第十二話 くすぐっちゃいますか!
――また、あの「種」がやらかしたでござる。
もにょっているエルフ達に案内された先は、ハナちゃんちの裏にできた森だった。
今更森がどうこうで何かあるのか、と思ったら……森が拡大していた。
前に見た時より、倍くらいに大きくなっている。一体何があったのやら……。
「……それで、何故森が拡大したのですか?」
「それがですね……」
ヤナさんが光る木を指さした。これがどうしたのだろうか。
「このきなんですが、あのあかりをとるためにさしたやつなんです」
「お肉を皆で食べたあの時の?」
「ええ、そうです」
……おかしいな。一ヶ月も経っていないのに、もう結構な巨木になっているんだけど。
「皆さんのいた森でも、こうでした?」
「ひかりおわったら、そだたずにつちにかえってました……」
あっちの森では、こんな風に育たずに土にかえっていたか……。ちらりとハナちゃんを見る。
「ハナはなにもしてないですよ」
前科のあるハナちゃんだけど、「むす~」と不機嫌顔で、即座に否定する。ああ、これ皆にも疑われたんだろうな……。
ごめん。俺も真っ先に、ハナちゃんが捜査線上に浮かんだよ。
ご機嫌斜めのハナちゃんをなだめる為、あたまをなでなでしながら考える。
それまで安定していたのに、どうしてこうなったんだろう? これわかんないな……。
皆で首を傾げていると、マイスターが思い出したかのように言った。
「そういやさ、おれのはたけのほうまで、もりがひろがってんのよ」
「そだな」
「きづいたら、もうこんなんだったよな」
マイスターが、森の端っこを指さしながら言った。確かにマイスターの畑の方まで、森が伸びている。だけど、それが何かあるのだろうか。
「いやさ、こないだじぶんのはたけであかりがひつようになったから、えだをつかったわけよ」
「はたけであかりがひつようになるって、おれはそこがわからない」
「おまえ、またへんなことしてんの?」
散々な言われようのマイスター、まるで気にしたような様子はない。なんという精神力。
……もしかして、ただ言われ慣れているだけ?
「ちょうど、そのえだをさしたところまで、もりがひろがってるぽい」
構わず説明を続けるマイスター。しかし、枝を挿したところまで森が広がっている? ホントなの?
「それ、本当ですか?」
「まちがいないな。ハナちゃんもしってる」
「まちがいないです~」
ということは……。
あの枝というか、あの森産の植物が根付くと、そこまで森の領域が広がってしまうのではないだろうか。
今ある森の領域から外れたところに、異世界の植物が根付く。そうすると、森が領域を広げられるようになってしまう。
そんな仮説が浮かんだ。
「ヤナさん……これもしかして、そう言うことですかね」
「ええ、タイシさんとおなじかんがえです」
「おれもそうだとおもう」
ヤナさんとマイスターも、同じことを考えたようだ。しかし実験は必要かな。
「ほぼ確定だと思うのですが、実験してみましょうか」
「だいじょうぶですか?」
「土地ならたんまり余ってますからね。ちょっと位なら」
ヘクタール単位で余っている。使い道もなかったので、多少森が広がったところで誤差ではある。
とりあえず枝を持ってきてもらって、ちょっとだけ森と離して植えた。
すると、枝が思いっきり輝き始める。
「おお~めっちゃ光ってますね」
「すごくがんばってるかんじ、しますね」
「ふつうは、こんなにしろっぽくくひからないぜ。もっとあおっぽいはずだ」
マイスターが光の色が違うと指摘する。普段より白っぽく光っている、か。
そしてじっくり観察していると、根が張り出した。前回は周りが暗かったため、光に隠されて気づかなかったな。
今は周りが明るいので光に隠されず、根が張る様子がわかる。
「これ、もう根を張ってますよね」
「あっちのもりでも、こんなことはなかったです」
「おれも、はたけでつかったときはきづかなかった」
まだ森が拡張される様子はないけど、数日ほっとけば結果はわかるだろう。今日はこれくらいにして、要経過観察だな。
「まあ、大体はわかりました。これが原因かもしれないですね。しばらく様子を見ましょう」
「わかりました」
「ふしぎだな~」
しかし、これどうしようかな。無暗に明かりを採ろうとすると、森がどんどん広がって行ってしまう。制御不能になる前に、ある程度歯止めをかけるべきか。
「森の木で明かりをとるのは、森の中だけにしましょう」
「そうするしかないですね」
「さすがにこれじゃなあ」
エルフ達も同意見のようだ。まあしょうがない。ただ、考えようによっては……。
「でも、これはこれで良いかも知れないですよ?」
「え、これがですか?」
「いいかもしれないです?」
ヤナさんとハナちゃんは、俺の発言に首を傾げる。まあ、これだけ見ると厄介な性質にしか見えないのは確かだ。
