第一話 田んぼって、不思議
「タイシ~……」
二人の乗った車は、もう見えなくなりました。
一緒に過ごした時間が長いほど、別れも辛くなります。
ハナちゃんは、がんばってこらえましたが……。
こらえ切れずに、うるうるおめめです。
「ハナ、ほら元気出しなさい。タイシさん、また来てくれるから」
「あい……」
名残惜しそうに、大志が帰っていった道を見つめるハナちゃんでした。
そんなハナちゃんを、ほほえましく見守る皆さん、しんみり雰囲気を切り替えます。
「タイシさんが次に来るまで、畑仕事がんばんべ~」
「田んぼの管理も、任されちゃったしな」
「埋めてある花咲ワサビちゃんも、ちゃんと見ておかないとね」
皆でハナちゃんをなでなでして慰めながら、これからの作業を確認し合います。
大志はエルフ達の自立のために、いろいろな作業を任せる方針にしたのでした。
そして、最後にカナさんがハナちゃんをなでなでしながら言いました。
「ハナ、タイシさんが来たときに褒められるよう、がんばらなくちゃ」
「……! がんばれば、タイシほめてくれるです?」
カナさんが、ハナちゃんのツボを突いてきました。
さすがお母さん、ハナちゃんのツボを良く押さえています。
巧みにツボを突かれたハナちゃん、お耳がぴーんと上向きました。
それを見たカナさん、最後の一押しです。
「間違いないわよ。だからがんばりましょうね」
「あい~! がんばるです~!」
大志が来たときに褒めて貰いたい、なでなでして貰いたい。
ハナちゃんの夢、膨らみます。
「うふ~」
ハナちゃんの元気も戻りました。
次にタイシが来る時を想像して、ぽわぽわです。
それでは、ハナちゃんも元気になったところで、お仕事の始まり始まり。
タイシはおうちに帰ってしまいましたが、村でのお仕事はたんまりあります。
さて、のんびりエルフ達、上手くできるかな?
◇
「改めて見ると、おっきな畑だな~」
「ほとんどタイシさんとお父さんが作っちゃったけどね」
「しっかり管理しないとな」
田んぼに集まったエルフ達、六町歩もある田んぼの広さに、圧倒されます。
農業指導を受けているうちは、覚えるのに一生懸命であまり意識出来なかったのでした。
広い、ひろーい田んぼを眺めながら、しみじみする皆さんです。
しばらくしみじみしたところで、ヤナさんが作業の確認を始めました。
「とりあえず、タイシさんからは水の量を毎日数回、様子を見るように言われています」
「こんくらいの水の量を保つんだっけ?」
「そうです。とくに当番は決めないでおきますが、皆さんこまめに見に来て下さい」
「「「はーい」」」
水の量を確認するため散らばっていくエルフ達、のんびりと歩いていきました。
「じゃあ、僕たちも確認しに行こうか」
「あい~」
ハナちゃんもお父さんお母さんと一緒に、お散歩がてら田んぼの確認です。
「おコメ~おコメ~美味しくなるですよ~」
歌を歌いながら、ぽてぽてと歩くハナちゃん、のんびりゆっくり、お仕事です。
水位を確認したり、ちょっとぼんやりしたり、のどかに時間が過ぎていきました。
正条植えで綺麗に植えられたイネは、風に揺られてゆらゆら、ゆらゆら。
植えた直後はしなっとしていましたが、水を入れたらしゅぴっとしてきました。
これからぐんぐん、伸びていく事でしょう。
イネが成長するのを楽しみに、エルフ達は巡回していきます。
そうやって皆で田んぼを見て回りましたが、特に問題はありませんでした。
これで午前の田んぼでのお仕事は、ひとまず終了です。
夕方前に、もう一度確認しましょうね。
そして、確認は終わったので、そろそろ帰ろうかという時のこと。
「あえ? なんか居るです?」
ハナちゃんが田んぼを、ちょっとぼんやりと眺めていた時のことです。
ふと、水の中に何かがいるのに気づきました。
「ハナ、どうしたんだい?」
「あい。ちっちゃい何かが、泳いでるです?」
「ちっちゃい何か? どれどれ」
ハナちゃんと一緒に田んぼをのぞき込むヤナさん、確かに何かが居ます。
ちっちゃな魚のような、虫のような……。
「確かに居るね。結構沢山」
「あい~。これ、何です?」
「わからないけど、多分こっちの生き物だと思うよ」
「不思議です~」
田んぼに水を入れて数日、もう生き物が棲みついていました。
ハナちゃんが発見したのは、カブトエビ。
三億年前からほとんど変わらぬ姿を保つ、生きた化石です。
「こいつ、面白い形をしてるな~」
いつの間にかマイスターも来ていました。
しゅぴっとカブトエビを捕まえて、しげしげと観察しています。
「そういえば、タイシさんが言ってましたね。環境を作るって」
「言ってた言ってた。マジで環境を作っちゃえるんだな」
田んぼは不思議な農法です。
時間がたつにつれ、いろんな生き物が集まって生態系ができます。
生態系から構築してしまう不思議な不思議な畑、それが水田です。
まだまだ稲作を始めたばかりのエルフ達ですが、早速その不思議の一端に触れました。
「お? これは違う形してるな」
マイスターはホウネンエビも捕まえました。
カブトエビとホウネンエビ、農薬に弱いので実はなかなか見られません。
エルフ達では農薬の管理が難しいため、無農薬をやらざるを得ないのですが……。
おかげでこんな生き物が見られました。
そして他にも……。
「あや! 水の上を、なんかが動いてるです~」
「この虫、水に沈まないんだな」
アメンボがすいすいと水の上を進んでいったり。
「ちっちゃな魚もいるです~」
