第七話 はわー!
村の滞在五日目になったけど、今日は午前の畑仕事を終えた後にちょっと車を走らせて、おもちゃ屋に来てみた。
昨日子供たちに話した通り、のんびりと遊んでもらうために、おもちゃを調達しに来たわけだけど……。
「最近のおもちゃ、なんかすげえな……」
映像が撮影できる超小型のドローンとか、こんなのがおもちゃで売ってるの? お、すぐさま現像できるおもちゃのインスタントカメラとか、これは知ってる。まだあったんだな。
え……スマートウォッチのおもちゃ版とかあるの? おもちゃ進化しすぎだろ。
これなんかそば打ちできる食玩か……。子供のおもちゃなのに、そば打ちとか渋いなあ……。
編み物が簡単に出来るおもちゃとかもある。女の子向けか。
へえ、室内で遊べる成型可能な砂とかもあるんだ。どういう原理なんだろ?
……あまりにおもちゃが溢れすぎていて、なにが良いかよくわからない。なにを持っていったら良いんだろうか。
とりあえずとっつきやすい物を選ぼう。一人でコツコツやる類のものと、みんなでワイワイやるもの両方あればいいかな。
◇
「子供たちに集まってもらったのは他でもない、昨日言っていたことをやってもらおうと思う」
「「「はーい」」」
「ギニャ~」
最前列で元気よく返事する子供たち。そして、なぜかフクロイヌも居る。いつの間に。
「タイシタイシ、ハナたちなにするです?」
ハナちゃんが目を輝かせて、任務の内容を聞いてくる。もったいぶってもしょうがないな。それじゃあ、子供たちにやってもらいたいことを告げよう。
「君たちには、おもちゃを使って元気よく遊んでほしい。これがやってもらいたいことだよ」
「「「おもちゃー!」」」
おもちゃと聞いた途端、子供たちが大喜びで俺の周りに集まってきた。どんなおもちゃなのか、期待で一杯の目で見つめられる。
そしてハナちゃんは、俺の右足にひしっとしがみ付いてしまった。可愛らしいなあ。
「タイシ! おもちゃがあるです!?」
しがみついていたハナちゃんが、足をよじよじと登りながら聞いてきた。その眼はもう、キラッキラしている。
……いや、登ってこなくても大丈夫だから。今説明するから。
「おもちゃ~!」
「どんなの? どんなの?」
「きゃー!」
あ……他の子供たちも真似してよじ登ってきた。みんな器用に登ってくるなあ。ハナちゃんはもう登り切ったので肩車している状態だ。
「あんだけのこどもせおっても、びくともしてない」
「おかしいほどの、ちからもち」
「おれらがひりきってわけじゃ、ないよな?」
子供にしがみつかれた俺を見て、大人の方々は目を丸くしているけど、これくらいの重量なら無いも同然じゃない?
……俺がおかしいのかな? よくわからん。
まあいいか。それじゃあ、子供たちの期待に応えて、早い所見せてあげよう。
全身に子供を装備している状態で腕を動かすと危ないので、親父に箱を開けてもらおう。
「ここの木箱の中にあるから、さっそく見てみようね。親父、頼んだ」
「はいよ。ほら沢山あるぞ~」
「「「たくさんある~!」」」
箱の中には大量のおもちゃが入っている。良くわからなかったから適当に買っていたら、結構な点数になってしまった。
俺にしがみついたままの子供たちは、目をキラキラさせておもちゃ箱の中を覗き込んでいる。
「つみきはわかるけど、ほかのはなんだろ」
「みたことないおもちゃがたくさんとか、すてき」
「おれのじまんのつみきざいくは……わりといけてるな。せっかくだからまぜとこう」
そして大人たちもおもちゃを興味深そうに見たり、おっちゃんエルフが自作の積み木細工を箱に入れたりしている。
……確かにその積み木細工、出来がいいです。でも数が多すぎません?
「ほら、君たちも近くで見てごらん」
「「「はーい!」」」
子供たちは、ぴょこぴょこと離れておもちゃ箱を覗きに行った。あれ? ハナちゃんだけ肩車のままだな。降りないのかな?
「むふ~」
うん、なんかご機嫌だから良いか。肩車したままにしとこう。
じゃあ、ハナちゃんも覗き込めるよう、箱の近くでしゃがんであげればいいか。
……これで見えるかな?
