第三話 ハナってよんでね!
「あのぅ……」
遠巻きに見ていたエルフ達の中から、エルフの男女が近づいてきて、男の方が俺へと声をかけてきた。
なんだかひょろっとして、ぱっとしない感じだ。一言でいうと地味だ。
首から下げている、なんかの宝石がついた首飾りだけが目立つ。
年齢は……二十半ばくらい、俺と同じくらいかな?
まあ、とりあえず話を聞いてみよう。
「はい、何でしょうか」
「うちのむすめによくしていただいたようで、ありがとうございます」
お、この人の娘さんでしたか。じゃあ、隣にいる女の人は……奥さんかな?
この人も同い年くらいか。
えらくペコペコ頭を下げられてはいるけど、おにぎりをあげるくらいは大したことじゃない。
「いえいえ、これくらいなら別に大したことでは」
「いやいや、われわれ、ここみっかくらいほとんどたべておらず、とくにむすめはわりとぎりぎりだったのです」
――思ったより深刻な状況であることが開陳された。
「……三日も?」
「ええ、もりがなくなってしまって、とほうにくれていたのです……」
森が無くなって途方に暮れて、三日くらい殆ど食べていない。大人でもキツいのに、子供ならなおの事辛かったろう。
大変だったんだな。エルフの子は大丈夫だろうか?
エルフの子の方に目を向けると、もぎゅもぎゅと夢中になっておにぎりを頬張っていた。
もう二個目を食べ終えようとしている。
……この様子なら、大丈夫かな?
そしておとうさんエルフはそんな我が子をチラ見してから、申し訳なさげに口を開いた。
「そんなわけで、あつかましいとはおもうのですが、たべものがあったらわたくしどもにもわけていただけたらと……」
おとうさんエルフはもう耳がしなしなしていて、本当に申し訳ないっていうのがよく伝わってくる。
三日も食べていないなんて話を聞いて、お願いを断るなんてのは無理な話だ。
「分かりました。今はちょっと手持ちの食料が無いので、これから取りに行ってきます」
「ほんとうですか! ありがとうございます! ありがとうございますっ!」
「「「おおおおぉぉ……」」」
ざわつくエルフ達とぺこぺこするおとうさんエルフ。
三十人分か……。安請け合いしたが、これはなかなか大変だ。
「じゃあ今から取りに行ってきますので、しばらくお待ちください」
「ありがとうございます!」
「あ、食器とかはあります?」
食器も無かったら、人数分用意しなければならない。
「それはもうだいじょうぶです」
スチャ! とおとうさんエルフと隣の女の人エルフは、フォークとどんぶりみたいな食器を取り出す。
どちらも木製だ。……手ぶらだったはずなんだが、その食器はどこから出したんだ?
――あ、後ろのエルフさんたちも食器を構えている。
まだそれいいから。今出さなくていいから。
……まぁ食器はあるようなので、あとは食料をどうするかを道中考えよう。
とりあえず車を出すか。
「あ、その前にお名前を伺ってもよろしいでしょうか。私は大志と申します」
「これはこれは、なのらずにしつれいしました。あなたはタイシさんですか。わたしはヤナハともうします。ヤナとよんでください」
「ヤナさんですか。初めまして」
「はじめまして。あ、こっちはつまのカナハです」
隣の女の人を指して紹介してくれる。やっぱ奥さんだったか。
「カナハともうします。カナとよんでいただければ」
しゃなり、と奥さんがお辞儀をする。あ、奥さん。食器はもうしまっていいですよ。
「このこがむすめのハナハです」
「あえ?」
ご飯粒をたくさんつけたエルフの子、もといハナハちゃんはおにぎりに夢中でこっちの話を聞いていなかったようだ。
「ハナ、じこしょうかいしなさい」
「はじめまして、わたしはハナハといいますです~。ハナってよんでね!」
ぽやっとした自己紹介を頂いた。ハナちゃんね。
愛称なのかな? これからはそう呼ぶことにしようか。
「ほらハナ、このタイシさんがたべものをもってきてくれるそうだから、おまえもおれいをいいなさい」
「ほんと? タイシありがとです~」
ハナちゃんは三個目のおにぎりを頬張りながらお礼を言ってくる。かわいいなぁ。
「じゃあ行ってきます」
俺は車に向かって歩き出した。
「あの……」
途中、ヤナさんが訪ねてくる。
「どうしました?」
「それ、なんですか?」
車を指さして不安げにしている。
「ああ、これは自動車と言いまして、人の力を使わずに動く荷車みたいなものです」
「ひとのちからをつかわない?」
「ええ、押したり引いたりしなくても動くんです」
「さきほど、なにやらふしぎなおとをだしながらその、じどうしゃ、ですか。それがはいってきたもので、みんなびっくりしてかくれたのです」
ああ、無人だったのは車に驚いて隠れてたのね。
「これは人が中に乗り込んで、いろいろ操作して動かす乗り物という道具の一つです。とても便利なものですね」
「のりもの、どうぐ、ですか」
いまいちわかってない風のヤナさんではあるが、まぁ車の説明より先に食料調達である。
「それでは行ってきますので、しばらくお待ちを」
バタン! とドアを閉めたときにヤナさんはビクっとしていたが、エンジンをかけたら腰を抜かしていた。
まぁそのうち慣れてもらおう。
腰を抜かしたヤナさんと、食器を出したままのエルフたちに見送られ、俺は車を走らせた。
後はとりあえず業務用スーパーに行ってから考えよう。