第十八話 ぴっぴー
――新月の日。
今日は田植えの完了を祝って、カレー祭りだ。
家にコメと鍋を取りに行き、帰りにカレールーを大量購入してきた。
村ではハナちゃんに野菜をにょきにょきしてもらっている。
お肉はもうあるし、食材としてはこれで揃うことになる。
いそいで村に戻ると、野菜をえっほえっほと運ぶハナちゃんが居た。
「お、ハナちゃん野菜できたんだね。ありがとう」
「あい~。いっぱいにょきにょきしたです~」
ハナちゃんの野菜運びをえっほえっほと手伝ってから、持ってきた食材もえっほえっほと炊事場に運ぶ。
炊事場では、奥様方がお肉を切り分けたり、野菜の皮むきをしたりと下ごしらえの真っ最中だった。
他の皆さんも、ジャガイモの皮をむいたり、泣きながらタマネギを切っていたりとお手伝いをしている。
村の皆総出で、カレー作りとなっていた。
そして、準備が進んでいるのを確認していると、ふと――カランと音がした。
音のした方を見ると……鍋があった。
「あれ? なんかおちてきた」
「これ、どっかでみたような……」
俺も、この鍋には既視感がある。
この鍋、もしかして――前に神様が持ってった奴か!
「これ、前の祭りの時、神様が持ってった奴ですね」
「ああ! あれですか!」
「それがなんでここに?」
……なんで?
……。
…………もしかして「ここにカレーを作って」ってこと?
「この鍋にカレーを入れて欲しいって事じゃないですかね?」
(そう! そうそうそう!)
「そうなんですかね」
「まあ、状況からすると、そうなんでしょうね」
空耳は気にしないことにして、とりあえずこの鍋にカレーを入れれば良いな。
しかし、この鍋ピッカピカになってんな……。
大事にしてくれて、なによりです……。
「大志、コメ研ぐか」
神様鍋リターン事件にも動じない親父、コメ研ぎの提案をしてくる。
たしかに、コメを今研いでおくと後が楽かも。
「そうだね。浸しの時間もあるから、今のうちに研いでおくか」
コメをざらりとカップに掬って軽量していると、エルフの皆さんが興味津々でのぞき込んで来た。
「これが、コメというものですか?」
「つぶつぶ~」
「すごいかたそうなんだけど……」
炊いてないコメだから、そりゃ固い。
これを美味しく食べる調理法の事を説明しよう。
「この固いコメですが、『炊飯』とか『炊く』という調理法で、ふっくらやわらかになるんですよ」
「すいはん……それと、たく? ですか」
「ええ。基本は煮るのと一緒なのですが、水を少なめにして煮るとですね」
「はい」
「余分な水が蒸発して、あとはふっくらとしたコメだけが残るんです」
「みずをじょうはつさせちゃうんですか?」
「そうです」
せっかく煮たのに、水を蒸発させてしまう事に疑問があるようだ。
「炊くことにより、煮るより美味しく食べられるようになるんです」
「むずかしそうですね」
まあ、多少のコツは居るかな。
でも、コメを料理するならおそらく、炊くのが最も手間がかからず、かつ美味しく食べられる調理法だと思う。
コメを粉にするのはものすごく大変だし、煮るだけだとコメの食感がなくなる。
「あと、こっちではコメを炊いたものを、ご飯って言ってますね」
「ごはん、です?」
「うん、ご飯だよ。朝ご飯、昼ご飯、晩ご飯みたいに『食事』のこと自体を表現してたりもするんだ」
「おもしろいです~」
そうなのかな? 一つの食物が「食事」そのものを指すって、考えたら面白いのかもな。
……まあ考え始めると深そうなので、今はおいておこう。
ただ、皆さん炊飯になじみがないようなので、一回リハーサルでもしとこうかな。
そこで炊いたご飯は、おにぎりにしてお昼ご飯にしちゃえば良いんじゃないだろうか。
「本番前の予行演習として、ご飯を炊いてそれをお昼に食べましょうか?」
「ほんとです!?」
「うん、ハナちゃんが最初に食べた、あの料理を作ろうと思う」
「おてつだいするです~!」
おにぎりが食べられると聞いて、ハナちゃん大興奮だ。
くるくる回り出した。
「まじで?」
「たべたいたべたい!」
「とうとう、あのたべものが……」
他の皆さんも大興奮している。
それじゃ、一人一合半くらいの分量でおにぎりをつくろう。
「ということで親父、急遽おにぎりを作ることになった」
「良いね。最近そういうの食べてなかったから、俺も食べたいわ」
「それじゃ、コメ研ぎとかやってもらうか」
「そうしよう」
鍋は二つもあれば、人数分のご飯を炊けるかな?
