第五話 おなまえ
――おふとんを納品した翌日、朝の事である。
エルフ達が全員――寝坊したでござる。
おふとんの魔力に逆らえなかったのだ……。
「もうしわけない……」
「ぐっすりねたです~」
「おふとん……おふとん……」
「いつまでも、ねていたい……」
やっぱり目が虚ろな皆さんだった……。
まあ、午前中は特に作業はないので良いんだけど。
「おふとん、やばい」
「いつのまにか、あさ」
「さらにまどろみからの、にどね」
(ねすぎましたん)
……まあ、そのうち慣れるんじゃないかな。
今は存分におふとんを堪能していただきたい。
いずれ夏になったら、暑くておふとんで眠れないからね……。
さて、お寝坊エルフ達が集まったところで、今日の予定を話しましょう。
「午後から東屋を設置しますので、午前は色々準備をしましょう」
「今日の夕食、俺も食材をもってくるからぱーっとやろう」
「いいですね」
「たのしみです~」
こないだおコメ祭りをしたばかりだけど、今日は東屋祭りになる。
なんか祭りしてばっかりだな……。
「じゃあ俺は肉買ってくるわ」
「牛肉で」
「おれらもかりで、おにくちょうたつしてくる」
高橋さんは牛肉を調達しに村の外へ、狩りが得意なエルフ達は森の中へ。
それぞれ食料調達に赴いていった。
さて、俺は野菜を調達する係だ。といっても、ハナちゃんにお願いするだけだけど。
「ハナちゃんには、また野菜をにょきにょきしてもらいたいな」
「あい~! タイシいっしょにやるです~!」
元気いっぱい、もう既にスコップとじょうろを取り出し準備万端のハナちゃんだった。
◇
午後になり、基礎が固まった頃合いを見て東屋をどっこいしょと乗っける。
「それじゃ行くよ! せーの!」
「「よいしょ!」」
俺と親父と高橋さんで、強引に東屋を持ち上げて基礎の上に乗っける。
乗っけた東屋と基礎をボルトで固定するのはマッチョさんがやってくれた。
昨日習ったらしい。
「もうできちゃった」
「なんかおかしくね」
「あれ、かなりおもくなかったか?」
力業で物事を解決する俺たちを見て、エルフの皆さんは首を傾げている。
うん、これは一般的なやり方じゃないので、余り参考にはならないかな。
「あとは、村の各所に街灯を付けます。ワサビちゃん畑のあれですね」
「ということは、よるおそくでもいろいろできるようになるわけですか?」
「そうです。夜でも温泉に入れたり、夕食が遅くなっても大丈夫ですよ」
「べんりです~」
「あかりがあるって、いいな~」
あとは、夜に活動時間が広がったことで、余暇がさらに増えることになる。
これを説明しておこう。
「入浴や夕食の時間を夜に回せるので、昼間出来ることが増えますよ」
「あ、たしかにそうですね」
「増えた時間を活用して畑を広げたり、そのほかにも色々出来ることが増えますね」
「それはいいですね。がんばります」
「がんばるです~」
早速今日活用できる設備だ。これから高橋さん提供の食材でぱーっとやるけど、夜遅くまで騒げるかな。
「では、夕食の準備を始めましょうか」
「「「はーい」」」
食材の方はもう調達できているので、あとは下ごしらえくらいかな。
丸焼きも始まっているし、奥様方も準備を始めている。
俺も何か手伝おうかな?
