第二話 田んぼ、つくります
準備は整った。いよいよ食糧問題解決の下地を整える段階だ。
そのために村に二日がかりで機材や物資を運び込んで、いよいよ今日から作業を開始出来るようになった。
エルフ達の今後にも関わってくる計画なので、なんとしても成功させたい。
そして集会場には作業着姿のエルフ達が全員集まっていて、もういつでも始められる状態だ。あまり待たせるのも悪いから、そろそろ始めようかな。
「それでは皆さん。今日から作業を始めたいと思います」
「がんばります」
「ハナもおてつだいするです~」
「すごいこと、はじまりそう」
俺と親父が色々なものを運び込んで、大がかりにやろうとしていることは皆も知っている。なので、これから何が始まるのか、不安と期待が入り混じった表情だ。
さっそく計画の説明をしよう。
「まず初めに、田んぼ作りをします」
「それでコメをつくるのでしたっけ」
「イネという植物から採れる実を、私たちはコメといってます」
「イネのみがコメ、ですね。おぼえました」
コメはイネの実ということは理解してもらえたようだ。ヤナさんがうんうんと頷く。他のエルフ達も問題なさそうなので、田んぼの説明に移ろう。
「それで田んぼというのは、人の手で作った湿地です」
「そんなもの、ひとがつくれるのですか?」
ヤナさんがびっくりした様子で聞いてきた。まあ湿地というとアレだけど、水たまりを作ればいいだけなので、実際そんなに難しくはないな。
「割と簡単に作れますよ。水たまりを作ればいいだけですので」
「みずたまりをつくればいいだけなのですか?」
「基本はそうですよ。細かく言えば、水たまりと泥が常に存在するような環境を作ります」
「うーん……」
ヤナさんはいまいち実感が持てないみたいだけど、やればわかるから今はこれでいいや。
「まあそのあたりは、うちの親父が農業指導します」
農業指導は親父が一手に引き受けてくれる。俺は頑張って耕すだけだ。というか、一人で農業指導と数町歩の畑を耕すのを同時にするのはキツい。ここは遠慮なく身内を頼った。
それに親父もこういう農業指導好きだしな。適材だと思う。
親父が農業指導すると聞いて、ヤナさんはきょろきょろと集会場を見回す。親父の姿を探しているようだ。
「シロウさんですか。いまどちらにいらっしゃるので?」
親父の姿が見当たらなかったので、所在が気になったようだ。親父は先んじて畑の準備をしてくれているので、そう伝えればいいかな。
「畑の方で準備していますよ。さっきトラクターを畑の方まで動かしていました」
「なるほど」
親父が準備してくれているおかげで、こうしてのんびり説明会をやれているわけだ。人手があるのは分業できていいな。
「はなしをもどしますが、コメというのは、そういうばしょにはえるものなのですか?」
ヤナさんが話を戻して、コメの栽培条件に触れてきた。
田んぼは湿地。つまり湿地でコメを作るのだから、コメとはそういう植物なのだという点にも当然気づくよね。
陸稲もあるけど、元来のイネはそういう植物だから、やっぱり湿地の方がうまく栽培出来る。
「ええ、大体そうです。コメというのは湿地に生える植物でして。その植物に合わせた環境を作っちゃうわけです。そしたらあら不思議、にょきにょき育ちます」
「にょきにょきです~」
にょきにょきに反応したハナちゃん、両手をばんざいしてにょきにょきしている。もうすっかり植物を育てるのが大好きになったみたいだ。
「まあ、その人工湿地、いわゆる田んぼを作るためには十四日から二十日くらいかかります」
「やっぱたいへんじゃね?」
「けっこうかかるのな」
「でも、それができればあのしろいやつがたべられるわけか」
いや、そっから数か月かかるから。田んぼが出来たらすぐじゃないから。
ハナちゃんが本気を出してもたぶん無理だ。数町歩あるから、子供一人ではどうにもならない。
