第十五話 農作業もやらなきゃね
子猫亭にワサビの新しい調理法を伝えてからは、一気に物事が進捗した。
軽食用のメニューとして、トルティーヤで野菜やお肉、その他の具材を巻いたラップサンドを売るそうだ。
これなら、数種類の具材を用意して組み合わせるだけで、幅広いメニューが作りだせるとの事。
実はこのラップサンドだけでは、メニューとしてはパンチが足りないとして一度は断念したらしい。
しかし、ワサビ効果で味や香りを増減させてやることで、本採用メニューへと生まれ変わったのだそうな。
そのワサビ活用メニューがどんな味かは、俺は試食をしていないのでわからない。
だけど、話を聞いた限りでは、大将は自信がありそうな感じだった。
大将が自信を持っているなら、俺の個人的感想ではかなり美味しい料理になったんじゃないかと思う。
そのうち、暇が出来たら俺も食べに行こう。その時が楽しみだ。
そしてもう、ここまで来たら後はプロにお任せという所かな。
移動販売車の方も高橋さんからもうレンタルしたとこのとで、あとは諸々の許可を取るのみ。
俺に出来ることはもう無いので、あとは子猫亭の皆さんが頑張るのを見守る事にしようと思う。
がんばれ、子猫亭。
それにこっちはこっちで、畑仕事の仕上げをしなくてはならない。
畦塗り代掻き、そして田植えだ。
ワサビの研究もしなければならないけど、とりあえず後回し。まずは農作業に区切りを付けよう。
農作業に区切りがつけば、エルフ自立計画の土台ができあがる。
ここが正念場だ。
がんばれ、エルフ達。俺もがんばるから。
◇
田んぼに村人全員が集まり、いざ畦塗りの始まりだ。
「それでは皆さん、今日は畦塗りをしたいと思います」
「あぜぬりとは、いったいなんですか?」
「田んぼの隅っこを土で固めて、水漏れを防ぐことを畦塗りと言います」
「みずがもれたら、だめなんですね」
「ええ。水漏れが起きると水位がおかしくなりますし、水位の調整も難しくなります」
「ほほう」
「あとは肥料も流れてしまって、収穫量が減ってしまいます。これを防ぐとても重要な作業になりますね」
「なるほど、それはがんばらなくては」
まあ、今は機械でやるからそんなに大変ではない。
ただ、機械が使えない場所や状況もあるので、手作業も覚えておく必要はある。
とはいえ、水田作りで一、二を争う重労働作業なので、軽くやる程度にしておこう。
この作業は大変なので、今回は俺が指導を担当する。
親父はトラクターで、一気に畦塗りをしてもらうことにした。
この作業は今日終える予定なので、ちゃっちゃとやってしまおう。
「では、皆さん私と同じようにやってみて下さい」
「「「はーい」」」
この田んぼにはあらかじめ軽く水を入れてある。
この状態で畦周辺の土を軽く掘り起こし、ふみふみする。
泥を作るためだ。
裸足でふみふみふみふみと、良い感じの泥を作っていく。
それを見たエルフ達も、裸足で田んぼにはいって同じようにふみふみする。
「こうしてまず、泥を作ります」
「こうですね」
「どろ、つくるです~」
「よっし、やるぞー!」
俺もエルフ達も、ふみふみふみふみ。えんやこらと泥を作る。
大勢いるから、割とすぐに良い感じの泥ができていくな。うん、順調だ。
そうしてしばらくふみふみして、泥は完成した。
じゃあ次は、畦塗りに入ろうかな。
「泥が出来ましたね。では、畦に塗っていきます」
鍬で泥をザクッと掬い、畦の斜面に押しつぶすように置く。すぐさま鍬の背で一回均し表面を綺麗にする。
その後もう一回、今度はつなぎ目を均す。つなぎ目があるとそこからひび割れが起きるので、これも綺麗にしなければならない。
以上三工程、これをリズムよく行う。
掬って――置いて――押して均して均す。この間大体三秒から五秒。
ざくっと掬ってぺったん置いて、後はぬりぬり綺麗にね。
こんな感じでリズムよく。これが疲れにくくするコツ。
