魔をしないよう、客足が落ち着くのを待っていてくれたのかな?
そしてハナちゃんは、五円チョコレートをちまちまと食べていた。
とっても気に入ったのか、チョコを一口かじるたびに顔はとろ~んとしている。
ハナちゃんのエルフ耳もでれ~んと垂れ下がっていて、幸せそうだ。
今まで甘い物を殆ど食べられない生活だったから、うれしさもひとしおだろうな。
「食べ過ぎは良くないけど、程々にするなら毎日食べられるよ」
「まいにちあまいおかし、たべられるです!?」
「程々にするならね。一日一個か二個くらいなら、毎日いけるよ」
「ゆめみたいです~」
毎日甘いお菓子が食べられると聞いて、ハナちゃんはご機嫌でくるくる回り始めた。
「おやつがふえて、うれしいな~」
「まいにちおかしたべられるとか、すてき」
「ラーメンがかんたんにたべられるのが、またいいな」
他の皆さんも同様で、毎日利用出来ると聞いて喜んでいる。
これでお年寄り達がお店の運営を身につけたら、この計画は完了だ。
「大志、大体なんとかなったか?」
お店の混雑が一段落したからか、親父が声をかけてきた。
まあ、なんとかなったかな?
「うん。まあ今は試験運用だけど、この調子ならなんとかなるんじゃないかな」
「後は様子を見て、店のレイアウトを改良していこう」
高橋さんも、引き続き協力してくれるようだ。
今後やっていくにあたって、店のレイアウトに改善の余地が出てくるかも知れないから、ありがたい。
あとはぼちぼちお店をやっていくことにしよう。
エルフ達は皆お店を気に入ってくれたようだし、お金も配ったからしばらくはなんとかなる。
皆で上手くお金を使って、村に貨幣が循環するような環境が作れたら良いな。
皆にこにこしてお菓子を食べているから、なんとかなりそうな気はする。
◇
そうして、お店が落ち着いてしばらくした時のこと。
「あえ~」
……あれ? ハナちゃんが五円チョコの最後の一つを見て、なにやら悩んでいる。
耳がぴこっと立ったりへにゃっと下がったり、どうしたんだろうか。
「ハナちゃん、どうしたの?」
「タイシ? このおかし……」
お菓子? 五円チョコに何か問題があったかな?
ハナちゃんは五円チョコをじっと見ている。
そして――神社を見た。
「このおかし……おそなえしても、いいです?」
(――!)
――――。
「ハナも、タイシみたいに、かみさまにおそなえするです」
――お菓子、お供えしたいのか。
ヤナさんにおねだりして買って貰った大事なお菓子を、それでも。
「だめです?」
おっと……感無量だったんで返答が詰まってしまった。
もちろん――駄目なんて事は無い。
ハナちゃんが成長してることに気づけて、嬉しかったんだ。
良いことだよって伝えないとな。
「駄目なんて事は無いよ。それはとっても良いことだから、自信を持って良いんだよ」
「ほんとです?」
「ほんとだよ。ほら、ヤナさんにも聞いてご覧?」
「あい」
ハナちゃんがヤナさんにも聞こうとして、ヤナさんの居る方を見た。
見たのだけど……。
「……きけるじょうたいじゃないです?」
「うん……号泣してるね。無理だね」
俺とハナちゃんのやりとりを聞いていたのか、ヤナさんは感極まって号泣していた。
さらに後ろを見ると、カナさんやらおじいちゃんおばあちゃん、ひいおばあちゃんも号泣だ。
まあ、自分の家族がしっかり成長していることを見れたんだから、号泣してもしかたがない。
「ええ子や……」
「おう……俺ももらい泣きだよ……」
親父と高橋さんも、もらい泣きだ。そういやこの二人も涙もろい。
……まあ、皆同じ考えだね。
「ほら、皆も同意見みたいだよ。偉いねハナちゃん。なでなでしてあげよう」
「うふ~」
ひとしきりなでなでした。
まあ、あまりやるとぐにゃるので、そろそろお供えしてもらおう。
「ほらハナちゃん、そろそろお供えしよう」
「あい~!」
ハナちゃんがにぱっと笑顔になった。
そして五円チョコを手に持ってぽてぽてと神社に向かい、お供えしようとしたとき――。
「おれもおそなえしよ」
「わたしも」
「ふが」
(!!)
それを見ていたエルフ達も、各々駄菓子を手に持ってやってきた。
皆、お供えするんだ。
ハナちゃんの行動が――皆を動かしたんだ。
「じゃあ俺も。せっかくだからでかい奴で」
「俺はこの最高額のやつ行っちゃうぜ」
親父も高橋さんもだ。俺はさっきお供えしたけど、せっかくだからもう一度。
子供の頃気に入ってよく食べていた、思い出の駄菓子を手に取る。
「それじゃあ、皆でお供えしましょう」
「あい~! みんなでおそなえするです~!」
「「「はーい!」」」
皆のお供え物を神社の前に置いて、皆で柏手を打つ。
全員音がずれたりお辞儀もバラバラだけど、気持ちがこもっていれば良い。
「かみさま、ありがとです~!」
「おせわになってます」
「これからもよろしく」
「かんしゃしてます」
(!!!)
エルフ達は、柏手を打った後に神様に感謝の言葉を述べた。
そう、神様が手助けしてくれなかったら、皆ここには居なかった。
この村もこんなに賑やかにはなっていなかったし、ハナちゃんも居なかった。
この状況を作り出したエルフ達の神様は、ちょっとぽやっとしているけど――紛れもなく偉大な存在だ。
そしてエルフ達を本当の意味で救ったのも、この神様だ。
俺は、それを手助けしたに過ぎない。それも他人の力を借りて、やっとこ。
この神様がいなければ――今は無かった。
だから心の底から、感謝しよう。
神様という、報われにくい存在にも――伝えられることはある。
そのために……声が聞こえない他の人たちが、その存在に心を向けられるようやってきたけど……。
やっと――実を結んだかな?
ハナちゃんの行動のおかげで、全てが揃った。
皆で気持ちを込めて作った社と、気持ちを込めてお供えした供物。
そして、自ら伝えようと行動した、その心意気。
――全部、揃った。
やがて、お供え物がぴかぴかと光り始める。今までとはちょっと違った光だ。
「おそなえもの、ひかってるです~」
「けっこうはげしくひかってる」
「よろこんでくれたかな?」
それはもう。謎の声は聞こえないけど、それに頼らなくったってわかる。
「ええ、大丈夫ですよ。きっと皆さんの気持ち、伝わってます」
「つたわってるです?」
「うん。ハナちゃんのおかげだよ。それに皆も頑張ったからね」
「がんばったです~!」
ぴかぴかと光るお供え物を見ながら、ハナちゃんとキャッキャする。
やがて――お供え物は消えた。
(ちから、みなぎるー!)
ほらね、伝わった。