第八話 謎の声
ひいおばあちゃんの編み物や、カナさんの模写の様子を見ていた大人の皆さん。なんだかおもちゃを見る目が変わってきた。
「タイシさん、これは?」
「これも、なんかすごそうなんだけど」
「おれもおれも」
ああ……大人たちがこぞって、それぞれ興味のある実用に使えそうなおもちゃを指さしている。パッケージ写真をみると何となくわかるしな。
俺はこっちの説明に集中しよう。子供たちは……親父にまかせて。
「親父、すまないけど子供たちはまかせた」
「あいよ。ほーら! 子供たちはこっちで遊ぼうね~。遊び方教えるから」
「「「はーい!」」」
親父がいくつかのおもちゃを抱えて、子供たちに呼びかける。
ありがとう親父。子育て経験があるから、こういうのは手慣れている。
そしてハナちゃんを含めた子供たちは、大喜びで親父の後について行った。
しかしまあ、子供たちにのんびり遊んでもらおうと用意したおもちゃだけど、予想外に大人に大ウケになるとは。
おもちゃとしてウケるというより、実用面でウケたのは考えてなかったけど……。
ハナちゃんのひいおばあちゃんは、今も編み物に夢中だし、カナさんははわわと叫びながらいろんなものをスケッチしている。
「タイシさん、これ、おれたちがすんでるおうちっぽいんだけど……」
そんな二人をちら見しながら、マッチョさんが一つの箱を持ってきた。
マッチョさんの持っている箱は……模型だな。
「これは、家の模型です。皆さんが住んでいる家と近い物を、二十四分の一の大きさにしたものですね」
「「「ええええ!」」」
精巧なログハウスの縮小模型だ。建築会社が作っているだけあって、実際のログハウスの設計とほぼ一緒というのが売りっぽい。
あまりに村にある家と似ていたので、思わず買ってきてしまったやつだ。
……しかし家の造りを学ぶ知育玩具らしいけど、こんなに本格的である必要性があるのかは、俺には分からない。
やりすぎじゃないのこれ?
「ちっちゃいおうち、つくれちゃうの?」
「まさか、これもこどもむけ?」
「いやいやまさか」
家を作れると聞いて半信半疑の皆さんだけど、パッケージにはそう書いてある。
「完全子供向け――ではないみたいですけど、子供でも作ることが出来るそうです」
「「「はわー!」」」
はわーが感染した。箱を順番に手に取り、上から見たり下から見たり。皆木の家の造りに興味があるのかな?
ついでに一緒に持ってきた、建築模型カタログも見てもらおうかな。
「そのほかの種類もありますよ。ほらここに載ってます」
「「「はわー!」」」
カタログを渡すと、はわわ言いながらぺらぺらとめくりはじめる皆さん。いろんな模型があることに驚いているみたいだ。
「ではこれも、おうちなのですか? ふしぎなかたちしてますけど」
ヤナさんが一つの模型写真を指さした。ああ、これは家というか、神社の模型だな。これも同じ会社のやつで、不必要なほど精巧だ。
……ほんとにこれ、子供でも作れるのかな。
「これも一応家なのですけど、神様が住むための神社、という建物の模型ですね」
(なぬ?)
「え? かみさまがすむためのおうちですか?」
(くわしく)
「ええ、こっちには神社という建物がありまして、神様を祭るための建物なんです。これはその模型ですね」
途中、やけにノイズが入ったけど気にしない。
「そんなものがあるのですか……」
(いいこときいた)
「これって、おれたちでもつくれるのかな?」
「ちょっと待っててください……説明書は……」
(はよはよ)
ログハウス模型の説明書を見る限りでは……うん、順番に図解されてるから、上から下へと図を追って行けば、文字を読まなくても作れるな。
子供でも作れるっていう理由はこれか。
「ここに図があるのですが、上から下へ、で次に移ってまた上から下、と図を追っていけば出来ますね」
「えのとおりに、ぶひんをくみあわせるわけですね」
「そうです。それで出来ます」
(いける)
説明書を渡して、興味のある方々に見てもらおう。
「ふむふむ……できそうだな」
(きたー!)
