第十七話 田植えには罠がある
――新月まで、あと三日。
朝になってからワサビちゃん達の様子を確認してみたけど、無事ワサビちゃん畑に集まっていた。
これでワサビちゃんによる、ハナちゃん菜園占領問題は解決した。
――残るは、ワサビちゃん収穫無理だよ問題の解決だ。
これは新月の夜にわかるとのことだから、ひとまずそれを待つしかない。
その間に、今回の第一目標である田植えを終わらせておこう。
これが終われば、エルフ自立計画の第一段階は完了する。
とうとうここまで来たんだ。がんばるぞ。
というわけで、今日は朝から田んぼで作業となる。
皆さんも集まって、苗も準備し機材も運んで準備は万端だ。
田植えも割と重労働なので、この講習も俺が担当する。親父は機械で田植えだ。
遠くの方で順調に田植えをする親父をよそに、俺たちは地道に手作業となる。
さあ、作業を始めましょう!
「皆さん、いよいよ田植えです。この田植えが終われば、一つの区切りとなります」
「いよいよですか」
「ここまでくるの、たいへんだったな~」
「やりとげたかんがある」
……まだ終わってないから! やり遂げてないから!
本番はこれからだから!
「……まあ、あと一踏ん張りです。頑張りましょう!」
「「「おー!」」」
気合いを入れたところで、実作業に移る。
まずは田植定規、通称六角をつかって、田んぼに升目を書かなくてはならない。
ホントは朝早く誰かがやっておくもんだけど、今回は農業実習という側面もある。
ということで、皆でやることにした。
この作業を失敗すると米の収量に直接響くので、体験しておかないと後で困る。
「では、まずはじめに田んぼに正確に升目を書いていきます。この道具で」
「このどうぐ、どうやってつかうのですか?」
「へんなかたち~」
「かくかくしてるです」
かくかくは確かにそうかな。六角形だし。
この六角という道具は、一メートル二十五センチの骨組みに、正方形が五個出来るように枠が付けられている。
これで一辺が二十五センチの正方形の枠が五個となる。
その骨組みを六枚組み合わせ、六角柱を作る。これで三十個の枠になる。
さらにこの六角柱を二つ連結し、長さ二メートル五十センチ、枠が六十個の六角柱になっている。
これを一回り転がせば、一メートル五十センチ進むごとに六十の升目が書けるわけだ。
この升に沿って植えると、正条植えとなる。
「実際にやってみましょう」
あらかじめ田んぼの中央に基準として糸をまっすぐ張ってある。
その糸を基準に、この六角を転がすわけだ。
よっこらしょと六角を田んぼに置き、後ろに下がりながらころころ、というよりバタン、バタンと転がす。
すぐさま、まっすぐな升目ができあがる。
「こんな感じです」
「おお~きれいにできたです~」
「なるほど、そうやるわけですか」
「よっしゃおれもやってみる」
割と簡単そうに見えたのか、エルフの皆さんも順番に枠転がしを始めた。
ーーしかし、この作業……実は罠がある。
「あ、あえ? まっすぐころがらないです~!」
「ええ~? いやかんたんじゃないの? ちょっとおれがやって……え? なにこれむずい!」
「またまた~。……ええ! なんかまがる! まっすぐできない!」
そう、実はまっすぐ転がすのが難しいんだ。
まっすぐ転がすには職人技が必要になる。俺も会得するのに苦労した。
「ひえ~! まがる! まがる!」
「だれひとりうまくできないとか、ふるえる」
「おれのじまんの……あああ、またまがった!」
簡単だと思っていた作業が思いの外難しくて、大慌てのエルフ達。
あっちにごろごろ、こっちにごろごろと悪戦苦闘しながら、なんとか升目を引いていく。
大変な作業だけど、それでも皆わいわいと協力していて傍目から見ると楽しそうではある。
ワーワーキャーキャーと賑やかに、作業は進んでいった。
そして、ようやく升目を引き終える。
騒ぎすぎてゼーハー言っている皆さん、なぜか晴れやかな笑顔をしている。
「……なんとか、できたです……」
「なんだろう、すごいたっせいかん」
「おれら、やりとげたよ……」
まだ田植えは始まってすらいませんよ、皆さん……。
◇
お昼を挟んで、今度こそ田植えだ。
泥も落ち着いて、午前中に引いた升目もよく見えるようになった。
そして既に枠転がしでなんか達成感を感じているエルフ達だけど、これが本番なんですよ……。
……まあ、気を取り直して田植えをしましょう!