でも、この森は「資源」だと考えるならば、別の見方ができる。
「これなら、森の資源がもっと沢山必要になったとき――簡単に森を広げられるじゃないですか」
「「「――あっ!」」」
エルフ達も気づいたようだ。これだけ簡単に森が作れるなら、必要な森林資源をガンガン増やせるというわけだ。
普通に森を作った場合、半世紀以上かかる。この森は、枝を挿せば数日だ。これはとんでもない便利さだ。
エルフの森にはとても有用な植物が沢山ある。今は森の大きさから色々不足しているけど、それがある程度解消できるめどが立ったわけだ。
これは良い。とっても楽じゃないか。
……まあ、一歩間違うと、この村自体が森に飲み込まれるわけなんだけど……。
もうすでに、森は根付いてしまったのだから、今更心配しても遅い。受け入れると決めたんだから、とことん付き合おうじゃないか。この森と。
「そういうわけなので、慎重に需要を見極めながら、森を作っていきましょう」
「よいのですか?」
「タイシ、だいじょうぶです?」
ヤナさんとハナちゃんが心配そうに聞いてくるが、まあ大丈夫だろう。
そうひどい事にはならないはずだ。ならないと良いな。ならないに違いない(願望)。
「大丈夫ですよ。何とかなりますって」
「まあ……タイシさんがいうなら……」
「タイシ、なげやりになってるです?」
投げやりにはなっていない……はずだ。思考を放棄しただけだよ。
ただ、これでエルフ達は明かりを使う手段が一つ使えなくなってしまった。それではかわいそうだから、別の手段を考えなくてはいけない。
これは俺の都合で止めたのだから、補うための何かを提供しよう。
「ただまあ、明かりを採る手段はひとつ減ってしまいましたので、そこは私がなんとかします」
「あまりつかうものでもなかったので、そんなにきをつかわれなくても、だいじょうぶですよ?」
「ハナはくらいの、へっちゃらです~」
ハナちゃんが目をまんまるにして、エルフのスーパーおめめをアピールして来る。目がくりくりしていて可愛いな。
確かにエルフ達は暗い所でも良く見えているような感じはする。もしかしてネコの目みたいに、反射するやつがあるかも。
「ハナちゃん、ちょっと良いかな?」
「あえ?」
俺はハナちゃんの目を覗き込んでみた。緑色、というかエメラルドグリーンの瞳を良く見てみるが、光を反射するアレがあるかはよくわからない。
そもそもあれって、外から見ただけでわかるんだっけ?
……まあいいか。
「多分今後必要になってきますので、ちょうど良いのですよ」
「そういうものですか」
「それはそれで、たのしみです~」
これでとりあえずは、今ある問題は何とかなったかな。
しかし、今回はいろいろあったな。動物が増えて、森が広がった。
言ってみればこれだけだけど、それが短期間に、しかも全部異世界産とくれば異常事態だともいえる。
……一応これで全部だよね? まだ何か残されてないよね?
◇
色々な出来事のめどがひとまずついたので、ちょっと休憩することにした。
新たなお客さんになった動物たちがじゃれついてくるので、休憩になっているかは怪しいけど……。
まあ癒されてはいるな。大半がちいさな動物達なので、ぴょこぴょこしていて可愛らしい。
しかし、この動物たちはフクロイヌの袋にはいっていたそうだ。あのゆかいな有袋類は、他の動物をこっちに運ぶ役割を担っていたように思える。
この小さな動物達では、森が枯れたときに長距離移動に耐えられないんじゃないかな。そんな動物達を、フクロイヌが保護したのかもしれない。
もしそうだったら、すごいな。
離れたところで日向ぼっこをしている三匹のフクロイヌに目をやると、こちらの視線に気づいたのか、嬉しそうにしっぽを振りながらこっちにやってきた。
「ギニャ」
「ニャ~」
「ムギャ~」
このフクロイヌ達は、相当賢い動物だと思う。こっちの言っていることを、ある程度理解している風な行動をとる。
これ位のほほんとしていて、それでいて賢い動物なら……困っているちいさな動物達も、助けようと考えられるのかもしれない。
「皆、良く頑張ったな。えらいぞ」
「ギニャ」
「ニャ~」
「ムギャ~」
俺は三匹をねぎらいながら、なでくりしてあげた。そうしてフクロイヌや動物達と遊んでいると、ハナちゃんがぽてぽてとやってきた。
「タイシも、おとうさんみたいに、どうぶつにすかれてるです~」
そういうハナちゃんも、動物まみれで全然負けていない。沢山の小動物が、ハナちゃんにひっついていた。
「賑やかで、楽しいね」
「あい~」
どんどん村に仲間が増えて、賑やかになっていく。そしてエルフ達も、かつての生活を取り戻していく。良い事だと思う。
「ギヌ~」
少し遅れて、ハナちゃんの後を追ってきたフクロイヌが追いつく。遊んでもらいたくてしょうがないみたいだな。
……ん?
