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エルフのハナちゃん  作者: Wilco
第五章  エルフ農業(中級編)
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第十四話 あら~

 子猫亭で移動販売の提案をした後、色々相談ごとに乗っていたら、だいぶ遅くなってしまった。

 急いで村に帰ると、ハナちゃんとフクロイヌがお出迎えしてくれた。


「タイシタイシ、おかえりです~」

「ギニャ~」

「ただいまハナちゃん。フクロイヌもただいま」


 もう夕食の時間になる。

 ハナちゃんとフクロイヌをなでくりしながら、炊事場に向かった。


「お、大志お帰り」

「おかえりなさい、タイシさん」

「あら、おかえり~」


 炊事場ではもう料理が始まっていて、皆集まっている。

 いつも通りの、和やかな光景だ。

 俺も遅ればせながら輪に入り、料理ができあがるのを待つとしよう。


 料理の方は、カナさんが焼き肉のタレを使って、お肉をフライパンで炒め始めた所か。

 今日の献立は、焼き肉のナン(のようなもの)包みかな? 美味しそうだ。

 腕グキさんは頑張って、大量のワサビをすりおろしている。

 奥様方の料理も順調なようで、出来上がるのが楽しみだ。



 ◇ 



 カナさんが焼肉のタレでお肉を炒め、辺りに良い香りが漂う。

 待っている皆の食欲もぐんぐん盛り上がり、だれかのおなかが鳴る音が、たまに聞こえる。

 そんな時――それは起こった。

 

「すりおろせたわ~」


 腕グキさん、三十人分のワサビをすり下ろす大仕事を終え、達成感あふれる顔でワサビを掲げる。

 それを見た奥様、腕グキさんに頼みごとをした。


「そのすりおろしたの、ちょうだいなの」


 ナンみたいな生地に野菜を挟んでいた奥様、腕グキさんのすりおろしたワサビを所望した。

 どうやら彼女は、料理を盛りつけたり、挟んだりする役目のようだ。

 カナさんのお肉炒めが出来上がったら、腕グキさんのワサビも使って、彼女が仕上げをするのだろう。

 割と繊細そうな方なので、分量に気を使う盛り付けや、同じく分量に気を使うワサビなどを扱うのに、適任なのかもしれないな。


「わかったわ~」


 それに応じた腕グキさん。

 手を伸ばし、対角線上にいる奥様へとすりおろしたワサビを渡そうとした。

 その時のこと。


 ――つるっと? グキっと? 手を滑らせた。


「あら~」

「なの?」

「はわ?」


 傾いた皿から滑り落ちる、すりおろしワサビ。

 万有引力の法則に従い落下運動をしながら、隣で料理をしていたカナさんの方へと向かう。

 二次関数的曲線を描きながら落下するすりおろしワサビ。

 落下するすりおろしワサビを目で追う奥様方。


 そして、すりおろしワサビの落下予測地点には――フライパンがあった。


 当然の論理的帰結かつ物理現象の結果として、大量のすりおろしワサビがフライパンの中に投下される。

 そこに既に存在していた物質、いわゆる調理途中のお肉炒めにドサリと乗る形で。


 ――この全ては、一瞬の出来事であった。


 焼き肉のタレとお肉とともに、じゅわわっと加熱される、大量のすりおろしワサビ。

 危険化合物――此処に相成ったで候。


 目が点になる奥様方。少ししてから、状況を認識。


「はわー!」

「たいへんなのー!」

「あらららら!」


 大事故発生!

 俺を含め、誰もがそう思った――その時。


 ――突如フライパンから、香りが爆発的に広がった。


「うおおおお! すっごいいいにおい~!」

「おなかが~! おなかがへる~!」

「なんだこれ、なんだこれ。やばいほどはらがへる!」

「ふがー!」

「がまんできないです~!」


 加熱されたワサビは、同じく加熱された焼き肉のタレとお肉の匂いを爆発的に増幅させた!

 ――焼き肉のタレの美味しそうと感じる匂い、お肉の美味しそうと感じる匂い、これらが数倍にもなって俺たちを襲う。

 これはやばい! とんでもなく腹が減る!


 ――あ~これ油断してた!

 エルフの森産らしき謎植物が、普通なわけないよね!

 味がワサビで美味しかったから、慣れている味ということもあって思考停止してたよ!


