第十三話 市場のおはなし
エルフ達が市場を開いていたということで、どんなことをしていたか聞いてみよう。
「皆さんの市場って、どのような事をされてました?」
「ぬのやふるぎ、どうぐにおにく、なんでもこうかんしてましたね」
「ものっそいおおごえで、きゃくひきしたな」
「うるさすぎて、おこられてたよな」
客引きとかやったのか。活発そうだな。
あとは、何でも交換してたか。布も古着も貴重品だろうし、道具もそうだ。
「とくにおにくは、ほかのもりからきたひとたちに、こうひょうでしたね」
「前に言っていた、燻製とかですか?」
「そうですね。あっちのもりでは、くんせいがじまんでした」
「そのばでたべられるようにして、こうかんしてたひともたくさんいたわ~」
燻製が自慢とは前に聞いたことがある。早いところ燻製小屋も作らなきゃな。
あとは食べ物屋か。屋台みたいなものかな?
「いちばまでいって、おにくをやいたりしたなあ」
「おまえそんとき、じぶんでくってたよな」
「……がまんできなかったんだ」
「それ、いちばにいったいみ、ないわ~」
「いいにおいしてたのに、ぜんぶじぶんでたべるとか、ないわ~」
「これだからおとこは」
食べ物屋を出したのに、自分で食べちゃったの? ほんとそれ、市場に何をしに行ったのかわからないな……。
売り物食べちゃだめだよ。しかも全部。
「タイシタイシ、ハナもいちばで、おてつだいしたですよ~」
お、ハナちゃんも市場でお手伝いしてたんだ。何をお手伝いしてたのかな?
「ハナちゃんは、どんなお手伝いをしたの?」
「まえにタイシにたべてもらった、あのおりょうり、つくったです~」
ああ、あれか。動くつぼみに肉を詰めて焼いたやつ。あれは美味しかったなあ。
「たべたいひとのところまでいって、めのまえでやくですよ~」
「それはすごいね。……もしかして、火起こしが上手くなったのって……そのおかげ?」
「そうです~。いっぱいれんしゅうしたのです~」
なるほど、あの驚異的な火起こし速度は、移動販売兼調理で必要だったから会得したんだ。
火起こしに手間取っていたら、客が逃げちゃうかもしれないしな。
「さいごのほうは、においにつられてひとだかりができたです~」
「確かに、あの料理は良いにおいがしたね。人が集まるのも気持ちはわかる」
ハナちゃん、結構しっかりお手伝いしてたんだな。偉いなあ。
……そして「褒めて!」という期待を込めた顔で、俺を見上げるハナちゃんだった。
うん、褒めてあげよう。あと頭も撫でてあげよう。
「そうなんだ、ハナちゃんえらいね~」
「うふ~」
ハナちゃん超ご機嫌。うん、喜んでもらえて何よりです。
――しかし、子供も市場に参加するくらい活発だったということか。
これなら、村に貨幣経済を導入しても行けるかもしれないな。
しかし、物々交換から売り買いに変化するためには、貨幣に信用という保証が無いとだめだな。
……俺が信用の元になれば、なんとかなるかな。
貨幣と何かエルフ達に価値のあるものとの交換を、俺が保証すれば……貨幣自体に価値が生みだせる。
何と交換保証するかはまた考えるとして、なんとかなりそうな気配はあるな……。
村に貨幣経済の導入、そして貨幣を使う場の提供。あとは交換保証。
うん、大仕事になりそうだ。でも、きっと楽しくなる。
市場でのお手伝いの様子を話していたハナちゃんも、楽しそうな顔だったし。
一生懸命ぽてぽてとお客さんの所まで行って、しゅぼっと火起こしそして料理をする。
そんなハナちゃんの様子を想像してみると、とても可愛らしい。
俺が客だった場合、こんな可愛らしい店主ならついつい沢山頼んじゃいそうだ。
そんな光景、この村でも作れたら良いな。
……どうやるかは別として。
――待てよ? 今の話、何か……気になったぞ。整理してみよう。
市場のお手伝いで、あのつぼみ肉詰め料理を作った。
そのため火起こし頑張った。うん、ここまではまあ……あんまり気にならない。
じゃあ他には……食べたい人の所まで行って、目の前で焼いたんだよな。
その結果、匂いにつられて、人だかりが出来た……?