「大志、ちょっと良いか? 一つ気になったことがあってさ」
あれ? 高橋さんが呼んでるな。気になったことか。何だろ。
「気になったこと?」
「ああ、お年寄りが暇してる点がちょっとな」
なるほど、畑仕事や力仕事が多いけど、お年寄りは参加出来ないものも多い。
家事だってお年寄りではキツい作業もあるしで、出来ることは限られる。
最近、お年寄りが手持ちぶさたにしている事が多いのは確かだな。
「まあ、お年寄りが参加出来る作業があんまりないなあ」
「だろ? でも、あんまりお年寄りを暇させとくのもあれかなと思うんだよ」
「確かにそうか。お年寄りも皆の力になりたいだろうし、このままは良くないな」
せっかくこっちの世界に来たんだから、なにかやりがいのある仕事をさせてあげたい。
それに何かをしていれば、心も体も良くなる。
暇を持てあますと逆に心と体に良くない事もあるから、早いところ解決しないといけない問題だな。
「わかった。何かいい手がないか考えてみる」
「俺も協力出来ることがあれば手を貸すから、頼んだ」
「任せとけ」
高橋さんと「ぐわっし」と拳をつきあわせて、にやりと笑う。
まあ、俺と高橋さんとの挨拶みたいなもんだ。
お年寄り暇しちゃってる問題の解決法はいくつか候補があるけど、細かく考えるのはまた今度だ。
今日は東屋設置祭りを楽しもう。
俺はごはんを炊く係でもやろうかな。
◇
午後四時くらいになり、準備が整った。
高橋さん調達の牛肉はバーべーキューセットで焼きながら食べるし、丸焼きも出来ている。
ごはんも沢山炊けているので、何時もの儀式をやろう。
神鍋もいつの間にか置いてあるので、こっちの準備もできちゃってるし。
出来ている料理を神鍋に盛ればいいかな。
焼き肉は、焼けたら都度お供えすれば良いか。
「大志、何やってるんだ?」
「ああこれ? 神様へのお供え分」
「神様?」
そういや高橋さん、昨日のおふとんお供えを見てないんだよな。
これが初見か。びっくりするだろうな。
「エルフ達の神様がいてさ、お供え物を直で持って行くんだよ」
「……それ凄えんじゃないか?」
「どうだろね。俺は優しい気の利く神様だって思ってるけど」
(それほどでも~)
なんか聞こえたけど気にしない。
「まあ、見てればわかるよ」
「なんか凄そうだ。いっちょやってくれ」
「じゃ始めよう。神様、お供え物です」
(ありがとー!)
ピッカピカ光って鍋消える。いつも通りのお供え風景だ。
「……凄えもん見ちまった」
「今の村じゃ、割と頻繁に見られるよ」
「なおのこと凄えな。手ずから神様にお供え出来る機会なんて、普通ないぞ?」
そうかな? ここじゃしょっちゅうだけど……。
まあいいや。そういう物だし。
「お供えはこれで出来たから、後は祭りを始める番かな」
「じゃあ俺が号令かけても良いか?」
牛肉を調達してきたのは高橋さんだし、今日の主役だから当然かな。
「もちろん。高橋さんとの交流会でもあるからね」
「わかった。それじゃ! 皆始めよう! 沢山食べてくれ!」
「「「いただきまーす!」」」
高橋さんの号令と共に、皆料理を食べ始める。
例のふわふわ丸焼きとかもあるし、今日は豪華だ。
「タイシタイシ~! いっしょにたべるです~!」
「おじゃましてもよろしいですか?」
ハナちゃん一家が料理を持ってやってきたので、一緒にもぐもぐする。
高橋さんもいっしょにもぐもぐ、車座になって料理を食べる。
人数が増えたので、いつの間にか俺が焼き肉奉行の役になった。
ハナちゃんのお皿にひょいひょいとお肉を入れると、耳がぴこっと反応して喜んでいるのがわかるから、見てて楽しい。
たまにピカッと光って野菜やお肉が消えるけど、神様もさりげに焼き肉に参加してるな……。
神様、割とバランスよく食べてて偉い。
しばらくして、お腹が落ち着いてきたのか、ヤナさんがおずおずとしゃべり始めた。
「そういえば、タカハシさんはこのむらのひとだったんですよね?」
高橋さんの来歴に興味があるんだな。
元お客さんという話はしたけど、そこから先は何も話していないから、まあ気になるだろうな。
そんなヤナさんの質問に対して、高橋さんがぽつぽつと語り始める。
「そうだな。大志が子供の頃にこっちに来たんだよ。俺も子供だったけど」
「もう十五年くらい前かな」
俺が小学生の時にやってきて、そのままこっちに居着いてしまった。
当時からもう友達だったけど、今じゃ高橋さんが言うところのマブダチって奴になっている。
