第二話 何を買おうかしら
今日は子猫亭が移動販売を始める日だ。
記念すべき門出の日、不安でいっぱいの始まりの日となる。
そんなわけで、俺は大将につきあってショッピングモールに来ていた。
息子さんも来たがっていたけど、飲食店の悲喜こもごもを一通り経験している大将が、まずは切り込み隊長をすることになったそうだ。
「結構良い場所貸してもらえましたね」
「なんだか、料理気に入ってもらえたみたいでさ」
「美味しいですからねえ」
「ありがとよ」
モールの正面、人通りの多い位置を貸してくれたようだ。
子猫亭の料理が美味しければ、このショッピングモールに足を運ぶ理由も増える。
企業努力を怠らない、しっかりした経営をしてらっしゃる。
「まあ、最初は様子見で安全運転するようにしたからさ、なんかあっても大丈夫だ」
「ぼちぼちと売り上げ伸ばしていけたら、良いですね」
「つっても百食用意したけどな」
「……大将、安全運転って言葉の意味、間違ってません?」
それ安全運転違う。アクセルベタ踏みだよ……。
……まあ、大将も初めての試みにテンション上がってるのかも知れない。
もし余っても、俺が食べるから良いしな。
「じゃあ、始めようぜ」
「ええ。お手伝いしますよ」
バイト慣れしている俺も、売り子として参戦だ。
さて、お客さんは来てくれるかな?
◇
あな恐ろしや。恐ろしや。
俺と大将は、ワサビちゃんの匂い増幅効果を甘く見ていた。
大将が挽肉を炒め始めてしばらくすると、行列ができた。
まだ料理できてないのに。
そして腹ぺこのお客さん達からの凄いプレッシャーに、俺と大将、ぷるぷる。
慌てて調理ペースを速めて、なんとか販売を開始したけど……。
「ええっ! 売り切れ!?」
「すいません、材料がもう無くて……」
「たべられないの? びえー!!!」
「売り切れちゃったって?」
「せっかく並んだのに……」
わくわくして待っていた家族連れのところで売り切れ、泣き出す子供、困り顔の父親。
――そしてその後ろの方々からの、悲しみの波動。
こういうのにめっぽう弱い俺と大将、営業時間延長を決意。
悲しみあふれるお客さん達に、三十分後の営業再開を約束し時間稼ぎ。
そして子猫亭本隊に救難要請、材料をかき集め泡を食って駆けつける救助隊。
大将と息子さん二人がかりで調理が始まり、にっこりのお客さん達。
モールの担当者に時間延長をお願いし、ペコペコ頭を下げる奥さん。
ようやく料理が食べられて喜ぶお子さん。
残りの材料から逆算して並ぶ人数を制限し、行列を誘導する作業に奔走する俺。
そして、最後のお客さんがにっこり顔で料理を持ち帰った後に残るは……真っ白に燃え尽きた子猫亭の面々。
……とにかくもう大変だった。
「なあ大志……これ成功したのか? 失敗したのか?」
「半分成功、半分大失敗ですかね……」
「今日はなんとかしたけど、明日はどうするの?」
奥さんがぐったりとしながら、今後の事を相談してくる。
ちなみに息子さんはさっきからピクリとも動いていない。
大丈夫かな……。
まあ、それはそれとして。
「完成品をお店で沢山仕込んで、現地での調理も平行すれば良いと思いますよ」
「食材、また仕入れしないといかんなあ……」
「そうですね」
そこら辺は子猫亭の皆さんの方が詳しい。お任せだ。
「あのワサビも、もっと必要になると思うからよろしくな」
「あ、そうですね。また持ってきます」
「ああ、頼んだわ。あとさ、一つ聞いて良いかな?」
なんだろ、ワサビちゃん絡み?