「おうち、つくれそう」
「おうちって、こうなってるんだ」
説明書を回し見して、作れそうな感触を得たようだ。そして目を見ればわかる。作りたいんだな。
もうこの際、各家庭に配っちゃおうか。足りない分はまた買ってくるとして。
「では、各ご家庭にこれを配りましょう。足りない分はまた調達してきますので、この写真にあるもので好きなものを選んでください」
「まじか」
「かわいいおうちをつくれるとか、すてき」
「みなぎってきた」
(このおうちがいい~)
全世帯に配ると聞いた皆さん、大盛り上がりだ。建築模型カタログを見て、どれにしようかキャッキャしながら選んでいる。
「これがいいな」
「わたしは、このかわいいのがつくりたい」
「おれはこれにちょうせんしてみるぜ」
(あれ?)
そして、各々が作りたい模型を指さした。
……このページがほのかに光っているやつが、謎の声が希望した物?
でも誰も選んでないな。この神社の模型、ちょっと難しそうだし。
「それでは、また後日になりますが、調達してきて皆さんにお配りします」
「「「わーい!」」」
(あれあれ?)
大体皆が希望する模型は決まったので、頃合いをみて調達して来よう。
後は……誰も希望しなかったこの難しそうなやつだけど……これ、どうしようかな……。
(お、おうちが~!)
――よし、俺が作ろう。完成したら、集会場にでも飾っておけばいいかな。
「あーあー。私も皆さんに便乗して、これでも作ってみましょうかねー。出来たら集会場に飾るのも良いかもしれませんねー。あーこれ作りたいなー」
ちょっとわざとらしかったかな? さて、どんな反応が返ってくるか。
(ほんと!?)
「このむずかしそうなやつ、つくっちゃうの?」
「ええ、これくらいならまあ、何とかなります」
(やたー!)
問題ないみたいだな。それじゃあ、この神社の模型は――俺からの贈り物としておこう。
たまにはこういうのも、良いんじゃないかと思う。
(たのしみ~!)
すごく嬉しそうな謎の声が聞こえた気がするけど、気にしない気にしない。
◇
一通り説明しておもちゃ騒動はひと段落したので、子供たちの様子を見に行こう。親父が世話してるから、まあ変なことにはなっていないと思うけど。
さて、子供たちはどんな遊びをしているかな?
「あ! タイシです~!」
「ギニャ~」
部屋に入ってきた俺を見るや否や、ハナちゃんとフクロイヌがトテテテっと駆け寄ってきた。手に持っているのは……折り紙?
フクロイヌはゴムボールを咥えている。なるほど、ハナちゃんは折り紙、フクロイヌはボール遊びをしていたのか。
「タイシタイシ。これ、ハナがつくったですよ~」
ハナちゃんが手ずから折った折り紙を見せてくれた。クジャクか。これ難しい奴じゃないかな?
「ハナちゃん、上手だね。これ難しい奴じゃないの?」
「タイシのおとうさんにおしえてもらったです~。すっごくじかんかかったです~」
「おー! よく頑張ったね! ご褒美に撫でてあげよう」
「えへへ」
大作をこしらえたハナちゃんをなでなでしてあげていると、親父もやって来た。
「大志、そっちはどうだった?」
「実用系と建築模型に首ったけになってた。建築模型は各世帯に配ることにするよ」
「そうか。まあ良い息抜きになるんじゃないか?」
「畑仕事ばっかりだったから、そうなってくれるといいと俺も思う」
他の子供たちも、どうぶつしょうぎをやったりリバーシをやったり、粘土をこねたり砂遊びしたり、お手玉している子もいる。こっちは平和だなあ。
そしてこっちの方は当初の目的通り、子供たちがのんびり遊べている。うん、目標は達成できたかな。
「それで大志、そろそろ夕食の時間になるぞ」
「もうそんな時間? じゃあ今日はこれで切り上げようか」
「そうしよう。じゃあこっちは俺がやるから、大志はあっちを頼む」
「わかった。行ってくる」
いまから夕食の準備をしないと、食べ終わる前に暗くなってしまう。大人の皆さんにも伝えなくては。
部屋に戻ると、相変わらず大人の皆さんは思い思いの実用玩具に熱中していた。
「皆さん、そろそろ夕食の準備をしないと、暗くなってしまいますよ」
「え、もうそんなじかん?」
「ときがたつのを、わすれるおもしろさ」
「はわー!」
俺に言われて初めて気づいたのか、窓の外を見てびっくりする皆さん。
カナさんはどこからか野菜をもってきてスケッチしているけど、まだまだ書きかけなのでめっちゃ焦っている。
葉物の野菜だから、一気に書き上げないとしなびちゃうよね。モチーフの選択がまず失敗している気がする……。
はわはわと慌てるカナさんだけど、何とかしてあげたいかな。
「おかあさん、どうしたです?」
お、カナさんがあんまりにはわはわ言っているので、ハナちゃんも様子を見に来たみたいだ。
「はわわ! はわわ!」
「……このおやさい、かきあげたいっていってるです」
「でもそれ、ゆうしょくでたべるやつよ~」
「はわー!」
夕食の材料をモチーフにしてたのか。この時点で、そもそも書き上げる時間がないですねそれ……。
しかしせっかく途中まで書いたものなので、勿体なくはある。
……あれを使うか。
パッケージ写真からは使い道が想像できなかったのか、エルフ達も特に質問して来なかったおもちゃが一つある。
――インスタントカメラだ。
「……? タイシ、それなんです?」
インスタントカメラを取り出して、あれこれ準備していると、ハナちゃんがやって来た。
「それは見てのお楽しみ……と、準備完了。カナさん、ちょっとよろしいですか?」
「はわ?」
この角度だと……ここから撮ればいいかな。ちょうどいいから、ハナちゃんにシャッターを押してもらおう。
「ほらハナちゃん、ここをのぞいて御覧? 野菜が見えるよね」
「あい。みえてるです」
「それじゃここを押してみて。ピカっと光るけど、なんでもないから驚かないでね」
「あい!」
ハナちゃんが恐る恐るシャッターボタンに指をかけ――パシャッと音がしてフラッシュが光る。
上手く撮れたかな?