それにハナちゃんには、ちょっと野菜を作ってもらう程度、つまり今まで通りやってもらいたい。
あんまり負担にならない程度、軽いお手伝いくらいに留めておかないと、ハナちゃんがかわいそうだ。
子供は遊ぶのがお仕事なんだから、のんびり遊んでいてもらいたいと思う。これは大人がやる仕事だものね。
そして、大人の方々には沢山畑を耕してもらうのだ。
「田んぼを寝かす必要があるので、十日位は何もできなくなります。その間、小麦畑を作ろうかなと」
田起こししたら、土を乾かさなきゃならない。その間は時間が空くので、小麦畑を作っちゃおうというもくろみだ。大人の方々には頑張ってもらいたい。
「ひとまずは、そのにしゅるいをつくるということですか?」
「そうです。一応コメと小麦を沢山作って、余裕があったら他のも作ります」
「わかりました」
春蒔き小麦は時期的にギリギリだけど、まあ何とかなるだろう。九月には収穫できるかな。
まあ、春蒔きは収量が不安定になりがちなので、そこそこ出来ればいいかなと思う。
「タイシタイシ、なにもできないあいだは、いっしょにあそぶです~」
ハナちゃんが期待いっぱいの表情で、遊びのお誘いをしてくれた。
……何もできなくなる期間は確かにあるけど、そこでヒマになるかと言ったらどうだろう……。
村の設備を補修と増設しようと思って、色々手配しちゃってるんだよな。
ソーラーパネルとかの試験運用もするしで、ハナちゃんと遊ぶ時間あるかな……。
まあ、午前は畑仕事をして、午後はあんまり作業をしないようにしよう。それでも十分畑は作れる。
設備はそれほど急ぐものでもないし、のんびりやって行けばいいかな。
それにハナちゃんと遊んだり、村の皆と交流を深める方が大事だと思うし。
物も大事だけど、人の方がもっと大事だ。今回は人を優先しよう。それが良い。
「よーし! 時間が出来たら、ハナちゃんや皆とも遊んじゃうよ~! 何か遊び道具とかもってきちゃうからね!」
「わーい! タイシやくそくですよ~!」
「うん、約束だよ!」
遊ぶ約束をしたので、ハナちゃんは大喜びでぴょんぴょんしている。この期待を裏切らないよう頑張りたい。
さて、多少話はそれたけど、大まかな流れは説明できたかな。それではいよいよ実際の作業に入ろう。
と言っても、手作業での稲作指導は親父がやってくれるので、俺はガンガン田起こしするだけなんだけど。
まあ、とりあえず畑に移動しますかね。
「では皆さん、細かい事は畑で説明します。案内しますので、ついてきてください
「「「はーい!」」
◇
皆をぞろぞろと引き連れて畑まで徒歩で移動しているけど、温泉より下にあるので地味に遠い。
大きな畑を作れる平地で、隠し畑としてちょうどいい位置がそこだから仕方ないんだけど……。
この移動、なんかもっと楽にならないかな。自転車でもあればいいかも。そうすればエルフ達だって楽ができる。
問題は、エルフ達が自転車に乗れるようになるまで、どれくらいかかるかだなあ……。
「タイシさん、どうされました?」
無言で考え込んでいたら、ヤナさんが心配したのか声をかけてきた。
結構長い距離を歩いているので、俺が黙り込んだら皆も不安になっちゃうかな。気を付けよう。
「いや、畑まで結構距離があるので、楽して移動できる方法を検討していたんですよ」
「そんなほうほうがあるのですか?」
「ええ、自転車という乗り物があるんですが……」
俺が言いよどんだのを見て、ヤナさんは首を傾げる。
「その、じてんしゃというのりもの? なにかもんだいがあるのですか?」
「乗れるようになるまで、結構大変なんですよ。転んだりして」
「ころぶのりものですか……」
転ぶと聞いて、ヤナさんも考え込んでしまった。自転車は転ぶと結構危ないからなぁ……。
乗れるようになると便利なんだけど、乗り物はなんでもリスクがあるわけで。
