第十話 大志の用事
畑仕事は親父とエルフ達に任せて、朝から電気屋へソーラーLEDライトを受け取りに出向いた。
そして村に設置するライトを受け取り、さて帰るかというとき、電話が鳴った。
……誰だろう……お、子猫亭の大将からだ。珍しいな。どうしたんだろう?
「もしもし」
『大志、今ちょっといいか?』
「ええ、大丈夫です」
何だろう、何か俺に用事でもできたのかな?
洋食屋の店主が俺に連絡してくる事って、考えてもわからないな。聞けばいい話か。
『大志に試作メニューの試食をしてもらいたくてさ、時間あるかな?』
あー。試食か。俺か親父ならいくらでも食べられるから、うってつけなんだよな。
しかしこれから村に戻るところだったんだけど……どうしよ。
……料理を食べに行くと毎回オマケしてくれたり、おごってくれたこともある。
世話になっている人だから、ここは大将のお願いを聞こう。
「良いですよ。これから向かいますか?」
『おお! ありがたい。時間はそっちの都合に合わせるから、何時でもいいぞ』
「それでは、すぐに向かいます」
『助かる。店開けて待ってる』
「わかりました。では」
大将のところに行く関係上、村でお昼を食べるのは時間的に無理だな。
村の皆には、俺にかまわず昼を食べていてもらおう。
あと、親父に用事ができて遅れるって、電話しとかなきゃな。
◇
大将の店に到着すると、定休日の札がかかっていた。定休日を利用して料理研究してるわけか。
店は開いてるはずだから、そのまま入ろう。
「ども、お邪魔します」
「お、大志。今日はすまんな」
「いらっしゃい」
店に入ると、大将と奥さんが出迎えてくれた。二人ともいつもの通りで変わりない。
「それで、今日は試食ということですけど」
「ああ、若者向けに色々新メニューを考えてるんだけど、若者向けってのがいまいちわからなくてな」
「そこに大志君といううってつけの人が居たわけなのよ」
なるほど。そういう事なら力になりましょう。
ここの料理は美味しいし、今日は試食だから沢山食べられる。
気分がうきうきしてくるな。
「それじゃ、座ってくれ」
「はい」
席に案内されてしばらく待っていると、料理が運ばれてきた。
「まずは、白身魚のポワレだ。おしゃれに盛り付けてみた」
最初に出てきたのは、通常メニューに若干のアレンジを加えた物みたいだ。
かわいい盛り付けがしてあって、見た目も楽しい。
「盛り付けがかわいくて良いですね」
「だろだろ? 結構苦労したんだぜこれ」
大将が嬉しそうに言う。確かにこのかわいさはなかなか出せないと思う。大将の厳つい見た目からは想像も出来ないかわいい盛り付けだ。
……あれ? そういや大将はずっとカウンターにいて厨房に入ってないのに、何故料理が出てくる?
この料理、一体誰が作ってるんだろう。まさか奥さん?
「大将、この料理はどなたが作られてます?」
「ああ、息子だよ。そろそろ息子に厨房をまかせようと思ってな」
おお! 息子さんが作ってるんだ。ということは、息子さん、後を継ぐんだな。良い事だ。
「それは良かったじゃないですか」
「ああ、それは良かったことなんだけどな」
ん? なんだか反応が芳しくないけど、どうしたんだろうか。
息子さんがお店の味を再現できてないとか?