「ハナちゃん、箱の中は見えるかな?」
「あい~! 良く見えるです~!」
それならよかった。俺に肩車されたままハナちゃんはおもちゃ箱を覗き込んだ。
「タイシタイシ、これどうやってあそぶです?」
何か興味を引くものがあったみたいだな。あれは……折り紙か。
パッと見どうやって遊ぶのか全く分からないだろうから、実際にやってみせよう。
「これは折り紙と言ってね、紙を折っていろんな物を作るんだ。たとえば……」
まあ鶴しか折れないんだけどね。他の折り方はあとで説明書を見ればいいか。とりあえず鶴を折って見せよう。
ハナちゃんを肩車したまま鶴を折る。そして俺の手元を固唾をのんで見守る皆さん。
別段難しい物でもないので、すぐにできた。ハナちゃんに見せてあげよう。
「ほらハナちゃん、どうかな? こんな形になったよ」
「とりさんです~! すごいです~!」
「かみが、とりになった!」
「おもしろいな~!」
ハナちゃんや他の人たちは、適当に折った鶴を見て喜んでくれている。
「次にこれです。コマと言います」
「コマ? ふしぎなかたちしてますね」
「どうやってあそぶです?」
ヤナさんとハナちゃんがコマを珍しそうに見ている。さっそくコマ回して見せよう。
「ここに紐を撒いて、勢いよくこうすると……ほら、倒れずに回ります」
「「「おお~」」」
「そしてもう一個を回して、ぶつけたりできます」
「「「おおおおー!」」」
くるくる回るコマに、さらにコマをぶつけたりして遊び方を実演すると、皆の目が釘付けになった。
「すっごいまわってる」
「なかなかたおれないな~」
「おもしろそ~」
皆かぶりつきで見ている。コマの不思議な動きに首ったけのようだ。
他にも沢山あるから、あとはおもちゃを解放して各々手に取ってもらい、わからないところを聞きに来てもらおうかな。
「とまあ、色々持ってきました。聞いていただければ、遊び方を教えます。どうぞ、手に取ってみてください」
「「「わー!」」」
わっとおもちゃ箱に手を伸ばし、興味が沸いたものを手に取る皆さん。積み木はおなじみのようで、子供たちはすぐに遊びだした。コマ回しに挑戦する子供もいる。
……と、ハナちゃんのひいおばあちゃんが、何かの箱を持ってやってきた。
「ふがふが」
「タイシタイシ、ひいおばあちゃんが、これなあに? って聞いてるです~」
これは……編み物が簡単にできるやつだな。織機のようになっていて、毛糸を通せば色々作れるやつだ。
「これは見ての通り、編み物が簡単にできるおもちゃです」
「あみものです?」
「ふが!」
ん? ハナちゃんのひいおばあちゃんが、ものすごい反応した。目をまんまるにして、パッケージの写真をいろんな角度から見ている。
でもおばあちゃん、写真なのでいろんな角度から見ても、意味はないですよ……。
取り合えすどうしたのか聞いてみよう。
「あの、どうされました?」
「ふが、ふがふが」
うん、なんて言っているかわからない。どうしよう。
「このえのとおりに、あみものできちゃうの? っていってるです」
「ふが」
ハナちゃんが素早く通訳してくれた。さすが家族だけあって、なにを言っているのかわかるみたいだ。謎の技術だな。
しかしそうか、ひいおばあちゃんは、写真を見てこれが編み物っぽい事に気づいた。それで、もしかしてと思って聞いてきたって事かな。
まあ俺も使ったことが無いからわからないんだけど、出来るって書いてあるなら出来るんだろう。やってみよう。
「出来るみたいですよ。ちょっとやってみましょう」
「ふがふが」
「おねがいしますっていってるです」
箱から本体を取り出し、説明書を読んでみる。うん、幼児向けだからわかりやすい。これなら俺でもできるな。
「ふがふが、ふが」
「おもしろいかたちしてますねっていってるです」
わりと大きい本体だけど、単純な作りで扱いやすそうだ。じゃあ、このひざ掛けでも作ってみよう。
「それじゃ、ひざ掛けを作ってみます」
「あい」
「ふが」
ふむふむ、こう毛糸を通してこうやって……。さくさく出来るな。……これは凄いわ。おもちゃとはいえ侮れない。