「いよいよ本番、本番の田植えを始めます!」
とりあえずこれが本番だと強調しておく。
「そのくさをうえるわけですね」
「そうです。これがイネの苗でして、さっきの升目のカドっこに植えていきます」
「なるほどです~」
あらかじめ苗代は処理してあって、土を落として一握りの束にしてある。
本当はこの苗を育てるところからやりたかったけど、今回はあまり時間が無いし失敗も出来ないのでやめにした。
来年の課題としておこう。
「田植えはまあ、それほど難しくはないです。私と同じようにやって頂ければなんとかなります」
「それならあんしんです~」
「さっきのめっちゃむずかったしな~」
「ほっとするわ~」
俺と同じく苗の束を持った皆さん、やる気あふれる表情だ。
さっそく実演しよう。
苗の束から三本ほど取り分けて、枠のカドにちゃぷんと植える。
人差し指と中指で、軽く苗の根元を土の中に押し込むように。
そして二センチから三センチくらいの深さで植えるのがコツだ。
一メートル二十五センチが一人分の担当する幅。
この幅を植え終わったら、後ろに下がってまた一メートル二十五センチ。
幅を植えたら後ろに下がる、また幅を植えて後ろに下がる。
そしてたまに泥に足を取られる。めげずに植える。
黙々と苗を植えていき、一メートルほど後退したところで実演終了とする。
綺麗にまっすぐ出来ました。
「こんな感じでお願いします。このイネは三本くらいを取って植えて下さい」
「「「はーい!」」」
実演した内容を口頭で説明して、さて実践。
俺と同じように、枠のカドにちゃぷんとやり始めたエルフ達。
流れ作業なので、見た感じは順調に見える。
「わ~! タイシみたいにできてるです~」
「おおお、わりといけてるかんじ!」
「すいすいできるぜ……おわっ!」
順調に植えている方と、油断して泥に足を取られてひっくり返る方など様々だ。
泥に足を取られてしりもちなんかは普通だから、めげずに続けて頂きたい。
やっぱりワーワーキャーキャーと賑やかに田植えが進んでいく。
――ただし、ここでも罠がある。
「あえ? かどっこ……どこです?」
「うえるはずのところに、あしあとが!」
「このままうえたら、ふかくなりすぎね?」
そうです。次に植えるところを意識して足運びをしないと……だめなんです。
これも経験と慣れが必要で、体で覚えるしかない。
まあ、やっていればそのうち慣れる。体が自然と、最適な足運びをするので問題は無い。
あとは泥なので、均せば問題ない事もある。早速均して貰おう。
「足跡があって植えられないところは、土を均して下さい」
「なるほど~」
「そういやそうだな。どろだしな」
「あんしんしたです~」
解決方法があるのを知って、安心する皆さん。そしてまた罠です。
「あや! ならしたらこんどはかどっこがわからないです~」
「せっかくひいたせんだけど、ならすときえちゃうもんな」
「うえてみたけど、あきらかにずれている……ずれまくっている……」
升目の線が消えてしまうため、今度は植える位置がわからなくなる。
まあこれも、しばらく植えていれば体が覚えていくので、問題はないかな。
簡単そうにしている田植えだけど、実はそれなりに技術が必要だったり。
それを知ることができれば、今はそれで良いかな。
それさえ知っていれば、自分たちだけでやらなければいけない時でも考えることが出来る。
どろんこになりながら悪戦苦闘するエルフ達に混じって、俺も田植えを続けよう。
この苦労、無駄にはならないから。
それに、エルフ達もだんだん慣れてきたのか作業速度が上がってきた。
センスが良いな。これなら、明後日には田植えを終えられそうだ。
良い感じ良い感じ。
――その後、田植えで体力を使い切ったエルフ達。
夕食後に温泉に浸かったところで緊張が切れたのか、家で余暇を過ごさずすぐさま就寝していた。
今日も一日、お疲れ様でした。
何時もと違って皆がすぐに寝たので、村はしーんとしていた。
でも、そんな静かな村に――わさびちゃん畑から「ぴっぴー」という鳴き声が、時たま響く。
俺が今拠点にしている家も、ハナちゃんちの近くなので、割と森に近い。
ワサビちゃんたちの鳴き声が、良く聞こえてくる。
「ぴっぴー」
おやすみ、ワサビちゃん。
◇
――新月まで、あと二日。
今日も田植えを続ける。
やっぱり親父には機械での大規模な田植えを任せて、俺はエルフ達と手植えを行う。
実のところ、トラクターで田植えは一見楽そうに見える。
でも、これもまっすぐ田植えをするには、やっぱり技術がないと出来ない。
俺も親父もエルフ達も、細かい技術を今日も試されて居たりする。
「さあ皆さん! 今日も田植えですよ! 植えまくりましょう!!!」
「タイシさん、きょうはもきあいはいってる」
「みなぎってるかんじ」
「おれらもあげていこうじゃん!」
「「「おー!」」」
以外にもマイスターがハイテンション。
動植物大好きな彼は、こういった栽培も大好きなのだろうか。
まあ、やる気があるのは良いことだ。
今日も頑張って行きましょう!