食べたい人の所まで行って、目の前で料理して、人だかり。
――これだ。この部分……あれ? って思ったんだ。
これ、子猫亭が今悩んでいる事を、解消できそうな要素が詰まっている。
……うん、どうやれば実現が可能か、色々調べてみよう。
実現方法は高橋さんに聞けば一発だ。なんせあの人、幅広く商売してるから。
たまに多角化しすぎじゃないかと思うけど、まあそれはそれとして。
それに、高橋さん達の問題を解決するために、俺も一緒にアルバイトした経験も役に立つ。
一番キツかったのはエアコン設置のバイトだったな……。
……まあ、それはおいておいて、とりあえず電話してみるか。
『どうした大志、なんかあったか』
「いや、高橋さんに頼みたいことあってさ」
『お! 何だ任せとけ。どういう頼みかは知らんが任せとけ』
まだ要件も言ってないのに、もう乗り気な高橋さん。
「いや、話を聞いてから判断してくれ……。それで頼み事ってのは……」
俺は高橋さんにいくつかの頼み事をした。無茶なものはないから、負担にはならないと思う。
そして高橋さんは快く承諾してくれた。
持つべきものは、仲間と友達かな。ありがたいことだ。
◇
翌日、十キロほどのワサビを納品しに子猫亭に訪れる。
昨日思いついた発想も、ついでにお披露目しよう。
「ども、ワサビ納品に来ました。十キロほどあります」
「おお、昨日の今日で悪いな。金額はまた後で相談てことになるけど、良いか?」
「良いですよ。こちらもまだ値付けが出来ていませんので」
「ごめんなさいね、どこにも無い物だから、うちでも仕入れ値をどうすればいいか、よくわからなくて」
このワサビの価値がどれくらいになるかは、俺も子猫亭もまだわからない。
今値段を決めて、後で値上げ値下げとかするのもめんどいし。
そのうち自然と決まってくるだろうから、その時相談すればいいんじゃないかと思う。
それより、昨日思いついた事を話してみよう。
「大将、若者客の獲得について、昨日ちょっと思いついたことがあるんですよ」
「お! なんだなんだ、何か良い案でもあるのか?」
「良い案かはわかりませんけど、一応あります」
「聞かせて聞かせて」
「息子も呼んどくか。おーい! ちょっと来てくれ」
大将と奥さんが、前のめりで迫ってくる。息子さんも厨房から出てきて、何事かという顔だ。
さて、全員そろったところで、案の説明を始めよう。
と言っても、ごく普通の正攻法だ。
「若者客の獲得のために――移動販売をしませんか?」
「移動販売?」
「お弁当でも売るの?」
移動販売と聞いて、大将と奥さんが首を傾げる。息子さんは静かに聞いたままだ。
これだけだと足りないから、説明を続けよう。
「ここで待っていても若者は来ません。ならば、若者が集まるところまで移動して、そこで商売をやろうと」
「その理屈はわかるが」
「まあ確かにそうね。でも、若者が集まる所って?」
移動販売の目的は理解してもらえたようだ。
じゃあどこでという話になるけど、よくよく考えれば一つしか無い。
「場所は、あの大型ショッピングモールです」
「「え?」」
大将と奥さんがぽかんとしている。
まさか、若者客を取られた最大の商売敵のところで商売するとは、余り考えたくないものだしな。
あの大型ショッピングモールは、今は商売敵だ。それも一方的に負けるような強大な。
でも、考えようによっては……これ、味方になるんじゃないかなと。
「あの大型ショッピングモール、近隣から沢山集客出来る存在ですよね?」
「まあ……そうだな。近隣の市町村から客が集まってるから、一大経済圏になってる」
「ぐっと車通りが増えたわね。あの国道」
そう、大型ショッピングモールが出来た結果、そこに客が集中している。
無かった頃の、このあたり近辺の消費人口の数倍の規模で。すごいなあ。
「モールが無かった頃より、人が大勢集まってますよね。一カ所に」
「……確かにそうですね」
今まで静かに聞いていた息子さんが、反応した。俺の意図に気づいてくれたかな?