 ……しかし、ほんとうに美味しそうな匂いだな。早く食べたい。


「はわー!」

「いいにおいなのー!」

「あらららら?」


 早く食べたいのだけど……お料理中の奥様方も、この美味しそうな匂いにやられてふらふらしている。

 この事態を巻き起こした腕グキさんは、なんだかのんびりしているけど……。

 そして周りを見渡してみると、あまりの美味しそうな香りに皆さん「ぽわぁ」とした顔だ。

 俺と親父は耐えているけど、油断すると皆と同じく「ぽわぁ」となりそうだし、無理もない。


「おい、大志。これどうする?」

「ああ……後は俺が料理を引き継ぐよ……」

「俺も手伝うわ」

「助かる」


 エルフ全員が「ぽわぁ」となってしまったので、料理役がいない。

 しょうがないので、俺と親父が料理を引き継いだ。

 まあ、考えてみれば、良い香りがするだけだ。良いんじゃないかな?

 そうだよ。そういうことにしよう。良かった良かった。

 ……さて、お料理を仕上げましょう。


「……」

「…………」


 親父と一緒に無言で人数分の料理を仕上げていく。

 あまりに良い香りなので――俺たちも早いところ食べたいからだ。


 こうして、俺と親父は大急ぎて料理を仕上げたのだった。



 ◇



「うまいな~」

「あじが、なんかよくなってるわね」

「おいしいところが、ふえてるってかんじかな?」


 無事料理が完成し、皆さん実食となった。

 あれだけ大量に投入されたワサビも、加熱したのが原因か、辛みがすべて飛んでいて問題ない。

 後に残るのはほのかな風味だけだった。

 ただ、元ある食材の旨味を増幅しているようで、なんてこと無い普通の食材が一段も二段も上の味に変貌していた。


「タイシ~。すっごくおいしいです~!」

「良かった。ハナちゃんいっぱい食べて良いよ」

「あい~!」


 普段より気持ち早めな感じで、ハナちゃんが料理をもぎゅもぎゅと食べている。

 あのすごく美味しそうな匂いを、空きっ腹の状態で嗅いだんだから、そりゃお腹もより一層空くよね。

 他の皆さんも、パクパクと夢中で食べている。


「親父、これ何だろな」

「分からんな。まあ美味いから良いんじゃないか?」


 もう大将にブツを提供しちゃったしな。今更慎重になったところで手遅れだ。

 気にしないことにしよう。


「そうだね。気にしないことにするよ」

「ああ、それが良いと思うぞ」


 親父もバクバク食べている。そして俺もバクバク食べる。

 仕上げは俺たちがやったので、美味しく出来ていてほっと一安心だ。

 うん、一時はどうなることかと思ったけど、まあ良い結果になってにっこりだ。


 ……しかし、美味しいのは良いとして……ほんと不思議な食材だな、このワサビ。


 生の状態で食べたときは、いろんな味のとがった部分を丸める効果があった。

 臭みを丸め、しょっぱさを丸め、苦みも甘みも丸めて味を調和させていた。

 逆に加熱すると、今度は味の旨味部分を増幅した。丸めるのではなく、よりいっそうとがらせた。

 匂いが爆発的に広がったのも、この増幅効果が原因か?


 ――どうやらこのワサビ、加熱しない状態と加熱した状態で正反対の効果があるみたいだな。

 しかし盲点だった……ワサビはすり下ろして生で食べる、みたいな固定観念があった。

 そのせいで、加熱するという発想まで至らなかった。

 今回の腕グキさんの事故が無ければ、ずっと気づかないままだったんじゃないだろうか。

 おっちょこちょいでおおざっぱだけど、腕グキさん、大手柄じゃないかな。


 そんな腕グキさんだけど、様子を伺ってみると……耳がへにょっと垂れ下がって申し訳なさ一杯の様子。

 そんなにへこむ事、ないですよ。お手柄ですよ?