「こっちにきたということは、なにかたいへんなことがあったわけですよね?」
「ああ、あった。俺んときは、島から出られなくなったんだよ」
ヤナさん達は高橋さんの世界のことを知らないから、ちょっと補足しておこうかな。
「高橋さんの故郷は陸地がほとんど無くて、広大な海、まあでっかい塩湖の中に、島々が点在してたり密集してたりする所だったんですよ」
「ほほう」
実際に行ってみると、なかなかの絶景で景勝地としてはとても見事だった。
「俺の親父が独立して、ひとつの島を開拓し始めたのが始まりだったんだ」
「かいたくですか」
「ああ。岩山しかない島に、土を運んだり木を植えたりして、コツコツ住みやすい環境を作ってたんだ」
「元々住んでいた島から、土や苗を泳いで運んでいたそうです」
「断崖絶壁の島同士だから、運ぶのも一苦労だったなぁ……すぐ隣だったからなんとかなってたんだが」
遠い目で当時を思い出している風な高橋さんだ。
一つの部族を興すために、未開拓の島にいって開拓するとかなんとか。
「それがある日突然、水の流れがおかしくなって島に戻されるようになったんだ」
「原因は今でもわかってないんだよね」
「ああ。全然わからないんだよなこれが。突然変な渦巻きができて、何度試しても開拓中の島に戻されちまう」
ざりざりと地面に図を書いて解説していく。
高橋さん、建築家だけあって絵心があるんだよなあ。結構上手だ。
「はわわ」
高橋さんの絵のうまさにはわわってるカナさんだけど、構わず話を続けちゃってください。
「真水と食料の大半はその島にはあんまりなくて、元々住んでた島で採らせてもらってたから、みんなたちまち喉カラカラの腹ぺこだ」
「それは……たいへんですね」
「ハナたちも、たべものなくてこまったです~」
エルフ達も同じような目に遭っただけに、高橋さんの大変さはわかるのだろう。
他の皆さんも集まってきて、じっと高橋さんの話を聞いていた。
「そんで、これはもう駄目だ……って思ってたときに、洞窟を見つけたんだ。今までそんな物無かったのに」
「そうなんですね!」
「どうくつです~!」
「きたー!」
エルフ達も洞窟を通ってきたから、こっから先の話は大体わかったようだ。
「皆の予想通り、その洞窟を通ってきたら、ここにたどり着いたってわけさ」
「たすかったです~」
「ああ、助かった。そんで志郎さんと大志に色々世話になったわけだ」
「わたしたちと、おなじなんですね」
「全く同じだ」
皆ほっとしたほうな、しんみりしたような雰囲気になった。
……でも、料理はバクバク食べている。
とっても逞しい皆さんだ。
「ちなみに、初めてうちの親父と遭遇した時、高橋さんが『キャー!』って悲鳴あげたそうです」
「ニンゲンなんて初めて見たんだから、しょうがないだろ……」
親父もリザードマン? なんて初めて見るから超怖かったそうだ。
でも、高橋さんの反応で「俺の方が怖いのか……?」とヘコんだそうだ。
「ハナは、タイシにおにぎりもらったです~!」
「なんという平和な遭遇……」
俺との初遭遇で、おにぎりをもらった光景を、身振り手振りでキャッキャと説明するハナちゃんだ。
そして高橋さんは、自分たちの初遭遇と俺とエルフ達の初遭遇のギャップに羨ましそうな顔をする。
「そっから先は、皆と同じさ。畑作ったり狩りしたりでぼちぼち生活してた」
「なるほど」
「おんなじです~」
しばらくはそうしてたな。高橋さん達、見た目に反してほのぼのリザードマンだったし、のんびり生活してた。
たまに川を泳いでそのまま村の外に出ちゃって、河童騒ぎが起きたりもした。
毎年夏に起きる風物詩になりかけてたな。
ドラえ――加茂井さんになんとかしてもらったけど。
「そんでこのままこの村で生きていくのかなって思ってたら、大志がある日突然、変なことを言い出したんだ」
変なこととは失礼な。単なる思いつきと言って貰いたい。
「タイシ、なんかひらめいたです?」
ハナちゃんがかぶりつきで寄ってきた。
う~ん……ひらめいたというより、当たり前のことを言っただけなんだよな。
「泳いで渡れないなら、吊り橋架けりゃいいんじゃないのって言ったんだよ」
「つりばしです?」
「うん。吊り橋」
「それを聞いた当時の俺らリザードマン組は、あんな距離無理だよって否定したんだよ」
「二百メートルくらいの距離があったんだよな」
海を渡れないのに、そんな距離の吊り橋を架ける建築技術は「当時の」彼らにはなかった。
「むりだったです?」