メダカを見つけたハナちゃん、ちっちゃなおさかなに興味津々。
出来て間もない田んぼなのに、いきもの沢山、ぴょこぴょこです。
「水を入れてたった数日で、ここまで生き物が集まってくるなんて……」
「田んぼ、おもしろいです~」
「そうだな、俺もがぜん興味わいてきたわ」
好奇心旺盛な子供は当然として、動植物の観察大好きマイスターもわくわくしてきました。
キラキラした目で、田んぼを見つめる二人です。
こっちの世界、この国では当たり前だった田んぼ。
でも……エルフ達にとってそれは――とっても不思議で、とっても幻想的。
自然の物を利用して――環境を作ってしまう。
――魔法のような技術です。
機械文明ばかりが、彼らにとって魔法に見えるわけではないのでした。
この田んぼだって――彼らにとっては立派な魔法です。
いろんないきものが棲みつき、それを許容できる田んぼ。
そんな魔法に触れたエルフ達、じっと田んぼを見つめるのでした。
◇
「田んぼの管理もありますが、小麦畑も仕上げましょう」
「「「おー!」」」
小麦畑は土を作るため寝かせていたので、まだ種まきはしていません。
これからもう一度、肥料をまいて耕さないといけません。
次に大志が来るときに、種まきをしようと頑張るエルフ達でした。
「じゃあ、俺が耕耘機を使うわ」
「その次私ね」
「ちゃんと指さし確認、するんだぞ」
耕耘機の魅力にすっかりとりつかれた皆さん、かわりばんこに使います。
どういう原理で動いているのか見当もつかないけど、そんな物を自分たちで操作できたら、楽しいですよね。
でも、あんまり張り切っても燃料が切れちゃいますよ。
程々にね。
でも、思うさま耕耘機を操作できて「ぽわわ」顔のエルフ達なのでした。
そして、ぽわわと小麦畑を作った後は、待ちに待ったお昼です。
大志が大量に持ってきたおコメを炊いて、いただきます。
「ごはん、おいしいな~」
「おコメを炊くとか、素敵」
「何より、腹持ちが良いよな。この食べ物」
一汁一菜、素朴なお昼ですが、皆で食べるごはんはごちそうです。
ワイワイキャッキャと食事は進みます。
「なあ、カレー凄い美味しかったよな」
「あれはヤバいな。ついつい食い過ぎた」
「また食べたいわ~」
ごはんを食べていると、この間のカレー祭りを思い出しました。
皆夢中で食べたあのカレーライス、思い出の味です。
「俺らの土器煮込みと味がそっくりじゃん? だから、似たようなの作れるよな」
「「「あっ!」」」
今日の夕食の献立、もう決まりですね。
――ということで、午後の作業は土器煮込みの食材集めとなりました。
「そういや、採集って久々だよな」
「ここんところ、やってなかったものね」
「また今度、皆で山に入ろうぜ」
「俺もがんばるじゃん?」
山に入ると聞いたマイスター、ずずいと出てきてアピールです。
「お前はおとなしくしとけ」
「むしろ、お前の採った奴を避ければいいんだよな」
「ある意味、確実とも言える」
そして当然の如くツッコミが入ります。
そんなやりとりもありましたが、ぷちぷちひょいひょいと食材を集めていくエルフ達。
勝手知ったる故郷の森、順調に作業は進んで行きました。
当初よりずいぶん大きくなってしまった森ですが、やさしくエルフ達を受け入れます。
そして、森に住む動物たちもエルフ達の声を聞いて集まってきました。
「ギニャ~」
「ニャ~」
「あや! 囲まれたです~」
遊んでちょうだいとフクロイヌに囲まれ。
「ピヨ~」
「ピピィ」
「ピーヨピヨ」
フクロイヌと遊んでいたら、ピヨドリが大量散布され。
「キャンキャン!」
「う、うわー!」
ウサギツネの群れがやってきて、ヤナさんが埋もれます。
「あらららら? あらららら?」
「キュキュ~」
「お母さん、またなの?」
さらに、なぜか腕グキさんがトビリスまみれになりました。
動物が沢山集まってしまい、あえなく採集中断です。
しょうが無いので、エルフ達は動物達と遊んだのでした。
でも、皆は笑顔で楽しそう。
今日も村は、平和に時間が流れていったのでした。
◇
温泉に入って、土器煮込みとごはんを美味しく食べて。
お日様が沈んで、夜が訪れました。今日のお仕事はもう終わり。
さて、おうちで余暇を過ごしましょう。
「おとうさん、今日は何して遊ぶです?」
「そうだね、リバーシでもやろうか?」
「あい! やるです~」
おうちに帰る道すがら、ハナちゃん一家は今日の余暇をどうするかで盛り上がっていました。
おうちに明かりが付いてから、活動時間が増えて余裕ができました。
なにして遊ぶかわいわいと話しながら、みんな仲良く帰ります。
そうしていると、ふと――ハナちゃんの目が一軒のおうちを捉えました。
「タイシ……」
ちょっと前まで、大志とお父さんが居たおうちです。
その家には、もう二人は居ません。
明かりの点いていないおうちを見ると、やっぱりさみしさがこみ上げてきます。
「タイシ、いつくるですかね~」
「二日か三日後くらいには、来てくれると思うよ」
「楽しみです~」
適当言うヤナさんですが、まあ実際、大志はそれくらいには顔を出すでしょう。
ハナちゃんも、大志が来たときを想像して、ぱあっと笑顔です。
「タイシさんが来たら、今度は集会場で雑魚寝しようか」
「あい! するです~!」
大志と遊ぶ計画を頭の中で組み立てながら、ハナちゃんはぽてぽてとおうちに帰るのでした。
大志、早く村に来てあげてね。
あんまりほっとくと――また、何か起きちゃうよ?