第九話 もごもごエルフ
「ヤナ! こんなに上手に書けるようになったわ!」
「おお! すごく上手く書けてるじゃないか。カナ、絵がどんどん上手くなっていくね」
「あのお絵かき道具を使っていたら、なんとなくコツが掴めてきたの」
「あの道具、凄いな」
「ええ、ほんと凄い道具だわ!」
大志が持ってきたおもちゃのお絵かき道具ですが、カナさんは有効活用しているようです。
何枚もスケッチしているうちに、だんだん写実描写のコツが掴めてきたようで、めきめき絵の腕が上がっているようでした。
「ふがふが」
「ひいおばあちゃん、それ新しい編み物です?」
「ふが」
「かわいいです~」
編み物大好きなハナちゃんのひいおばあちゃんも、夢中で編み物を量産しています。今は手袋に着手しているようですね。ちっちゃな大きさなので、ハナちゃん用なのでしょうか?
かわいがっているひ孫に、手作り手袋をあげたいのかもしれませんね。
そしてその他の方々も……。
「木のおうちって、こういう作り方してるんだ」
とりあえず最初に建築模型を贈られたマッチョさん、コツコツと模型を組み立てながら、木造建築のなんたるかを勉強しています。
「この粘土、堅くならないから土器の造形案、作りやすいな~」
おっちゃんエルフは、シリコン粘土で思う存分土器のデザインを試しています。いつでも作れていつでも崩せるので、何度でも試行錯誤が出来ます。
「動物や植物の姿を残せて、いつでも見返すことが出来るなんて、このカメラってやつやべえな」
「キュキュ~」
「キャンキャン」
「ピヨ~」
マイスターはインスタントカメラを抱えて、エルフの森で動植物を撮影しています。今までは対象に張り付いて必死に特徴を覚えていたのですが、今は写真があります。とりあえず撮影してから、家でゆっくり分析できるので趣味の観察がはかどるのでした。
「ほら、次とうちゃんの番だよ」
「む、むむ……。このゾウさんを取られたら……まいりました」
「あなた、子供に一回も勝てないのはどうなの?」
「このどうぶつしょうぎって奴、結構難しいんだよ……」
そのほかのご家庭でも、どうぶつしょうぎを子供と遊んだり、リバーシを家族で遊んだり、のんびりと家族で余暇を過ごすようになりました。
村に娯楽が導入され、エルフ達の生活に潤いがもたらされたのでした。
家族で遊んだり友達と遊んだり、できあがった物を見せ合ったり。あっちの森にいた頃から苦楽を共にした皆さんですが、よりいっそう絆と交流が深まっていくのでした。
「みなさん、ゆういぎにすごされてますね」
「タイシさん、このたびは有り難うございます。皆楽しみが出来たようで、心に余裕が持てるようになりました」
大志とヤナさん、村の皆がのんびり余暇を過ごすようになったので、ほっとしています。
今までは、起きたら畑仕事、昼を食べたら家事に狩りに家庭菜園の手入れ、夕食を食べたらお風呂に入って寝る、余暇を過ごすとしても昼寝か弓の練習程度だったのです。
こういった文化的な余暇の過ごし方というのは余り出来ていなかったため、特に大志は心配していたのでした。
おもちゃの導入によって、徐々にですが文化的な生活という物を取り戻し始めた皆を見て、村が良い方向に進んでいることを確認できたので安心したのでした。
「こういった、ぶんかてきなことも、ひとがいきるにはひつようですよね」
「ええ。こういった活動から、何か新しいことが生まれる事もあります。大切な事ですね」
村の運営責任者である大志とヤナさん、お互い村や部族を背負って立つ立場です。村で起きたことが良いことか悪いことか、見極めなければいけません。今回は想定外とはいえ上手い方向に転がったので、お互い喜んだのでした。
めでたしめでたし。
――しかし、余暇を楽しむようになって数日後、一つの問題が出てきました。
「おっと、もう暗くなってきたな」
「暗くなったら、あそべないです~」