「それじゃ、ご飯を炊きましょう」
「「「はーい!」」」
◇
コメを研ぎ、四十分ほど浸し、いよいよ炊飯となった。
「まずは強火で沸騰させて下さい」
「わかりました」
「まかせて」
「えい」
さて、沸騰するまでやることがなくなった。
続きを説明して時間を潰そう。
「沸騰したら、この砂時計をひっくりかえします」
「すなどけい?」
「どれくらいの時間が経過したかを、測る道具ですよ」
「ほほう」
ヤナさんが砂時計を手にとって、上から眺めたり下から眺めたりしている。
「この砂時計が落ちきる時間は、だいたいラーメンができあがる時間と同じですね」
「こうやって、じかんをはかるのですね」
「そうです。勘に頼らず、定量的に計測できるようになります」
「べんりそうです~」
ふって沸いた便利道具に、皆さん興味が行ってしまった。
軌道修正しとこう。
「それで、沸騰したら蓋を取らずにこの砂が落ちるまで待ちます」
「ふたをとったら、だめですか?」
「だめですね。蓋はしたままで」
「わかりました」
そうして、じりじりと待つこと数分、ようやく沸騰し始めた。
くるりと砂時計をひっくり返すカナさん。
またじりじりと待つ。
「すながおちました」
「それでは、火力を中くらいにしてください」
「まかせて」
「そしたらまた砂時計をひっくりかえします」
別の奥様が火力を調整し、砂時計をひっくり返す。
「この砂が落ちきったら弱火にして、今度は二回砂時計をひっくりかえします」
「にかいですね。わかりました」
「それが終わったら火を止めて、砂時計三回分待ちます」
「さめちゃいません?」
「大丈夫ですよ。この三回分は蒸らしといいまして、これをしないと芯が残ったりします」
「なるほど」
ご飯を炊く事そのものは、以外と難しくはない。
炊飯器で炊くと一時間以上かかるけど、それは浸しの時間があるからだったり。
浸しの時間を抜きにすれば、わりとあっさり炊けてしまう。
ただ、ガスで炊くと結構ガスを消費するので、出来ればかまどで薪を使ってやりたいところだ。
そうして、弱火の段階が終了したところで、いったん中を確認する。
「弱火が終わったら、いったん蓋をあけて水分が残っていないか確認してください」
「あけちゃっていいの~?」
「ええ、大丈夫です。もし水分が残っていたら、水分がなくなるまで弱火を続けます」
「まかせて」
ちょっと水分が残っていたので、もうちょっと加熱する。
そして二分くらいで綺麗に水分が飛んだので、あとは蒸らして完成だ。
「これで炊けました。ご飯のできあがりです!」
「「「おおおお-!」」」
ふっくら炊きあがった鍋の中のご飯は、おいしそうだ。
エルフ達も目をキラキラさせている。
「あとはこのご飯をほぐして、まんべんなく空気を当ててやります」
「ふっくらしてますね」
「おいしそうなの」
「これが、ごはんなのね~」
さて、ご飯は炊きあがったので、おにぎりを作ろう。
「このご飯、そのまま食べても美味しいですが、今回はおにぎりにします」
「おにぎり?」
「ハナがたべたやつです?」
「そうだよ。このご飯を、持ち運びやすいように握っちゃうんだ」
「にぎっちゃうです~!」
ちっちゃな手をにぎにぎするハナちゃんだ。
まあ、実物はもう目にしたことがあるから、細かい説明はいらないだろう。
さくっと実演すれば済むかな。
茶碗にご飯をよそって、一個分の量にする。
「一個分はこれ位の量になります」
「それなりでいいんですよね?」
「ええ、目分量でいいですよ」
そして、手をぬらしてから、さらに手に塩を適量まぶす。これも目分量。
「こうして、塩を適量手にまぶして下さい」
「こうですね」
「まかせて」
「えい」
奥様方も準備ができたので、さっそく握りましょう。
「あとはご飯を手にとって、こうして丸めたり三角にしたりします」
「さんかくにできないわ~」
「まん丸でも良いですよ」
「こうですね」
そうしておにぎりが完成。
六十個以上のおにぎりを作るので、このまま休憩なしでにぎにぎ続行だ。
「タイシタイシ、ハナもおてつだい、するです~」
ハナちゃんが手をぱしゃぱしゃ洗ってお手伝いアピール。
おにぎり、作ってみたくなったんだな。お願いしよう。
「じゃあハナちゃんにもお願いしようかな」
「あい~! たくさんにぎるです~!」
ハナちゃんも加わって、にぎにぎにぎにぎと、おにぎりを作った。
一人十数個を作れば良いだけなので、それほど時間もかからず人数分ができあがる。
それでは、配って食べましょう。
「おにぎりができましたので、一人二個持って行って下さい」
「これがゆめにまでみた、あのしろいやつか……」
「おいしそう~」
「けっこうずっしりしてる」
おにぎりを手に取ったエルフ達の反応は様々だ。
さて、神様へお供えしてから、食べましょうかね。
お皿ごともってかれると困るので、両手に四個のおにぎりを持って――と。
「これは神様へのお供え分です」
(ありがとー!)
