第二話 洞窟ぬけたらなんかあったよ
「あええ……」
「おおおお……」
「まだ……まだなのか……」
洞窟目指してもう三日も経ちました。
小さい子供やおとしよりが居る集団なので、移動速度は極めて遅くなってしまいます。
そのため、エルフ達はなかなか洞窟があるっぽい場所まで、たどり着けませんでした。
「なあ、そろそろまずいんじゃね?」
「食料ちょっと取れたからまだなんとかなるよ」
「でも今日が限界な気がする」
若い人たちはまだ話せる元気はありますが、子供とおとしよりはもう全然喋る元気も無くなっていました。
特にハナちゃんは、儀式で延々と踊ったせいか他の子より消耗が激しい感じです。
消耗しすぎたのか、時たま空を見上げて「もっと右の方です?」とか「こっちで合ってますです?」とか独り言を言っています。
……幻覚でも、見えているのかな?
そんなハナちゃんをおかあさんは心配そうに見守っていましたが、ふと気が付くと――いつの間にか服になにかが引っ付いています。
「あれ? ハナ。その服に付いてるのはなあに?」
おかあさんが訪ねます。
ハナちゃんはその服にひっついているアレをべりりと剥がし、おかあさんに見せました。
「そこでひろった、なんかの種です。非常食なのです……」
ハナちゃんは道中で落ちていたでっかいひっつき虫(服にくっつく植物の種のアレ)を拾って、非常食にするとのことでした。
服にひっつくので携帯性も抜群ですね。
「しっかりしてるわね……。ところでその種、食べられるの?」
おかあさんは、今までこんな種類の種を見たことがありませんでした。
ほんとうに食べられるのか、疑問に思ったおかあさんはハナちゃんに質問します。
ですが……ハナちゃんは首を傾げてしまいました。
「……食べられるです?」
「私に訊いてどうするのよ……」
そんなやり取りをしながらも、ぼちぼちと歩いて行きます。
日光がさんさんと照り付け、エルフ達の体力を削って行きますが……休める木陰もありません。
ここは進むしかありませんでした。
◇
延々と歩き続けて、そろそろヤバいかな、とみんなが思い始めた頃。
「あっ! 洞窟です!」
ひっつき虫をくっつけたままのハナちゃんが、ついに洞窟を発見しました。
「まじか!」
「あれか!」
「本当にあった……!」
全員に走る安堵、しかしまだ助かったわけではないのです。
おとうさんは、慎重に洞窟に近づきました。
「……見たところ、かなり奥まで続いていますね……」
洞窟は先が見えないほど深い物でした。
果たして本当にここを抜けていいものか。迷いが出ます。
そしてしばらく悩みましたが、もう後がありません。
ここは行くのみです。
「……行くしかないか」
「んだんだ」
「もうここまで来たら行くっきゃない」
やけになっている他のエルフ達、あまりためらいがありません。
おとうさんも、ようやく覚悟が決まりました。
「……よし! 僕が先頭を行きますから、皆さん付いてきてください」
「じゃあ松明用意すっか」
「ハナちゃん火起こしお願い」
しゅしゅしゅしゅぼっ。
返事をする前に物の数秒で、それなりに大きい火柱を起こすハナちゃんでした。
そう、彼女は部族有数の火起こし名人なのです。
「いつみてもすげえなぁ」
「一瞬で火起こしとか、素敵」
「真似できねえ」
あまりの達人ぶりにみんなが感心します。
そしてハナちゃんは、褒められてご満悦のご様子。
「えへへ」
しかし、松明に火を点けようとしたあるエルフが、ハナちゃんに問いかけます。
「そもそも、普通はボッてならないよな。何をどうやったらそうなんの?」
「ボッてなるよう研究したです」
「何をどう研究したって、やっぱ普通は棒と板だけじゃボッて出来なくね?」
「諦めないことが大切なのです」
色々疑問は残りますが、とりあえず松明を準備して、さあ出陣です。
ゾロゾロと洞窟に入っていくエルフ達。
洞窟の中はひんやりしていて意外と過ごしやすく、疲れた体に心地が良い環境でした。
「なんもねえな」
「思ったより長い洞窟だな。もう結構歩いてるぞ」
「あっつ! 松明がパチって弾けて火の粉が! 火の粉が!」
若干一名の松明だけが良く弾けて火の粉をまき散らしていますが……まぁなんとか、こわごわと洞窟を進んでいきます。
そうしてしばらくすると、ふと――光が見えてきました。
「出口だぞ!」
「どこに出るんだべ?」
「行ってみるべ」
皆心なしか早足になります。
さあ、神様のお告げ、本当に良いことがあるのか。いよいよわかるときがきました。
いいことあるといいな、そんな期待感を持ってエルフ達は洞窟を抜けます。
そして――。
洞窟を抜けた先、そこには……。
――なんと枯れていない森がありました。
「森だ! 枯れてない!」
「水もありそうだ!」
「……でも、木にあんまり実が生ってないよ?」
「あるだけマシさ」
「んだんだ」
エルフ達は大喜びです。なんせ前の森よりは、全然マシなのですから。
「よーし、みんなで手分けして食べ物を探しましょう! あと水も!」
おとうさんも元気が出てきました。
「あい!」
こうして、エルフ達は森を散策し始めます。
しかし、しばらくして……。
「おーい! みんな来てくれ! こっちになんか変なのあるぞ!」
「変なの? 一体なんだ?」
「行ってみるべ」
一人のエルフが何かを発見しました。
果たしてみんなで声のしたほうに行ってみると……。
「おい……」
「これ、村、なのか……?」
「木でできたおうちとか、素敵」
「というかよく見たら木とか草もみたことないのばっか」
エルフ達は、村のようなものを発見したのです。
しかし奇妙なことに、誰も居ません。
おうちらしきものに入ろうとしても、扉が開きません。
とっても頑丈なおうちで、なんかの茎の上にはっぱをのせて住んでいるエルフ達には、この頑丈さは到底理解ができませんでした。
彼らにとってはまるで――要塞のような頑丈さです。
「一体なんですかこれ……」
おとうさんも困惑しています。一体ここはどこなんだろうか。
神様の言うとおり来てみたが、どうやら自分たちの知っている森とはかなり違うようだ、そんなことにふと気づきます。
気づくの遅すぎですね。
何にもわからないので、とりあえず広場のような場所にみんなで集まって、相談してみることにしました。
「ここが一体どこなのか、分かる人いますか?」
「わかんね」
「俺が思うに、ここはあれだ。あれ?」
「あ~あれね。あれあれ?」
相談しても無駄、という事だけは分かりました。
「……考えてもわかりませんし、まずは食べ物を探すことにしましょう」
そして、お父さんは思考を放棄しました。
ここがどこだか考えるより先に、やることがありますしね。
「そうだな」
「まず腹ごしらえしないとまずいべさ」
「でも、なんかこの森、実が生りかけって感じで、いっぱい獲れるにはもうちょっとかかりそうだぞ?」
「今食えそうなの片っ端から集めりゃなんとかなるべ」
そんな話をしていたその時――それはやってきました。
ブオオオオ、と奇妙な音をさせる何かが、近づいてきたのです!
