第十一話 みみがー!
俺とハナちゃんは、家庭菜園を見てぽかんとしてしまった。
「……あえ?」
「ん?」
――なんだ? これ。
ハナちゃんと家庭菜園に訪れると、そこには――変な植物が生えていた。
なんだかニンジンみたいな、別の物のような……。
……まさか……また――何か起きたのか?
「あや~! ざっそうがはえちゃったです~!」
そしてハナちゃんは、謎の植物が生えてしまった家庭菜園を見て大慌てし始めた。「あえ~? あえ~?」と右に左にわたわたしている。
なるほど雑草か……。
――雑草? こんな雑草見たことないぞ?
「きのうはなかったです~! とつぜんはえちゃったです~!」
突然生えたと聞いて、もうほんと「またか! また謎植物なのか!」とは思う。
うん……俺も正直大慌てしたいけど、ここで俺も慌てたら収集がつかなくなる。
ここは一つ、落ち着いたふりをしよう。
そう、平常心平常心……。
「ほらハナちゃん落ち着いて。大丈夫だよ。畑に雑草はつきものだから」
「……ざっそう、はたけにはつきものです?」
「まあね。大体生えてくるよ。小まめに引っこ抜くしかないね」
「たいへんです~」
わたわたしてたハナちゃんだけど、落ち着いてくれたようだ。よかったよかった。
さて、落ち着いてもらったところで、この謎の雑草について聞いてみるか。
何か知っているみたいだし。
「それでハナちゃん、これって雑草なの?」
「あい~……。まえにいたもりでも、おうちのなかとか、いろんなところにはえてきてこまったです」
色んなところ、家の中まで生えてくる雑草……。
確かにそりゃ困るな。家の中で草むしりとか勘弁してほしい。
――そして、すごく……嫌ぁ~な予感がする。
「ひっこぬくと、すっごくうるさいのがとくにめんどうだったです~」
え? 今なんて?
「タイシタイシ、みみふさぐですよ」
ハナちゃんがどこからか耳栓みたいなのを取り出して、耳につめつめしている。
「では、ひっこぬくです~」
え? ちょっとまって。その、なんだかやばそうな草を引っ張りだしたけど……。
あっ! 待って! 耳塞ぐから待って!
――間に合った!
「えい」
そしてハナちゃんが雑草を引っこ抜く。
――その瞬間。
「あんぎゃあああああああああ!」
ひぃっ……。
引っこ抜いた雑草がものすごい叫び声をあげた!
なんだこの草、なんだこの草。やばい! 叫ぶ草とか相当やばい!
もっと言うなら見た目一番がやばい! なんか人みたいな形してる!
……でもよく見たら、腰のくびれっぽいところがけっこう蠱惑的。
「あや~。みみ、キーンとするです~」
そしてハナちゃんは耳をキーンとさせながらも、特に動揺はしていない。
俺より至近距離であの叫び声を聞いたはずだけど、なんでもないようだ。
このかなりやばい草に慣れてるのかな?
とりあえずこの草がなんだか、聞いてみよう。
「……ハナちゃん、これなに?」
「あえ?」
引っこ抜いた謎の草をぷらぷらさせながら、ハナちゃんが首を傾げる。
――あ、ハナちゃん耳栓したままか。聞こえてないんだな。当たり前か。
耳栓を外してもらおう。
俺はハナちゃんの耳にある耳栓を指さして、引っこ抜く仕草をして伝える。
「あや! みみせんとるです~」
良かった、伝わったようだ。ハナちゃんは耳栓をぴこっと外してくれたので、再度聞いてみよう。
「ハナちゃん、これなに?」
「? ざっそうですよ?」
うん。俺には雑草に見えない。これはなにかやばい物だ。そうに違いない。
「おい大志! すげえ悲鳴が聞こえたぞ! 何があった!」
「ハナ、どうした!」
「なんだなんだ」
「どうしたの~」
あの凄まじい悲鳴を聞いて、皆も集まってきた。
しかし、ハナちゃんが持っているブツを見るや否や「なんだ」という顔をした。
「おとうさ~ん、はたけにざっそうがはえてきちゃったです~」
「ハナ、ひっこぬくとき、ちゃんとみみせんしたかい?」
「あい! してたです~」
「みごとにそだってるな~。しかもまだたくさんはえてら」
ハナちゃんが持つ奇妙かつ蠱惑的な謎の根っこをみても、皆さんほのぼのだ。
俺と親父だけ置いてけぼり。
わけが分からないけど、聞いてみない事にはどうにもならないな。
「あの、皆さん。これって……一体なんですか?」
「? これはざっそうですね。まえいたもりでは、よくはえてきました」
うん。ヤナさんが笑顔で答えてくれたけど、何一つ疑問は解決しなかった。
「皆さんとこの雑草って、引っこ抜くと叫ぶんですか?」
「これはそうですね。もりができたときに、かるくせつめいしたあれですよあれ」