ピカっと光っておにぎりが消えた。
お供え完了!
じゃあ食べましょう。
「それでは皆さん、食べましょう」
「「「いただきまーす!」」」
もぐもぐとおにぎりをかじる皆さん、笑顔なのでお口にあったかな?
「ハナちゃん、どうかな?」
「タイシにもらった、あのあじです~! おいしいです~!」
「こういうあじなのですね。なるほど、これはいい」
「かんでると、あまくなるんだ~」
美味しそうにおにぎりを食べているので、ほっと一安心。
でもまだまだ、これは予行演習だ。
本番は、これから。カレー祭りはこれからだ。
俺も、久々のカレーだから楽しみだ。
沢山食べよう。
◇
お昼休憩を挟んだ後に、カレー祭りに向けてカレー作りを始める。
下ごしらえは終わっているので、まあ言うほど作業はないけど。
奥様方に手順を説明したら、あとは各自がやってくれている。
タマネギを炒めたり、肉やジャガイモを鍋で炒めたり、炒め終わったものを煮たり。
大人数なので分量は沢山だけど、手順自体は変わらない。
あとは、灰汁取りが終わったらカレールーを入れるだけ。簡単簡単。
「あくとり、おわりました」
「おやさい、にえたの」
「たくさんあるから、うでがふるえるわ~」
お、準備が出来たようだな。じゃあルーを入れますか。
あと、腕を鍛えた割にもう負傷している腕グキさんだ。
腕を鳴らせるようになるのは、まだまだ先かもしれない。
……それはそれとして、仕上げに入りますか。
「それでは、このカレーを入れて味付けします」
「きょうれつなにおいがしますね」
「からそうなにおいです~」
「おいしくなるの?」
封を切ってルーを出すと、カレーの匂いが広がる。
初めて嗅いだなら、結構強烈だろうな。
まあ、ルーは甘口のやつだから、匂いほどには辛くはない。
彼らの郷土料理と同じくらいの辛さじゃないかな。
「匂いは強いのですが、味は皆さんの煮込み料理と同じです」
「そうらしいですね」
「たのしみです~」
奥様方にルーを渡し、溶き入れてもらう。
すると、ふわっとカレーの良い匂いが広がった。
「いいにおいだな~」
「きたい、たかまる」
「おれのじまんのどきにこみは、ただのごったにだったのだ……」
カレーは煮込むと凄く良い香りがする。
エルフの皆さんもこの香りにうっとりだ。
あとは火から下ろして、ほっとけば余熱でも火が通る。
あと、煮込み料理はだいたいごった煮です。へこまなくても大丈夫です。
気を取り直して。
ガスコンロを空けて、今度はご飯を炊こう。
まあ、奥様方にお任せだけどね。
ご飯が炊けて、蒸らしをしている間にカレーを温め直す。
このカレーが再び煮えたら、いよいよカレー祭りの始まりだ。
そして、とうとうカレーが温まる。
ご飯も炊けている。
さあ――カレー祭りの始まりだ!
