第六話 全部解決するには……
「それじゃ、また三日後くらいに顔を出します」
「わかりました」
「まってるです~!」
「またなんか建物作りに来るから、よろしくな!」
昨日の東屋設置祭りは夜遅くまで続いたけど、今日は皆さんお寝坊せずに起きて来れた。
ハナちゃんとは集会場で雑魚寝したけど、朝おふとんのなかで「あえ~……あえ~……」ってもぞもぞしている姿は大変可愛らしかったなあ。
ヤナさんなんて悶絶していた。可愛いわが子の可愛い仕草は、お父さんにとって抜群の破壊力をしめすんだな。
……まあ、そうしてもぞもぞハナちゃんがなんとか起きてきたあと、皆で朝食を食べてから村を出た。
いったん高橋さんちにトラックを返して、大将にワサビちゃんを納品して今日の仕事は終了。
自宅に戻り親父とゆっくりする。
雑談がてら、高橋さんが気にしていた、お年寄り暇しちゃってる問題について相談してみよう。
「なあ親父、高橋さんに言われたんだけど、村のお年寄りがどうも暇してるみたいなんだ」
「暇してるか……それはよくないな。暇が過ぎると、心も体も弱ってくる」
親父もよくないと考えるみたいだな。ここら辺は俺と親父、そして高橋さんの考えは一致した。
じゃあ、どうやってそれを解消するかという話になる。
「前にハナちゃんから聞いた話では、お年寄りは釣りが得意だとか言ってたよ」
「じゃあ、まずは釣り道具でも持ってって、釣りでもしてもらうか」
「まずはそれだね」
一つ目の案はこれでいい。すぐに出来るし、体の負担も少ないから大丈夫だろう。
ただ、これだけだとどうも足りないと思う。
釣りは一人で黙々とやる作業だから、ちょっと寂しいのではないかなと。
「釣りだけじゃあれだから、他にも何かあるかな?」
「う~ん……さしあたっては、子供の面倒を見てもらうのが良いと思うぞ」
子供の面倒か。今子供達は、大人達が働いている間ちょこちょこお手伝いをしたり、集会場でおもちゃを使って遊んでいたりする。
子供達だけで遊ばせるのはちょっと心配な所もあるので、お年寄りが面倒をみるのは良いかもな。
まあ、お年寄りは普段から孫やひ孫の面倒を見ているので、それが他の家の子供にも対象を拡大するだけでもあるか。
良い案だとは思うけど、あともう一押しが必要かも知れない。
「……割と難しいね」
「まあ、根詰めてもしょうが無いさ。ぼちぼち考えていこう」
「そうだね」
結局その日はそれ以上良い案は浮かばず、悶々として終わった。
――翌日になっても昨日の考えから進めず行き詰まったので、自室で黙々と神社の模型を組み立てることにした、のだけど……。
「あ……接着剤切れちゃったな」
八割方できあがってきた模型だけど、組み立てが乗ってきたところで接着剤が切れてしまった。
タイミングが悪いなあ……。しょうがない、買ってくるか。
あとは、せっかく買い物に出かけるのだから、親父にも何か買ってきてほしいものがあるか聞いておこう。
「親父、ちょっと接着剤買ってくるけど、ついでに何か買ってくる?」
「ちょうど良い、石けん切れそうだから買ってきてくれ。あと味噌も」
「わかった。じゃ行ってくる」
「……おっと、ちょっと待った」
あれ? 親父が待ったかけてきたけど、何かあったかな?
