第八話 神社完成
「では皆さん、このお店をどうやって営んでいくかを説明したいと思います」
「どのように、ですか?」
「ええ。このお店は、出来ればお年寄りの方々に店番をして欲しいと思っているんですよ」
さて、どんな反応が返ってくるかな。
「え? おとしよりですか?」
「たいへんそうじゃない?」
「ふが?」
お年寄りに店番して欲しいと提案すると、皆さんちょっと不安顔になった。
初めて通貨を運用して、お店も営んでいくわけだ。
やったこともない試みにお年寄りを使って、無理させたくないんだろうな。
「お年寄りの皆さん、畑仕事と力仕事は厳しいですよね?」
「ええまあ。むりはさせたくないですね」
「かりもはたけしごとも、はものつかうしな」
「ころんだりしたら、たいへん」
この辺は俺も同じ意見だな。考えることは一緒だ。
じゃあ、お年寄りに店番をして貰う意義を伝えようか。
「でも、お店番なら座って商品とお金のやりとりをするだけですよ」
「それはそうですね。ただ、おぼえることがたくさんありません?」
「お金のやりとりの仕方は覚える必要がありますね」
「ふが」
「ひいおばあちゃん、けいさんできるっていってるです」
お、ハナちゃんのひいおばあちゃんはやる気みたいだな。
他のお年寄りはどうかな?
「ひましてたから、みんなのためになるならいいかも」
「わたしらだけ、おうちでねてるのはちょっときがひけてたのよね~」
「あんまりなんもしてないと、からだがなまる」
「あらあら」
概ね大丈夫な感じはするな。じゃあもっとやる気になって貰うために、報酬の話をしよう。
「お店番をした日は、日当として報酬を出しますよ。どんな報酬にするかは要相談ですが」
「ほうしゅうですか」
「ええ。一日あたり固定でお金を出しても良いですし、お店の商品でいくらまでの物を持って行って良いとか、なんらかの報酬を出します」
当たり前だよね。ただ働きさせるつもりはないから。
どういう報酬かは、まあ皆で相談かな。
固定給が良いと思うけど、いくらに出来るかはお店の売り上げがわからないとなんとも言えない所もある。
しばらくは、現物支給になるかもな。
ただ、この村でお金を使えるのはこの店だけなので、現物支給も現金支給も大して違いは無いとも言えるか。
「やるきでてきた!」
「わたしらも、じぶんのはたらきでなにかもらえるの!?」
「やるやる! おみせばんやりたい!」
お年寄りの皆さん、ずずいと前のめりになった。
家で家族の誰かが何か成果を出すのを待つだけではなくて、自ら動いて成果が得られるのはやる気もでるよね。
固定給もしくはお店の商品をいくつか、という報酬のどちらでも、お年寄りには商品選択の自由がある。
肉体の衰えで自由が減ってしまったお年寄り達にとっては、貴重な自由裁量権の一つとなるわけだ。
もうだいぶやる気のお年寄りたちだけど、さらにやる気を出してもらおう。
「可愛い孫やひ孫に、報酬で貰ったお菓子をあげたら――どうなります?」
「ぐふっ……」
「ふが~!」
「あらあら」
もだえるお年寄りの皆さん。
「お店番の報酬で得たお金で――家族と一緒にお買い物」
「……ふふふふふ」
「もう、しょうぶはついているというのに……」
「さいしょから、まけているのだ……」
「ふが」
たった二回のささやきで、お年寄り達は妄想の世界に行ってしまった。
この方面のささやき、効果覿面過ぎて怖い。
まあ、ようは自分の働きで家族に何かしてあげられるという事なわけで。
活動範囲が狭まったお年寄りにとって、これは何より効くのではないかと思ったんだ。
効きすぎたけど……。
「……と言うわけで、お年寄りの皆さんにお店番をお願いしたいのです」
「みなさんやるきなので、だいじょうぶでしょう……」
ヤナさんも、お年寄り達のやる気に圧倒されていた。
あとは、ヤナさんにもお願いしなきゃいけないことがいくつかある。
「それで申し訳ないのですが、ヤナさんにはお店のお金と在庫の管理をして頂けたらと思うのですが……」
「それはまかせてください! もともとのしごとも、そういうのでしたからとくいです」
「それは良かった。お願いします」
ヤナさんが胸をぽむっと叩いて、請け負ってくれた。
これでほぼ問題は無いと思う。細かいところはヤナさんに任せておけば、村はなんとかなる。
「あ、もちろんヤナさんにも報酬は出ます。その報酬で可愛い我が子にお菓子を贈ると、そこには――子供のあふれんばかりの笑顔が」
「ふおおおお」
「おかしです~!」