「ご飯をお皿に半分よそって、のこった半分にカレーを注いで下さい」
「わかりました」
「まかせて」
「ならさないわよ~」
わくわくとお皿を構えて行列を作る皆さんに、順番にカレーライスを配膳する。
四人がかりで配膳しているので、すぐさま終了。
後は神様にお供えすれば、準備は完了となる。
カレーの入った神様の鍋、通称「神鍋」は良いとして、ご飯は鍋ごともっていかれると困るため、葉っぱにご飯を大量に盛り付けた。
エルフ達があっちの森で食器代わりに使っていた葉っぱらしいから、これで勘弁してもらおう。
神鍋と葉っぱ盛りご飯を用意して、いざ宣言。
「神様へのお供えは、こちらです」
(おいしそー!)
ピッカピカ光って、若干苦労しながらもカレーとご飯は消えた。
さて、準備完了だ。
「それでは皆さん、カレー祭りの始まりです!」
「「「いただきまーす!」」」
わああっとカレーライスを食べ始める皆さん、その味にビックリ顔だ。
「うおおお! こきょうのあじににてる!」
「あれよりあじがこくて、おいしい!」
「ごはんとたべると、うまさばいぞう!」
「おもったとおり、おいしいです~!」
ものすごい勢いでカレーライスを食べる皆さんだ。
そして俺も、久々のカレーライスだけに食が進む。親父も同様、バクバク食べる。
ああ……やっぱカレーライスは美味しい。
三日くらいカレー続きでも良いくらいだ。
実際、昔に親父とそれやったこともある。
そのときは、お袋に発覚して以後禁止されたけど……。
いいじゃんね。カレーを一日三食、三日連続くらい。
いいじゃんね。お袋はなんでそれを禁止するのか、意味がわからないよ。
カレーは完全食だよ?
……まあ、過去の苦い思い出はそれくらいにしよう。
ハナちゃんもカレーは絶対美味しいといっていたし、様子を見に行こう。
「はぐはぐはぐはぐ!」
(はぐはぐはぐ!)
……ハナちゃんは、夢中になってカレーライスをかき込んでいた。
そして空耳もはぐはぐ言っている……。
まあ、ハナちゃんにカレーライスは、大ヒットしたようだ。
とんでもない量を食べている。
うん、ハナちゃんにとって、カレーは飲み物だな。
「ハナちゃん、カレーはどうかな?」
「……! タイシ! これ……これは、じんせいです~」
――カレーは人生。
この子に一体何が起きたのだろう……。
「……う、うん。気に入ってくれて、何よりだよ……」
「おいしいです~!」
「タイシさん、これはいいですよ。あじがこくていいです!」
「おいしいですね~」
「ふが~」
ハナちゃん一家も夢中でカレーライスを食べている。
そして他のエルフ達も、同様だ。
カレーをものすごい勢いで食べている。
故郷の味に似ているし、コメと一緒に食べるとうまさ倍増だしな。
「イネを沢山植えましたので、コメも沢山出来るはずです」
「コメのおいしさはよくわかりました。たんぼのせわ、がんばります」
「おにぎりといいこれといい、こんなんたべたら、がんばらざるをえない」
「そだつのが、たのしみだわ~」
おにぎりとカレーライスの連続攻撃で、エルフ達はすっかりコメに参ってしまった。
秋の収穫を楽しみにしていて欲しい。
そうすれば、毎日毎食ご飯が食べられる。
ご飯を嬉しそうに食べる皆の様子を見て、ふと思った。
……俺たち日本人が、ご飯、いわゆる白米を好きなだけ食べられるようになるまで、何年かかったか。
――実は二千年以上かかっている。それまでは雑穀や玄米だった。
白米たくさん、この二千年かけた悲願が達成できたのは数十年前、つい最近といってもいい。
でも、二千年かけてようやく実現したと思ったら、数十年でコメ離れ。
そして減反。そんな状況に、古くからの米農家として複雑な思いがあるのは否定しない。
毎日ご飯が食べられるのは、祖先が二千年苦労してくれた結果なのに。
……そんな複雑な思いはあったけど、今エルフ達がご飯を喜んで食べてくれた。
そして頑張って、稲作をしてくれると約束してくれた。
俺たちの祖先が二千年苦労してようやく達成したこの成果を、エルフ達が受け継いでくれるなら、嬉しい。
これは俺の自己満足でしかない。
でも、エルフ達がもっともっとコメを好きになってくれたら、嬉しいな。
「? タイシ、どうしたです?」
「いやね、みんながコメ作りを頑張ってくれたら、嬉しいなって」
「あい! ハナたち、コメたくさんつくるですよ! がんばっちゃうです~!」
「そうか~。それは嬉しいな~」
「あい~!」
本当に、嬉しい。
◇
カレー祭りが終わり、皆お腹いっぱいになった。
田植えの締めくくりとしては、よい催しだったと思う。
コメとはいかなる物か、実感も持てただろう。
これからのコメ作りにも、良い影響が出ると良いな。
――さて、それでは本日最後のイベント、ワサビちゃんを見に行こう。
皆でぞろぞろとワサビちゃん畑へと向かう。
「ぴぴー」
「ぴっぴー」
「ぴ?」
相変わらずワサビちゃん達は畑でたむろしていた。
――あれ? なんか一回りおっきくなってないかな……?
