第六話 エルフ史上初
三日が過ぎ、田起こしは無事終了した。作業の方は順調に進んだので、特に問題は出なかった。
田起こしが終了した田んぼは十日ほど寝かせて土を乾かせば、代掻きに移れる。
俺が田起こしをしている最中は、エルフ達が手作業でざっくざくと田んぼを作っていたけど、これも順調だった。皆頑張ったみたいで、六反の面積を耕作出来ていた。上出来だ。
お互い代掻きまでの準備が出来たので、田んぼ作りはまた十日後になる。この期間を利用して、小麦畑を作ってしまおう。
もう手作業で土を耕すのは皆慣れたもので、ざくざくと耕せるようになっている。
そろそろ手作業だけでは無く、機械を使って耕す経験をしてもらうのも良いかもしれない。
家庭用で使う三馬力程度の小型耕耘機を運んであるから、それを使ってもらおうかな。
あれなら操作は簡単だ。エルフ達でも扱えるだろう。
◇
「皆さん、今日からは小麦畑を作りましょう。いつも食べているあれですね」
「「「はーい!」」」
皆から元気の良い返事をもらったところで、作業の説明に移ろう。
「今日は土作りを行います。この苦土石灰と堆肥を蒔いて、これくらいの深さまで土を耕します」
「これくらいですね」
「ええ、それくらいの深さです」
「けっこうふかいです~」
親指と人差し指で、十センチくらいの長さを示すと、ヤナさんも同じように手で長さを示した。問題ないな。ハナちゃん的には、結構な深さのようだけど。子供と大人だと、物の大きさを感じる感覚も違うし、そう感じるのかも。まあ、とりあえず深さは伝わったので、次は耕耘機の説明をしよう。
「そして今回は、手作業の他に、交代でこの機械も使ってもらおうと思っています」
「また、みたこともないやつきた」
「わたしたちも、そのきかいっていうもの、つかっていいの?」
「かっこいい」
耕耘機の使用を提案したところ、不安がる人や物珍しそうに見る人、目をキラキラさせて耕耘機に見入る人など様々な反応が返ってきた。
「おもしろいかたちをしてますね。これはなにをするためのものですか?」
「ふしぎなかたちです~」
そしてヤナさんが耕耘機を前から見たり横から見たりしながら、耕耘機の使い道を聞いてきた。ハナちゃんもかぶりつきで見ている。
「これはトラクターと同じで土を耕すための機械でして、あれの小型版です。これは操作は簡単、かつとても効率よく畑を耕すことができます」
「あの、トラクターってやつとおなじなのか」
「たしかに、にたようなぶぶんがある。こことか」
「ちいさいやつも、あるんだ~」
トラクターはここのところ毎日見ているので、用途はすんなり理解してもらえた。相変わらず耕耘機を上から下からのぞき込んでいるヤナさんが、期待と不安の入り交じった顔で聞いてくる。
「わたしたちにも、つかえるものなんでしょうか?」
「ええ、簡単ですので問題なく使えると思います」
「かんたんなのですか……」
耕耘機に目が釘付けのヤナさんだけど、かなり興味を持ったみたいだな。
「タイシタイシ、これ、ハナにもつかえるです?」
あ~。そうだな、子供は使っちゃいけないな。大人限定だ。
「ごめんねハナちゃん、これを使えるのは大人だけなんだ」
「ざんねんです~」
「そうなんだ~」
「ハナちゃん、そもそも、ぼくたちじゃてがとどかないよ~」
残念そうなハナちゃんとその他の子供達。まあ、珍しい物を動かせるとなったら興味を持つのも仕方ない。ただ、子供はそもそも小麦畑作りには参加させず、のんびり遊んでもらう方針だから耕耘機を必要とする機会がないんだよね。
「まあ、君たちには別にやってもらいたい事があるけど、どうかな?」
「タイシほんとです? ハナたちはなにするですか?」
「なんだろ~」
「わくわくする~」
今思いついたけど、明日辺りおもちゃを沢山もってきて、子供たちにのんびり遊んでもらおう。それがいい。
「明日くらいにお願いするから、楽しみにしててね」
「「「はーい!」」」
元気よく返事する子供たち。楽しみに待っててね。
さて、子供たちも納得したところで、話を戻して耕耘機の実演に入りますかね。
「それでは実演して見せます。その後皆さんに使い方の講習をします」
「わかりました」
ヤナさんが気合いの入った顔で頷く。他の大人たちも、自分たちで使うことになるものだから、真剣な眼差しだ。教えるこっちも気合いが入るな。
さて、じゃあ実演しますか。まずはエンジン始動からかな。
「ここにある紐を勢いよく引くと、機械が動きます。これからエンジンをかけますので、皆さん離れて下さい」
リコイルスターターの紐を指さして皆に見てもらったあと、距離をとってもらう。
「これくらいでいいですか?」
二メートルくらい離れたところで、ヤナさんが声をかけてきた。問題ないな。じゃあエンジンを始動しようか。
「ええ、大丈夫です。それじゃエンジンをかけます」
勢いよく紐を引くと、エンジンがうなりを上げて始動した。といっても三馬力程度なので、それほど迫力は無い。アイドリング音なんて「トトトト」だもんな。
「エンジンってやつ、だいたいこのおとするんだな」
「トラクターよりは、しずかだな」
「かっこいい」
皆トラクターのエンジン音に慣れていたから、そういうものとして受け入れ始めたようだ。まあさんざんトラクターやら自動車やら刈り払い機やら見たしな。いいかげん慣れるだろう。