「なんだこの音!」
「やばそう」
「隠れろ!」
エルフ達は、さっと森に身を隠します。
程なくして、奇妙な音をさせた――四角いなにかが、広場に入ってきました。
「あばばばば」
「うぉおおお怖ええええ」
「食われる~」
エルフ達は恐怖に震えながら、その四角いなにかが近づいてくるのをなすすべもなく見守ります。
すると、そこから――人が出てきました。
「なんだあれ! なんか人みたいなの出てきた!」
「でかいぞ!」
「元族長よりでけえ!」
おとうさんはふと、神様の「にんげんいっぱい~」というお告げを思い出します。
「あれが、ニンゲン、というやつなのか……?」
耳が短くて、やたらとデカイ。髪も目も黒い。
エルフ達にとっては、初めて見る人種でした。
「あれって人なんだべか」
「体がデカくて耳が短くて目や髪が黒い以外は、おれたちと一緒ぽいな」
「それ結構ちがくね?」
そうしてビクビクしながら観察しているエルフ達に、次の瞬間――衝撃が走ります。
「おーい、だれかいませんかー?」
――ニンゲンが、こちらに分かる言葉で喋っているのです!
「あれ? なんか言ってるぞ」
「喋れるのか?!」
ニンゲン、と思しき生き物は、声をかけながら村を回っていました。
エルフ達はそれを見ながら森に隠れてプルプルしていました。
――が、ある時ニンゲンに目が釘付けになりました。
ニンゲンが何やら――食べ始めたのです。
森暮らしで鍛えたエルフの眼力は、それをはっきり捉えていました。
「なんか白いの食ってる!」
「白い食べ物って、ごちそうよね」
「草の実で白いやつ、めったに採れないよな……」
ごくり、と誰かが唾をのみ込む音がします。
もう三日も殆ど食べて居ないエルフ達にとって、それは拷問でした。
「あ、ああああ……」
「白い……ごちそう……素敵……」
「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ……」
「お前相手いないじゃん」
若干一名が胡乱なフラグをたてつつも、エルフ達は見守るしかありませんでした。
だってニンゲン、でかくてこわいものですから。
しかし――我慢できなかった人がおりました。
そう、ハナちゃんです。
「おおおお~」
「ん?」
「あえ~」
ハナちゃんは、なんか白いやつを食べているニンゲンに超接近しています。
それを見たおとうさんおかあさんは――びっくり!
「あ! ハナ、いつの間に!」
「あ、あの子ったら!」
おとうさんおかあさん、焦ります。
おとうさんは「このままではあの子が危ない!」と思い、駆け出そうとしました。
突然動いたので、足をちょっと「グキ」とさせながらですが……。
――しかし。
「たべますか?」
ニンゲンがハナちゃんに、なんか白いやつをあげるというのです!
「よ、宜しいのです?」
「ええ。どうぞ」
「で、では遠慮なくです」
そしてハナちゃんは、満面の笑顔で――なんか白いやつを食べ始めました。
「おお~何これすっごく美味しーです~」
「こっちもおいしいので、どうぞ」
ニンゲンがハナちゃんに、食べ物を分けてくれました。
そしてハナちゃんは、とっても美味しそうに食べています。
それを見ているニンゲンの表情もにこやかで――悪い者とは、到底思えませんでした。
美味しそうに、本当に美味しそうに……なんか白いやつを食べるハナちゃん。
皆はそれを見て我慢できず、一人、また一人と森から出てしまいました。
食欲には、勝てなかったんですね……。
「きゅるるる」
「きゅるるるるる」
「ぎゅる。ぎゅるぎゅる」
皆のお腹が激しく鳴りました。もう限界です。
彼らの向かう先に居るのは、友好的で子供に食べ物を分け与えてくれた――ニンゲン。
神様が「いいことあるよ」と言ってくれた、洞窟の先にあるこの不思議な場所。
そこに居る――ニンゲン。
おとうさんは、ニンゲンと話してみようと思いました。
そして、おかあさんを伴ってニンゲンに近づき――声をかけます。
「あのぅ……」