「ワサビちゃん達、おっきくなってません?」
「デカなってるな」
「せいちょうしたです~!」
もう既になんか起きているけど、マイスターはニヤニヤしているだけだ。
まだこれは序の口なんだろうか。
「ほら、ワサビちゃんがあつまりはじめたぜ」
マイスターが指さす先をみると、ワサビちゃんが確かに集まり始めている。
「ぴ」
「ぴぴー!」
「ぴ!」
そしてペアを組んだり、ひとつのワサビちゃんを二つのワサビちゃんで取り合ったりしはじめた。
……三角関係?
しばらくそんなワサビちゃんの行動を眺めていると、やがて落ち着き始める。
ペアを組んだワサビちゃん同士や、結局三角関係のまま妥協したっぽいワサビちゃんトリオなどが、街灯を見上げた。
「……そろそろはじまるはず。みんなよくみててくれ」
マイスターの言葉に、皆固唾を飲んでワサビちゃんを見守った。
しばらくして。
「ぴっぴぴ~」
「ぴぴぴぴ~」
「ぴ~」
これは……歌?
ワサビちゃん達が、ゆらゆらと揺れながら歌のような鳴き声を上げ始めた。
不思議な不思議な……旋律だ。
「ワサビちゃん、うたってるです?」
「そうみたいだね。不思議な歌だね」
「きいたとおりだな……」
皆でワサビちゃん達が歌を歌う様子を見守る。
「ぴ~」
そこのワサビちゃんは……うん、かなり音が外れている。
頑張って頂きたい。
「しゃしん! しゃしんとります!」
そしてカナさんはパシャパシャやっている。モチーフが沢山集まって、何よりです。
しかし、マイスターが言いたかったのはこれなんだろうか。
確かに幻想的な光景だけど。
「あとちょっとだ」
いや、まだあるらしい。マイスターはじっとワサビちゃん達を見つめている。
そして――。
「――きた! きたきたきた!」
ワサビちゃんの頭にある葉っぱが――光り始めた!
その光は、だんだんと強くなっていく。
青い光、白い光、緑の光、赤系統はないんだけど、結構色とりどりだ。
一体、何がおきるんだろう……わくわくする。
葉っぱが点滅し始めてまもなくのこと。
「ぴ」
――ポンっ! と――花が咲いた。
「ぴっぴっ」
「ぴ」
「ぴぴぴぴ」
次々にぽんぽんと花が咲いていき、辺り一面花だらけになった。
――花咲ワサビちゃんだ!
青やら緑やら白色の、金属光沢のある花びらを風になびかせながら、ワサビちゃんは歌を歌い続ける。
その花は淡く光り、不思議な歌と相まって幻想的だ。
「きれいです~!」
「しゃしん! しゃしんとりまくりま~す!」
「これは……」
ワサビちゃんの花畑に、皆も言葉を失う。
あっちの森で幻想的な風景に慣れている彼らでも、これには驚いたようだ。
「きいたとおりだ! ちょうろうがみたこと、ほんとだったんだ!」
「ふが~」
マイスターが、ハナちゃんのひいおばあちゃんとキャッキャしている。
長老が見たことがホントだった?
情報源は、ハナちゃんのひいおばあちゃんだったのかな?