「もう寝る時間になっちゃったのね。一日が短いわ」
お昼を食べた後も家事や畑の手入れやお掃除やらで、なんだかんだで仕事があります。それを片付けているうちに夕食の時間。そして夕食を食べたら直ぐに夜になってしまいます。
余暇を楽しむようになったものの、夜になると真っ暗なので何もできなくなります。
もうちょっと遊びたいのに、もうちょっと研究したいのに、もう夜。寝るしかありません。
エルフ達はここで、活動時間の短さに悩むのでした。
「あの枝がつかえりゃな~」
「森が広がっちゃうからちょっとね」
「そもそも、あの枝が使えたって、外で遊ぶのはきついんじゃないか?」
――おうちに明かりがほしい。切実な思いが募るエルフ達でした。
特にあの方、絵を書くのが大好きなあの奥様は、とっても切実でした。
「カナ、もう暗くなるから、絵は描けないよ」
「はわー!」
「ギニャ~」
夕食後に夢中でフクロイヌをスケッチするカナさん、タイムリミットです。もうちょっと絵を描いていたいのに、あとちょっとだけ、欲を言うなら一晩中。しかしお天道様は容赦なく沈んでいきます。
こうして、お絵かき熱が燃え上がるのと裏腹に時間がとれず、はわはわ慌てるカナさんなのでした。
ああ、明かりさえあれば……。
「しかしな~。遊びたいから明かりがほしいなんて、言えないよな……」
「まだ食べ物も満足に作れていないのに遊びたいとか、素敵じゃないわ」
「土器の研究だって、別に今やらなくて良いことだしなあ」
大志が明かりの試験をしているのは知っているので、お願いすればすぐになんとかしてくれることはわかっています。
ただ、余暇を過ごしたいという理由で大志にお願いするのは、気が引ける皆さんでした。
こうして、もごもごと日々を過ごす事になるエルフ達ですが、大志はそういう変化にすぐに気づきます。
「ヤナさん、さいきんみなさん、なんだかもごもごしてません?」
「え、いやまあ……それなりに……」
「とくにカナさんが、もごもごというか、はわはわしてますよね」
「うっ……」
カナさんはものっそい分かり易くはわはわしているので、感づく必要も無く丸わかりなのでした。
「あかり、ひつようになってきたんじゃありませんか?」
「……そのようです。タイシさんの言っていたこと、当たりましたね」
大志がいずれ必要になる、といった事を思い出したヤナさんでした。何気なく言った言葉を覚えていてくれたことに嬉しく思いつつ、大志は自分の考えをヤナさんに伝えます。
「ええまあ、じぶんだったら、ぜったいほしくなりますからね」
「確かにそうですね。その通りでした」
これほど切実に明かりが欲しいと思うとは、当時想像もしていなかったヤナさん、うんうんと頷きます。
そして、大志のいるおうちに付けてあった、あの装置を思い浮かべました。
「今タイシさんのおうちにあるあの明かりを、全部のおうちに付けるのですか?」
「そうなります。というか、じつはもうよういできてまして、あとはとりにいくだけです」
「もう用意してあるとは、凄いですね。……お願いしてもよろしいのでしょうか?」
「ええ、まかせてください。あしたにはもうじゅんびできますよ」
ヤナさんが申し訳なさげにお願いするのを聞いて、大志は笑顔で答えました。そんな大志の笑顔を見て、ヤナさんも笑顔で返します。
「今は頼りっぱなしですが、もしタイシさんが何か困ったことがあった時には、私たちも頼ってください」
「そのときはおねがいします。おもいっきりたよっちゃいますから」
「ええ。必ず力になります!」
にこやかに肩を叩き合う大志とヤナさん。族長と管理者、という立場を超えて、二人には友情が芽生えていたのでした。
◇
翌日、そろそろお昼になるかな? という時間になったころ、大志のおとうさんが皆に言いました。
「みなさん、タイシはちょっとようじがあって、おくれるそうです」
「あえ~。タイシ、帰り遅くなるです?」