「あや! ぬのができてくです~」
「ふがふが! ふが~」
「こんなにかんたんにできちゃうの! っていってるです」
ハナちゃんとひいおばあちゃん、二人ともびっくりした様子で俺の作業を見ている。というか俺もびっくりだよ。編み物経験ゼロの俺でも出来ちゃってるよ。
これ、ちょっと手順を教えてあげれば、ひいおばあちゃんでも使えるな。試してみよう。
「すごく簡単にできますねこれ。ひいおばあちゃんもやってみましょう」
「ふが!」
「いいの! っていってるです」
「ええ、手順を説明しますので、試しにやってみてください」
「ふが~」
まあ、手順を説明するとは言っても、縦糸の張り方と横糸の通し方を覚えれば、あとは好きなように出来る。教える方としても簡単だな。
……なるほど、親が子供に教えることも考えて設計されてるんだ、これ。おもちゃすげえ。よし、始めよう。
「では手順を教えます。ここをこうして、こう糸を通しまして……そんでこれをこうします」
「ふが」
「あい」
「あとはこれの繰り返しですね。ではどうぞ」
「ふがふが」
ひいおばあちゃんにおもちゃの織機を渡すと、こわごわと手順を再現していった。うん、問題ないな。後は繰り返すだけだ。
「ふが……ふがふが」
だんだんと手慣れて、作業が早くなっていくひいおばあちゃん。もう夢中になっている。その表情はとっても楽しそうだ。編み物が好きなのかな?
「ハナも手伝うです~」
肩車からぴょこっと降りて、ハナちゃんも編み物のお手伝いに加わった。
ひいおばあちゃんとハナちゃん、仲良く編み物を始める。なごむなあ。
「なにあれ」
「あみもの?」
「すげえはやさで、できてくんだけど」
しばらく編み物をまかせて見守っていたら、いつの間にか周囲に人だかりができていた。他の皆も、編み物が簡単に出来る仕組みに、興味が沸いたようだった。
「ふが~!」
「できたです~!」
「「「おおおお!」」」
お、そうこうしているうちに編み物が完成したみたいだ。うん、ちょっとしたひざ掛けだけど、上手にできている。
「上手く出来てますね。良いじゃないですかこれ」
「ふがふが!」
「このどうぐ、すごい! っていってるです」
ひいおばあちゃんは大喜びで、完成品のひざ掛けを掲げていた。あれくらいの物を作るにしても、普通にやったらもっと時間かかってるよな。良く出来たおもちゃだこれ。
「タイシさん、これほんとうにおもちゃなのですか?」
ヤナさんが、キャッキャする二人とその完成品を見て、驚いた様子で聞いてきた。まあ、こっちからすると幼児向けのおもちゃだ。仕組みの完成度が異様に高いにせよ。
「ええ、子供向けのおもちゃですよ。子供でも使えるように、考え抜かれた物ですが」
「これが、こどもむけ……」
「かんたんにできたです」
「ふが」
愕然とした表情で、織機のおもちゃを見るヤナさん。他の皆も、大人の皆さまは同じような表情だ。
「ええ……こどもむけなのこれ……」
「これがこどもむけとか、ふるえる」
「うそだろ……ふつう、ぬのをつくるって、めっちゃたいへんなんだぜ……」
あれ? なんかまずったかな?
布作りが大変とかおっちゃんエルフが言っているけど、どうやってるんだろう?
「皆さんの布作りって、どうやってます?」
「きのあいだにぼうをわたして、そこからいとをたくさんたらします。あとはてさぎょうでよこのいとをとおしていきますね」
「なるほど、それは大変ですね」
「ええ、とってもたいへんなのですよ」
織機の歴史を詳しくは知らないけど、あのおもちゃ織機の仕組みよりは昔のやり方だな。
織りかたが彼らにとっては先進だったうえ、それが子供向けのおもちゃだと聞いたから驚いたのか。
「……こういうの、ほかにもあります?」
ヤナさんがおもちゃ箱を見ながら聞いてきた。生産系とは違うけど、創作系の奴があるな。お絵かき系のおもちゃがいくつか。
「絵が書けるおもちゃとかありますよ。これとか」
「はわ!」
気軽に絵が書けるおもちゃを一つ取り出すと、カナさんがしゅたっと飛び出してきた。……たしか、木彫りの絵が趣味だったっけ?