「どうしたの?」
「いやさ、エルフ達に配布した石けんも、そろそろ切れる頃じゃないかと思って」
ああ、確かにそうだな。入浴と手洗いを推奨したから、結構消費が激しい。
これを切らすとかわいそうだから、補充しとかないとな。
他にも補充が必要な雑貨とか出てるだろうけど、失敗したな……確認してこなかった。
「とりあえず石けんは買ってくるけど、他になにか補充が必要な雑貨の心当たりある?」
「いや……ちょっとわからんなあ……」
エルフ達は遠慮しがちで、こっちから言い出して押しつけるくらいでやらないと、物資が不足していても我慢してしまう。
ただ、こっちも常に村に居るわけじゃないから、気づけない事も出てくる。
きっと、俺たちがわかってないだけで色々不足しているはずだ。
お年寄りが暇している問題もそうだけど、これもちょっと懸案事項だな……。
まあ、俺がエルフ達の立場だったらやっぱり遠慮して我慢しちゃうだろうから、気持ちはわかる。
こっちは遠慮して欲しくないけど、そういう気持ちもわかるだけに難しいな……。
せっかくこっちの世界に来て、便利な物や生活を良くする物があるのだから、それを使って欲しい。笑顔になって欲しい。
でも、援助される側としては、申し訳なさが先に立ってしまう。
結果、良い物があるのに不足したり使えなかったりといったことが起きる。
これ、なんとかしたいな……。
俺たちとエルフ達の間に存在する、大きな課題の存在に気づいてしまった。
気づけて良かったと言うべきか。
――絶対にこの課題、なんとかするぞ。
……とはいえ、そうそう案なんて浮かぶはずもない。
お買い物を済ませて、案が思いつかず悶々としながら模型作りを再開する。
――が、悶々としているだけにはかどらない。
……だめだな、これは。いったん頭を冷やそう。
こういうときは散歩に限る。
「親父、ちょっと散歩してくる」
「なんだ、また出かけるのか」
「まあ気分転換にね」
軽く家の近くを散歩してくるだけだけど。
「……それならさ、今公園でバラ祭りやってるから見にいくか?」
「ああ、もうそんな時期なんだ。良いかも」
高校の先生が趣味でバラ園を公園に作っていたら、いつしか名物になって祭りになっちゃったって奴だ。
公園全体にバラが咲き乱れる様子は美しくて珍しくて、楽しくなる。
良いな。親父と行こう。
「じゃ親父、行くか」
「ああ、ちょっくらまってろ。着替えてくるから」
そうして親父とバラ祭りを見に行って、綺麗なバラをたっぷり堪能した。
悶々としていた頭の中も、なんだかすっきりしたような感じがする。
良い気分転換ができた。親父に感謝だな。
「いや~、年々規模がでかくなってくねこれ」
「駐車場足りなくなってきてるくらいだからな」
親父とバラ祭りの感想を言い合いながら、ぼちぼちと歩いて家に帰る。
この辺は子供の頃は良く来ていたのに、大人になってからさっぱりだ。
懐かしさもあって、子供の頃を思い出しながら道を歩くのだけど……。
「あの雑貨屋さん、店閉めちゃったんだ」
「ああ、もう十年も前だけど」
「良くアイスとか買ってたなあ」
色々と新しい物ができたり、無くなっていたり。
懐かしいような、寂しいような……。
「大志、俺もお前も世話になったあの店、まだやってるぞ」
「……ほんとだ。あのお店はまだ続いてるんだ」
「問屋兼小売りなんだよあそこ。だから長く続いてるんだ」
「なるほど。でも懐かしいなあ……五百円玉握りしめて、友達とよく行ったよ」
「俺もそうだよ。良い店だよな」
無くなった場所もあるけど、まだ続いている場所もあることがわかって、なんとなく嬉しくなった。
◇
頭がすっきりしたところで、家に戻って模型作りを再開する。
気分転換したおかげか、すいすい組み立てられた。
もうすぐ完成する。そうしたら、集会場に飾ろう。神様に贈ろう。
……せっかく集会場に飾るんだから、エルフ達もこのちっちゃな神社に親しみを持って欲しいな。
毎日お世話して欲しいな。
そうすれば、神様ももっと喜ぶだろうと思う。
……また一つ課題ができちゃったな……。
もう課題が沢山で、何から手を付けていけば良いか良くわからない。
一つ一つ解決していくしかないとはいえ、いい手がないかなあ……。
――今ある課題は三つか。
一つ、お年寄りが暇しちゃってる問題。
二つ、エルフ達が遠慮しすぎ問題。
三つ、神社毎日世話して欲しい問題。
この課題の何を優先して、何から片付けていくか。