なんだかやっておかないといけない気がして、ヤナさんに不意打ちしたら……ハナちゃんにも不意打ちになってしまった。
もだえるヤナさんと、甘いお菓子を想像してうっとり顔のハナちゃんだ。
「これで、お店の運営担当については大丈夫ですね」
「ええ、だいじょうぶです」
じゃあ、次は具体的にどうお店番をするかの講習に入るか。
とりあえず高橋さんに手伝って貰って、実演しよう。
「それでは、実際にどうやってお店番をするか実演します。高橋さん、ちょっと手伝って」
「おう。俺は客役でいいか?」
「それで頼む。適当な商品選んで、会計おねがい」
「わかった」
高橋さんがひょいひょいと駄菓子を何点か、雑貨を何点か選んでいるあいだに、俺はカウンターに移動する。
程なくして高橋さんが商品を選び終えて、会計にやってきた。
「これ下さい」
「はい。十円駄菓子が三点と五十円駄菓子が二点、百円雑貨が五点で六百三十円になります」
「じゃこれで」
高橋さんが七百円を出してきた。おつりは七十円だな。
五十円玉は導入していないので、十円玉七枚を渡す。
「お釣りは七十円となります」
「いっしゅんでけいさんしたぞ……」
「けいさんいし、つかわないの?」
「あれ? むりなきがしてきた……」
……お金の計算のところで、エルフ達がぷるぷるし始めた。
皆さん、さっきはラーメンがらみであんなにしぴっと計算していたのに、どうしてここで諦めるの……。
「このように、お店番は常に計算を必要とされます。計算しまくりです」
「おわった……」
「はかないゆめだった」
「ふが」
「もんだいないかな、っていってるです~」
ひいおばあちゃんだけは問題なかったようだ。
まあ……ほんとはちゃんと計算できるのに、途中で放り出す皆さんの習性――わかっております。
ちゃんと対策を用意してきたんですよこれが。
「計算が面倒な皆さんのために、これがあります」
カウンターに鎮座している、現代文明の利器――レジスターだ。
今回は電池式の一万円くらいの奴を用意してみた。
……実はそろばんも電卓も、もってきてはいるけどね。
レジスターが駄目だったら、電卓かソロバンにしよう。
「この機械、数を入力すると、なんと勝手に計算してくれます」
「え!? けいさんしちゃってくれるんですか!?」
「しちゃいますよ。もう計算しまくりですね」
ヤナさんが衝撃を受けたような顔で、レジスターを上から下から眺めている。
「まあ、その前にこっちの数字を覚えなくてはいけないんですけどね」
「すうじ? ですか」
「ええ。ほら、お金のこことか、この機械のこことかに印がありますよね?」
「ええ。まるかったり、ぼうだったりのやつですね?」
ヤナさんが右から左から、数字を眺める。眺める角度は余り重要では無い気がするけど……。
まあ、数字の説明をしようか。
「そうです。これが数を表していまして……」
紙に数字を書いて、横にその個数分の石を置いていく。
ヤナさんはふむふむと言った感じで、数字と数の対応を見ている。
九までならすぐにわかるだろう。
「すうじがふたつならぶと、じゅうばいになるのですか?」
お、ヤナさんがアラビア数字の法則に気づいたようだ。
さすがに、計算が得意だからか理解が早いな。
「そうです。こっち側の数字が十倍で、こっちが一倍です」
「……ということは、みっつならぶとひゃくばいですか?」
おお、もう桁やらわかったようだ。さすがはヤナさんだな。
「そうですそうです。飲み込みが速いですね」
「なるほど、これはべんりです。じゃあこれだとせんよんひゃくとかになります?」
「そうです。凄いですね。もう数字を習得出来てますよ」
「ふが~」
「わかったっぽいっていってるです~」
ヤナさんに続いて、ひいおばあちゃんもわかったっぽい。
「ほうほう、ということはこうしてこうで……」
ヤナさんがなんだか碁盤の板みたいな物を取り出して、ぴしぴしと色つきの石を並べ始めた。
「あれ? ヤナさんそれ何ですか?」
「ああ、これはわたしたちがつかっている、けいさんのどうぐです」
おお……エルフ達の計算機か。並べ方を見るに、ソロバンに近いやり方だな。
ソロバンに近いということは、いわゆるデジタル計算機だ。なかなか面白い。
ご破算したあと並べ直すのが面倒そうだけど、機能としては似たような事ができるな。
「だいたいわかりました。なんとかなります」
ぴしぴしと石を並べ終えたヤナさん、何らかの検証が終わったのか、なんとかなります宣言が来た。
数字を教え始めてからそんなに時間が経ってないけど、もう理解できたのかな?