「あのワサビ、なんか花咲いてたけどさ……本当に、本当にあれはワサビなんだよな?」
「ワサビちゃんです」
――そして数日後。
子猫亭はまあなんとかなった。
大将と息子さん、そして奥さんはなんだか痩せた。
お疲れ様です……。
とまあ、子猫亭の方が上手くいった? ので、ワサビちゃんの出荷量も多くなった。
そして、月末になりワサビちゃんの代金が振り込まれる。
その金額は――なんと、十二万円。半月でこれだ。
一つの店舗にしか出荷せず、一品目の食材でこれは普通の農作物ではあり得ない。
ちなみにコメだと一俵あたりの「粗利益」は一万ウン千円……。米一俵でそれ。
……これはもう、うれしさの余り夕方の河原で叫ぶレベルだ。
高単価食材のワサビちゃん、ありがとう! ありがとう……。
というわけで、村に現金収入が舞い込んできた。
このお金は、村の発展に使うための原資としよう。
何に使うか、よく考えなきゃな。
早速村に行って、皆と相談しよう。
東屋の設置もそろそろやるから、予定を合わせておかないといけないしな。
◇
「タイシタイシ~!」
「ギニャ~」
村に到着すると、いつものようにハナちゃんとフクロイヌがお出迎えしてくれた。
ぴょんぴょん跳ねて、どちらも元気いっぱいだ。
「ハナちゃんこんにちは。フクロイヌもこんにちわ」
「こんにちわです~!」
「ギニャニャ~ン」
大はしゃぎで俺の周りをくるくる回る、ハナちゃんとフクロイヌだ。
バターになってしまいそうなので、程々のところで止めておこう。
「タイシさん、こんにちは。おげんきそうでなによりです」
「こんにちは。ヤナさんも元気そうで良かったです」
ヤナさんとペコペコ挨拶をしている間に、他の方々も集まってくる。
「タイシさん、ワサビちゃんうけとりにきたの?」
「とってくる?」
「まだまだたくさんあるぜ」
ワサビちゃんの受け取りもそうだけど、まずはお金の事について話し合おうかな。
「ワサビちゃんの受け取りもありますが、相談事がありましてね」
「そうだんごと? なにかおこまりですか?」
「タイシ、おこまりです?」
相談事と聞いて、きょとんとした顔の皆さんだ。
「いえ、ワサビちゃんを売ってお金が入ったので、その使い道の相談です」
「なるほど。では、しゅうかいじょうにいきましょうか」
「いくです~」
ぞろぞろと皆で集会場に向かう。
その道すがら、他の皆さんがぽつぽつ雑談しているのが聞こえたけど……。
「おかね?」
「まえいってたやつだな」
「おいしいんだっけ?」
うん。美味しくはないですね。
まあ、細かい説明は集会場でしよう。
というわけで集会場に到着してから、まずお金の説明を始めることになった。
「これが私たちが使っている、お金というものです」
とりあえず財布にあった硬貨と紙幣を並べてみる。
五千円札だけ無かったけど、まあいいかな。
「なぞのそざい」
「きれいなえが、かいてあるのな」
「はわわ」
様々な金属素材や、精緻な絵に目をキラキラさせる皆さん。
カナさんは諭吉さんの絵を見てはわわしているけど、それは模写しちゃだめですからね。
「このきれいなかこうひん、これがおかねですか」
「ええ。それぞれに価値が決まっていて、その価値に応じた物や役務と交換できます」
「きれいないし、みたいなものですか」
「そうですね。違うのは、信用で価値を担保している点ですか」
「しんよう? ですか」
このあたり、分かり易くたとえないといけないけど……。
食べ物で行くか。石は食べられないから、交換が成立しにくいとか言ってたし。
ラーメンなんかは単価が分かり易くて良いかな。
「たとえば、この百円というやつであのラーメン一食分です」
「これが、ラーメンいっしょくぶんですか」
「じゅるる」
ラーメンと聞いて、じゅるりとした方は誰ですか?
まあ、気にしないで続けよう。
「そしてこれを持って来てくれれば、私が必ずラーメンと交換すると約束します」
「もやしは? もやしはつかないの?」
前のめりで聞いてくる女子エルフさん。そうか、もやしか……。
「……もやしは……各自で用意して頂けたらと……」
「たくさんつくらなきゃ!」
「ラーメンにもやしいれると、おいしいからな~」
「もやしなら、ハナにおまかせです~」
もやしで盛り上がる皆さん。
あれ? 何の話してたっけ? ラーメン? もやし?
「なるほど。これさえあれば、ラーメンがかならずたべられるわけですね」
「そう! そうです! 少なくともラーメンには必ず交換できるわけです」
ヤナさんありがとう! 軌道修正ありがとう!
「それなら、あんしんしてためられますね」
「そうです。最悪でもラーメンにはなりますから、貯め込んでも大丈夫です」
「ラーメン~」
「もやし~」
……大丈夫かな?