……俺としては、どれも優先度が高いと思う。
どれも後回しにしたくないし、どれもないがしろにしたくない。
どうしたら良いだろう……。
お年寄りが一人にならず、かつ村のためになるような仕事。
エルフ達が遠慮せずに、気兼ねなく不足無く物資を補充できる方法。
そして、神社に親しみを持ってくれて、毎日世話をしてくれる方法。
結局何一つ案が浮かばないままだけど、模型作りは捗った。
九割九分できあがって、あとは屋根を乗せるだけ。
残りは村で行おう。皆で協力して作ったのだから、村で完成させよう。
皆の前で完成させよう。完成の喜びを皆で分かち合うんだ。
ほくほくしながら模型をしまっていると、電話が鳴った。大将からだ。
「もしもし」
『おう大志、ちょっとお願いがあるんだけど良いかな?』
お願い? なんだろう。
「はい、何でしょう」
『あのワサビちゃん? 追加が必要になったんだけどさ、納品できるか?』
ワサビちゃんの追加か。もちろん問題ない。たんまり脱皮してる。
「ええ、問題ないですよ。明日か、もしくは明後日なら可能です」
『明後日で大丈夫だ。急な依頼だから、代金に色付けとくよ』
「まいどあり」
その後、多少の雑談をして通話を終了する。
しかし、追加でワサビちゃんの納品ということは、子猫亭は上手く行っているんだな。
大将の声も明るかったし、こっちはお金が入ってくるしで、にっこりだ。
おそらくこのまま、ワサビちゃんは村の特産品として定収入になる。
布と裁縫道具、靴も買うから、その予算に充てようかな。
――待てよ、お金があるんだよな。
エルフ達の収入として扱って問題ないお金が。
こっちが無償で援助するから遠慮するのであって、エルフ達が自分で稼いだお金で買い物するなら遠慮はしないよね。
節約はするかもしれないけど、まあそれは俺もそうだし、どこも一緒か。
となれば、村に雑貨屋を開けばいいんじゃないか? 店番はお年寄りで。
これなら、エルフ達が遠慮しすぎ問題とお年寄り暇しちゃってる問題は一気に解決できるかも。
こないだ通貨の説明とラーメン交換保証をした。
いわばラーメン本位制とも言える体制は宣言してあり、エルフ達も受け入れてくれている。
もやしは各自用意してもらうけど……。
まあ、もやしは良いとして。
いちおう、村で通貨が使える下地は整っているわけだ。
通貨の使い方と計算は教えれば良いから、出来ると思う。
これで二つの問題は解決した。
よしよし……残るはあと一つ、神社毎日世話して欲しい問題だけだ。
これも……お年寄りにやって貰おうかな。
朝お店を開けたら、神社に手を合わせるなりお水をあげるなりして貰えば良い。
そうすれば、毎日誰かしらが神社の世話をすることになる。
これで問題一挙解決……かな?
……ほんとにこれでいいのかな? もうちょっと良く考えてみよう。
村に雑貨屋を開くのは大丈夫な筈だ。
定収入も出来そうだし、そのお金をヤナさんに分配してもらって、必要な物を買って貰えば良い。
店に並べる商品も主に消耗品にして、百円から数百円で買える物を用意する。
品目は種別ごとではなく、値段ごとに分けて置けば間違いも起きづらいかな。
うん、実現には問題ないな。
ただ……消耗品を買うにしても、毎日じゃないよね。週に一回とか、月に一回とか……。
それじゃ、結局店番のお年寄りは暇しちゃうな……。
朝、神社の世話をするだけで終わる日の方が多くなるよね。
毎日、しかも数時間に一度の頻度くらいででお客さんが来てくれないと、お年寄りの問題は解決できたとは言えない……。
そうでなければ、一日ぼーっと店に座っているだけになってしまう。
なんにもしない時間がほとんどだけど、店番があるから出かけられない。
これじゃかえって状況は悪化しちゃうな……。だめかな……。
お店を開く意味が無いな……ヤナさんが一括して、不足分を発注するような形態で十分になってしまう。
エルフ達遠慮しすぎ問題は解決するけど、それ以外の問題は解決が困難になるな……。
お店を開くとしたら、毎日お金を使いたくなるような、そんな商品がなければいけない。
そして、毎日お金を使うなら、安くなくてはいけない。雑貨だけでは難しい。
毎日利用できて、お財布にも優しい安い商品が並んでいて、店番も楽しい。
そんな都合の良いお店を作らなくては、何一つ問題は解決しないな……。
無理かな……。
何か現実に、そんな都合の良いお店、ないかな?