「ひいおばあちゃんから聞いたのですか?」
「うん。ハナちゃんちのひいおばあちゃんがこどものころ、いちどだけみたってさ」
「ふが~」
頻繁にこういうことが起きているなら、他の皆も知っているはず。
でも、見たことがあるのはひいおばあちゃんだけで、しかも子供の頃に一度だけ……。
もしかして、凄いレアな場面なのかな?
「これって、かなり貴重な場面なんですかね?」
「こんなにワサビちゃんが、いっかしょにあつまることなんてないじゃん?」
「そうですね。森では点在しているみたいですし」
「だよね。ほんで、ここからはおれのよそうなんだけど、きく?」
マイスターの予想か、聞いてみよう。
「ええ、聞きたいです」
「おう。たぶんだけど、せいちょうしきったワサビちゃんが、つきのないよるにであったときだけ、こうなるんだとおもう」
「成長しきった個体が、さらに月がない時に出会わない限りは、起きないと」
「そうでもなきゃ、ここまでだれもしらないとか、ないとおもうんだ」
なるほど。ひいおばあちゃんは、偶然それを見たのかもな。
「確かにそうですね」
「おまけに、あっちのもりでは、ワサビちゃんはほとんどいどうしない」
「それじゃ、出会いも少ないでしょうね」
「ひかりもよわいから、せいちょうもおそいだろうしな」
ああ、そういうこともあるな。ソーラーLED街灯の光は、かなり強い。
街灯が暗かったら使い物にならないしな。
そして街灯として使える強さの光だったからこそ、一気に成長できたのかもしれない。
「つまりは、成長したワサビちゃん同士が出会うのって、かなり稀ですね」
「ほとんどないとおもう」
この予想が当たっているなら、その瞬間に立ち会えるのもほぼ無理だろう。
ひいおばあちゃん、相当レアな場面に遭遇したのかも知れないな。
しかし、ホント不思議な植物だ。
いや~、珍しい物みれてよかったよかった。
これを見れば、エルフ達も色々考えること間違いなしだ。
マイスターの目論見、上手くいくだろうな。
「タイシ、タイシ」
「ん? ハナちゃんどうした?」
ハナちゃんが服のすそをクイクイとしてくる。
そしてハナちゃん、何で無表情なの?
「これ、よけいに……しゅうかくできなくなったです?」
――あれ?
「ぴ?」
……あれ? この……歌う花咲ワサビちゃんを「むんず!」と掴んで収穫する?
余計に無理だろ……。
え? マイスターのいう「朗報」って? 事態が悪化しただけじゃない?
「ぬっふっふっふ……」
愕然としてマイスターの方を見たけど、ドヤ顔を返してきた
……まだなんかあるな、これ。
「これで終わりじゃ、無いですよね」
「ああ。むしろこっからがほんばん」
「ふが」
……良かった……。
「ほら、そろそろだ」
「ぴっぴ~」
「ぴ~」
花咲ワサビちゃん達の方を見ると、花をくっつけ合っている。
「ぴ!」
「ぴ~」
「ぴぴぴぴ!」
そして三角関係のほうは、またもやバトルが始まっている。修羅場である。
さっき妥協してたでしょ、君たち……。
そんな修羅場はさておき、花をくっつけ合った個体はというと――。
「ぴぴぴぴぴぴぴ」
「ぴぴぴぴ」
花からほんの数粒――種がこぼれた。
ぽろぽろと種をこぼす花咲ワサビちゃん達。
色とりどりの種が、ささやかに蒔かれていく。
歌から始まった一連の出来事は――繁殖のためだったんだ!