「少なくとも、当時の俺らにゃ無理だったな」
エルフ達はどうもイメージ出来ないようなので、大まかな距離を例えようか。
「ここから温泉くらいまでの距離に、吊り橋を架けると考えて下さい」
「むりですね」
「むりっぽいです~」
具体的な距離がわかったからか、困難だと言うことはなんとなくわかってもらえたようだ。
「むっちゃ無理。それをこいつ、簡単に言うわけだ」
簡単に言いました。認めます。
「そしたらさ、洞窟の『門』が開いちまった……」
「あいちゃった!」
「みとめざるをえない」
「たいろ、たたれる……」
あんときはびっくりした。それなの? みたいな。
「もうこれはやるしかないって思ってさ、そっから先はもうがむしゃら」
「どうやって隣の島にロープ渡すかとか、まずそこが大変だったんだよね」
「さんざん失敗したあげく、志郎さんがロープ銃買ってきたら数回で成功とか泣いたわ」
「俺も知り合いに聞いて、初めて知ったんだけどな。で、ためしに買って来たら上手く行ったんだよ」
三百メートルもロープ飛ばせるガス銃があるんだもんな。
親父がそれを聞いてこなかったら、ロープを渡せていたかわからない。ナイスアシストだった。
他にもメガホンでこっちの考えを伝えたりして、ようやくロープを渡せたんだよな。
「そんでまあ、なんとか吊り橋は出来て、問題解決となった」
「お金かかったんだよなあ。あれ」
「六千万とちょっとかかったなあ……」
遠い目でどこかを見る高橋さん。そして橋に消えた六千万円……。
「え? なんとかしたんですか?」
「ああ。大志に言われてこっちで建築の修行と勉強してさ、資材もこっちで買って、自力で架けた」
ロープウェイをまず作るのに三年かかって、資材やら人やらを行き来させてようやく橋ができたのが八年目だったか。
お客さんのなかで、問題解決にかかった期間じゃ長い部類に入るんじゃなかったかな。
「じりきで……」
「すごいです~!」
「仲間と大志にも手伝って貰ったけどな、出来たときは泣いたわ~」
「預金残高みてもっかい泣いたよな」
「正直それが一番泣けた……」
ぽろりと高橋さんの目から涙が。必死に貯めたお金が橋の資材代金でゼロに。
高橋さんが商売熱心なのは、これのせいだったり。
「そんとき、橋を架けるのにお金がいるってんで、大志につきあって貰いながら色々働いたんだよ。仲間と皆で」
「俺は高校入ってからだけどね。仕事先探してきたり、一緒に仕事したり」
俺が今エルフ達への援助で使っているお金は、大半がそのときのアルバイト代だ。
貯めといて良かった。
「それで橋架けて問題解決した後さ、俺こっちに残ろうって、決めたんだよ」
「きめたです?」
「きめちゃいましたか」
「ああ。友達も出来たし、いつでも故郷に顔出せるし、建築好きだし」
「なるほど」
それからまた修行して工務店起こして、今に至ると言うわけだ。
今でもちょくちょく、工務店やそのほかの商売で稼いだお金と身につけた技術で、元お客さん達と協力して他の島々との橋を架けている。
移動が不便だったり孤立しかかっている島に橋を架けて、大勢の住人を救っている。
その結果、彼らの世界だと高橋さんと当時のお客さん達は英雄となっている。
俺も力を貸した仲間として、向こうに行くと大歓迎されて魚を沢山食べられる。
あっちの魚、でかいんだよなあ……。
それと、リザードマン? に囲まれてわっしょいわっしょいされるから、けっこう楽しい。
「あとは、こっちに残るって決めたとき、大志に名前を貰ったんだ」
お、名前の話で締めくくりかな?
「なまえです?」
「名前というか、名字というか」
そうだな。戸籍も作らなきゃいけないしで、日本名を決める必要があった。
当時の彼には名前はあるけど名字はなかった。
なので思いつきで名字を決めたんだけど……。
「ああ、島々に高い橋を架けたから――『高橋』ってな」
高橋さんがにやりと笑って拳を突き出してきた。
それに応えて、俺もにやりと笑って「ぐわっし」と拳を突き合わせる。
「タイシとタカハシさん、なかよしです~!」
「ああ。仲良しだよ。昔からずっとな」
「幼なじみでもあるんだよ」
――俺が名字を提案したとき、高橋さんはとても喜んでくれた。
その名前を付けた日、彼はこっちの世界の、仲間になったんだ。
そして、高橋さんの世界では「タカハシ」というのは、橋をかける一族の総称にもなっている。
高橋さん達元お客さんは、「タカハシ」の名のもと、元居た世界で――誰かのために今日も橋を建設している。