まあ、今真剣に考えてもしょうがないか。しばらくは徒歩で我慢してもらおう。
最悪は補助輪とか三輪自転車とかあるしな。今はまだいいや。
「まあそれはいずれ、という事で。しばらくは徒歩でお願いします」
「これくらいのきょりなら、だいじょうぶですよ」
と、雑談しているうちに畑が見えてきた。親父が手を振っているな。もう準備はできているみたいだ。
「畑が見えてきましたよ」
「あれがそうですか。なにやらきれいなかたちをしていますね」
トラクターでなるべく効率よく耕すために、長方形になっている。畑一枚が一町歩の大きさなので、この畑一面で十人が一年間食べて行けるだけのコメが収穫できる。
実はこの畑、隠田だったりする。その昔、年貢に苦しむ地域の人のために作った田んぼだ。うちは異世界のお客さんのみならず、こっちの人達にも手助けをしていた歴史がある。
おかげでうちがちょっと変なことをしても、地域の人は見逃してくれたりする。情けは人のためならずだな。ご先祖様ありがとうだ。
そして今回は念を入れて余剰を多くするため、六面の畑を耕して二年分食料を作ってしまう。おまけに小麦も作るから、かなりの余剰が出るはずだ。
この生産計画を、族長のヤナさんにも説明しておこう。
「あの区画一つ分で、十人が三百六十五日ほど食べていけるくらいの食糧を作れます」
「さんびゃく! そうぞうもできないですね……」
「それを六区画やりますので、この村全員の食糧を七百日ちょっと食べられる分作る予定です」
「ななひゃく……」
ヤナさんが絶句する。ヤナさんの想像以上の規模だったらしい。
「かずがでかすぎて、よくわからなくなった」
「ななひゃくにちとか、ゆびたりない」
「ぜんいんのゆびつかっても、たりなくね?」
全員の指使っても足りないとか、それがわかるまで計算できているのに、なぜに途中であきらめるのだろうか。ほぼ計算できているよそれ。あとちょっとだよ。
「ななひゃくにちというと……あかちゃんがそだって、どろんこあそびするくらいですね」
ヤナさんがしぱっと計算して、おおよその日数感覚をはじき出した。二歳児になると、泥んこ遊びするようになるんだ。子持ちならではの時間感覚だな。独身の俺には分からない。
というかエルフ達の時間単位を聞いてなかったな。ちょこっと聞いてみるか。
「こちらでは三百六十五日を一つの単位として、一年としています。皆さんは何日を一つの単位としていますか?」
「わたしたちは、おおあめがふると『いっしゅう』ってかぞえてます」
「大雨が来たから一周回った、という事ですか?」
「そうです」
エルフ達が暮らしていた地域は、気候は平坦だけど、それでも大雨が降るような気候的周期はあるみたいだな。それは何日位なんだろう。
「その一周って、何日くらいですか?」
「たしょうちがいはありますが、だいたいよんひゃくにちです」
大体四百日……まあ四百日周期として考えると、地球とは年差三十五日か。こっちで言えば大雑把に考えて、十三月があるって程度だな。
それほど差が無くて良かった。
「じゃああれです。皆さん全員が二周分食べて行けるだけの食糧を作るってことですよ」
「ぐたいてきになっただけ、よりヤバさがわかった」
「にしゅうぶんとか、ふるえる」
「それだけたべたら、ふとっちゃうわ~」
一年で全部食べる気の人がいるけど、貯蔵したり加工品にするからね。無理して食べないからね。
「しかし、そんなにつくって、あまったらもったいなくありませんか?」
ヤナさんが不思議そうに聞いてくる。確かに、大幅に余るような量を作るので、もったいないとは思うだろうな。とりあえず俺の考えを伝えておこう。
「余ったら貯蔵できる食べ物ですので、そのあたりは問題ないですね」
「ちょぞうできるのですか。どれくらいほぞんできるのですか?」
「きちんと保管すれば、二周くらいは余裕で持ちますよ」
「そんなに!」