大体二分程度で二メートルを作ったあたりで、今度は今まで塗った部分の上を均す。
これも鍬の背をつかって綺麗に平らに、滑らすように。
最後に斜面を平らにならす。これも滑らすように、綺麗に平らに。左官の如く。
――よし! 綺麗にできた。
「こんな感じです。やってみて下さい」
「「「はーい」」」
エルフ達も同じように畦塗りを始めるが、これが上手くいかない。
「うおおお、どろが……どろがおもい~」
「すきまがあいちゃう~」
「たいらにならないです~」
泥は水を含んでいてとても重い。それを鍬で適量かいて、ちょうど良い位置に置く。これだけで重労働だし慣れがいる。
さらには、綺麗に平らに均すのも、鍬一本でやるから意外と難しい。
みんなどろんこになって、一生懸命だ。
「タイシさん、かんたんそうにやってたのに」
「これ、むずかしいわ」
「おれのじまんのつちいじりは、ただのどろんこあそびだったのだ……」
いや、どろんこ遊びて。おっちゃんの土器、かなり良い出来ですから安心して下さい。
それにこの作業、慣れです慣れ。
こうして、エルフ達は苦戦しながらも、なんとか畦塗りを終えたのだった。
「うでが……うでが……」
「あし……あしがぼうみたいに……」
「おれはこしが……」
結構な重労働で皆疲労困憊だ。でも、必要な作業ではあるので手を抜けない。
皆さん、よくがんばりました……。
……まあ、あっちの方では親父が機械を使って、乾燥した土でもって畦塗りをしている。
最近の農作業機は革命が起きていて、乾いた土でも畦塗りができ、しかもカッチカチにできる。
これがまた凄くて、手作業より早くて頑丈、そして綺麗な畦が作れてしまう。
モグラもオケラも穴を開けられない、強靱な畦だ。
機械の力、あなおそろしや……。
……まあそれはそれとして、皆さんには休憩してもらいましょう。
あのワサビの葉っぱを煎じた、さわやかな味のお茶を携帯用コンロで沸かしてある。
労働の後に飲むと、より一層美味しくなるだろう。
「皆さん、お茶を沸かしましたので、飲みましょう」
「ありがたいです」
「つかれたからだに、しみるわ~」
「げんきでてきた」
「おいしいです~!」
ワサビの葉っぱ茶でのどを潤しなから、ゆったり休憩する皆さん。
もう作業は終わりだから、一服した後は温泉に入って汚れを落として貰おう。
みんなどろんこなので、夕食前に入浴した方が良い。
「皆さん、作業はもう終わりですので、今日は早めに温泉に入って汚れを落としましょう」
「「「わーい!」」」
農作業で疲れた体で入る温泉、これは効くだろうな。
ゆっくり入って頂きたい。
◇
翌日、いよいよ代掻きに移る。
田んぼ作りの最終段階で、これが終わればいよいよ田植えだ。
……まあどっちもほとんど機械でやるんだけどね……。
こっちの作業指導も重労働なので俺が担当する。親父は機械で代掻き担当だ。
「それでは、田んぼ作りの最後の作業、代掻きを行います。畦塗り並に大変です」
「「「うわー!」」」
畦塗り並に大変といわれて、慄く皆さん。でもこれが終われば、いよいよ田植え。
がんばりましょう。
「まずはとにかく、土を細かくします。こうしてほじくって、土の塊をつぶします」
水を張った田んぼに入り、鍬でざくざくと掘り起こす。そして鍬の背で土をつぶし、砕土を行う。
バシャバシャと水音を立てながら、どんどん土をつぶしていく。
「おっし、やるか」
「がんばる」
「きあいいれるぞ~」
皆さんも同じように、ほじくってはつぶし、ほじくってはつぶしとバシャバシャやり始めた。
人数が多いから、まあすぐに終わるかな。
これが終われば、トンボで均せば田んぼは完成だ。そこまで行けば、なんとかなる。
そして二時間位で、良い感じに砕土が出来た。
「う……うでが……うでが……」
「やっぱりあしが……」
「なんでだろ? せなかがいたい……」
やっぱり疲労困憊の皆さん。あとは、均すだけだから、もう一踏ん張り行きましょう!