「うん、だから、おひるはさきにたべようね」
「あい~」
大志が昨日言っていた、おうちに付ける明かりの装置を受け取りに町にでていたのですが、どうも帰りが遅れるようです。
「タイシさんが遅れるって、シロウさんどうやって知ったんだ?」
「親子の絆的なソレが、アレしてこうなったとか」
「タイシさんとシロウさん、たまにそういう事あるよな」
大志とそのお父さん、遠く離れた者同士で、なぜか相手のことがわかっている事に、エルフ達は首を傾げています。
それというのも、大志が電話という技術の存在を、エルフ達に教えるのを忘れているためです。
このド忘れが原因で、ムキムキマッチョエルフにマッサージされるという事に、大志は未だに気づいてないのでした。
それはさておき。
「仕方ないです、一人で畑のお手入れするですか」
お昼の後は、大志といっしょに家庭菜園のお手入れをしようと思っていたハナちゃんでしたが、しょうがないので一人でお手入れすることにしました。
「お野菜じっくり育つです~」
「ギニャ~」
ちまちまと水をあげたり、いつの間にかやってきたフクロイヌと遊んだり、のんびり家庭菜園をお手入れしていきます。
しかし、お手入れをしている最中に、あることに気づきます。
「あや~。スイカにあげる水の量、よくわかんないです~」
じっくり育てることにした野菜たちですが、どうも水をあげる加減がわかりません。
たっぷり水をあげる必要があるとは聞いていますが、そのたっぷり加減がよくわからないハナちゃんでした。
「タイシが帰ってきたら、聞くですか」
「ギニャ~」
とりあえず自分だけでなんとかするのは止めて、詳しい人に聞く方針にしたハナちゃんでした。フクロイヌも、それがいいと言うかのごとく、返事をします。
水をまく量がよくわからないので、これ以上畑に手を入れるのは止めにして、仕上げにかかるハナちゃん、インスタントカメラを取り出しました。
「それでは、タイシに言われたとおり、畑のしゃしんとるですよ~」
「ギニャッ!」
毎日畑の様子を残しておけば、生育の変化を記録できます。そうすれば、何が良くて何がだめで、いつ頃それが起きたのかが検証可能になります。
ハナちゃんは大志に言われたとおり、畑の記録をするのでした。
「ギニャ~」
……しかし、ハナちゃんがカメラを向けた先に、フクロイヌが先回りしていますね。あざとい仕草でかわいく写ろうと頑張っていますが……この動物、写真に写りたくて仕方ないようです。
別にフクロイヌが写っていても問題ないので、ハナちゃんはフラッシュを焚いてパシャリと一枚写真をとりました。
――がさがさ。
「……あえ?」
「ギニャ?」
写真を撮り終えたハナちゃん、何か違和感を感じたみたいです。いったいどうしたのでしょうか?
「しゃしんをとったとき、なんか……森がざわついたです?」
ハナちゃんの持つエルフのすーぱー耳が、何か変な音を拾ったようです。長い耳をぴこぴこさせて、音を探るハナちゃん。しかし、しばらく音を探っても、もう何も聞こえませんでした。
「……気のせいですか」
「ギニャ」
特に異変を聞き取れなかったため、ハナちゃんはそれ以上音を探るのを諦め、気のせいということにしちゃいました。大丈夫かな?
そしてよくわからないことは置いておいて、気を取り直したハナちゃん、ぽてぽてと歩き出しました。
「畑もお手入れしたですし、集会場で遊ぶです~!」
「ギニャ~」
「フクロイヌも、ボール遊びするです?」
「ギニャ~!」
畑のお手入れが終わったので、後は遊ぶ時間ですね。ハナちゃんは集会場で遊ぶことにしたようです。
ボール遊びする? といわれ大喜びのフクロイヌを引き連れて、仲良くぽてぽてトテテテと畑を後にしたのでした。
――そしてハナちゃん達の姿が見えなくなった頃、森では何かが……。
がさがさ。がさがさ。ぴょこっ!
……またもや、不思議なことが起きようとしていました。