「まあ、食べてみてくれ」
そうだな、食べてみればわかるか。
運ばれてきた料理を一口食べてみる。
うん、これと言って問題はないな。むしろ美味しい。お店の味という点からしても、きちんと出来ている気がする。
「味は美味しいですよ。あと、お店の味が出てると思います」
「そうだろそうだろ、そこは問題ないんだ」
そこは問題ない? じゃあ何が問題なんだろう。
「ほら、若者向けって言ったろ? その味がいまいちわからなくて困ってるんだよ」
「ああ! なるほど。いつもの味から、先に進む必要があるわけですか」
「そうなんだよ。ただ、俺も息子もそこで詰まっちまってなあ……」
「それで、盛り付けをかわいくしたりしてるわけですか」
「まあな」
そういうわけか。そりゃ悩むよな。……そして俺も、若者向けの味とか良くわからない。
どうしよう。
「そこまで若者向けにこだわる理由って、なんですか?」
「ああ、若い客が皆あの大型ショッピングモールに行っちまってな、若い新規顧客ってのが減っちまったんだ」
「ショッピングモールというと、国道の先に新たに開店した、あれですか」
「ああ、それだ。店舗は沢山あるし、大手チェーンだから安いしでもうさんざんだよ」
「常連さんはどうされてます?」
「常連は来てくれているんだけど、年齢層が高くてなあ。このままだとどんどん尻すぼみになっちまう」
なるほどね。若い顧客が減ると、世代交代が出来ずに年齢層が高くなる。顧客の高齢化は、いずれ顧客の消滅につながる。年取ってアレするからね。
だから必死になって新メニューを開発して、若者客を獲得しようとしてるんだ。
「まあ、色々試した奴をどんどん持ってくるから、忌憚ない意見を聞かせてくれ」
「わかりました」
そうして、沢山の料理を食べた。どれも美味しかったのだけど、これだ! というものは無かった。
力になれなくて、すんません……。
◇
そうして散々試食して、大将と一緒に色々考えたりしていたら、かなり遅くなってしまった。
急いで村に戻ったけど、夕食まであと二時間位という時間だった。
これまた急いでライトをつけてしまおう。
一つ三十分もあれば設置できるから、親父と手分けすればちょうどいい。
「それでは、皆さんの家にこれを取り付けたいと思います」
「それ、タイシさんがおうちにつけてたものですよね?」
「そうです。大人の皆さんは知っていると思います」
ヤナさんがソーラーパネルをふむふむと観察している。
まあ皆見たこともあるし、どうやって使う道具なのかもわかっているので、特に問題はないよね。
「タイシタイシ、これをつけると、よるでもあかるくなるです?」
「うん、一晩中明るいよ」
実際試験して確かめたけど、曇りの日でも一晩明かりが点いていた。これなら使える。
「じゃあじゃあ、これをつかえばよるでもあそべるです?」
「もちろん。家族の皆とゆっくり遊べるよ。でもあんまり夜更かししちゃだめだからね」
「わかったです~!」
ハナちゃんは明るくなると聞いて大喜びだ。そしてほかの子供たちも嬉しそうだけど、大人たちはやっぱりもごもごしている。
嬉しいけど申し訳ない、みたいな感じだ。
まあ、余暇を作るというのは割と大事なことなので、そこを伝えればいいかな。
「まあ余暇があるという事は、その時間で研究やら技能向上もできるということです」
「そういうものですか」
「ええ。道具の手入れをしたり改良をしたり、なにかの練習や勉強もできます。工芸品を作るのも良いかもしれませんね」
「こうげいひん……そうですね、いいかもしれませんね」
良いのがあったら売れるかもしれないし、そうなったら現金収入を得られるかも。
余暇を上手く使えば、そういうことも可能になる。
いまだと畑仕事と家事で大半の時間が潰れちゃうからね。そのままやってたらいずれ息切れしてしまう。
適度な息抜きは、やっぱり必要だと思う。
「まあ、その時間をどう使うかは皆さん次第です。実りあるものにしていただければと」
「わかりました」
「がんばるです~!」
まあまあ納得してもらえたかな。
それに、冬が来たらどうしても必要になるものだし、今から慣れておくのも悪くない。
じゃあ、早速取り付けしましょうか。親父と手分けすれば夕食前には設置できる。
使い方も簡単だから、今日から運用開始で問題ないだろう。
