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エルフのハナちゃん  作者: Wilco
第六章  エルフ経済(初級編)
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第二話 何を買おうかしら

 今日は子猫亭が移動販売を始める日だ。

 記念すべき門出の日、不安でいっぱいの始まりの日となる。

 そんなわけで、俺は大将につきあってショッピングモールに来ていた。

 息子さんも来たがっていたけど、飲食店の悲喜こもごもを一通り経験している大将が、まずは切り込み隊長をすることになったそうだ。


「結構良い場所貸してもらえましたね」

「なんだか、料理気に入ってもらえたみたいでさ」

「美味しいですからねえ」

「ありがとよ」


 モールの正面、人通りの多い位置を貸してくれたようだ。

 子猫亭の料理が美味しければ、このショッピングモールに足を運ぶ理由も増える。

 企業努力を怠らない、しっかりした経営をしてらっしゃる。


「まあ、最初は様子見で安全運転するようにしたからさ、なんかあっても大丈夫だ」

「ぼちぼちと売り上げ伸ばしていけたら、良いですね」

「つっても百食用意したけどな」

「……大将、安全運転って言葉の意味、間違ってません?」


 それ安全運転違う。アクセルベタ踏みだよ……。

 ……まあ、大将も初めての試みにテンション上がってるのかも知れない。

 もし余っても、俺が食べるから良いしな。


「じゃあ、始めようぜ」

「ええ。お手伝いしますよ」


 バイト慣れしている俺も、売り子として参戦だ。

 さて、お客さんは来てくれるかな?



 ◇



 あな恐ろしや。恐ろしや。

 俺と大将は、ワサビちゃんの匂い増幅効果を甘く見ていた。


 大将が挽肉を炒め始めてしばらくすると、行列ができた。

 まだ料理できてないのに。

 そして腹ぺこのお客さん達からの凄いプレッシャーに、俺と大将、ぷるぷる。

 慌てて調理ペースを速めて、なんとか販売を開始したけど……。


「ええっ! 売り切れ!?」

「すいません、材料がもう無くて……」

「たべられないの? びえー!!!」

「売り切れちゃったって?」

「せっかく並んだのに……」


 わくわくして待っていた家族連れのところで売り切れ、泣き出す子供、困り顔の父親。

 ――そしてその後ろの方々からの、悲しみの波動。


 こういうのにめっぽう弱い俺と大将、営業時間延長を決意。

 悲しみあふれるお客さん達に、三十分後の営業再開を約束し時間稼ぎ。

 そして子猫亭本隊に救難要請、材料をかき集め泡を食って駆けつける救助隊。

 大将と息子さん二人がかりで調理が始まり、にっこりのお客さん達。

 モールの担当者に時間延長をお願いし、ペコペコ頭を下げる奥さん。

 ようやく料理が食べられて喜ぶお子さん。

 残りの材料から逆算して並ぶ人数を制限し、行列を誘導する作業に奔走する俺。


 そして、最後のお客さんがにっこり顔で料理を持ち帰った後に残るは……真っ白に燃え尽きた子猫亭の面々。


 ……とにかくもう大変だった。


「なあ大志……これ成功したのか? 失敗したのか?」

「半分成功、半分大失敗ですかね……」

「今日はなんとかしたけど、明日はどうするの?」


 奥さんがぐったりとしながら、今後の事を相談してくる。

 ちなみに息子さんはさっきからピクリとも動いていない。

 大丈夫かな……。

 まあ、それはそれとして。


「完成品をお店で沢山仕込んで、現地での調理も平行すれば良いと思いますよ」

「食材、また仕入れしないといかんなあ……」

「そうですね」


 そこら辺は子猫亭の皆さんの方が詳しい。お任せだ。


「あのワサビも、もっと必要になると思うからよろしくな」

「あ、そうですね。また持ってきます」

「ああ、頼んだわ。あとさ、一つ聞いて良いかな?」


 なんだろ、ワサビちゃん絡み?


