第五話 じっくり作ろう
俺はふと思いついた。ハナちゃんに、普通に野菜を育ててもらうこともしたいなと。
「そうだハナちゃん、スイカもイチゴも、一部は普通に育てたらどうかな?」
「ふつうにです?」
「そう。普通に育てて、手間暇かけて食べ物を作る経験をするのは、大事かなって思ったんだ」
ハナちゃんはじっとイチゴのパッケージを見つめながら、何やら考え始めたようだ。
「だいじなことです?」
「自分はそう思うかな」
「そうですか……」
ぽつりと聞いてきたハナちゃんに、俺の考えを伝える。
食べ物を作るのは、本来はとっても大変なんだってことを知るのは、大事なことなんじゃないかな。
「うまくできたら……ぐふふです~。……でも、しっぱいしちゃったら……あや~……」
ハナちゃんはそれを聞いて、さらに考え込んでしまったようだ。色々想像しているのか、にこにこしたり、耳をペタンとさせて落ち込んでしまったり、百面相状態だ。
表情がころころ変わるので、見ててかわいらしい。
「タイシさん、ハナはどうしたのですか?」
ヤナさんが、一人で百面相をしだしたハナちゃんを見て、様子を聞いてきた。
こうなった理由は説明しておこう。
「ハナちゃんに、一部は普通に育てようって言ってみたんですよ。そういう経験も大事かなって思いまして」
「なるほど。それでハナはいろいろかんがえこんでいるわけですか」
「多分そうです。上手くいったときや失敗した時の事を、色々想像しているみたいですね」
作る前から色々想定している時点で、もう俺がハナちゃんに経験してほしい事の一つは達成されたように思う。
結果がどうなるかを、良い方悪い方どちらも想像できているのは、この位の子供では凄いんじゃないかな。
ヤナさんにも、俺の考えを伝えておこう。
「食べ物を作るのは大変だって、経験したほうがいいと思ったんですね」
「たしかに、それはひつようですね。ちからにばかりたよると、もしちからがつかえなくなったときこまります」
お、そういう考え方もあるな。謎の能力だけに、もし使えなくなったり、何らかの事情で使えない状況になったとき困る。
俺は主に「心の成長」を考えていたけど、ヤナさんは「将来困らないように」という側面で考えているな。
まあ結局のところ、どちらも結果的には同じかもしれないけど。
「さらには、それが経験できれば、次は先々の計画を立てたり、備えたりする心が自然と出来ると思うんです」
「しょうらいにそなえるこころ、ですか?」
「そうです。予定を立てないと、必要なときに間に合うよう、食べ物を作ることはできませんので」
「なるほど。わたしは、よいことだとおもます。カナはどうかな?」
ヤナさんがふむふむと頷いた。ハナちゃんの成長にもかかわってくる話なので、カナさんにも同意を求めるんだな。こういう時のヤナさんは、一家の長って貫禄があるな。
「わたしも、よいとおもいます。ハナのためになるのでは」
「あえ?」
カナさんが、百面相をしているハナちゃんの頭を撫でながら言った。これで二人の同意は取れたな。
あとはハナちゃんだけだ。
「ハナちゃん、どうかな? 普通に育ててみる?」
「しっぱいしちゃったらごめんなさいです……でも、やってみるです」
お! 普通に育てることに決めたんだ。じゃあ応援してあげないとな。
「大丈夫だよ。自分も手伝うから、出来る限りやってごらん」
「あい!」
「ぼくたちもてをかすから、がんばりなさい」
「あい~!」