「あや! なんか音がしたです!」
「すっごいひかった!」
「はわー!」
「しかもなんかでてきたです~!」
お、フィルムが出てきたな。あとはしばらく待てば……よし、像が浮かんできた。
「ほら、良く見てごらん? ここから見えていた野菜が、見たまんま浮かんできたでしょ?」
「あやややや! ほんとです~!」
「はわ?」
カナさんもインスタントフィルムを覗き込んできた。そしてじわじわと浮かび上がる、ハナちゃん撮影の野菜。
「はわ……わわわわ……」
ぷるぷると震える指先で、フィルムを指さすカナさん。フィルムは小さいけど、距離を近くすれば模写の続きを出来るはずだ。
……この辺かな?
「カナさん、この位の近さなら、野菜を書いていた時と同じになりません?」
「……はわ」
レンズを覗き込んでコクコクと頷くカナさん。うん、これでいつでもスケッチの続きが出来るな。
「これで問題解決ですね。いつでも続きが書けますよ」
野菜の写真を見つめながら、またもやコクコク頷く。
「……タイシさん、それ……」
あれ? ヤナさんもぷるぷるしながら写真を指さしている。
「ああ、これは写真と言いまして……まあ、目で見えている物を一瞬で写し取る機械ですよ」
「わたしたちのところにも、これくらいのおおきさのかみに、きれいなえをかいたものがありまして……」
へえ、エルフ達の工芸品かな。カードサイズの紙に、絵を書いたものか……。
「カナがこんなに、えをかくのにこだわるのも、もともとはそのえがきっかけだったんです」
「そうなんですか。じゃあ同じ大きさですから、とっつきやすくて良いですね」
「ええ。ほんとにそのまんまです」
カードサイズとはいわゆる黄金比だから、紀元前から使われてきたんだよな。エルフ達の文化にも、同じ感性があるっぽいな。
「おれ、もってるぜ。けっこうまえからひろまりだしたんだよな」
「わたしも、あつめてかざってた」
「おれのじまんのしゅうしゅうひん、ひろうするときがきた!」
しゅぴぴと絵を取り出す皆さん。……なるほど、たしかにそのまんまだ。素材は木みたいだけど。
どれどれ……土器が描かれた物や動物が描かれたものが多いな。これは……フクロイヌか。なるほど、可愛らしい絵が書いてあって、これは集めたくなる。
なかなか良い工芸品じゃないか。
「なるほど、これは良いですね。絵がかわいらしい」
「でしょでしょ」
「べつのもりにいったときの、おみやげにもなるの」
「これをあつめるために、たびにでたからな」
自分たちの工芸品を褒められて、皆嬉しそうな顔をした。でも、集める為に旅に出るのはハマり過ぎではないでしょうか。
「そういうわけで、このおおきさのものには、おもいいれがあるわけです」
「そうだったんですね。それじゃあこれを使って、残したい風景や状況を撮影してみてください」
「よろしいのですか? これ、かなりすごいものだとおもうのですが」
ヤナさんが恐縮そうに言って来たけど、そもそも村で使うために買ってきたものだしな。おもちゃ用途を想定していたけど、おもちゃだって実用で使えるなら、ガンガン使っちゃえばいいよね。
「こんな便利な物、使わないほうが勿体ないですよ」
「たしかに」
「それに、畑の様子を毎日これで記録しておけば、何かがあったときに、何時ごろ変化が現れ出したか特定できることがありますよ」
「それはいいですね! なにがよくてなにがわるいか、きろくにのこせます」
「凄く貴重な資料になりますね。まあそれ以外にも、普段の生活を記録したり、お子さんの成長記録などもできます。思い出を残せるんですよ」
「「「おおー!」」」
思い出を残せる、という言葉にガッツリとエルフ達が食いついた。
「まいにちを、きろくできる?」