……森が出来たときに? すいません。覚えてないです……。
しかしあれだ、ひっこぬくと悲鳴を上げる植物と言えば……一応心当たりはあるんだけど……。
「大志、これもしかして――マンドラゴラじゃないのか?」
親父もおんなじことを思ったみたいだ。ただ、マンドラゴラとは決定的に違う点があるんだよなあ。
「かなり似てるけど、悲鳴を聞いてもアレしてないから、似てるだけなんじゃないかと俺は思う」
「それもそうか。この雑草とやらが、こっちのマンドラゴラと同じものだったら……皆無事じゃないよな」
そもそもマンドラゴラは、生えてくる条件がかなりアレだ。
この家庭菜園でそんなことは無いから、もうその時点で違う。
じゃあこれは一体何なのかと言ったら、あっちの世界の似た植物、なのかなぁ……。
……うーん、考えてもわからない。
あ! こういう植物に詳しそうな人がいる。マイスターに聞いてみよう。
丁度いいことに、マイスターは例の雑草をハナちゃんから受け取って、何やら観察しているところだし。
「あの、この草ってどういう特徴があるんですか?」
「はっぱはさわやかなあじがしてうまいんだけど、ねっこはからくてくえたもんじゃない。つーんとするんだよこれが」
「食べられるんですか?」
「どくはないな。くってももんだいはない。そうとうまずいだけだな」
葉っぱは美味しいけど、根っこは辛くてだめ、と。毒もないから食べても良いけど、まずいわけか。
味はわかったけど、生育条件とかはどうなんだろう?
「どういう条件で生えるとか、あります?」
「ひかるきのそばにだけ、はえるくさだったりするな」
「でも、家の中に生えてきて困るって聞きましたけど」
「ひかるえだを、いえのなかでつかうと、いつのまにかはえてくるっぽい」
光る枝を使うと生えてくるの? でも、もう使ってないしなあ……。
……ん? 光る枝……なんか忘れてる気がするな、なんだっけ?
――あ! 森の植物が根を張ると森が広がる可能性がある。
「あー。また森が広がるかも知れませんねこれ」
「「「あーっ!」」」
皆も思い出したようだ。まだ検証途中とはいえ、その可能性はある。
「どうすべどうすべ」
「うーん、あきらめる?」
「でも、このままだとヤナさんちがもりのなか、みたいな~」
大慌てしだす皆さんだけど、俺としてはそんなに慌ててはいない。
広がるならもうそれで良いんじゃ無いかな、と思う。
あんまり森が広がっても困るけど、言ってしまえばそれだけだから、まあ……。
それに別に危険な森じゃないわけだし、大きな問題にはならないとは思う。
ぶっちゃけ、こっちの森の方が危ないしな。里山の手入れとかずっとやってないし。
(もり、ひろがらないよ~)
ん? なんだか謎の声がきこえたけど……。広がらないの?
「ひろがらないです?」
(もぐっただけ~)
「あえ? もぐっただけです?」
あれ? ハナちゃん?
……もしかしてこの声――ハナちゃんも聞こえている?
「タイシタイシ、たぶんだいじょぶですよ?」
「……大丈夫なの?」
「あい」
(ねっこ、はってないよ~)
「あ、たしかにそうだったです~」
うん、確定だ。ハナちゃんも謎の声が聞こえている。
皆は聞こえてない風だったので、この声が聞こえているのは俺だけかと思ったけど――ハナちゃんもそうだったんだな。親近感湧くなあ。
……まあ、俺は聞こえないふりをしておこう。
こういう謎の声に下手に応答すると、もう色々と頼りにされちゃうからねえ……。
子供のころ、良くわからずに応答しちゃって、変な独り言を言う子とか周りに思われたし……。
――それはそれとして、何が大丈夫なのかは聞いておこう。
ハナちゃんはわかったみたいだし。
「何か大丈夫そうな感じとか、したの?」
「あい。このざっそう、ねをはってないです~」
根を張ってない? 謎の声もそう行っているけど、一体どういう事だろうか。
「根を張ってないのがわかるの?」
「あい~。かんたんにひっこぬけたです。いつもはもっと、ひっこぬくのたいへんです~」
「そうなんだ」
「すっごいちからいるです~。でもこれは、すぽっといけたです」
良くわからないけど、謎の声とハナちゃんが言うなら、そうなんだろう。
この謎植物は、家庭菜園に根っこを張っているわけじゃ無くて、ただ土に潜っているだけ。
そう解釈しても問題ないと思う。
「まじか。おれもためすわ」
「「「おわっ!」」」
それを聞いていたマイスターがおもむろに雑草に手を伸ばした。ちょっ……。
耳――塞がなきゃ!