 ちょっと声をかけてみようかな。


「しっぱいしちゃって、ごめんなさい~」


 腕グキさんに声をかけると、本当に申し訳なさそうにごめんなさいをした。

 しかし、料理はしっかり食べている。というかものすごい食べている。

 ……うん、腕グキさんはそれでいいと思います。

 まあ、今回の大発見の立役者だし、元気づけてあげましょう。


「いえいえ、これ大発見ですよ」

「そうなの~?」

「とってもおいしいです~。すごいです~」

「あら~」


 俺とハナちゃんに褒められたのが嬉しかったのか、腕グキさんの耳がちょっと角度を持ち直した。

 なんというか分かり易い。


「そうそう、こんなにおいしくできたんだから、もんだいないって」

「あら~」


 何故かマッチョさんも、腕グキさん励まし会に加わってきた。

 そして、マッチョさんのフォローにより、さらに耳の角度が上向く腕グキさん。

 よし、いい感じだ。このまま押して行こう。


「私は、この根っこを生で食べる物と思い込んでいました。まさか加熱するなんて、思いも付きませんよ」

「でも、わたしもきづいたわけじゃないのよ~。ぐうぜんよ~」

「まあそれでも、お手柄です。例え偶然でも、それを引き寄せたのは普段から頑張っていたからです」

「そうなの~?」

「そうですよ。毎日、お料理を頑張っていたからこそです。だから、落ち込む必要なんて無いですよ」

「あら~。そういってくれると、うれしいわ~」


 みるみる上向く腕グキさんの耳の角度。そこにマッチョさんが最後の一押し。


「じしんもてよ、ちゃんとできてるから」

「あら~。ありがとうね~」


 とうとう腕グキさんの耳が、ピンと立った。うん、もう大丈夫かな。

 腕グキさんも元気になったようだし、結果良しだ。これでいい。


 そうして、二人で食事を始めた腕グキさんとマッチョさんを眺める。


「タイシタイシ、あのふたり、なかがいいのですよ~」

「仲が良いんだ。なるほど、だから励ましに来たんだね」

「そうなのです~」


 エルフ達にも、色々な人間関係があるんだな。

 あんまりその辺は良くわからないんだけど、俺もそのうちわかってくるのかな?

 まあ、急ぐことは無い。ゆっくり時間をかけて、彼らを理解していけばいいか。


 色々大騒ぎになったり、代わりに料理を仕上げる事にもなったけど、今日は面白い日だった。

 子猫亭の悩み事にも力になれそうだし、あのワサビの新しい利用方法も発見できた。

 このエルフ達とドタバタ騒ぎをしていると、面白いことばっかり起きるな。


「タイシ、どうしたです? にこにこしてるです~」


 今日一日を振り返っていると、ハナちゃんが話しかけてきた。


「いやね、皆と居ると、面白いなって思ってたんだ」

「おもしろいです?」

「うん。毎日楽しくてしょうがないよ」


 彼らが巻き起こす騒動も、なんてことない日常も、俺からしたらありえないことばかりだ。

 楽しいに決まってる。


「ハナも、タイシといると、たのしいです~」

「お、ありがとハナちゃん。自分もハナちゃんと居ると、楽しいよ」

「うきゃ~」


 なでなでしてあげたら、なんだかハナちゃんがぐにゃって来た。

 これ以上やると軟体化してしまう。抑え目に抑え目に。


「ぐふふ~」


 抑えても駄目でした。



 ◇



 夕食も食べ終え、温泉にも入った後、大将にワサビ加熱法を電話で伝えた。

 子猫亭でのメニュー開発でも、加熱するという試作品は無かったからだ。

 大将と息子さんも、俺と同じく「ワサビ」としての利用法しか考えていなかった。

 ここはぜひ、加熱してその効果に(おのの)いてもらいたい。


 ――そして一時間後。

 ずいぶんと驚いた様子で、大将から電話が来た。


『おい大志! 言われたとおりにアレを加熱したけどさ、とんでもないことになったぞ!』

「凄いでしょう、あのワサビ」

『おったまげたわ! 厨房で息子と大騒ぎしちまったよ!』


 うん、あれは驚くよ。

 それを狙って「タレとかと一緒に加熱してみて」としか伝えていない。

 ――ドッキリ大成功だ。


「それでどうです? 使えそうですか?」

『ああ。ソースとの配合を調整すれば、応用が利きそうだ。加熱しない奴との組み合わせも考えてる』


 おお、さすがプロの料理人、もう色々つかんでいるみたいだ。


『あとは、移動販売に適したメニューってやつを考えてるんだが、香りも増幅するってのが使えそうだ』

「それは良かった。また必要になったら納品しに行きますので、電話ください」

『そのときは電話するわ。安定供給はできそうなのか?』


 安定供給か……。

 なぜハナちゃんの家庭菜園にいきなり生えたのか、どうしてほどほどの辛さになっているのか、等など色々わかってないことが多い。

 今は毎日もっさりとれるけど、このあたりを解明しないとどうなるかはわからないな……。


「なにぶん新種な物なので、こちらも研究しないといけない状態です。……まあ今くらいの量なら、なんとかなるかと」

『わかった。とりあえず程々に消費する計画にしとくわ』

「お願いします。こちらも進展があったら連絡しますので」

『頼むわ。今んとこ、あの食材が突破口なんだ』


 田植えもまだなんだけど、ワサビ研究もする必要が出てきた。

 ……雑草扱いされていた植物が、量産の研究が必要になるほど求められるようになるとは……。

 世の中わからない物だなあ。

 その辺はマイスターにも協力してもらって、ぼちぼちやっていこう。


『話はまとまったところで、一つ聞いて良いか?』


 おや? 大将が何か聞きたい事があるみたいだな。


「はい、何でしょう?」


 他に必要な連絡事項、何かあったかな?


『アレって本当にワサビなのか? なんか違う植物じゃないのか?』

「ワサビです」


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