第十話 あらららら?
ハナちゃんからピヨドリ農法を伝授されたエルフ達、今日も畑でフクロイヌをくすぐります。
「ほ~らほら。こちょこちょこちょ」
「ギニャッ、ギニャッ」
「ピヨ~」
フクロイヌは大喜びでくすぐられ、ピヨドリがぽろぽろ出てきます。今日も野菜の虫が取れて、大成功。
野菜は安定して育っていきます。
「いや~。これ便利だわ~」
「フクロイヌと遊ぶだけで虫が取れるとか、素敵」
「今まで手で払ってたのはなんだったのかと」
作業が楽になって、エルフ達も大喜びです。フクロイヌも、毎日遊んでもらえてご機嫌。
こうして和やかに日々は過ぎていきました。
しかし、あるとき異変が起きます。それは腕グキさんの畑でのことでした。
「フクロイヌちゃ~ん。今日も頼むわよ~」
「ギヌ~」
「……あら? 鳴き声がいつもとちがうわね」
なんだか鳴き声が違います。まあ「そんな日もあるのかしら」と、かまわず腕グキさんはくすぐり体制に入りました。
「おなかをこちょこちょよ~!」
「ギヌ~ン」
「……あらら? なんだか手触りも違うわね。こう、いつもよりふわっとしているみたいな~」
なんだか手触りも違います。不思議に思いながらも、やっぱり「そんな日もあるのかしら」とかまわずくすぐりを続ける腕グキさん。
こちょこちょとくすぐられたフクロイヌは、もう大喜びです。
とうとうおなかの袋からぽろぽろと、まあるいピヨドリをこぼしまし……あれ?
「あらららら? ピヨドリじゃないわ~!」
「ギヌ?」
フクロイヌがこぼしたのは、ピヨドリではありませんでした。まるまった何かがころころと出てきます。
驚く腕グキさんと、「もっとくすぐらないの?」という顔のフクロイヌ。
そんな一人と一匹をよそに、袋からはころころと何かが大量に出てきます。
やがて、出てきたまあるい何かはぴろっと広がり、ちいさなちいさな四本足で立ちました。
「キュキュキュッ!」
「あらっ! これトビリスじゃないの~」
腕グキさんがトビリスと呼んだそれは、背中に縦じま模様のある、モモンガに似ています。
そんなトビリス達は、腕グキさんを見つけるやいなや、よじよじと体を登ってきました。
「あらららら?」
「キュキュ~」
体を登ってきたトビリス達は、お気に入りの場所を見つけると、そのままひしっとしがみ付きました。
体中にトビリスが引っ付いてしまった腕グキさん、「あららら? あららら?」となすがままです。
振り払うわけもいかないので、腕グキさんは身動きが取れなくなってしまいました。
やがて、腕グキさんは汗だくになります。
トビリスは小動物らしく体温が高めなので、大量にひっつかれるとかなり熱いのです。
「蒸し暑いわ~。それにわりと重いわ~。誰か助けてほしいわ~」
腕グキさんも限界が見えてきたのか、周囲に助けを求めました。おや? 娘さんがおうちから出てきましたね。
いつも素敵素敵言っているあの人です。
腕グキさんの娘さんだったのですね。そんなステキさんは、お母さんを見てあきれます。
「お母さん、何やってるの?」
「蒸されてるわ~」
「それより先に説明しなきゃいけない事、あると思う」
お母さんがおおざっぱなので、ステキさんはお母さんにひっついているそれを観察します。
「あら? これトビリス! 可愛い動物こんなに沢山とか、素敵」
「感動してないで助けて~」
汗ダラダラのお母さん、娘のステキさんに助けを求めます。
試しにステキさんは、トビリスをはがしてみました。しかし何度はがしても、よじよじとお母さんによじ登ってへばりついてしまいます。
これ以上の対処方法は、ステキさんには思いつきませんでした。
「どうすればいいか、分からないわ」
「そんな~」
どうしようか考え込んだステキさん、こういうのに詳しそうな人を思い出しました。植物や動物観察が趣味な、あの人です。
「なんとかできそうな人、連れてくるね!」
「頼んだわ~」
そうしてしばらくすると、ステキさんはマイスターを引っ張ってきました。この村きっての趣味人である彼ならば、何とか打開できるとの考えです。
それとマッチョさんも、腕グキさんを心配して付いてきました。
マイスターとマッチョさんは、何くれとなく母子家庭の腕グキさんのおうちを気遣ってくれる、良い人達なのでした。
「連れてきたよ」
「待ってたわ~」
「そんで、トビリスが出てきたって話だけど――おわっ!」
「こりゃあ、見事なひっつきようだな」