「あとは均せば終わりです。こんな感じに」
トンボを使って、これまたずりずりバシャバシャと均す。
でこぼこしているとそこだけ温度差ができてしまい、生育不良の原因となる。
なるべく綺麗に均さないとな。
エルフ達も同じように、ずりずりバシャバシャと均し始めた。
そして、あっちの方では親父が、ドライブハローを装着したトラクターで順調に代掻きをしている。
この辺の田んぼは土の状態も良いので、何回も代掻きをする必要も無いから、親父の方はスムーズに代掻きが出来ているようだ。
うん、順調順調。
この代掻きが終わったら、丸一日休みにしよう。田植えに備えて、ゆっくり休もう。
苗の方もご近所の農家さんから買ってある。取りに行くだけだ。
あと一息、あと一歩。
これが終われば、田植えだ。もう目前だ。
◇
無事代掻きが終わったので、明日は一日休みになる。
今日は夜更かししても問題が無い。
ということで、ハナちゃんちで夜更かしをして、親睦を深めつつのんびり過ごすことにしよう。
ただ遊んでも良いのだけど、せっかくだから神社の建築模型を作ろう。
「タイシ、これどうやってつくるです?」
「それは屋根だね。じゃあ一緒にやってみよう」
(がんばれ~)
「あい~」
ゆっくり確実に、神社の模型を作っていく。設計がリアルだから割と時間はかかりそうだ。
……まあ失敗しても、また買ってくればいいだけなので、気楽に行こう。
もしそうなったら、謎の声のかたには申し訳ないけど、納品が遅れても許して欲しい。
「なかなかむずかしそうですね、わたしもてつだいます」
「お願いします」
コツコツと模型を作る俺とハナちゃんを見て、ヤナさんも制作に加わってきた。
なかなか器用にパーツを組んでいくヤナさん。
こういうの、得意なのかな?
そして、黙々と模型を作っていると、またもや闖入者が現れた。
「キュキュー」
「あや! トビリスまたきたです~」
トビリスが家の中に入りたそうに、窓に張り付いてこちらを伺っている。
またもや光に誘われてやって来たようだ。
家の中に入れても悪さをするわけでもないので、招き入れてあげようか。
「ヤナさん、トビリスを家の中に入れても良いですか?」
「ええ、かまいませんよ。カナのほうも、じゅんびができているみたいですし」
カナさんの方を見ると、もうお絵かき道具を準備してスケッチする気満々だった。
……うん、問題なさそうだな。じゃあトビリスを家に入れてあげよう。
「ほら、おいで」
「キュッキュー」
窓をちょっとだけ開けてあげると、トビリスは嬉しそうに鳴きながら、ぴこぴこと家の中に入ってくる。
「キュ!」
「キュッキュキュー」
「キュキュキュ」
あれ? 一匹だけじゃないな、後から後から入ってくるぞ?
ひいふうみい……八匹も居たのか。
「……おもったより、たくさんいましたね」
「よそうがいです~」
「かわいいからいいじゃない」
ヤナさん達も、こんなに居たとは思わなかったようで、若干びっくりしていた。
そしてトビリス達は、家の中で仲間同士じゃれついたり、ライトの下でまるくなったりとかわいらしく過ごし始めた。
「いっきににぎやかになったです~」
ハナちゃんも、トビリスにじゃれつかれて嬉しそうだ。うん、これはこれで良いな。
トビリスと遊び始めたハナちゃんはそのまま遊ばせておいて、俺とヤナさんは模型作りを続けよう。
……と、窓開けっ放しだった。閉めとこう。
窓を閉めようと、手をかけたとき――外で何かが動いた。
あれ? なんだろ。追加のトビリスでも来たのかな?
……室内の光が窓に反射してて、外が良く見えないな。
「タイシさん、どうされました?」
「どうしたです?」
外を伺おうとしたとき、ヤナさんとハナちゃんが声をかけてきた。
「いや、外で何か動くものが居るみたいです。まだ家に入りたいトビリスが残っているのかな? と思って」
「まだトビリスいるです?」
「確認してないからなんとも言えないけどね。見てみようか」
「あい」
ハナちゃんも確認したいのか、こっちにやってきた。じゃあ一緒に確認しようか。
ちょこっと開いていた窓を全開にして、さて外を確認すると――。
……何かがぴょこぴょこと動いている。
良く目を凝らしてみてみると、それは――ワサビだった!