「あのワサビ、なんか花咲いてたけどさ……本当に、本当にあれはワサビなんだよな?」

「ワサビちゃんです」


 ――そして数日後。


 子猫亭はまあなんとかなった。

 大将と息子さん、そして奥さんはなんだか痩せた。

 お疲れ様です……。


 とまあ、子猫亭の方が上手くいった? ので、ワサビちゃんの出荷量も多くなった。

 そして、月末になりワサビちゃんの代金が振り込まれる。

 その金額は――なんと、十二万円。半月でこれだ。

 一つの店舗にしか出荷せず、一品目の食材でこれは普通の農作物ではあり得ない。

 ちなみにコメだと一俵あたりの「粗利益」は一万ウン千円……。米一俵でそれ。


 ……これはもう、うれしさの余り夕方の河原で叫ぶレベルだ。

 高単価食材のワサビちゃん、ありがとう! ありがとう……。


 というわけで、村に現金収入が舞い込んできた。

 このお金は、村の発展に使うための原資としよう。

 何に使うか、よく考えなきゃな。


 早速村に行って、皆と相談しよう。

 東屋の設置もそろそろやるから、予定を合わせておかないといけないしな。



 ◇



「タイシタイシ~!」

「ギニャ~」


 村に到着すると、いつものようにハナちゃんとフクロイヌがお出迎えしてくれた。

 ぴょんぴょん跳ねて、どちらも元気いっぱいだ。


「ハナちゃんこんにちは。フクロイヌもこんにちわ」

「こんにちわです~!」

「ギニャニャ~ン」


 大はしゃぎで俺の周りをくるくる回る、ハナちゃんとフクロイヌだ。

 バターになってしまいそうなので、程々のところで止めておこう。


「タイシさん、こんにちは。おげんきそうでなによりです」

「こんにちは。ヤナさんも元気そうで良かったです」


 ヤナさんとペコペコ挨拶をしている間に、他の方々も集まってくる。

 

「タイシさん、ワサビちゃんうけとりにきたの?」

「とってくる?」

「まだまだたくさんあるぜ」


 ワサビちゃんの受け取りもそうだけど、まずはお金の事について話し合おうかな。


「ワサビちゃんの受け取りもありますが、相談事がありましてね」

「そうだんごと? なにかおこまりですか?」

「タイシ、おこまりです?」


 相談事と聞いて、きょとんとした顔の皆さんだ。


「いえ、ワサビちゃんを売ってお金が入ったので、その使い道の相談です」

「なるほど。では、しゅうかいじょうにいきましょうか」

「いくです~」


 ぞろぞろと皆で集会場に向かう。

 その道すがら、他の皆さんがぽつぽつ雑談しているのが聞こえたけど……。


「おかね?」

「まえいってたやつだな」

「おいしいんだっけ?」


 うん。美味しくはないですね。

 まあ、細かい説明は集会場でしよう。


 というわけで集会場に到着してから、まずお金の説明を始めることになった。


「これが私たちが使っている、お金というものです」


 とりあえず財布にあった硬貨と紙幣を並べてみる。

 五千円札だけ無かったけど、まあいいかな。


「なぞのそざい」

「きれいなえが、かいてあるのな」

「はわわ」


 様々な金属素材や、精緻な絵に目をキラキラさせる皆さん。

 カナさんは諭吉さんの絵を見てはわわしているけど、それは模写しちゃだめですからね。


「このきれいなかこうひん、これがおかねですか」

「ええ。それぞれに価値が決まっていて、その価値に応じた物や役務と交換できます」

「きれいないし、みたいなものですか」

「そうですね。違うのは、信用で価値を担保している点ですか」

「しんよう? ですか」


 このあたり、分かり易くたとえないといけないけど……。

 食べ物で行くか。石は食べられないから、交換が成立しにくいとか言ってたし。

 ラーメンなんかは単価が分かり易くて良いかな。


「たとえば、この百円というやつであのラーメン一食分です」

「これが、ラーメンいっしょくぶんですか」

「じゅるる」


 ラーメンと聞いて、じゅるりとした方は誰ですか?

 まあ、気にしないで続けよう。

 

「そしてこれを持って来てくれれば、私が必ずラーメンと交換すると約束します」

「もやしは? もやしはつかないの?」


 前のめりで聞いてくる女子エルフさん。そうか、もやしか……。


「……もやしは……各自で用意して頂けたらと……」

「たくさんつくらなきゃ!」

「ラーメンにもやしいれると、おいしいからな~」

「もやしなら、ハナにおまかせです~」


 もやしで盛り上がる皆さん。

 あれ? 何の話してたっけ? ラーメン? もやし?


「なるほど。これさえあれば、ラーメンがかならずたべられるわけですね」

「そう! そうです! 少なくともラーメンには必ず交換できるわけです」


 ヤナさんありがとう! 軌道修正ありがとう!


「それなら、あんしんしてためられますね」

「そうです。最悪でもラーメンにはなりますから、貯め込んでも大丈夫です」

「ラーメン~」

「もやし~」


 ……大丈夫かな?