あの歌は……愛の歌、なのかも知れない。
「ぴ~……」
「ぴ……」
あ……種を蒔き終えた花咲ワサビちゃんが――ぱたりと倒れた。
そして、それっきり。
動かなくなってしまった……。
ぱたり、ぱたりと倒れていく花咲ワサビちゃん。やっぱり、それっきり。
……あれ? 三角関係ワサビちゃんだけは、いまだにバトっている。
君たち……。他の皆は、仕事終えてるよ……。
「ぴ!」
「ぴ~ぴ」
「ぴぴ!」
周りの雰囲気と、残念な感じのエルフ達の視線に気づいた三角関係ちゃん達、ようやく花をくっつけ始めた。
やがて……三角関係ちゃんたちも種を蒔いて、ぱたり。
とうとう、花咲ワサビちゃん達の中で動いている個体は、居なくなった。
「タイシ、なんだかさびしいです~」
「……うん、一気に静かになっちゃったね」
しーんと静まりかえった畑と、動かなくなったワサビちゃん。
なんとも言えない寂しさがある。
「いろいろ、かんがえることがあったわね」
「おれら、ぜんぜんしらなかったんだな」
「もうちょっと、よくかんがえるべきだったな……」
動かなくなった花咲ワサビちゃんを見つめて、しんみりする皆さん。
俺もしんみりだ……。
……確かにこれなら収穫できるけど、なんだかな……。
もう動かなくなっているから、それを集めれば良い。
ただ、なんとも言えないもどかしさはある。
「そんでとどめじゃん?」
そんな微妙な雰囲気を物ともせず、マイスターが動かなくなった花咲ワサビちゃんの一つを持ってくる。
……止め?
「ほい!」
マイスターがワサビちゃんの延髄あたりに、チョップをかました!
その衝撃で、パキリと縦方向に真っ二つに割れるワサビちゃん。
割れた瞬間に――何かが中から飛び出してきた!
「ぴ?」
――ちっちゃなワサビちゃんだ!
「ほら、これならいいだろ」
「これ……抜け殻ですかね」
「そうそう。たねをまきおわると、だっぴしてちっちゃくなるんだってさ」
「ふが~」
……脱皮するとか……これ、植物?
「ぴっぴー」
飛び出してきたちっちゃワサビちゃんは、もぞもぞと土に潜っていった。
ちっちゃワサビちゃんは葉っぱもないから、もうどこに居るのかわからない。
「ひいおばあちゃんからきいたはなしは、こんなとこかな?」
「ふが」
「あんなじょうきょうでもいきのこってたんだ、むっちゃくちゃしぶといんだよ」
……むっちゃくちゃしぶといのか。
なるほど、LED光源がない状態の、きわめて不利な従来の環境ですら、あれほど繁殖できていた植物だ。
弱くて儚いように感じていたけど、実際はかなりしぶといんだろうな……。
「そんでたぶんだけど、せいちょうしきってないやつが、めっちゃからい」
「辛さが収まった理由ですか?」
「たぶんな。からすぎてのたうちまわるから、ためすきはしないけど」
マイスターですら試すのをやめる辛さ。
ワサビちゃんなりの、身を守る手段なのかな?
……まあ良いか。これなら気兼ねなく抜け殻を収穫出来る。
「あと、このぬけがら、つちにうめとくとけっこうながもちするんだって」
「そうなんですか?」
「ふが~」
「こどものころにみたはながさいたやつ、きねんにうめておいたらはちじゅうにちくらいもったんだと」
ひいおばあちゃんの実体験か。それなら本当だろうな。
八十日くらい持つのなら、出荷量も調整出来る。
しかし、抜け殻ですら相当しぶといんだな……。
まあ、何にせよ助かる。
「それは良いですね。収穫しきれなかったものは、そうして保存しましょう」
「おう、そこらへんはおれたちにまかせてくれ」
うん、抜け殻の管理はエルフ達に任せよう。
それと……せっかくこんなにあるんだから、必要分は早速収穫してしまおう。
「それじゃ、この抜け殻になったやつを収穫しましょう。半分くらい」
「ハナもてつだうです~」
「おれもおれも」
「ワサビちゃんの、ここんところをたたくのよね?」
皆も手伝ってくれるようで、わいわいと花咲ワサビちゃんを手に取る。
「えい!」
「ぴっぴー」
「とう!」
「ぴっ」
そして、ぴしぴしと花咲ワサビちゃんに延髄チョップをする皆さん。
次々に、ぴっぴと飛び出すちっちゃワサビちゃん。
夜も深まるワサビちゃん畑で、収穫? 脱皮の手伝い? を行ったのだった。
ワサビちゃん、ありがとうね。
そして、今までごめんね。
君たちの抜け殻、美味しく頂くよ。
「ぴっぴー」
