第十一話 どうぶつはかせ
「もりでじりきですごせるようになるまで、むらでめんどうをみたいのですけど……」
「ギニャ~」
ヤナさんとフクロイヌ、それと後ろで様子を見ていたエルフ達に頭を下げられてしまった。
まあ、こっちに来てしまったんだから、放っておくことなんて俺もできない。
実際問題、つぶらな瞳で見上げられたら、これもう無理だね。
「それはもちろん、良いですよ。にぎやかで楽しくなりますね」
「「「やった~!」」」
もちろん良いよといったとたん、大喜びのエルフ達。動物たちもうれしいのか、俺の周りをぐるぐる回っている。すっごいにぎやかだ。
「タイシ、ほんとうにいいですか?」
ハナちゃんが申し訳なさそうに聞いてくる。こうなるきっかけを作っただけに、責任は感じているようだ。
でもまあ、可愛いお客さんが増えた。村がもっとにぎやかになって、良かったね。これでいいんじゃないかと思う。
ハナちゃんは心配顔のままだな。俺の考えを伝えよう。ついでに頭をなでなでしちゃおう。
「良いと思うよ。こんなに村がにぎやかなって、楽しいじゃないか」
彼らが来る前の村は、静まり返ってとても寂しかった。それがこんなににぎやかになるなんて、ちょっと前は考えられなかった。
今や人が大勢いて、異世界の森があって、異世界の動物がじゃれついてくる。
割と憧れていたエルフ達の森が、より本物に近づいたわけだ。大変なことも沢山だけど、それ以上に楽しくなるんじゃないかとわくわくして来る。
「たのしいです?」
「わくわくして来るね。ハナちゃんも、なんだかわくわくして来ない?」
「わくわく……してるです! ほんとはすっごく!」
ハナちゃんは抑えていたものを解放したように、ぱっと腕を広げてわくわくを表現した。笑顔がまぶしい。
「じゃあ良い事だよ。大変なこともあるだろうけど、きっとすっごく楽しくなるよ」
「ハナもそうおもうです!」
ハナちゃんだけじゃなく、他のエルフ達も同じ考えだと思う。だってみんな、なんだかんだ言って、嬉しそうで、そして楽しそうだ。
それに、エルフ達は自分たちのことだけではなく、困っている他の存在を助けようとしている。
生活は安定してきたとはいえ、余裕という意味ではそれほど無い。そんな状況でも、森の同胞に手を差し伸べるつもりなんだ。
その優しさを俺は大切にしたいし、応援したい。
あとは実際問題、動物たちは森で大半を過ごすので、手間はそれほどかからないだろう。
エルフ達の生活を圧迫するほどのものでも無いから、なんとかなると思う。
とはいえ、多少は食べ物をあげたりと世話する必要はあるかな。なにせ沢山いるからね。
動物の食べ物については、こっちの世界には沢山種類もあるし安くも買える。とりあえずは、俺が動物の食べ物を調達して、様子を見ようかな。
……動物たちって、いったい何を食べるんだろう? 全くわからないな。エルフ達なら何か知っているかもしれない。聞いてみよう。
「それでですね、この動物達は、一体何を食べるのですか?」
「そこは、かれがくわしいですね」
「おう。なんでもきいてくれ」
ヤナさんの紹介で、マイスターがずずいと出てきた。動物に詳しいとか、毒草を愛するだけの人じゃなかったのか。意外だ。
俺が意外な人物に驚いていると、かまわずマイスターは説明を続ける。
「フクロイヌはなんでもくうから、もんだいないな。ピヨドリとトビリスは、むしときのみだ」
「この動物は?」
ちっちゃい耳長フェネックを指さしたら、指をはむはむと甘噛みされた。かわいいなあ。
「ウサギツネもなんでもくう。だけどむしがすきみたいだ」
なるほど。聞いた感じだと、雑食傾向が強い動物はドッグフード、肉食傾向が強い動物はキャットフードで行けるな。
虫と木の実を好む動物は、まんま鳥の餌で何とかなると思う。
試しに買ってきて、与えてみようか。
「大体わかりました。この動物達の食べ物、調達できそうですよ」
「ほんとですか!?」
「こっちの動物の食べ物ですけど、まあ割といけるんじゃないかと」
動物たちの食べ物を調達できるかも、と聞いてエルフ達は一瞬喜んだけど、直ぐに申し訳なさそうな顔になる。どうしたんだろうか?