「おっひょおおおおおおおおお!」
――間に合った……。
相変わらず耳がキーンとする音量だけど、なんだか悲鳴がさっきと違うな……。
バリエーションがあるのかな?
まあそれは置いておいて。
周りを確認すると、突然のマイスターの行動に、耳を塞ぐのが間に合わなかった方々が何名か……。
「みみがー! みみがー! キーンて!」
「い、いきなりひっこぬくとか、しんじらんない……」
「おれのじまんのみみせん、つかうひまもなかった……」
モロに大音量を食らった方々だけど、それでも耳キーンで済んでいる。
やっぱり、マンドラゴラと違ってただうるさいだけなんだな。
ただ似ているだけの、違う植物と考えて差し支えないかな?
「うん。ねっこがはってるわけじゃなくてもぐってるだけだな。かんたんにぬけたわ」
そして涼しい顔で言うマイスター。
彼も耳をふさいでなかったはずなのに、平然としている……。
この人なんかすごいというか、変。
……まあ良いか。
マイスターも同じ見解のようだし、森が広がるという点に関しては、問題無いと考えて良いだろう。
「という事は、この雑草が生えたからと言っても、すぐに森が広がるってわけじゃないということか」
「そうです~。これでもりがひろがってたら、ハナのおうち、もうもりのなかです~」
「そう言われてみれば、そうだね。じゃあ今はまだ大丈夫ってことか」
なるほど。家庭菜園は家の直ぐ裏だから、とっくに森にのまれてるよな。
謎の声から助言を受けたとはいえ、ハナちゃん自身がちゃんと気づいたんだから、ここは褒めてあげよう。
「しかしハナちゃん良く気付いたね。えらいえらい」
「えへへ」
(よかったね~)
まあ、大丈夫そうとはいえ、畑にこんなに生えてたら野菜作りするうえでとっても困る。
ここは全部引っこ抜くしかないな。
ほっといたら根付いてしまう可能性もありそうだし。
皆にもお願いしておこう。
「皆さん。念のため、この草を森の外で見つけたら引っこ抜きましょう」
「「「はーい」」」
とはいえ、引っこ抜くとうるさいのがちょっと問題だな……。
引っこ抜くたびにあの絶叫が響くとか、防除するのも一苦労だ……。
とりあえずは、この家庭菜園に生えてる奴をなんとかしなきゃな。
申し訳ないけど、皆にも手伝ってもらおう。
「さしあたっては、ここに生えている物を全部引っこ抜きましょう」
「わかりました、じゅんびします」
「ひさびさだな~。このさぎょう」
「あっちでは、よくやってたよね」
特に問題は無いようで、皆さん耳栓をつめつめし始めた。
あっちの世界では良くやっていたようで、慣れた物みたいだ。
じゃあ俺も作業に参加して……あ……俺、耳栓持ってないな。
そんな物必要になるとは思ってなかったから、当然準備なんてしてない。
……どうしよう。
「タイシタイシ、ハナがタイシのみみ、ふさいであげるです~」
耳栓が無くて困っている俺に気づいたのか、ハナちゃんが耳を塞いでくれるようだ。
手をばんざいさせながら、ぴょんぴょんしている。
これは、肩車をしてってことなのかな?
「じゃあハナちゃんにお願いしようかな。ほら、肩車するよ」
「あい~。かたぐるまです~」
ぴょんぴょんしているハナちゃんをひょいっと持ち上げて、肩にすとんと乗せる。
「うふ~」
嬉しそうなので、問題ないようだ。じゃあ、耳を塞いでもらおう。
「それじゃハナちゃん。耳、お願いね」
「あい~!」
ハナちゃんも自分の耳に耳栓をつめつめしたあと、俺の耳をちっちゃな手で「ぽふ」と塞いでくれた。
子供は体温が高いせいか、ハナちゃんのちっちゃな手は温かかった。
――よし、これで準備完了。
さっそくこのうるさい雑草を、なんとかしましょうかね。