「ええええ!?」
「あやややや! ざっそうがあるいてるです~!」
ハナちゃんもビックリ! そして俺もビックリ!
このワサビ、歩くの……?
……窓から漏れる光に照らされながら、ワサビ達はぴょこぴょこ歩いている。
うん、蠱惑的なくびれと相まって、どこどなく歩き方が色っぽい。
このワサビ達、セクシーさを演出するのに余念が無いな……。
「どうしました! って、ざっそうがたくさん!」
「はじめてみたわ!」
俺とハナちゃんがビックリしているのを見たヤナさんとカナさん、様子を確認しに来た。
そして歩くワサビ達をみて、やっぱりビックリしている。
「しゃしん! しゃしんとりましょ!」
しかしカナさんはすばやくカメラを持ち出して、写真を撮ろうと提案してきた。
その目はもうキラキラしている。
……これ、絶対あとで絵のモチーフにするためだろうな……。
まあ、写真を撮っておけば、マイスターに見せて意見を聞くこともできるな。良い提案だと思う。
それじゃ、早速写真を撮って貰おう。
「カナさん、写真お願いします」
「わかりました! いまとります!」
そして、カナさんがカメラを構えた。
「とりま~す!」
フラッシュが光り、パシャリと一枚撮影した――途端。
「「「ぴーっ!」」」
フラッシュの光に照らされたワサビ達が、叫び声を上げた!
「「「ぴぴぴっ~!」」」
そして、森に向かって一斉に逃げて行った。
「……はわ?」
写真を撮ったカナさん、この事態に認識が追いついていないのか、ぽかんとしている。
「にげていきましたね……」
「ぴーっとかいってたです」
「一体何だったんだ今のは……」
訳がわからない。
これは一つ、森まで行って調べてみようか。
◇
「あのざっそう、あるいてここまできたんだって?」
「ええ。沢山居ました」
「めずらしいこともあるもんだな~」
すぐさまマイスターを連れてきて、一緒に森を探索することに。
とりあえず窓の外に沢山居て、ぴょこぴょこ歩いていた事は説明してある。
「これがその時の写真です」
「おおお! マジだ!」
マイスターに、カナさんが撮影した写真を渡して確認してもらうと、マイスターもビックリした。
「こんなこと、あっちの森でありました?」
「たまに、よるになるとつちからでて、そこらにころがってるときはある」
「歩き出すとかは?」
「みたことないな。いつのまにかつちからでて、あさになるとうまってる」
夜になると土から出る、朝になると埋まる、か……。
でも歩き出すところは見たことが無いと。
――わからん。
まあ、確認してみるしかないか。
「それじゃあ、森へ行ってみましょう」
「いくです~」
「どきどきしますね」
「おれもわくわくしてる。こんなんはじめてだしな~」
未知の事態に遭遇して、皆わくわくしているみたいだ。
ちょっとした冒険、ちょっとした探求、わくわくもするかな。
「大志、懐中電灯持ってきたぞ。渡しとく」
「あ、親父ありがと」
親父が家から懐中電灯を持ってきて手渡してくる。
二つしかないけど、まあ俺と親父が先頭になればいいかな。
電池はまだあるよね……うん、点いた。大丈夫だな。
「タイシさん、それ……もちあるけるのですか?」
「けっこうあかるいです」
「それ、べんりそうだな~」
懐中電灯を見て、皆さん興味津々の様子だ。
そういや、懐中電灯を見せるの、これが初めてだな。
「皆さんの家にある明かりと、同じ原理ですよ。持ち運べるようにしただけです」
「ほほう」
「あれとおなじなんだ。いろんなどうぐがあるんだな~」
懐中電灯をしげしげと観察する皆さんだけど、今は森を探索する方が先かな。
ちゃっちゃと確認してしまおう。
「それじゃ皆さん、これから森に向かいますので、私についてきて下さい」
「わかりました」
「タイシタイシ、てをつなぐです~」
「良いよ。ほらおいで」
「あい~」
ハナちゃんと手を繋ぎながら、森へと向かう。
とはいえすぐ近くに森があるので、あっという間に到着だ。
ハナちゃんはしきりに耳をぴこぴこ動かして、音を探っている。
「……なんか、ざわついてるです」
「音が聞こえるの?」
「あい。なんかうごいてるです」
俺には音は聞こえないんだけど、何かが居る気配はなんとなくわかる。
……あのワサビかな? まあここからじゃわからない。中に入ってみよう。
「それじゃ、森の中へ入ります」
「あい」
「いよいよですね」
やっぱりワクワクしている皆さんを引き連れて、森の中へと入る。
懐中電灯で足下を照らしながら、そろそろと歩いていく。
「ぴ?」
――出てきた! ワサビだ!
