第八話 くすぐっちゃうですよ~
フクロイヌが村に遊びに来るようになってから、数日経ったときのことです。
ハナちゃんは森でおやつ集めをしていました。森には数は少ないのですが、美味しい実がなっているのです。
採り尽くさないよう気を付けながら、ちょっとずつ甘い実を集めていきました。
「おいしい木の実~まあまあとれたです~」
しばらく集め続けて、軽く食べる分にはまあなんとかなる量の木の実を集めたハナちゃん、ご機嫌です。
さっそくおやつを食べる為、ピカピカと金属光沢のある実を取り出しました。
……それ、ほんとにおいしいの?
「では食べるです。あ~ん」
……と口を開けたところに、それはやってきました。
「ギニャ~」
「ニャ~」
フクロイヌです。森にいたハナちゃんを見つけ、遊んでもらおうとやってきたのでした。
二匹はもう期待一杯で、しっぽをふりふりしています。
「あや~、フクロイヌに捕まったです~」
ここで遊んであげないと、おうちまでついてきてしまいます。
ハナちゃんはおやつを食べるのを後回しにして、フクロイヌと遊ぶことにしました。
「ほ~ら、こちょこちょしちゃうです~」
こちょこちょ。ハナちゃんはフクロイヌをひっくり返し、おなかをこちょこちょします。
「ギニャッ、ギニャッ」
「ニャニャ~ン」
フクロイヌはくすぐられて大喜び。嬉しそうな鳴き声をあげながら、足をぱたぱたさせます。
それを見たハナちゃん、調子に乗って、もっともっとくすぐりました。
「ほらほらほら! おなかのわきをこちょこちょです~」
「ギニャニャ~ン」
ハナちゃんがフクロイヌをさらにくすぐったところ……あれあれ?
フクロイヌのおなかにある袋から――なにかがぽろぽろ出てきました。
「あえ?」
ハナちゃんがくすぐりを止めても、まだまだ出てきます。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。ピンポン玉くらいの大きさの、白いふわふわが沢山ぽろぽろ出てきます。
どうやらフクロイヌはくすぐり過ぎると、おなかの袋にあるものを……こぼしちゃうようですね。
そして袋からこぼれた白いふわふわは――ぴょこぴょこ動き始めました。
「ピヨ?」
「ピピィ」
「ピ~ヨピヨ」
ぴよぴよ鳴きながら、ハナちゃんの周りをぴょこぴょこ跳ねる白いふわふわ。
それを見たハナちゃん、びっくりしてしまいました!
「あやっ! ピヨドリたくさんです~」
ピヨドリと呼ばれたそれは、ハナちゃんの周りをぴょこぴょこしています。
よくよく見ると、丸くてふわふわした中に、つぶらな黒い瞳。そして同じく黒いちいさなちいさな、くちばしがありました。
不思議な不思議な、ちいさな鳥。それが沢山、出てきたのでした。
「ひさびさに見たです~」
この鳥はあっちの森でもめったに見られない、とても希少な鳥なのでした。
そんな鳥が沢山ぴよぴよしているので、ハナちゃんは大喜びです。
あまりの可愛さに、ピヨドリのふわふわしている羽毛を触ろうと、手を伸ばしました。
すると、ピヨドリがハナちゃんの手の上にのっかり、そのままぴょこぴょこ登ってきます。
「あやっ!?」
何羽ものピヨドリが登ってきて、驚くハナちゃん。
登ってきたピヨドリ達は、ぞくぞくとハナちゃんの服のポッケに飛び込んでいきました。
「あやややっ!?」
「ピヨ?」
ポッケの中に潜り込んだピヨドリは、何かを咥えてポッケから出ていきます。
――ピヨドリが咥えているのは、さっきハナちゃんが集めた木の実でした。
「あや~!? おやつが食べられちゃうです~!」
おやつを沢山もっていかれちゃったハナちゃん、あわてて手をひっこめます。
しかし、ハナちゃんの足元にはピヨドリが集まってきました。
木の実が欲しいのか、ちいさな羽をぱたぱた、ぱたぱた。おねだりしているようです。
「あ、あえ~……みんなも木の実、ほしいです?」
「ピヨ~!」
「ピピィ!」
ピヨドリはハナちゃんの問いかけに反応するように、一斉に鳴きました。
つぶらな瞳で見つめられると、ハナちゃんも情がわいてしまいます。
「せっかくのおやつですけど……ほら、食べるですよ~」
ちょっと迷いましたが、ピヨドリにおやつの木の実をあげちゃうことにしました。
ハナちゃんは手のひらに木の実を乗せて、ピヨドリに近づけます。
「ピヨ~ピヨ~!」
「ピピィ~!」
ハナちゃんの手のひらの上にある木の実に、ピヨドリが群がってついばみ始めます。おなかが空いていたのでしょうか。凄い勢いです。
「くふ、くふふ!」
木の実を食べるとき、ちっちゃなくちばしで手のひらをつんつんされるので、くすぐったくてしょうがありません。ハナちゃんはくすぐったいのを我慢して、ピヨドリ達に木の実をあげ続けました。
……そうして、あっという間に木の実は食べつくされてしまいます。
ここの所、ハナちゃんはおやつをあげてばかりですね。
「ピ~ヨヨ」
「ピヨ~」
しかし、まだまだ足りないのか、ピヨドリはハナちゃんにもっとおねだりを始めます。
「あ、あえ~。もう木の実ないです……どうするです~」
ハナちゃん困りました。もうあげられる食べ物はありません。木の実を探して、「あえ~、あえ~」と右に左にわたわた、わたわた。
ピヨドリもハナちゃんにくっついて、右に左にぴょこぴょこと動き回ります。
それを見ていたフクロイヌも混ざりだして、もう制御不能です。
一人と二匹、そして沢山のふわふわが、右に左に大騒ぎ!