トビリスにびっしりとしがみ付かれた腕グキさんを見て、マイスターは驚きます。想像以上に沢山居たからです。
マッチョさんなどは驚きを通り越して感心し始めました。
「トビリスがこんなに居るなんて、すげえ珍しいんじゃね?」
「そもそもトビリスなんて、森でもめったに見なかったしな」
「可愛いよね」
「観察は良いから助けてほしいわ~」
汗だくの腕グキさんを放置して、マイスターは観察を続けます。すると、トビリスの様子がちょっとおかしい事に気づきました。
張り付いている一匹をぺりりとはがして、じっくりと調べます。
「キュキュー」
「……こいつら、光ってないな。もしかして、草不足か?」
マイスターがトビリスを観察しながらつぶやきます。このトビリスという生き物、普段は背中の縞模様が光って、空中をふよふよと浮かぶことが出来る、不思議な生き物なのです。
ステキさんはトビリスを覗き込みながら、マイスターに聞きました。
「草不足ってなにかしら?」
「肉にすりこむあの草な。こいつら、あれを食わないとこうなるっぽい」
「あれを食う生き物なんて、お前だけじゃないのか?」
あの割と危ない草を、なんとトビリスは有効活用しているみたいです。マッチョさんは信じられないようですが。
「実際食ってわかったんだけど、あの草を食べると体が光って、宙に浮くんだよね」
「あれは素敵じゃなかったわね。飛んでかないように紐でくくったもの」
「浮かんでる間は、俺が引っ張っててやったんだぜ。大変だったわあれ」
草事件はもう集落でも有名なようですね。皆に色々言われるマイスターでした。
そして、マイスターは過去の失敗談を華麗にスルーして続けます。
「トビリスって、普段は光るじゃん?」
「そういえばそうね。模様が光ってたわね。そしてあなたも光ってたわね」
「そんでさ、こいつら羽ばたかないし風も無いのに空を飛ぶじゃん?」
「そうだな。そしてお前も飛んでたな。飛んでたというか浮いたというか」
ステキさんとマッチョさんからさりげに突っ込みが入りますが、またもやマイスターはスルーです。
「そこで気づいたんだよ。トビリスってこの草使ってるんじゃね? ってさ。んで観察したら大当たり」
「そんな事してたのね」
「それは良いから助けて~」
「こいつが語り始めたら長いぞ……ちょっと辛抱してくれ」
マイスターが手の上に乗せたトビリスを、つんつんしながら説明します。
「それでこいつら、普段は縞模様が光るじゃん? その状態で光る木にくっつけば目立たないわけだ」
「そうなのね。ある意味保護色なのかしら?」
「そうだ。でも草不足で光らなくなった場合は、光る木にくっつくとそこだけ暗くなって逆に目立つ。だから光らない木に引っ付くようになるんだ」
「そんなん初めて聞いたぞ」
「助けて~」
汗だくの腕グキさんにかまわず、マイスターはトビリスの習性を説明していきます。ステキさんはお母さんの汗をごしごし拭きながら、マイスターに続きを促しました。
「それで、どうすれば良いの?」
「今トビリス達がしがみ付いているのは、光らない木にしがみつく習性そのものだ。おまえの母ちゃん、木の変わりなんだよ」
「なるほどなぁ」
「あんまりだわ~」
腕グキさんは、木の変わりにまとわりつかれているようでした。マイスターは先ほど引っぺがしたトビリスを再び腕グキさんに引っ付けて、最後の解説に入ります。
「つまりは、あの草を食わせてやれば、光るようになって離れるぞ。たぶん森にある光る木の方に飛んでくんじゃね?」
「じゃあ森から、あの草を採ってくればいいのね!」
「俺がひとっ走り行って採って来るぜ。ちょっと待ってな」
「頼んだわ~」
こうして、不要な説明を長々としたマイスターの指示に従い、マッチョさんがひとっ走りして森から例の草を取ってきたのでした。
「採ってきたぜ」
「ありがとう! ほらトビリスちゃんたち、これを食べなさい」
「キュ!」
ステキさんから差し出された草をちまちまと食べるトビリス達、やがて体が光りはじめました。あの草、かなりの即効性があるようです。
そして、ふわふわと宙に浮いていき、そのまま風をとらえて森へと飛んでいきます。
「キュキュ~」
お礼を言うように鳴いたトビリス達は、やがて全部森に飛んでいきました。ようやくトビリスから解放された腕グキさん。ほっと一息。そしてマッチョさんとステキさんも一安心です。
「な? 上手くいったろ?」
そんな三人にマイスターがドヤ顔で声をかけます。問題解決の立役者なので、これくらいのドヤ顔は許される……のかな?