そして夜になり、家々に明かりが灯った。
俺と親父は各家庭を回り、運用方法や問題が無いか確認していく。
大体のご家庭は問題なかったけど、マイスターの家ではバッテリーを食べようとしていたので、慌てて止めた。
間に合って良かった……。
他の皆さんは「ぴりりとする」といって、危ない物だとは感覚的にわかったらしく、マイスターのように食べようとはしなかった。
そもそも食べ物だとは一言も言ってないので、食べようとすること自体おかしいんだけど……。
まあマイスターだしな。
後は、最後にハナちゃんの家を確認すれば終わりだ。早速お邪魔しよう。
「タイシタイシ、いっしょにこれやるです~」
ハナちゃんの家に顔を出すと、問題なく運用していた。そしてハナちゃんから早速の遊びのお誘い。
リバーシを掲げて、満面の笑顔だ。
せっかくだから、ハナちゃんとのんびり遊んでいこう。
「お、リバーシか。じゃあハナちゃんと遊ぼうかな」
「わーい!」
大喜びのハナちゃんとリバーシを始めると、ヤナさんがのぞき込んできた。
「このライトというものは、じっさいつかってみるとべんりですね」
「いつもならねてるです~!」
明るい家の中を見て、しみじみと言うヤナさん。
その目線の先には、楽しそうにスケッチするカナさんと、同じく楽しそうに編み物をするひいおばあちゃんが居た。おじいさんとおばあさんは、どうぶつしょうぎか。
盤面を見ると、おじいさん劣勢である。
でも皆のんびりと過ごしているようで、俺もほっと一安心だ。
まだ午後八時だから、寝るには早い時間だし、俺も皆に交じってのんびりとするかな。
そうしてのんびりとハナちゃん相手に接待リバーシをしていると、しばらくして珍客が訪れた。
「キュキュー」
「あや! トビリスです~」
さりげなくハナちゃんに隅っこを取らせるよう誘導していると、空いていた窓からトビリスが家の中に飛び込んできた。
一体どうしたんだろう?
ヤナさんもそれを見てしばらく考えていたけど、何かに気づいたように手を「ぽむ」と鳴らして言った。
「ああ、いえのひかりにつられて、もりからでてきたんですね」
「光に釣られて? あ、あれですか」
確か光っている物にしがみついて、カモフラージュするんだったか。
この家は森に近いから、こんなことが起こるんだな。
そして飛び込んできたトビリスはライトの下までぴこぴこ移動したかと思ったら、そこで丸くなってすぴすぴと眠り始めた。
……ここで寝ちゃうの?
「あら、ちょうどいいわ」
そして丸くなったトビリスを、ここぞとばかりにスケッチし始めるカナさん。
チャンスを逃さない人だな。
その後、ハナちゃんがリバーシで勝利直前におねむしてしまったため、今日はお開きとなった。
あとちょっとだったのだけど、眠気には勝てなかったんだな。
「すぴぴ……あえ~」
幸せそうに眠るハナちゃんをひと撫でし、俺も家へと戻った。
さて、俺も寝るとしますかね。
◇
翌日、何時ものように皆とぼちぼち畑を耕し、のんびりとお昼を食べ終える。
そろそろ田んぼの土もできあがる頃だから、トラクターの作業機を畦塗り機に付け替えようと作業をしていると、ハナちゃんがぽてぽてとやってきた。
「タイシ、ハナのはたけ、ようすをみてほしいです」
かわいらしくスコップとじょうろを構えて、家庭菜園の様子を確認して欲しいとのお願いだ。
何かわからないことでもあったかな? 聞いてみよう。
「畑の様子? 何かあったの?」
「みずをまくりょうが、よくわからないです~」
ああ、初めてじっくりと野菜を育て始めたけど、お手入れがわからないって事か。
スイカはたっぷり水を上げる必要があるけど、加減はあるんだよな。そこら辺教えていなかったから、わからないのも当然か。
まあ、土が乾かない程度で良いのだけど、実際にやって見せよう。
「わかった。それじゃ、家庭菜園に行こうか」
「あい~!」
ぽわっと笑顔になったハナちゃんと一緒に、のんびりゆっくりと家庭菜園に向かう。
とはいえ家庭菜園は家のすぐ裏なので、すぐに到着したのだけど……。
俺とハナちゃんは家庭菜園を見て、ぽかんとしてしまった。
「……あえ?」
「ん?」
――なんだ? これ。
ハナちゃんと家庭菜園に訪れると、そこには――変な植物が生えていた。
なんだかニンジンみたいな、別の物のような……。
……まさか……また――何か起きたのか?