あれ? 今俺の目の前には、さっきから遊んでいた三匹のフクロイヌがひっくり返っているけど……。
「あえ?」
「ムギャ?」
ハナちゃんも気づいたようだ。今、フクロイヌは――四匹いる。
「タイシ、タイシ。ハナには、フクロイヌがよんひきにみえるです」
「奇遇だねハナちゃん。俺にも四匹に見えるよ」
たしか、説明では大人のフクロイヌは三匹だったはずだ。袋には子供がいるそうだけど。
でも、今目の前には大人のフクロイヌが四匹いる。
――増えた! なんかまた増えた!
「あややや~」
ハナちゃんも、またフクロイヌが増えて、驚いているような、あきれているような、嬉しそうな……。
複雑な表情をしている。俺の表情も、多分そうなっていると思う。
ほんと今日はとんでもない日だ。動物が増えて、森が広がって、また動物が増えて。大騒ぎだな。
――まて、なんか変だぞ。何かが引っかかる。良く考えてみよう……。
動物が増えてから、森が広がった? いや……違う。順番は逆だな。
まずはお肉祭りで使った枝が育った。それが原因で森が広がった。その次に、フクロイヌがやってきた。
正しい順番はこれだ。
森がじわじわ広がっていた時は、動物の増え方も穏やかだった。フクロイヌとピヨドリが増えただけ。
しかし、マイスターが一気に森を広げてからは、動物も一気に増えた。
……そして、さっき俺が木を植えて――ちょっとだけ森を広げた。そしたらまた追加された。
……まさか、森の拡大と動物たちの増加は……関係している?
何の根拠もないし証拠もないけど、時期的には……一致する。
単なる仮説だけど、もしかして……。
――まあいいか。これからもっと増えたところで、もっと楽しくなるだけだ。
法則や仕組みなんか考えても、意味なんかないだろう。
「タイシ、どうしたです?」
ハナちゃんが心配そうに聞いてくる。益体もない思考に没頭したせいで、心配かけちゃったな。
「いや、まだ動物は増えるかもしれないけど――楽しそうだなって考えてたんだよ」
「フクロイヌがふえたです。このこをくすぐったら……きっとまた、なんかでてくるです!」
ハナちゃんは目をキラキラさせて、新しく加わったぽいフクロイヌを見つめている。
どんな動物が出てくるか、わくわくしている顔だ。
……俺もわくわくしてきた。一体どんな動物がふえるんだろう。
よし! また動物を増やしちゃおう!
もちろんハナちゃんにも協力してもらって。
ここはひとつ、共犯になってもらおうじゃないか。
「ハナちゃん、増やしちゃう?」
「タイシ、ふやしちゃうです?」
ハナちゃんと顔を合わせて、にやりと笑う。ハナちゃんもにやりと笑った。
ハナちゃんは手をわきわきさせながら、一匹のフクロイヌに近づいて行く。
俺もハナちゃんの真似をしよう。
「ムギャ?」
俺とハナちゃんが、手をわきわきさせながら近づいてくるのに気づいたフクロイヌ。
遊んでもらえそうな雰囲気を感じたのか、コテンと横になって受け入れ体制を整えた。
そして期待のこもった目で「早くくすぐって!」とこちらを見ている。
――それじゃ! いっちょくすぐっちゃいますか!
以上で第四章は終了です。ここまで読んで頂けてありがたく思います。
次章も引き続きお付き合い頂けたらと思います。