まあ気にしないことにして続けよう。
「そして、ラーメンが保証されているなら、安心して他の交換にも使えますよね」
「ええ。みんなラーメンはだいすきですからね。こうかんしまくりますよ」
ヤナさんはもう大体理解してくれたかな。あとは補足すれば大丈夫だろう。
「ただ、この約束を見ず知らずの人とは出来ないですよね?」
「たしかに。タイシさんがいうことだから、わたしたちもしんじます」
「そういうわけで、誰かが価値を何らかの形で担保することで、安心して使えるようにするわけです」
「なるほど。そういうことなのですね」
お金の説明はこれ位で良いかな。
村で実際に貨幣を使う段階じゃないから、今細かく講習しても、忘れちゃうだろうし。
「と言うわけで、そのお金さえあれば、何でも交換出来るようになるわけですね」
「べんりだな~」
「なるほど~」
「ラーメン~」
さて、それでは次に、このお金をどう使うかの相談をしよう。
「それで、ワサビちゃんを売って入って来たお金を、どう使うか相談したいかなと」
「タイシさんがもってっていいとおもいますけど」
「せわになってるしな」
「おれら、つかいかたわからないし」
まあそう来ると思った。でも、俺はこの村で儲けたいわけじゃない。
この村で作ったお金は、この村のために使うのは決定事項だ。
俺が自腹切った分は、エルフ達も返そうとしてくれるだろうけど、今じゃなくて良い。
なんなら別に返して貰わなくても良いけど、与えっぱなしは良くないこともある。
そこはおいおい考えるとして、まずは村のために使おう。
「まあ、今は村のためにお金を使いましょうよ。そのうち返してくれれば良いですから」
「よろしいのですか? かえせるほしょう、ないですけど」
「大丈夫ですよ。うちは山やら土地やらを所有してる資産家ですよ?」
土地も貸してたり不動産も持ってるからね。じゃなきゃ村の管理なんて無理だし。
なるべく家のお金は使わずに、自分のささやかな貯金でやってるけどさ。
「とりあえず、ふわふわの寝具とか靴とか服とか買いましょうよ」
「ぜいたくひんだらけだ~!」
「だいふごうのせいかつ!」
「ごうかそうびすぎて、ふるえる」
あれ? 寝具と靴と服、必要だと思うんだけどな……。
贅沢とか大富豪とか豪華とか言ってぷるぷるし始めた。
でも、靴は安いよ。激安靴の通販で、五百円以下だよ。
消耗品として履きつぶす運用で問題ないし。
服はちょっと高いから、布と裁縫道具を買って自前で作れば良いと思う。
皆凝った服を着ているし、縫製も高度だ。自分たちで作れるんじゃない?
あと、おふとんも安くはないか。全員分そろえたら四十万はかかる。
でも、最初は俺が立て替えて、後々ちょっとずつ返して貰えば問題ない。
そこまでしても、おふとんはすぐにでも購入したいと思っている。
エルフ達は布にくるまって板の上で寝ているので、そろそろなんとかしたい。
「いや、そこまでのぜいたくは……」
「いまでも、かなりめぐまれてるかんじ」
「そぼくにいきてゆきたい」
しかし、申し訳ない感一杯で遠慮する皆さん。もちろん予想済み。
そんな遠慮しがちな皆さんに、実演をしましょう。
集会場には、俺用のおふとんがあるわけですよ。
このおふとんを実際に見て、果たして耐えられるかな?
「とりあえず見て下さいよ。これがふわふわ寝具です。おふとんと言います」
押し入れからおふとんを引っ張り出して、皆に見せる。
ごくごく普通の、綿のおふとんだ。
「あや! ふわっふわです~!」
好奇心旺盛なハナちゃん、早速おふとんをぽふぽふしている。
耳もぴっこぴこ動いて、かわいらしい。
「おふとん、あったかいです~」
そして早速潜り込んで、にこにこ笑顔だ。おふとんの中でもぞもぞしている。
それを見た他の方々も、次々におふとんをぽふぽふする。
「おお~! やわらかい」
「あったかそう~」
「こんなのみせられたら、こころゆらぐ」
「すぴぴ」
「ハナちゃんもうねてる! いっしゅんでねちゃった!」
おふとんの柔らかさに、心ぐらつく皆さん。
そしてハナちゃんはもうおふとんでおねむだけど、話を続けましょう。
「農作業で疲れた体を温泉に入って癒やし――おふとんで寝る。どうです?」
「ほああああ」
「やばい」
「だめになる」
「すぴぴ」
既に一名駄目になっている子が居るけど……悪魔のささやきはまだあります。
「かわいい我が子や孫、さらにはひ孫と一緒に――ふわふわおふとんでぐっすりお休み」
「ふおおおお」
「ふが~!」
「ひとりみにはつらいはなし……」
「だな……」
「すぴぴ」
ちなみに「ふおおおお」はヤナさんで、「ふが~」はひいおばあちゃん。
子供や孫というフレーズが直撃したご様子。
しかしマイスターとマッチョさんには、別の意味で直撃してしまった。ごめん。
でも、まだまだ続けるよ?
「ちょっと肌寒い夜――あったかふわふわおふとんで至高の一時」
「ぐあああああ」
「おれら、まけるのか……?」
「おふとん……おふとん……」
「すぴぴ」
だんだん目が虚ろになっていくエルフ達だけど、もういっちょ押しておこう。
「朝、ぽかぽかふわふわのおふとんの中で迎える、まどろみ」
「もう……だめだ……」
「まけた……」
「かあちゃん、これほしい……」
「すぴぴ」
――ということで、おふとんの購入が決定した。
靴と布もこの流れで押したら、わりとあっさり決まった。
これで、エルフ達の生活は――もっと良くなるよね?