「皆さん、どうされました?」
「いや、こんかいは、かんぜんにわたしたちのわがままですし……」
「それでタイシさんにめいわくかけるのは、すげえもうしわけないかんじ」
「さすがにこれ、いかんのではと」
ああ、自分たちが動物を世話したいって言ったのに、そこで俺に手伝ってもらったら申し訳が立たないという感じかな。
俺としてはこの動物達もお客さんなので、手助けすることは仕事のうちなんだけど。
「いやまあ、せっかくだから私も動物たちの世話に、一枚噛みたいかなと思いまして」
「それはぜひともおねがいしたいのですが、わたしたちもちからになりたいかな、と」
う~ん……。たしかに俺が世話に乗り出したら、それで片がついてしまう可能性もある。それだと、結局俺が世話しただけになってしまうか。
エルフ達が世話をしたいって思っているのだから、うまい具合に落としどころがあればいいかな。
どうするか……そうだ! この場合は無償での援助ではなく、何らかの対価と引き換えに動物の食べ物を渡せば……彼らも納得できるのではないかと思う。
彼らが今できることで、さらにこっちも嬉しい物と言えば……。お肉料理が真っ先に思いつくな。あれは美味しかった。
エルフ達は割と料理上手というか、味の趣向が近いので味的には心配が少なくていい。
ということで、お肉料理を取引してもらおう。それがいい。
「それじゃ取引しましょう。私が持ってくる動物の食べ物と、皆さんが作る美味しいお肉料理。それと引き換えで」
俺が取引を提案すると、エルフ達は顔を見合わせる。そしてごしょごしょと相談し合った後、聞いてきた。
「そんなんでいいの?」
「おれのひぞうのどきとか、いる?」
「じゃあおれはあしつぼ」
足つぼは隙あらばやってくるよね? 油断すると無償でやりたがるよね?
あと、土器をもらっても使いこなせないというか、飾っておくのももったいない。やっぱり食べ物系で取引するのが、一番かな。
「まあ、とりあえずはお肉料理にしときましょう。交換する分量は、そっちで決めてください」
「おっし! にくやくぞ~」
「はっぱのせなきゃ!」
「ちょっとカモしとめてくる」
あ、いや、今日すぐじゃなくていいんだけど……。しかし止める間もなくエルフ達が準備に入ってしまった。
もしかして、自分たちがお肉を食べたいだけなんじゃ……?