今まではハナちゃんがほとんど一人で野菜を作っちゃっていたけど、皆で協力しながら作ることも行う。
大変だし時間もかかるだろうけど、他の誰かや両親と一緒に食べ物を作るという、かけがえのない経験が出来るんじゃないかな。
これはお金では買えない物で、おまけにいつでも出来るわけじゃない。
両親と一緒に、同じ目的をもって何かをするという機会、これは人生全体でみても意外と少ないそうだ。じいちゃんが言ってた。
だから、この貴重な機会を活かそう。あと収穫時には、皆で喜びを分かち合えるようにしたいな。
「ハナちゃん、普通に育てた野菜を収穫したら、ちょっとしたお祝い事でもしようか」
「あい~!」
「それはいいですね」
「たのしみがふえました」
三人とも、種を撒いた畦を見て微笑んでいた。親子そろって、いい笑顔だ。
……あ。いつ収穫できるかは教えてなかったな。教えとこう。
「ちなみに、スイカは九十日位で収穫できます」
「けっこうかかりますね」
「イチゴは三百六十日位ですよ」
「そんなに!」
「あや~」
そう、食べ物を作るのは、大変なんです。思っていたより時間がかかると知って、三人ともびっくりしている。
でもまあ、エルフの不思議パワーで、普通にやっても収穫は早まる。実際はもうちょっと早く育つだろう。
「まあ、皆さんならもうちょっと早く収穫できるとは思いますよ。ぼちぼちやって行きましょう。自分もお手伝いしますから」
「あい~」
それに、今日直ぐに作る分もあるから、どんな野菜でどんな味かは、今日わかることだ。もう準備もできているから、早速作ってしまおう。
「こっちの畦に植えたものは、今日作っちゃおうね。そうすれば、実際どんなものかはすぐにわかるから」
「がんばるです~」
ハナちゃんがじょうろを構えて、やる気を見せてくれた。後はもう、お任せしよう。
「それじゃハナちゃん、お願いね」
「あい~! あ~まいやさい~、そ~だつ~のです~」
ぽわぽわとほのかに光りながら、ハナちゃんがいつもの儀式を行う。そしてもちろん、スイカもイチゴも、にょきにょきと育った。
このスイカとイチゴ、おやつとして村の皆で食べよう。きっとみんな、喜ぶはずだ。
◇
ハナちゃんが育ててくれた甘い野菜は、スイカは十二個、イチゴは二百粒ほどとれた。これだけあれば、十分足りる。
収穫物のいくつかを神様にお供えした後、これらを炊事場に運び、村の皆を呼び集めた。
「あまいおやつがたべられるってきいて、とんできたわ!」
「あまいもの、ひさびさなの」
「ここのところあまいものたべてなかったから、たのしみだわ~」
集まった皆は嬉しそうな様子だけど、女性陣が特にウキウキしている。やっぱり甘い物が食べたかったんだな。
ここの所ずっと甘いものなしだったから、期待もひとしおだろう。
「ハナちゃんに育ててもらった甘い野菜です。これがイチゴでこれがスイカと言います」
「おいしそう」
「イチゴ、あかくてきれい」
「このスイカってやつ、ざんしんなもようをしてる」
イチゴは似たようなものがあるから、皆にとってもわかりやすいみたいだけど、スイカは模様が斬新らしい。
その「斬新な模様」っていう発想が俺にとっては斬新だよ。
とりあえず、味の説明をしておこう。
「このイチゴは甘酸っぱいですね。スイカは瑞々(みずみず)しくて甘いです」
「おいしそう」
「イチゴは、おもってるのとおなじかんじ」
「スイカは、しましまのあじがするかとおもった」
縞々の味? どんな味なのそれ!