「大丈夫ですか?」
「ええ。もんだいありません」
「ふが~」
ヤナさんもひいおばあちゃんも、大丈夫そうだ。
試しに実演して貰おうかな。
「それでは、ここに十円のお菓子が八個と百円の雑貨が六個と、三百円の雑貨が四個あります。いくらになりますか?」
「しょうしょうおまちを…………せんはっぴゃくはちじゅう、ですね」
「ふがふが」
ぴしぴしと石を並べ、数字を書いたヤナさん、正解だ。ひいおばあちゃんは何を言っているか聞き取れないんだけど、まあ正解にしとこう。
「正解です。では、私が五百円を四枚出しました。お釣りはいくらですか?」
「にせん、ですね。おつりは…………ひゃくにじゅう、ですか」
「そうです! 計算と数字の理解は大丈夫そうですね」
紙に書いた数字も合っている。うん、ヤナさんはもう大丈夫だな。
問題は……。
「あのさんにん、なにやってるの?」
「まったくわからないとか、ふるえる」
「おれのじまんのけいさんどうぐは……じつはあまりつかってない」
自慢の計算道具をあまりつかってないって、それはどうなんだろうか。
……まあ、他の方々はさすがにヤナさんみたいに、すぐに理解するのは難しかったか。
ここんところどうしようかな。
「すうじのあつかいですけど、わたしのほうでみんなにおしえておきます」
ヤナさんが皆に教えてくれるんだ! それは助かる。
「本当ですか! それは助かります」
「みんなもひつようになりますし、おぼえておいてそんはないかと」
「それじゃ、お願いします」
「わかりました。ついでに、そのけいさんするきかい? のつかいかたもおしえていただければ、わたしからみんなにおしえます」
ヤナさんの目は、レジスターに釘付けである。
もう計算機を使いたくて仕方が無い様子だ。
……皆に教えるという口実で、思うさまレジスターをいじりたいだけではないだろうか……。
まあ良いか。実際それでも、皆に教えてくれるなら助かる。
「助かります。じゃあ、早速教えますので」
その後、ヤナさんにレジスターの使い方を教え、ついでに電卓やソロバンも教えた。
楽しげにそれらの道具を使って計算するヤナさんは、あっという間に数字を使いこなしていったのだった。
◇
お店番とお金のやりとりのお話は大体終わったので、最後には実際に駄菓子屋でお買い物をして貰おう。
しばらくは俺や親父が店員をして、ヤナさんとお年寄りは研修だ。
徐々に任せられるところを増やして、最終的に完全にエルフ達に運営を任せることにしよう。
各家庭に一万円分の硬貨を配布し、いざ開店だ。
――の前に、やることがある。
神社の模型を、完成させよう。
「これで一通り開店の準備は整ったのですが、一つやることがあります」
「やることです?」
「うん。あの神社の模型、あと一回の作業で完成するんだ」
(ほんと!)
「ほんとです!?」
自宅で一気に完成直前まで持って行ったからね。あと一歩だ。
「うん。せっかくだから皆で完成させて、喜びを分かち合おうかなと」
「やるです~! みんなでかんせいさせるです~!」
(い、いよいよ~)
「じんじゃ、できるのか」
「とうとうだな~」
「わりとかかったな」
皆さん乗り気なので、さっそく箱から完成直前の模型を取り出す。
「あとはこの屋根を乗せるだけです。皆でやりましょう」
(はーい!)
「「「はーい」」」
屋根が微妙に光っているけど、これ想定外の参加者がいないかな?
……まあ、気にしないことにしよう。
「それじゃあ、屋根を乗せましょう。 せーの!」
(せーの!)
「「「せーの」」」
皆で(微妙に光る)屋根を上手くはめ込んで、とうとう神社の模型は完成した。
「これで完成しました。皆さん協力有り難うございます!」
「やったー!」
「けっこうすごいの、できちゃった!」
「つくってるとき、たのしかったな~」
(おうちー! おうちー!)
神社はほよんほよんと光っていて、何かが宿っているらしき雰囲気がある。
まあ、光っているのは気にしないことにして、棚に設置しよう。
高橋さんに棚を作って貰ってあるので、固定して設置完了だ。
「それでは、ここに神社を設置します。そしてお願いがあります」
「おねがいですか?」
「ええ。せっかく神様の家を作ったわけですから、毎日お世話をして欲しいなと」
(まいにち! いいの?)
良いんです。
「お店番をする人が、朝お水を供えるなり拝むなりして、何かしら神社の世話をして欲しいんですね」
「わかりました。せっかくかみさまのおうちがあることですし、いいとおもいます」
(やったー! まいにちにぎやか~!)
他の皆さんも異議は無いようで、大丈夫そうだ。
それに謎の声も喜んでいることだし、まあ問題ないな。
これで開店前の準備は全部出来たかな。
それじゃ、いよいよお店を始めることにしよう。