まあ、なんにせよ物事は動き出してしまった。俺は動物の食べ物を買ってくるかな。
とりあえずホームセンターへ行ってみるか。
◇
ホームセンターで、動物用の食器や大量のドッグフード、キャットフード、鳥の餌を調達した。基本的に無添加で、人も食べられる安全なやつを選んだ。
下手なのを買うと、添加物だらけでほぼ薬品というペットフードもあるので気を付けたい。
大量のペットフードを積んで村に戻ると、もう丸焼きが始まっていた。
いや、気が早いから。
とりあえず動物の食べ物を車から降ろしていると、ヤナさんが話しかけてきた。
「それが、どうぶつたちのたべものですか?」
「ええ。多分これでいいはずですが、まあ多少確認はいりますね」
「よし、まかせろ」
またもやマイスターがずずいと出てきた。でも、彼らは日本語が読めないだろうから成分表を見てもわからないだろうし、見た目でもわからない。
一体どうやって確認してもらおうかな……。とりあえず、食べるかどうか確認してみよう。
各種のフード類を、お皿に開けて動物を呼べば、好みの物を食べるだろう。
「とりあえず試してみましょう」
ざらざらと各種ペットフードをお皿に開けていく。保存を考えて、基本的にドライフードだ。通称カリカリだね。
そんなドライフードを見て、ヤナさんとマイスターは興味深げに見ている。
「このかたそうなものが、どうぶつのたべものですか?」
「ええ、そうです。保存も効くし、栄養も調整されていて便利なんですよ」
「へえ~。どれどれ」
あ! マイスターがペットフードを食べだした。ボリボリと勢いよく食べている。この人、止める間もなくいきなり食べだすからヒヤヒヤする。
俺とヤナさんは、いきなりペットフードを食べだしたマイスターを唖然として見ていた。
しばらくして、各種ペットフードの味見が終わったのか、マイスターがうんうんと頷きながら言った。
「ぜんぶだいじょうぶだなこれ。こっちのやつはフクロイヌ、こっちはウサギツネ、このこまかいやつはトビリスとピヨドリに向いてる」
食べただけで、どの動物に向いているかわかるとか……この人おかしい。
しかし、フクロイヌはネコっぽいのにドッグフードか。そしてウサギツネはイヌ科っぽいのにキャットフードなのね。他の鳥系と空飛ぶ系は鳥の餌ね。
まああれだ、マイスターが居れば、他に動物が増えても、どの食べ物が良いかわかるのはありがたい。今度から、動物のことなら彼に聞こう。
あとは実際に食べてくれるかだな。さっそく試してみるか。
「ヤナさん、動物たちがこれを食べるか、試してみても良いですか」
「もちろんです。おーい! みんなおいで~」
ヤナさんが呼びかけると、どこからともなく動物がわっさわっさとやってきた。そんなに呼ばなくてもいいんだけど……。
駆けつけてきた動物たちは、さっそくヤナさんにじゃれつき始めた。
「みんな、ほらこれをおたべ」
ヤナさんがそれぞれの動物に向いたペットフードが盛られたお皿を差し出すと、動物たちは喜んで食べ始める。
ドライフードでも問題はないようで、ほっと一安心だ。
「……問題なさそうですね」
「ええ、これならだいじょうぶです」
「しかしすげえな、どうぶつせんようのたべもの、つくっちゃうなんて」
マイスターが感心したように言う。確かに、それぞれの動物に適した食べ物を作るのは、長い観察と知見が必要になるな。
ちゃんとしたペットフードが出てきたのは、実はわりと最近だ。それまでは、けっこう適当だった。
ネコに、ごはんに味噌汁かけたネコまんまをあげたりとかね。肉食のネコにそんなものあげ続けたら大変なことになる。
なんにせよ、動物達には、基本的に森の恵みと野菜につく虫を食べてもらって、ペットフードはあくまでも補助として使えばいいかな。
よし、動物の件はこれでひとまず何とかなるはずだ。よかったよかった。
ヤナさんに今考えた方針を伝えておこう。
「まあ基本的には、動物はあの森の恵みや野菜につく虫を食べさせてあげて、補助的にこちらの食べ物を与えるくらいで良いんじゃないでしょうか」
「ほじょてきに、ですか?」
「ええ、あの森の大きさだと、動物達すべての食べ物を賄うのは厳しいのではと」
なにより、森の資源が枯渇したらみんなが困る。森の資源とこちらの援助物資を上手く調整して、ほどほどを保てたら良いと思う。
……ん? なにやらエルフ達が微妙な表情をし始めたぞ?
「あの、皆さんどうされました?」
「いや、それがですね……どうぶつたちのことであたまがいっぱいで、ちょっとわすれていたのですが……」
「あわわわ……あれですか~!」
「うわ~! おもっきしわすれてた!」
――え?