トラクターの耕作風景も見ているから、実際に耕して見せても同じだろうな。さっそく実演しよう。
「じゃ、実際に耕して見せます」
アクセルレバーをHに入れ、主クラッチを握ると耕耘が始まる。家庭用の小型のものだから、ちまちまと、それでも手でやるよりはずっと早く土が耕されていく。
「おおおお! どんどんたがやされてる」
「こんなにちいさいのに、このこうりつとか、すてき」
「かっこいい」
手作業での苦労を知っているだけに、家庭用耕耘機のちまちました耕作でも感動もののようだ。エルフ達は目をキラキラさせている。これがあれば、畑仕事はずっと楽になるんだから気持ちはよくわかる。
よし、実演はこれくらいでいいかな。あとは実際に使ってもらおう。エンジンを切って……と。
「こんな感じです。では、手順を説明するので、ヤナさんやってみてください」
「ええっ! いきなりですか!」
いきなり指名されてびっくりのヤナさんだけど、まあ族長だし先陣を切ってもらいましょう。
◇
ヤナさんに操作方法を説明して、いざ実践。緊張してぷるぷるしているヤナさんと、固唾を飲んで見守る皆さん。いよいよエルフ史上初の耕耘機運用だ。
「それでは、まずエンジンをかけましょうか」
「はい! クラッチよし、チョークよし、ねんりょうコックよし、エンジンスイッチよし」
指さし確認して、始動前準備をするヤナさん。うん、問題ないな。
「問題ありません。エンジン始動して下さい」
「はい! エンジンしどうします!」
勢いよくリコイルスターターの紐を引くヤナさん、一発でエンジンが始動した。良い感じだ。
「かかりました!」
「おとうさん、やったです~!」
「ヤナさんすげえ~」
「かっこいい」
ヤナさんがエンジン始動に成功したので、それを見ていた皆もキャッキャしている。初めて自分たちの仲間が機械を動かしたのだから、喜びもひとしおなのかもしれない。
よし、ヤナさんにはこの調子で、土を耕してもらおう。
「ではヤナさん、耕して見てください」
「わかりました! アクセルレバーよし、いきます!」
主クラッチを握ってトトトトと畑を耕し始めるヤナさん。スムーズに出来てるな。これも問題は無い。
「やった! タイシさんできました!」
「ちゃんとできてるです~!」
「いいな! いいな! おれもやりたい!」
「わたしも!」
「かっこいい!」
上手く機械を操作できて嬉しそうなヤナさん、調子よく耕し続けている。それを見た他の皆も大はしゃぎだ。自分たちも耕耘機を使いたくて、うずうずしている。
お、ヤナさんが達成感のある顔をしながら戻ってきた。初めて機械を動かして上手くいったのだから、達成感はかなりのものだろうな。
「タイシさん、どうでしたか?」
最初に緊張してぷるぷるしていたのはどこへやら、嬉しそうな顔で感想を求めてくるヤナさん。問題無かったことを伝えよう。
「良い感じでしたよ。これならお任せ出来そうです」
「ほんとうですか! ありがとうございます」
「おとうさん、がんばったです~!」
「ハナもありがとう!」
俺のお墨付きと、ハナちゃんに褒めてもらえたのが嬉しかったのか、ヤナさんの顔はもうえびす顔だ。
仕事が認められるのは、やっぱり嬉しいだろうな。
よし、ヤナさんは問題なかったから、この調子で他の皆さんにも操作方法を教えよう。
「では皆さん、順番にやっていきましょう!」
「「「わーい!」」」
ヤナさんの成功と、自分も機械を動かせるという期待感もあってか、皆もわくわくを抑えきれないみたいだ。
では、皆さんにもやってもらいましょうかね!
◇
「きかいってすごいな~」
「わたしにもうごかせるとか、すてき」
「あれはいいものだ」
対象者全員の講習を終えた後、そのままお昼まで小麦畑を作り続けた。耕耘機運用を体験したエルフ達は、皆「ぽわわ」とした顔をしている。
耕耘機を操作して畑を耕すのに、すっかりハマってしまった感があるな。
まあ問題もなかったし、作業も順調だった。明日もこれで行くことを伝えよう。
「皆さん問題ありませんでしたので、明日もこの調子で畑を作っていきましょう」
「「「はーい!」」」
元気よく返事をする皆さん、やる気がみなぎっている。これなら小麦畑も割合早く作れそうだな。
それとどんどん畑が出来ていくのを見ると、俺としても嬉しい。この畑が、彼らの自立の基礎となるんだから。
この努力、きっと将来報われるはずだ。これからも頑張っていこう。
それはそれとして、午後は何をしようかな。お昼を食べたら、またハナちゃんとのんびり遊ぼうかな。
「タイシ、どうしたです?」
ちょうど良いところに、ハナちゃんがぽてぽてとやってきて話しかけてきた。午後の予定を相談しようか。
「いやね、お昼を食べたらハナちゃんと遊ぼうかと考えてたんだ」
「ほんとです! じゃあじゃあ、ひおこしのれんしゅうするです~!」
火起こしか。あの謎の技術、未だに全然再現できないんだよな……。いいかもしれない。
……習ったところで、俺に出来るかはわからないんだけど……まあいいか。
重要なのは技術を習得することじゃなくて、ハナちゃんと遊ぶことだしな。
「じゃあ火起こしの練習しようか!」
「あい~!」
――三時間練習したけど、火は着きませんでした。