「なんだか、うまくできるようになってきたです~」
「おれもおれも」
「まっすぐできてるじゃん! どや!」
「ドヤがおやめて~!」
和気藹々と、ドヤ顔やめて! とわいわいしながら田植えは進んでいく。
だんだん慣れてきたのか、エルフの皆さんも笑顔だ。
楽しく作業ができるのなら、それは素晴らしいことだ。
俺も笑顔で田植えをしよう。
このひと植えひと植えが、彼らの未来の笑顔につながると信じて。
「あややっ!」
ハナちゃんが泥に足を取られて、可愛くしりもちしているのを助けたり。
「おほうっ!」
マイスターが頭から泥につっこんでスケキヨになっているのを助けたり。
「あら~」
なにをどうやったのか、腕グキさんが泥の中に沈んでいくのをマッチョさんと助けたり。
なんだか転倒するエルフ達を助けてばかりだけど、楽しく田植えをしていった。
「タイシ~。どろだらけになっちゃったです~」
「だいじょぶだいじょぶ、普通だから。田植えはどろんこ勝負だから」
「どろんこしょうぶです~」
どろんこになったハナちゃんと、キャッキャする。
「おれもどろだらけじゃん?」
「おまえのころびかたさ、どうしてそうなるのかいみがわからない」
「くうちゅうで、にかいてんしてたよな」
「どうやったらにかいてんできるの? おまえやばいよ」
そして全身どろだらけになったマイスターがドヤ顔をし、総ツッコミを受けたり。
こんな感じで皆泥だらけだけど、それでも笑顔で田植えをしていった。
良い雰囲気だ。
こんな有様だけど、着実に田植えは出来ている。あと一歩。あと少し。
もうすぐ完成する。
◇
――新月まで、あと一日。
今日も今日とて、朝から田植え。
親父の方は昨日、担当分を終えたので、実際はもう田植えは実質終了していたりする。
でも、エルフ達の手植えはまだのこっている。
せっかくだから、最後までこの畑は手植えで通そう。
親父も加わって、総出で最後の締めに入る。
エルフ達が最初から最後まで、自分たちの力で作った田んぼだ、最後まで彼らの力で作って欲しい。
「皆さん……田植えは今日で最後です。ここが正念場ですので、最後まで頑張りましょう!」
「「「おー!」」」
そうして、またまたどろだらけになりながらも田植えを始める皆さん。
このペースなら、午前中には田植えは終了する。
いよいよ、いよいよだ。
「あとちょっとだ!」
「もうひといきよ~」
「いくです~!」
そして――。
「おわったー!」
「できたです~!」
「きたきたきたー!」
お昼ちょっと前に、田植えが終わった!
とうとう来た! エルフ自立計画の第一段階に――到達した!
「皆さん! よく頑張りました! これで一つの段階に到達しました! おめでとう!」
「「「やったー!」」」
俺も感無量だ。まだまだこれから、水位の調節や追肥など細かい農作業は続く。
でも、今この時だけは、一つの達成感に浸りたいと思う。
「タイシタイシ、ハナたち、やったです?」
「うん! 皆やったよ! 凄いこと、出来たんだよ!」
「ほんとです!?」
「おれたち、やれたのか?」
エルフ達も、半月を費やした作業に一つの区切りがついたことで、興奮気味だ。
もう皆してキャッキャしている。
もっとキャッキャしてもらおうじゃないか。
「ええ。ホントです。皆さんは凄いこと、出来たんですよ!」
「「「わーい!」」」
こうして、お昼になるまで皆そろって、田んぼでキャッキャした。
――そしてお昼。
キャッキャしすぎて燃え尽きた俺たちがいた。
「あえ~……」
「なんだか……ちからがぬけましたね……」
「しおしおだわ~」
「いっきにきんちょうのいと、きれた……」
……はしゃぎすぎました。
燃え尽きた俺たちは、午後はぼんやりと過ごした。
◇
午後も燃え尽きていたので、夕食は簡単にラーメンとなった。
今日はこれで良いと思う。皆お疲れだし。
ただ、このままこれで終わると寂しいので、一つ提案をしよう。
「皆さん、今日はこのままゆっくりするとして、明日お祭りをしましょうよ」
「おまつりですか?」
「おまつり! やりたいです~」
田植えが無事終了したことを祝って、ぱーっとやっちゃおうと思う。
「田植えという大事業を成し遂げた訳ですから、もうぱーっとやりましょうよ」
「……そうですね! それもいいですね!」
「やろうやろう!」
「まつりじゃああああ!」
祭りと聞いて皆のテンションも上がってきた。良いね。
「沢山料理を作って、お腹いっぱい食べましょう!」
「「「わー!」」」
(おそなえもの-!)