「ぴぴぴ」
「ぴーっ」
「ぴぴ」
ぴぴぴぴ鳴きながら、森の奥から続々とワサビが出てきた!
「あやややや! たくさんでてきたです!」
「うわあ……なんかあつまってきましたよ!」
「マジだ! マジであるいてる!」
ワサビがぴょこぴょこと集まってくるのを見て、皆驚きの声を上げる。
しかし、なんで集まってきたんだろうか? さっきは逃げたのに……。
フラッシュの光で逃げたから、てっきり強い光に驚いたのかと思ったが、どうなんだろうか。
この懐中電灯だって、LED光源の強力な奴だ。
フラッシュほどじゃなくてもかなり強い光なんだけど……。照らしても平気そうな感じだ。
しかもどんどん集まってきている。あの奥の方から来てるのかな?
ちょっと照らしてみようか。
「ぴっぴー」
「ぴー」
あれ? 照らす方向を変えたら、そっちに移動したぞ?
……じゃあこっちを照らしたら……。
「ぴっぴぴ」
「ぴぴぴ」
――光を追いかけて移動しているぞ!
このワサビ達、もしかして……。
「これ、光に集まってきてませんか?」
「そんなかんじ、しますね」
「おいかけてるよな」
ぐーるぐると円を描いて照らしてみると、ワサビ達もぐーるぐると動く。
うん、光を追いかけてる。間違いない。
「あえ~。ぴょこぴょこおいかけてるです~」
「光に集まってるぽいですね」
「それっぽいですね」
さっき、窓の下に集まっていたのもそれか? 光を浴びるため?
……じゃあなんでフラッシュでは逃げたんだ。
いきなり強い光を浴びたからビックリしたとか?
……わからないなあ……。
「親父、わかる?」
「さっぱりだ。何だろうな」
「「「ぴーっ!」」」
――え? 今あの一角のワサビ、逃げ出したぞ!
親父が照らしたら慌てて逃げた。
……なんだこれ、法則性がわからない。
「今度は逃げましたね……」
「わけわかんないです~」
試しに俺が照らしてみると――寄ってきた。
親父が照らすと……「ぴーっ!」と叫んで逃げ出す。
「俺か? 俺が悪いのか……?」
あんまりにワサビが逃げるので、親父も困惑気味だ。
親父が悪いって感じはしないんだけどなあ……。
なんで逃げるんだろ。俺と親父の違いなんて、あるんだろうか。
――まさか、懐中電灯か?
「親父、その懐中電灯、どこ製?」
「大志の持ってる奴と同じメーカーだよ。クリプトン球の強力なやつだけど」
……クリプトン球? そういえば、光が暖色系だ。
そして俺の懐中電灯はLED。
これはひょっとすると……。
「親父、その懐中電灯貸して貰って良い?」
「ああ、良いぞ。ほら」
親父から懐中電灯を受け取って、ワサビを照らしてみる。
「「「ぴーっ!」」」
ビンゴ! 逃げ出した。
ワサビ達がなぜ光に集まったり逃げたりするのか、これで原因がわかった!