「おもいで、そのままのこせるとか、すてき」
「これ、きょうみたなかで、いちばんすげえやつじゃね?」
まあそうか。トイカメラとはいえ、一昔前までは科学技術の粋を集めた製品だったわけで。出た当時は画期的だったはずだ。
そんなのが今やおもちゃとして買えるんだから、ほんとおもちゃといえど侮れないなあ……。
――いや、おもちゃだからこそ、凄いんだ。
本当は扱いが難しいはずの道具も、おもちゃにするために扱いが簡単でとっつきやすく設計しなおされている。必要な要素だけを残して。
だから、すんなり扱えて物の基本を学べるんだ。説明が難しい物の扱い方も、これであればすぐ学べる。
……これ、使えるかもしれないな……。
「おーい大志、どうした? なんか盛り上がってるみたいだけど」
あ、そういや夕食の為に呼びに来たんだった。そろそろ撤収しよう。色々考えたいこともあるけど、後でやればいいや。
「それでは皆さん、夕食の準備を始めましょうか。片付けは明日しましょう」
「わかりました」
「はわ……」
今の時間ならまだ大丈夫だよな。暗くなる前には食べ終えることが出来る。
――と、折角だから、調理風景とか夕食風景とかを、皆で写真に撮ってもらおう。
カメラのつかい方を覚えられるし、自分たちで思い出も残せるから、盛り上がるんじゃないかな。
「あと皆さん、今日の調理風景や夕食風景を、このカメラで撮影してみてください」
「「「わーい!」」」
さて、それじゃ炊事場に行きますかね。
◇
「それでは、お料理を始めましょう。まあお任せなんですけどね」
「はわ」
「まかせて」
「なにをつくろうかしら~」
カナさんはいまだはわわから戻ってきていないけど、まあ料理は出来ると思う。
「さっそくしゃしん、とるですよ~」
そしてお料理を始めた奥様方に向かって、ハナちゃんがカメラを構える。
――途端、しぴっと背筋を正し、カメラ目線でキメ顔をする奥様方。なんというわざとらしさ。
……気持ちはわかるけど。
まあ、そのうち慣れるかな?
ハナちゃんがカメラを向けるたびにしぴっとなった奥様方だけど、お料理は順調に出来上がっていった。
献立は……お、カモ肉入りのすいとん汁だ。野菜たっぷり、山菜たっぷりで美味しそうだ。
「親父……鶏肉入りのすいとん汁、実現してるよ」
「ああ。ここまで来たんだな。努力した分、きっちり実ってる」
最初に作ったときは山菜しか入って居なかったすいとん汁が、今や鶏肉入りだ。感慨深いものがある。
より一層味に深みが増したすいとん汁を啜りながら、あの頃を思い出した。
あの時は切羽詰まっていて、写真なんて記録する余裕は無かったけど、今はある。
この風景を、彼らの手で残してもらおう。
「それでは、皆さんも食事風景を撮影してみてください」
「「「はーい!」」」
カメラを手に取り、家族を撮影する人、お料理を撮影する人、様々だ。使い方も簡単なので、すぐに使いこなせている。
そして出てきた写真を見て驚いたり喜んだり、楽しい食事風景になっている。
自分たちの手で思い出を残せる、これは楽しいだろうな。
「しゃしんって、いいな」
「おかあさん、きれいにうつってるよ」
「こどものせいちょう、のこせるんだな」
それぞれの世帯で、撮影した写真をみながらなごやかに食事が進んでいた。
――さて、俺も一枚撮ろうかな。皆が写っている写真がいいかな?
これも良い思い出になってくれたらいいな。
「それじゃ皆さん全員が写っている写真を撮りますよー」
「「「はーい!」」」
出てきた写真には、背筋をしぴっと伸ばし、きりりとキメ顔をしたエルフ達が写っていた。
……あの皆さん、写真に写るときにキメなくてもいいんですよ? 自然体でいきましょう自然体で。