木彫りとは違うけど、見てもらおうかな。
「このおもちゃ、前に置いてある物とかを簡単に書き写せるみたいですね」
「はわ! はわ!」
箱から取り出して組み立てながら説明書を見ると、そう書いてある。どれどれ……。なるほど、レンズを覗き込むと、手元の紙の上に被写体が重なって見える。これをなぞるだけでいいんだ。
試しにさっき作った折り紙をスケッチしてみよう。
「この折り紙を書き写してみます」
「は、はわ」
おお! すごい簡単にスケッチできる。これほんとにおもちゃなの? 俺も驚きだよ。
……と、出来たな。時間かけてもしょうがないからこれ位でいいや。
「出来ました。どうです?」
「タイシ、うまくかけてるです~!」
「これはすごいですね」
「は……はわ……わ」
適当にスケッチした程度だけど、それでもトレースに近いやりかたなので結構うまく出来た。
その絵を見て、ヤナさんとハナちゃんは普通に喜んでいる。カナさんは唖然としているけど……。
しかしカナさん、さっきからはわはわしか言わなくなってるけど、大丈夫かな?
「おかあさん、だいじょうぶです?」
ハナちゃんも心配して、服のすそをちょいちょいと引っ張ってカナさんに話しかけている。
「はわわわ」
「だいじょぶみたいです」
え? 大丈夫なの? それ、会話成立してない気がするよ?
……まあいいか。
「はわ……わ」
そしてカナさんが、ふらふらとお絵かきおもちゃのところに向かった。俺がさっきやった手順と同じようにぴらりと紙を置いて、すちゃっと筆記用具を手に取る。
……一発で俺のやった手順覚えてるよこの人。はわわ言ってただけじゃなくて、しっかり見てたんだな。
――そしてレンズを覗き込むカナさん。
「はわー! はわわわわ!」
耳をピンと立てて叫んだ。うん、紙に被写体が重なるとか、俺もびっくりしたからな。知らなければ、こっちの大人だって「おおっ!」とか言うと思う。
そしてカナさんは、はわわわ叫びながらスラスラと折鶴をスケッチし始めた。……すげえ上手い。さすが絵心がある人は違うなあ。
でもほんとに大丈夫かな? 憑りつかれたようにスケッチしてるけど……。
「ヤナさん……大丈夫なんですか? あれ」
「……えのことになるとああなるんです。まあだいじょうぶだとおもいますよ」
絵のことになるとこうなっちゃうんだ……じゃあ良いかな。……あれ? ヤナさん、大丈夫だと「思います」って言った? 確信が持ててない?
そうこうしているうちに、スケッチし終わったのか、カナさんが紙を持ってゆらりと立ち上がり、自分で書いた絵に目を落とす。
「は……わわ……」
「カナ、じょうずにかけてるよ」
「おかあさん、やったです~!」
「よかったじゃないか」
「あらあら」
「ふがふが」
上手く書けてうれしいのか、ぷるぷるするカナさん。そんなカナさんをハナちゃん一家が囲んでいる。家族って良いなあ。
「タイシさん、これ……すごいです……。わたしのりそうに、ちかづきました」
「あ、もとにもどったです」
お、カナさんがようやくはわわ以外の言葉を発した。理想に近づいた? もしかして写実的な絵が書きたいのかな。
それならこのおもちゃ、すごい役立つだろうな。
「あと、このせんがかけるぼうですか、べんりですね。このかいたものをけせるしろいのも」
「ああ、鉛筆と消しゴムですね。使い方はもうお分かりですよね?」
「タイシさんのつかいかた、みてましたので。もんだいないとおもいます」
まあ、鉛筆も消しゴムも消耗品なんだよな。一杯練習すればするほど、どんどん減っていく。
いちおうそういう事も考慮して、お絵かきボードも買ってきてある。下のつまみをスライドさせると、書いたものが消せるあれだ。俺も子供のころお世話になった。
なんか昔と違って赤と黒の二色が出せる奴があったので、買ってきてみた。
これを使えば、お気軽にメモやスケッチができる。
「カナさん、これとか、書いても直ぐ消せたりするお絵かき道具ですけど、どうです? ほらこんな風に」
「はわー!」
「おかあさーん!」
……あ、またはわわモードになっちゃった。