……想像しても俺には分からない。そんな味があるのだろうか。旨味に続く第六の味覚だったら面白いような、やっぱり意味不明なような……。
うん、気にするのは止めよう。とりあえず配っちゃおうか。
「では皆さん、配りますので並んでください」
「「「はーい!」」」
皆に並んでもらって、イチゴとスイカを配ろう。さて、スイカを切るとするか。八等分で良いよね。
まず真っ二つにして……と。
「おいしそう」
「なかみもしましまかとおもってたら、まさかのまっかっか」
「しましまは、ただのめくらましだったのだ……」
スイカを切ったら、中身の色が意外だったようで、その赤さに興味津々のようだ。あと目くらましで縞々になっているのではなく、鳥に発見してもらえるよう目立つためだと聞いたことがあるけど。
あとそうだ、外側は食べないでねって伝えないと。
「あ、スイカはこの赤い部分の身を食べてください。外側はただの皮ですので、おいしくないです」
「あやうくたべるところだった」
「いや、いがいといけるかもしれない」
「しましまのあじしそう」
縞々の味は良くわからないけど、食べても青臭いだけだよ。食べられなくもないけど。
まあいいか、とりあえず配ろう。
そうしてスイカを切り分けイチゴを配り、全員にいきわたった。皆おやつを目の前にして、うきうきしている。
さて、食べてもらいましょう。
「では皆さん、食べましょうか」
「「「いただきまーす!」」
待ってましたとばかりに、スイカをかじる人、イチゴをかじる人、それぞれだ。女性陣はイチゴからが多いかな。
「イチゴ、おもってたよりぜんぜんあまいわ!」
「おいし~!」
「ゆめにまでみた、あまいおやつだわ~」
もっと酸っぱい物を想像していたようで、思っていたより甘いと大喜びしている。
さて、スイカの方はどうだろうか。主に男性陣がシャクシャクと食べている。
「さわやかな、あまさ」
「すっぱさがまったくなくて、びっくり」
「しましまのあじとはちがうけど、これはこれでおいしいな~」
甘さがくどくないので、こっちも好評のようだ。良かった。
「このかわのぶぶん、いがいとくえるぞ」
そしてマイスターは皮まで食べていた。うん。やると思ってたよ。期待を裏切らない人だ。
さて、俺も食べてみよう。まずはイチゴかな。
……問題ないな。普通のイチゴの味だ。スイカも……うん、大丈夫だ。ちゃんと甘い。
親父にも意見を聞いてみるか。
「親父、俺としては問題なく美味しいと思うけどどうかな」
「ああ、問題ないな。糖度が高い物は甘みが薄まるかと思ったけど、そんなことはないようだ」
ほんと謎だ。スイカも、じょうろでちょろちょろと水をあげただけなのに、中身は瑞々しい。この水どっからきたんだろう?
……美味しいからいいか。細かい事は考えなくても。
「タイシタイシ、どっちもあまくておいしいです~!」
「このスイカというもの、あまくてさっぱりとしているのが、いいですね」
「わたしはイチゴがきにいりました」
ハナちゃんが満面の笑みで、イチゴをかじりながらぽてぽてとやって来た。ハナちゃんの好みにも合っていたようだ。
ヤナさんとカナさんも一緒にやってきて、それぞれ好みの野菜を食べている。ヤナさんはスイカが気に入ったみたいだ。
そしてカナさんは、女性陣に人気のイチゴが気に入ったみたいだ。
「タイシ、ちゃんとできたです?」
ハナちゃんが出来栄えを聞いてきたので、太鼓判を押してあげよう。
「どっちも美味しく出来てるよ。やっぱりハナちゃんは凄いね」
「えへへ」
「ふつうにそだてているぶんも、これならたのしみですね」
じっくり時間をかけて育てた場合どうなるか、どんな味がするか。これも楽しみだな。ある意味実験でもある。
スイカは夏ごろには結果がでるから、夏が楽しみだ。
「これ、おれたちもつくれるの?」
「おれもつくりたい」
「イチゴ、たくさんつくるわ~」
他の皆もスイカとイチゴを作りたいようで、もぐもぐとスイカやイチゴを食べながら聞いてきた。
今は手持ちの種が足りないから、今度持って来よう。
「もちろん、皆さんでも作れますよ。今度種を配りましょう」
「「「わーい!」」」
まあ、イチゴは一年かかるけどね。
◇
夜になり、辺りは真っ暗になった。
もう夕食も食べたし、温泉にも入った。いつもなら後は寝るだけなんだけど、しばらくは確認しなきゃいけないことがある。