「動物に詳しいとか、素敵。でもドヤ顔はやめて」
「お前すげえな! 伊達に毒草食ってるわけじゃないんだな。あとドヤ顔やめてくれ」
「助かったわ~。でもドヤ顔はどうかと思うわ~」
「もっと褒めてくれ」
三人に褒められて? まんざらでもない顔のマイスター。毒見芸の大失敗も、こんなところで役に立ちました。芸は身を助ける、ですね。
めでたしめでたし。
しかしこの時、腕グキさんはトビリスがようやく離れた解放感から、あることを忘れていました。
鳴き声と手触りが違うフクロイヌの事です。
その問題のフクロイヌはというと……。
「ギヌ~」
問題のフクロイヌは、しれっと村で遊んでいました。最初に来ていた二匹と一緒にです。
それを見たエルフ達、首を傾げます。
「あれ? フクロイヌの数、増えてね?」
「三匹になってるな」
「いつの間に来たんだ?」
いつのまにやら、フクロイヌが三匹に増えていたのでした。
この現象にエルフ達は冴えわたる頭脳を使って――考えてもわかりません。とりあえず、増えたフクロイヌとも楽しく遊んで、その日は過ぎて行きました。
まあ要するに、何も考えなかったとも言います。
……しかし、その日以降から――あちこちで騒ぎが起き始めました。
「おーい! フクロイヌくすぐったら、こんなん出てきたぞ!」
「キャンキャン」
マッチョさんの畑では、てのひらサイズの耳が長いキツネのような生き物がぽろぽろ出てきます。
フェネックをちっちゃくして、さらに耳を長くしたような生き物ですね。
「ピャーピャー」
「あら? 袋から赤ちゃんフクロイヌがまろび出て来たわ」
「可愛いです~」
カナさんとハナちゃんが村でフクロイヌと遊んでいたら、フクロイヌの赤ちゃんが出て来たりもしました。
――こうして、動物がどんどん増えていったのです。
◇
「という事がありまして……」
沢山の動物にじゃれつかれながら、ヤナさんが大志に説明しました。
「なるほど」
同じく沢山の動物にまとわりつかれている大志、トビリスに顔をぺろぺろ舐められながら答えます。
大志は可愛い動物にまとわりつかれて、まんざらでもない様子ですね。こちょこちょくすぐって動物をかまったりしています。
そんな大志を見て、ヤナさんは思い切ってお願いすることにしました。
「それで、この動物たちなんですが……」
「ええ、もうなんだかわかったきがしますが、どうぞ」
大志はもう何をお願いされるのか、大体わかっている様子です。
ヤナさんは、頭を下げてお願いしました。
「この動物達なんですが、森で自力で過ごせるようになるまで、村で面倒を見たいのですけど……」
「ギニャ~」
フクロイヌもペコペコしています。やっぱりこの動物――空気を読んでいます。
そんな様子を見た大志は、笑顔でした。
大志の回答なんて、決まりきっていますよね?