精米する前のコメならば、二年は余裕で持つ。これをうまく使えば、たとえ不作の年でもコメが不足することは回避できる。
「それに、余ったコメはお酒にしたり、お菓子にしたりいろいろ加工ができます。無駄にはなりません」
「おさけ! おさけがつくれるのですか!?」
おおう、お酒という言葉にヤナさんがすごく反応した……。
「いま、おさけということばがきこえたんだが」
「おさけがつくれるとか、すてき」
「おさけ、つくっちゃう? おれのじまんのきのみでつくったおさけ、のんじゃう?」
ほかの成人エルフ達もお酒に反応しまくりだった。ああ……お酒、飲みたいのね。エルフ特製木の実酒とか、すごいそそられる。ただまあ、もうちょっと生活が安定してからにしよう。
「ま、まあ……お酒はそのうち作りましょう」
「「「やったー!」」」
酒税法はこの際考えないことにする。ごめんなさい。
まあ、お酒は置いておいても、一番重要なことを伝えておかなきゃな。
「あと沢山作る理由として最も重要なことがあります」
「もっともじゅうようなこと、ですか?」
「ええ。食べ物が余っても、『余ったね』で済みます」
「そういうものですか」
もったいないことはあまりしたくはないけど、それでも沢山作らなきゃいけない理由がある。
「でも、もったいないのを避けるために余裕の少ない量で作って――もし足りなくなったら?」
「「「……あっ!」」」
エルフ達も、俺の言いたいことはわかってくれたようだな。実際に森が枯れた結果さんざん体験しただろうから、理解も早い。
「そうです、余った場合は『余ったね』で終わりです。でも、食べ物が足りなくなった場合は――ただでは済まなくなります」
「アレしますね」
「ええ。食べ物が足りないと言うことは、アレするということです」
食料という一つの戦略物資において「余る」と「足りない」では、結果に天と地ほどの差が出る。であれば、多少の無駄を覚悟して安全側に振るのは当然だよね。安全マージンというやつだ。今回はもう思いっきりマージンを取っちゃう方針にした。それに穀物は保存がきくから、結局のところ保険にもなる。
こういうたぐいのものは、沢山作って悪いことはそうそう無い。出荷するわけでも無いから、市場価格の下落も気にする必要が無いし。
「そういうわけで、今後の安全を考た結果、すごく沢山作ることにしました」
「たしかに、たくさんつくらないと、なにかあったときまずいですね」
「そうです。むしろ余りが出ることこそ、何も悪いことが起きなかったと、喜ぶべきなんです。たとえ批判されても」
「わたしも、ぞくちょうとして、そのかんがえはとてもさんこうになりました」
ヤナさんがしみじみと頷いている。食べ物でとんでもなく苦労しただけあって、実感があるんだろうな。
そしてこの話をしてから、畑に向かう道すがらヤナさんはずっと考え事をしていた。
族長として、いろいろ考えることがあるんだろうな。がんばれ、ヤナさん。
俺は俺で、食べ物をいっぱい作って力になるから、頼れるところは頼ってほしいな。
でもまあ、今からあんまり深刻に考えてもしょうがない。ここは明るい話に戻そう。
「コメが沢山余ったら、沢山お酒やお菓子にしちゃいましょう」
「お! それはいいですね。みんなもよろこぶとおもいます」
「ついでにお祭りもやっちゃいましょうよ。神様にも沢山お供えして」
「いいですね~。そうなるよう、わたしたちもがんばります」
考え込んでいたヤナさんも、明るい表情になった。ほっと一安心だ。
さて、俺も頑張って農作業しましょうかね。
そして沢山食べ物を作ろう。いずれお祭りができるくらい、た~くさん。
(たのしみ~)
なんだか変な声が聞こえたが、気にしない気にしない。
pomera DM200試験運用中。本話はほぼそれで書きました。
流石テキスト入力専用マシン、とても執筆しやすいです。ただしちょっと癖がありますね。