森には、賑やかにハナちゃんの声と動物たちの鳴き声が響き渡りました。
……しばらくそうして困っていたハナちゃんですが、とうとう疲れて座り込んでしまいます。
「ふぃ~。うごくとおなかが減るです。落ち着くです」
ようやく無駄な体力を消費していることに気づいたハナちゃん、腰を落ち着けて考えることにしました。
「どうしたらいいですか。ピヨドリの食べ物、そんなにいきなりは用意できないです~」
そうしてしばらくうんうんと考えた結果……。ハナちゃんの耳がぴこっと立ちました。
「そうです! あれがあるです!」
何かをぺかっとひらめきました! ハナちゃんはぴょこっと立ち上がり、動物たちに呼びかけます。
「みんな~、行くです~」
「ギニャ~」
「ピヨ~」
意気揚々と、ハナちゃんはどこかに向かって歩き始めます。そしてその後ろをついていく、フクロイヌとピヨドリ達。
彼らが向かう先、そこは――畑です。
「野菜に虫がついて大変だ~って皆はなしてたです。沢山居るはずです~」
畑に到着して野菜を見ると、ハナちゃんのもくろみ通り、虫が付いていました。
おなかを空かせていたピヨドリ達は、ものすごい勢いで虫を食べて行きます。
野菜についていた虫は、みるみる減って行きました。
こうして、ピヨドリ達はおなか一杯食べられたのでした。
「やったー! 大成功です~!」
「ピヨピヨ!」
「ギニャ~」
おなかが一杯になったピヨドリ達は、元気に羽をぱたぱたさせます。これで一安心ですね。
今回はお父さんにも誰にも頼らず、ハナちゃん一人でなんとかできました。
それはとってもとっても大きな、そして大事な一歩です。
そう、ハナちゃんは一つ、成長したのでした。
それから、ハナちゃんは定期的にピヨドリの餌やりを行うようになりました。
皆がしている畑仕事の邪魔にならないよう、早朝にひっそりと。
◇
「……ということがあったです」
「なるほどね。そりゃ頑張ったもんだ」
ハナちゃんから経緯を聞いたマイスター、納得のご様子。
「おとうさんおかあさんやタイシの気持ちが……ちょっとわかった気がするです」
ピヨドリを掌の上で遊ばせながら、しみじみと言うハナちゃんでした。
大勢のおなかを空かせた存在を、なんとかしなきゃいけない。これは、とっても大変です。
でも、そんな存在がお腹をいっぱいにして喜んでくれたら……嬉しくなります。
そんな大変さと嬉しさを、動物たちを通して、ちょっとだけ理解できたハナちゃんなのでした。
そして今回の動物達との出来事を振り返ったとき、ふと、似ている状況があったことを思い出しました。
大志がおにぎりをくれたときの事です。
「えへへ」
その時の、おにぎりを食べる自分をみていた大志の笑顔を思い出して、嬉しくなりました。
「ハナも同じような事、出来たです」
「ギニャ~」
「ニャ~」
「ピピィ」
動物達も、まるでありがとうを言うように、ハナちゃんのつぶやきに答えました。
しばらくその様子を見ていたマイスターは、何かを思いついたような顔で「ぽむ」と手を叩きます。
そしてハナちゃんに言いました。
「ハナちゃん、これみんなにもやってもらおうぜ!」
「みんなにもです?」
「ああ、みんなこぞってやりたがると思う!」
他の皆にも、この餌やりをしてもらおうという提案でした。
ハナちゃんが早朝に畑を巡回するより、皆でしたほうが負担も減ります。
フクロイヌをくすぐるだけで出来ちゃうのですから、やらない理由がありません。
皆にくすぐってもらえるフクロイヌだって、大喜びです。
「みんなでやろう!」
「いいですよ!」
ハナちゃんは快く承諾しました。それを受けて、マイスターは皆を呼びに行くことにします。
「じゃ、皆よんでくるぜ! やりかた説明してやってくれ」
「あい~!」
こうして、マイスターの提案により、この作業はハナちゃんから村の皆に伝授されたのでした。
その日以降、畑でフクロイヌをくすぐるエルフ達が、良く見られるようになります。
合鴨農法ならぬ、ピヨドリ農法が誕生したのでした。エルフ達は、独自の農法を編み出したのです。
こうしてピヨドリの餌と、野菜につく虫の問題が――いっきに解決したのでした。
ハナちゃん大手柄ですね!
めでたしめでたし。
しかし――どこにでもやりすぎる方はおられます。
これで終われば、めでたしめでたし、だったのにね。