 まあ気にしないことにして続けよう。


「そして、ラーメンが保証されているなら、安心して他の交換にも使えますよね」

「ええ。みんなラーメンはだいすきですからね。こうかんしまくりますよ」


 ヤナさんはもう大体理解してくれたかな。あとは補足すれば大丈夫だろう。


「ただ、この約束を見ず知らずの人とは出来ないですよね?」

「たしかに。タイシさんがいうことだから、わたしたちもしんじます」

「そういうわけで、誰かが価値を何らかの形で担保することで、安心して使えるようにするわけです」

「なるほど。そういうことなのですね」


 お金の説明はこれ位で良いかな。

 村で実際に貨幣を使う段階じゃないから、今細かく講習しても、忘れちゃうだろうし。


「と言うわけで、そのお金さえあれば、何でも交換出来るようになるわけですね」

「べんりだな~」

「なるほど~」

「ラーメン~」


 さて、それでは次に、このお金をどう使うかの相談をしよう。


「それで、ワサビちゃんを売って入って来たお金を、どう使うか相談したいかなと」

「タイシさんがもってっていいとおもいますけど」

「せわになってるしな」

「おれら、つかいかたわからないし」


 まあそう来ると思った。でも、俺はこの村で儲けたいわけじゃない。

 この村で作ったお金は、この村のために使うのは決定事項だ。

 俺が自腹切った分は、エルフ達も返そうとしてくれるだろうけど、今じゃなくて良い。

 なんなら別に返して貰わなくても良いけど、与えっぱなしは良くないこともある。

 そこはおいおい考えるとして、まずは村のために使おう。


「まあ、今は村のためにお金を使いましょうよ。そのうち返してくれれば良いですから」

「よろしいのですか? かえせるほしょう、ないですけど」

「大丈夫ですよ。うちは山やら土地やらを所有してる資産家ですよ?」


 土地も貸してたり不動産も持ってるからね。じゃなきゃ村の管理なんて無理だし。

 なるべく家のお金は使わずに、自分のささやかな貯金でやってるけどさ。


「とりあえず、ふわふわの寝具とか靴とか服とか買いましょうよ」

「ぜいたくひんだらけだ~!」

「だいふごうのせいかつ!」

「ごうかそうびすぎて、ふるえる」


 あれ? 寝具と靴と服、必要だと思うんだけどな……。

 贅沢とか大富豪とか豪華とか言ってぷるぷるし始めた。


 でも、靴は安いよ。激安靴の通販で、五百円以下だよ。

 消耗品として履きつぶす運用で問題ないし。

 服はちょっと高いから、布と裁縫道具を買って自前で作れば良いと思う。

 皆凝った服を着ているし、縫製も高度だ。自分たちで作れるんじゃない?


 あと、おふとんも安くはないか。全員分そろえたら四十万はかかる。

 でも、最初は俺が立て替えて、後々ちょっとずつ返して貰えば問題ない。

 そこまでしても、おふとんはすぐにでも購入したいと思っている。

 エルフ達は布にくるまって板の上で寝ているので、そろそろなんとかしたい。


「いや、そこまでのぜいたくは……」

「いまでも、かなりめぐまれてるかんじ」

「そぼくにいきてゆきたい」


 しかし、申し訳ない感一杯で遠慮する皆さん。もちろん予想済み。


 そんな遠慮しがちな皆さんに、実演をしましょう。

 集会場には、俺用のおふとんがあるわけですよ。

 このおふとんを実際に見て、果たして耐えられるかな?


「とりあえず見て下さいよ。これがふわふわ寝具です。おふとんと言います」


 押し入れからおふとんを引っ張り出して、皆に見せる。

 ごくごく普通の、綿のおふとんだ。


「あや! ふわっふわです~!」


 好奇心旺盛なハナちゃん、早速おふとんをぽふぽふしている。

 耳もぴっこぴこ動いて、かわいらしい。


「おふとん、あったかいです~」


 そして早速潜り込んで、にこにこ笑顔だ。おふとんの中でもぞもぞしている。

 それを見た他の方々も、次々におふとんをぽふぽふする。


「おお~! やわらかい」

「あったかそう~」

「こんなのみせられたら、こころゆらぐ」

「すぴぴ」

「ハナちゃんもうねてる! いっしゅんでねちゃった!」


 おふとんの柔らかさに、心ぐらつく皆さん。

 そしてハナちゃんはもうおふとんでおねむだけど、話を続けましょう。


「農作業で疲れた体を温泉に入って癒やし――おふとんで寝る。どうです?」

「ほああああ」

「やばい」

「だめになる」

「すぴぴ」


 既に一名駄目になっている子が居るけど……悪魔のささやきはまだあります。


「かわいい我が子や孫、さらにはひ孫と一緒に――ふわふわおふとんでぐっすりお休み」

「ふおおおお」

「ふが~!」

「ひとりみにはつらいはなし……」

「だな……」

「すぴぴ」


 ちなみに「ふおおおお」はヤナさんで、「ふが~」はひいおばあちゃん。

 子供や孫というフレーズが直撃したご様子。

 しかしマイスターとマッチョさんには、別の意味で直撃してしまった。ごめん。

 でも、まだまだ続けるよ?


「ちょっと肌寒い夜――あったかふわふわおふとんで至高の一時」

「ぐあああああ」

「おれら、まけるのか……?」

「おふとん……おふとん……」

「すぴぴ」


 だんだん目が虚ろになっていくエルフ達だけど、もういっちょ押しておこう。


「朝、ぽかぽかふわふわのおふとんの中で迎える、まどろみ」

「もう……だめだ……」

「まけた……」

「かあちゃん、これほしい……」

「すぴぴ」


 ――ということで、おふとんの購入が決定した。

 靴と布もこの流れで押したら、わりとあっさり決まった。


 これで、エルフ達の生活は――もっと良くなるよね?

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― 新着の感想 ―
[一言] 久々に何度目かの読み返ししております。 優しくもクスリと笑える、絵本のような物語で大好きです。 ここがタイシさんの初そそのかし現場でしたか……記念に感想置いときますね
[一言] 冬にお布団がないと寒くて寝られないと教えてあげたら、もっと欲しくなったでしょうね。
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