何か聞こえたのは気にしないことにして、盛り上がって参りました。
先月お肉祭りをしたばかりだけど、まあいいんじゃないかと思う。
「おりょうり、がんばります」
「うでがなるの」
「あらららら? あらららら?」
料理と聞いて、奥様方も燃え尽き症候群から復活だ。
別の奥様に先にネタを言われてしまった腕グキさんだけ、右往左往しているけど。
――あ、料理と言えば……田植えにちなんで、ご飯を食べたら良いんじゃないかな。
これから自分たちが育てていく、主食となる物だ。
自分たちが作っている植物がどんな食べ物なのか、料理してみて食べてみるのは良いことだ。
そうすれば、実感もより一層持てるはず。
そして大勢で食べるご飯ものといったら、なんといってもカレーだ。
彼らの郷土料理、エルフ特製謎煮込みもカレー味だったし、美味しく食べられるのは間違いない。
――明日はカレー祭りにしよう。それがいい。
「それでですね、明日のお料理はカレーにしたいと思います」
「カレー? それはおいしいです?」
「どんなりょうりでしょうか」
ハナちゃんとカナさんが、興味深そうに聞いてきた。
味はあの土器煮込みと似ているから、説明も楽だ。
「あの土器で煮込んだ料理と、似た味がします。ということは美味しいですよね?」
「ええ。それならまちがいないです」
「ほんとです!?」
「ホントホント。俺も大好きな料理だよ」
「たのしみです~」
味は説明できたところで、コメの事も伝えなきゃな。
「そのカレーという料理は、こっちではコメを料理して作った、ごはんというやつにかけて食べます」
「タイシからもらった、あのしろいやつです?」
「そうそう。それに土器煮込みの汁をかけたようなものかな」
「!? それはぜったいおいしいです!」
ハナちゃんはおにぎりを食べたことがあるので、かなり具体的にカレーライスの味を想像できているはずだ。
そのハナちゃんが絶対美味しいというのだから、もう確定だよね。
「とうとうあれがたべられるのか!」
「ぜったいおいしいとか、すてき」
「にこみりょうりなら……おれのじまんのどき、つかっちゃう?」
土器でカレーを煮込むのも良いかも。雰囲気出そうだ。
……でも、焦げ付いたら洗うの大変そう。
ステンレス鍋ほど簡単には、汚れは落ちないような気が……。
まあいいや。やってみよう。
明日は朝から準備しなきゃな。
いったん家に帰って、コメやら鍋やら持ってこなきゃ。
それにカレールーも調達しなきゃいけないし、ハナちゃんに野菜もにょきにょきして貰おう。
――明日は忙しくなりそうだ。
皆と明日のカレー祭りについて色々相談したり、作業分担のお願いをした。
皆ノリノリなので、滞りなく打ち合わせは終了する。
そして明日のために、今日も早くに寝ることにした。
俺も早いところ寝てしまおう。
そして家に戻る途中、ちらりとワサビちゃん畑の様子を見に行った。
「ぴっぴー」
「ぴぴっぴ」
「ぴぴー」
元気いっぱいに畑を歩き回るワサビちゃん。
明日は新月になる。
マイスターの話した内容からすると、明日何かが起きると推測できる。
そして「朗報」という言葉だ。
これは――ワサビちゃんを収穫できなくて困っている事も……解決するんだろう。
でもなぁ……相手は異世界産のファンタジープランツなわけでして。
もうなんか――すっごく面白そうな事が起きそう!
だってマイスターがドヤ顔してたんだぜ?
あの自信は、きっと何かある。面白いことが――。
「ぴ?」
明日が楽しみだ。
ワサビちゃん。
君たち――なにをやらかすのかな?