「簡単な話です。以前の数倍の規模で大勢人が集まってくるのだから、そこで商売しない手は無いと思ったんです。おまけに、ここの店の宣伝もできますよ」
「言われてみればそうだけどさ……」
「商売敵のところでお店を出すとは、考えて無かったわね。そこでこのお店の宣伝をしちゃうのも」
俺も同じ立場だったら、あんまり考えたくはないかな。今は商売敵だもんな。
俺は外部の人間だから、割とこんな無茶な案を思いついただけなのかもしれない。
ハナちゃんが市場でしていたお手伝いの内容を、そのまま現代版にしただけだし。
でも、宣伝も兼ねるならここしかないと思うんだよな……。
「客が大勢集まる所に乗り込む、これは良いと思います。でも、許可は下りるのですか?」
お、息子さんが具体的な方向に話しを進めてきた。これはやる気かもしれない。
昨日確認した結果を話そう。
「確認したところ、幾つか条件はあるものの、それを満たしていれば場所を貸すことに問題は無いそうです。条件などはこちらの資料を頂いてきました」
昨日あらかじめ連絡をとって、モール側に回答をもらっている。
きちんと当局から食品営業許可を受けて、かつ食品衛生責任者が居れば問題ないそうだ。
条件の資料は、今日子猫亭に来る前にモールに顔を出してもらってきた物だ。
俺も目を通したけど、そんなに場所代は高くないと思う。ごくごく普通だ。
そして資料に目を通した三人も、同じ印象を抱いたようだ。
「これなら、昼の時間帯だけ場所借りして、それで十食売れば赤字にはならんかな」
「何を売るかにもよるけど、無茶ではないわね」
「出来そうだと思います」
許可と条件面、金額は問題ないかな。あとは移動販売の形態をどうするかだ。
「先ほども言いましたが、ここで移動販売をします。食品営業自動車分類の、移動販売車を使って」
「移動販売車? 屋台じゃだめなのか?」
「場所の時間借りの場合、屋台だと設置と撤収に手間がかかります。結果として営業時間の圧迫が起きます。その点、移動販売車なら時間はかかりませんし、モールへの移動も楽ですよ」
「まあ、確かにそうね。でも、移動販売車って高いわよ?」
確かに移動販売車はかなり高価だ。探せば百万円以下のもあるけど、車検が切れていたり状態が良くなかったりと、結局高くつく事もある。
成功するかもわからない試みに、いきなりそこまで投資できるかというと、難しい所はある。
――だけど……これも実はクリアしている。昨日高橋さんにお願いした事はこれだ。
「移動販売車については、ひとまずはレンタルします。高橋さんが所有しているもので」
「あ、高橋さんか。あの人、移動販売車なんて持ってるんだ」
「ええ。その移動販売車で祭りに出向いて、一緒にアルバイトをよくしましたよ」
「なるほどね。高橋さんからのレンタルなら、大丈夫ね」
「お安くしとくって言ってました」
もしこれが上手くいけば、子猫亭が自分で移動販売車を購入する決断もできると思う。
今はレンタルで十分だ。貸し主も顔見知りだから、心配も少ない。
「食品営業許可申請はそちらで出来ますよね。食品衛生責任者はお二人とも持ってますし」
「ああ、どっちも問題ないな」
「さらには、今の子猫亭はシェフが二人います。どちらかがモールに遠征して、残った方はお店を切り盛りすることで分業が可能です」
「そうか……モールに遠征しても、店を閉める必要、無いんですね」
モールに遠征する点に関しては、金銭面、インフラ面と人員面ではもうほぼクリア出来ている。
あとは……。
「あとは、そこで売り出すメニューの開発。これだけです」
「それがあるんだよなあ……」
「ここで、最初に戻る訳ね」
「そこが一番の難関ですね……」
そう――最終的にはそこに帰結する。ただ、言ってみればあとはそこだけだ。
その点に関しては、まあ大丈夫なんじゃないかと思う。
子猫亭の皆が頑張れば、いい感じのメニューがこう……そのうち何とか……。
「俺はこの店の味なら、いい線行くと思っています。メニュー開発も、自信を持って下さい」
とりあえず励ましておこう。
新メニュー開発で手間取って、子猫亭の皆さんは若干自信を失い気味だし。
それが良くない循環を生み出すこともあるかもしれないので、ここはいっちょ、自信を持ってもらいたい。
「俺の店の味、息子が受け継いだ味……自信を持ってもいいのか?」
「ええ、自信を持って下さい。この店の味、俺は好きですよ」
それにこの案は、ハナちゃんや他のエルフ達からヒントを貰った。
彼らは協力しているという意識はなかっただろうけど、俺には助けになった。
こんな風に、彼らの何気ない会話や行動が、巡り巡って外の人の助けになる。
そんな結果になれば、素敵じゃないかな。
「まあ、自分からの案はこんな感じです。要は、大型ショッピングモールを――敵では無く味方にしちゃおうよという考えですね」
「敵ではなく味方とするのか」
「ええ。客を奪い合うのではなく、呼び合うんです。モールの集客力と、子猫亭の料理で」
「そういわれると、悪い気はしないわね」
「頑張れそうです」
子猫亭の皆さんも、まんざらではない様子だ。
よくよく考えてみれば、別にあのショッピングモールは敵でもなんでもない。
地域へと大規模に集客してくれる、貴重な施設だ。実際便利だし。
そこと協力できるなら、心強いのではないかと。
そして俺も、このエルフ達から贈られた案をひっさげてそこに一枚噛めたのなら、嬉しいと思う。
エルフの皆は、ただこちら側に避難してきただけじゃなく、この世界で一緒に暮らす仲間だと。
そんな存在意義も、生まれるかもしれない。
――事実として、高橋さんはそうなった。
あのゆかいなエルフ達も、そうなってくれたら、嬉しいな。