土の中から、鳴き声が聞こえた気がした。
◇
――新月から二日後。
田植えも済んで、祭りも済んで、ワサビちゃんも収穫できた。
今回予定していた作業も、予定外の作業も、ひとまずは全て終えた事になる。
運び込んだ機材も、もう撤去して家の方に運んだ。
名残惜しいけど、これで村での住み込み作業は――終わり。
――終わってしまった。
エルフ達とは、今日でひとまずの別れとなる。
「皆さん。私たちはこれで、家に帰ろうと思います」
「さみしくなるな~」
「しょうがないっちゃ、しょうがないんだけどな……」
「あや~……」
祭りの後の、寂寥感みたいな雰囲気が漂う。
俺も寂しいけど、もう半月以上も家を空けている。
そろそろ帰らなくてはならない。
「タイシさん、いろいろとありがとうございました」
「いえいえ。ワサビちゃんのことも含めて、こちらもお世話になりました」
「いろいろあったわね~」
しみじみとこれまでの半月を振り返る。
ほんとに色々あったなあ……。
「タイシ、いっちゃうです?」
……ハナちゃんがうるうるしている。
そんな顔を見ちゃうと、後ろ髪引かれるなあ……。
村に居る間、ほとんど一緒に居たからずいぶんと仲も良くなった。
でも、俺もずっと村にいるって訳にもいかないんだよな……。
「ごめんねハナちゃん。もう行かなきゃ」
「さみしいです~」
「自分もだよ。だからハナちゃんに会いに、ちょくちょく顔をだすよ」
「ほんとです?」
「うん。ワサビちゃんの受け取りもあるからね。約束するよ」
「やくそくです~」
ハナちゃんはうるうるしたままだけど、また来るから許して欲しい。
しばらくなでなでして慰めた後、皆に別れの挨拶をする。
「それでは、また来ます」
「私の方も、大志と顔をだしますよ」
「ええ、ぜひとも!」
「タイシ~! まってるです~!」
車に乗り込んで、エンジンを始動させる。
見送るエルフ達に手を振りながら、村を後にした。
バックミラーを確認すると、エルフ達はいつまでも手を振っていてくれた。
「大志、今回はまあ凄かったな」
「うん。いろんな事が同時に起こりすぎて、慌てちゃったよ」
道中、親父と今回の作業について総括する。
「でもさ、あのエルフ達が居なかったら、大将んとこヤバかったよな」
「確かに、最初に話を聞いたときは、行き詰まり感が凄かった」
彼らがもしこっちに避難してこなかったら、子猫亭は余り良くない状況のままだったろう。
「それに……子猫亭がなかったら、あのワサビちゃんもヤバかったよね」
「そうだな。子猫亭の事が無けりゃ、雑草扱いのままだったろうな」
「子猫亭とワサビちゃん、お互いを助け合えたのかもね」
「だったら素晴らしいな」
そして、エルフ達も間接的にだけど、子猫亭の助けになった。
彼らの何気ない話を元に、一つの案ができた。
さらには、ワサビちゃんの問題解決にも彼らの助力が必要だった。
今回は、子猫亭とワサビちゃん、それとエルフ達の問題が上手く噛み合い、綺麗に回った。
その結果、お互いに良い方向へと転がったんだと思う。
「大志も良くやったよ。一気に三者の問題に対処してんだから」
「あれは橋渡ししただけだよ。皆が持ってた良いところを、繋いだだけさ」
俺は、ただ彼らの間に橋を渡しただけ。
ほんのちょっと、背中を押しただけだね。
「俺んときは、ここまで複雑じゃなかった。大志、お前すげえよ。自信持てや」
「そう? 高橋さんの時も結構ドタバタしたよね?」
「あれも、お前がほとんど解決してただろ? すげえ助かってたよ」
「俺が解決したわけじゃないよ。人の力借りまくりだったよ」
「……まあ、そう言うところが、お前の良いところか」
う~ん。結局のところ、誰かの力を借りなければ、大きな事は出来ないと俺は思う。
俺はこれからも、誰かの力を借り続けるだろう。
誰かを幸せに出来るなら、それで良いんじゃないかな。
こうして今までの出来事を、親父と振り返りながら家に向かって車を走らせる。もうすぐ我が家だ。
家に着いたら、ゆっくりしよう。
さすがに俺も疲れた。
ひとまずは、溜まっているだろうドラマの録画でも見よう。
我が家に帰って、まったりしよう。
そして――次の計画を考えよう。
――エルフ達やハナちゃんとの再会を、楽しみにしながら。
これにて第五章は終了です。
お付き合いありがとうございました。
次章も引き続き、お楽しみ頂ければと思います。