「皆さん、原因がわかりましたよ」
「本当か!」
「マジで!」
ワサビ達は、好む光と苦手とする光がある。原因はこれだ。
「このワサビ達、赤系の光がだめで、青系の光を好むようです」
「「「え?」」」
皆よくわからないって顔をしているけど、知っているなら割と単純な話だった。
まず親父の懐中電灯の方だ。
「こっちの懐中電灯、お天道様に近い光が出ます」
「クリプトン球だからな」
「ほほう、おてんとさまとちかいひかり、ですか」
クリプトン球の出す光の波長は、確かそうだ。そして……。
「カメラのあの光も、お天道様と近い光ですね」
「そうなんですね」
逆に、LEDはこれらの光とはかなり違う。近年になって発明された、新しい方式だ。
「こっちの方の懐中電灯は白い光に見えますが、じつはほとんど青なんです」
「え? あおいひかりなんですか?」
「ぜんぜんそうはみえないです~」
そう、俺の持っている方は白色LED光源。青色を基本として蛍光体で赤と緑を混ぜて白くしている。
そのスペクトルは、青色成分のピークが高く、緑と赤のピークは低い。
そして、赤外線放射がほとんど無い。
このワサビ達は、青紫の光を吸収する系統の植物なんじゃないかと推測できる。
そして、赤い光が苦手なのではないだろうか。
完全にダメってわけじゃないと思うけど、太陽光レベルではダメ、とか。
……そういえば、光る枝を使うと生えてくるとも言ってたな。
あの光る枝が出す光、成分はわからないけど、普段は青系統の光を出すってマイスターが言ってたな。
「植物には得意とする光の色があって、青紫を得意とする者、青緑が得意な者、緑のみ得意なもの等があります」
「へえ~」
「ほほう」
「光る枝も、青系統の光って前に聞いた事がありますが」
「ああ、そんなこといった。おおもとのひかるきも、あおみどりっぽくひかるな」
ということは、あのワサビの生態もなんとなく見えてくる。
「あの植物、昼間は太陽光を避けるために、土に潜るのではないかと思うのです」
「にがてなひかりから、みをまもると」
「そうです。そして夜になると、青い光を出す物体、たとえばあの木のところで光を浴びる、と」
「あおいひかりだけあびるには、よるしかない、というわけか」
「多分ですけどね」
あとは窓の外に集まっていたのも説明できる。
「そして皆さんの家の明かりも、この懐中電灯と同じ光を出してます」
「ということは、おうちからもれるひかりを……あびにきたということですか」
「恐らくはそうですね」
そして、ハナちゃんの菜園だけにもっさり生えていた理由も推測できる。
「たっぷり家から漏れる青い光を浴びて、日の光が出てきたら畑のやわらかい土に潜る、これなんじゃないかと」
「おあつらえむきに、つちをやわらかくしたはたけがそこにあった……」
「とっても潜りやすかったでしょうね。ふわふわの土ですから」
後は、歩くのはなぜか、か。これはどうだろうな。
窓から漏れる光は、森で光る木に比べたらずっと明るい。
より効率的に光を浴びるために、トビリスみたいに引き寄せられて来たのかもしれないな。
森の中なら別に移動しなくても、そこらに光る木がある。土から出たりもぐったりすれば済む。
でも、森の外にもっと効率の良い光が生み出された。つい最近。
皆の家に設置した、LED光源だ。
ワサビたちはその光に気づいて、こっちまで遠征してきたんじゃないだろうか。
そして、最寄の位置にハナちゃんの家があった、と。
後は……引っこ抜くと叫ぶのは、苦手な太陽光におもっきし晒されたからとか。
色々推測が出来るな。
確定じゃないけど、彼らの光に対する習性を考えると、可能性は高いと思う。
太陽光に近い光を当てると、「ぴーっ」とだけど叫ぶし。
昼間の光はもっと強いから、「ぎゃああああ」とかになるのかも。
……うん、ワサビの生態が、わかってきたぞ。
なかなか特殊な植物だな、彼らは。
「ぴ?」
俺たちが観察するのも構わず、ワサビ達は懐中電灯に照らされてぴょこぴょこくねくね、歩き回っている。
そしてやっぱり、蠱惑的。
とっても面白い植物、そんなワサビちゃん達か。
……これは研究を急がないといけないかも知れないな。
たぶんだけど……エルフ達も含めた俺達は、このワサビちゃんのこと――全然わかってない。
ほぼ何も知らないも同然の状態だったんだ。
今回ちょっとだけわかったけど……まだまだ知らなきゃいけないことが沢山ある、そんな気がする。
クリスマス? 何それおいしいの?