――あった。
そんな都合の良いお店が。
今さっき見てきたじゃないか!
あのお店を真似てしまえば、全てを実現できる!
親父と気分転換に外に出て良かった。
家にこもって考えていただけじゃ、何にも思いつかなかった。
ありがとう親父。良いヒント、貰ったよ。
よし! 全ての問題を解決する都合の良いお店、作るぞ!
そのためには、商材を集めよう。
親父にも高橋さんにも手伝って貰って、村にお店を作ろう!
そうと決まれば、早速親父に相談してみるか。居間に居るかな?
居間に向かうと、テレビを見ながら親父がくつろいでいた。
早速思いついたことを実現するために、相談をしよう。
「親父、色々と問題が解決する案を思いついたんだけど、相談していいかな」
「お! もう思いついたのか。まあ茶でも飲みながら話そうか」
「まあ、ほんとに思いつきだけどね。あ、お茶ありがと」
親父がお茶を入れてくれたので、ずずずっと一口すすってから話を切り出す。
「色々考えてみたんだけど、村でお店を作るのが良いと思うんだ」
「今の村に必要な店となると……雑貨屋か?」
うん、雑貨屋もやるね。だけどそれだけじゃ問題がある。
「基本はそうだけど、雑貨屋だけだと余り人が来ないと思うんだ」
「まあ……そうだな。毎日行くような店じゃないな」
「だよね。なんで一ひねり加えた」
「一ひねり? あんまり変な商売形態だと、エルフ達が運用できないんじゃないか?」
「そこは大丈夫かな。なにせ、子供だけでも利用できるお店だから」
「……そんな店、あの村で作れるのか?」
貨幣経済を初めて運用するエルフ達なのに、子供でも利用できる店という大風呂敷をしいた。
そんな俺の考えに、親父が疑問を感じるのも当然だろう。
でも、あるんだ。そんな都合の良いお店が。
俺と親父の二代にわたって世話になったあのお店が、まさにそれなんだ。
そう――駄菓子屋なら、実現できる。
「親父、あの村に駄菓子屋を開こう! ついでに雑貨も置いて」
「……駄菓子屋か! なるほどそれは良い!」
いろんな種類の、安いおもちゃやお菓子がたーくさん。百円あれば豪遊できちゃう。
そして、甘い物を食べたがっていたエルフ達は、足繁く通うだろう。
さらには子供達にお小遣いを渡すようにすれば、子供達だって駄菓子目当てに遊びに来るだろう。
店番のお年寄りはお客さんと交流できて、子供も遊びに来てくれて張り合いも出るんじゃないかな。
集会場にお店を併設すれば、お客さんはそこでゆっくりすることもできるし、子供たちも集会場で遊べる。
これなら子供の面倒も同時に見れちゃうしで、一石二鳥だ。
「――よし大志、早速商材を調達しようぜ!」
親父も俺の意図に気がついてくれたのか、ノリノリになった。
でも、そんなにすぐに駄菓子を調達できるのかな?
「そんなにすぐ調達できるもんなの?」
「今日見てきたあの駄菓子屋、問屋だって言ったろ? 駄菓子問屋なんだよ」
「なるほど! そこで買えば良いんだ」
「そうそう。よっし車出してくれ、俺が話し付けてくるから」
「わかった。ワンボックスの方出すわ」
ノリノリの親父と手分けして準備をしよう。
これから忙しくなるぞ。
――なにせ、村に雑貨も置く、駄菓子屋を作るんだからね!