ソーラーパネルでちゃんと充電できているかと、その電気を使えるか、という確認だ。
エルフ達は今のところ、暗くなる前に仕事を終わらせて、暗くなったら寝るという生活をしている。
ただ、今は良いけど冬に近づくにつれ日の出が遅くなり日の入りが早くなる。午後四時を過ぎればもう暗くなったりするので、明かりが無いといずれ困ると思う。
しかし光る枝を使う方法は、おいそれとは出来なくなった。そのため、別の光源が要る。
今回は明かりを採る程度の目的なので、インドの無電化農村向けに開発された、太陽光充電式のLEDライトを調達してきた。
外にソーラーパネルを設置し、室内のバッテリーに充電。その電気を使ってLEDライトを長時間灯したり、携帯機器の充電ができる機能を持っている。
これが上手くいけば、各家庭に設置して夜間の照明とすることができる。温泉と炊事場には街灯用ソーラーライトをつける予定だけど、まだ納品されていないので、納品されてから検証になる。
さて、早速確認してみるかな……うん、問題なくライトは点灯し、バッテリーも満タンに充電されている。
「大志、充電出来てるか?」
「充電できてるね。あとは曇りの日でも問題ないかかな」
いまのところバッテリーは問題なく充電され、ライトも点いた。最長で二十四時間程使えると説明書には書いてあったので、とりあえずつけっぱなしにしとこう。
朝まで持てば上出来だ。
「試験で問題ないのが分かったら発注するとして、どれくらい予定してる?」
「十組程度を考えてる。予備と集会場に設置する分」
「わかった。それで問題ないと思う」
そうして、しばらく親父とライトの運用やらを確認したり相談していると、ふとドアをコンコンと叩く音が聞こえた。
誰か来たのかな?
ドアを開けると、エルフ達が居た。大人ばかりだけど、皆どうしたんだろうか。
「あれ? 皆さんどうされました?」
「タイシさんのおうち、ひかってるってきいて」
「なにかおきたのかなと」
「というか、すごくあかるい」
ああ、心配して様子を見に来てくれたのか。問題は起きてないから、安心してもらおう。
「大丈夫ですよ。これは明かりが使えるか、試験しているんです」
「あかりというと、まえにいっていたものですか?」
「そうです。皆さんが明かりを使えるようにしようかと」
ヤナさんが、LEDライトを指さして言った。ちょっとまぶしそうだけど、好奇心でいっぱいの目だ。
「ひるまみたい」
「こんなにあかるいとか、すてき」
「ふしぎなひかりだな~」
LEDライトを見た他のエルフ達も、不思議そうに見ていた。まあLEDライトは近年出てきたものだから、こっちでも新しい物の部類に入るな。
「この明かりは、昼間のお天気が良ければ、夕方から翌朝まで光り続けますよ」
「それはすごいですね。よふかししちゃいそうです」
ヤナさんが色々な角度からライトを見ながら、感心していた。しかし、昼間のお天気、という部分が気になった方々が、首を傾げていた。
「ひるまのおてんき、かんけいあるの?」
「もしかして、ひるまのひかり、たくわえてる?」
「そんなんできるのかな」
光を蓄える、というのは割と近いかな。ソーラーパネルの説明もしておくか。
「あの屋根に付けた板、あれに光を当てると、光を別の力に変えて蓄えるんです」
「べつのちからですか」
別の力、と聞いてヤナさんが首をかしげる。まあ電気に変換してるだけなんだけどね。
「そうです。電気といいますが、光を電気に変えて貯めるんです」
「ほほう。なにやらすごそうですね」
まあ、実際には電気は貯蔵できないので、電気をさらに化学反応に変えているけど……そこは割愛しとこう。
「そしてこの蓄えた電気を取り出して、光に変えているんですね」
「てまかけてるな~」
「なるほど! わからない」
「でんきってなんだろ」
ある程度の理屈がわかったところで、エルフ達の興味は電気に移ったようだ。
そしてマイスターがライトを興味深そうに見ながらなにやら思いついたのか、手を「ぽむ」と叩いて言った。
「でんきとかいうやつ、おてんとうさまからできてるなら、くえるんじゃね?」
「そういわれると、たべられそうなきがしてくる」
「うまそう」
食べられないよ……。この人何でも食べようとするな……。
ライトを見ながらじゅるりとしているエルフ達だけど、ライトを設置したら食べようとしないか心配だ……。
マイスターならとりあえずかじっちゃうかも。気をつけておこう。