第六話 日常風景
ヤナさんはフクロイヌをある意味もっとも恐れています。それはなぜかというと……。
「あわわわわ……」
「ギニャ~」
「ニャ~」
フクロイヌにのしかかられたヤナさん、よってたかって二匹に顔をぺろぺろ舐められています。
なぜだかヤナさんは動物にめっちゃくちゃ懐かれる人なのでした。
そして一旦こうなると、しばらく開放してもらえません。
あっちの森にいたとき、ヤナさんはしょっちゅうフクロイヌにじゃれつかれてなすがままなのでした。
この様子を見たハナちゃん、「あちゃ~」という顔をしながら言います。
「あや~……。いつもの光景です~」
フクロイヌにじゃれつかれて顔がべったべたになっていくヤナさん。あっちの森での、日常だったようです。
ということは、あっちの森での生活をまた一つ、取り戻せたのかもしれませんね。
ちなみにヤナさんが解放されたのは、夕方になってからでした。
さんざん遊んでもらって満足したのか、しっぽをぴんと立て、ごきげんそうに森に帰るフクロイヌ達。
「ギニャ~」
「ニャ~」
森に帰る途中、フクロイヌはなんども振り返ってしっぽをふりふりしていきます。挨拶しているのでしょうか?
そんなフクロイヌ達を見送りながら、ハナちゃんが言いました。
「フクロイヌ、おなか空かせてたです」
ハナちゃんからそう聞いたヤナさんは、ちょっと心配になりました。
あの人懐っこい獣、なんだかほっておけないのです。
「……また遊びに来るだろうから、何か食べ物をあげよう」
「あい~」
二人は森に帰っていくフクロイヌ達を、姿が見えなくなるまで見守ったのでした。
そして次の日から、フクロイヌが村に顔を出すようになりました。
しっぽをふりふりしながら、村を歩くフクロイヌ。それを見たエルフ達は、喜びます。
「あら~フクロイヌじゃないの~」
「ひさびさに見たな~」
「ほらほら、こっちにおいで~」
あっちの森では、フクロイヌが良く集落に遊びに来ていました。
それを思い出したエルフ達は、懐かしさもあってフクロイヌをかまいまくりです。
あっちでなでなで、こっちでこちょこちょ。フクロイヌもエルフ達も、とっても楽しそう。
「ギニャ~」
「ニャ~」
餌をもらったり、遊んでもらえたり。村に来てから、フクロイヌはごきげんです。
特にヤナさんが良くフクロイヌと遊んでいました。
「ああ……可愛いなぁ」
ヤナさんは、フクロイヌにじゃれつかれる被害を、毎回受けています。
ですが、別に嫌っているわけではありませんでした。むしろ、かなり好きな部類です。
今日ももっふもふとまとわりつかれて、とても嬉しそうです。
そんなフクロイヌと遊ぶヤナさんを見て、カナさんが呆れ気味に言いました。
「あなたがフクロイヌにまとわりつかれる理由って、かまいすぎるからじゃない?」
「そうなのかな……」
カナさんに指摘されたヤナさん、フクロイヌをひっくり返しておなかをなでなでしながら答えました。
動物におねだりされたら相手をついついしてしまう、そんな性格が原因で動物になつかれます。
そして味を占めた動物たちが、しょっちゅうおうちに乱入するようになるのでした。
思いっきり、ヤナさん自身が原因ですね。すっきりです。
……そんな和やかな風景ですが、ヤナさんにはちょっと悩みがありました。
「これ、タイシさんなんて言うかな……」
フクロイヌを見た大志がどんな反応をするかわからないので、心配なのでした。
しかし、そんな心配するヤナさんにハナちゃんが言います。
「タイシはこういうの、気にしないと思うです」
「そうかな?」
ハナちゃんのもつ大志の印象では、これ位の事は気にしないだろうという意見です。
それを聞いていたカナさんも意見を述べました。
「私たちが押し掛けた事を全然気にしてない人が、フクロイヌを気にすると思う?」
「そういやそうか」
食い詰めエルフが大勢押し掛け、森を作ったことに比べれば……動物の一匹や二匹、誤差ですね。
それに思い至ったヤナさん。安心しました。
ですが、ヤナさんはあることに気づいてしまいます。
「あれ? 良く考えたら僕達より、フクロイヌの方が全然手がかからないんじゃ……」
「ヤナ。考えちゃだめよ」
「無かったことにするです」
とても重要なことに気づきかけたヤナさんですが、二人に止められました。
そうです。それ以上は考えてはいけません。知らなくても良い真理だって、あるのです。
こうして、何か大事な事を闇に葬ったヤナさん達でした。
……それはともかく。
「ギニャ~」
「ニャ~」
このヘンテコな動物、フクロイヌ。あっちの世界から来た、新たなお客さんです。
新しい仲間とともに、村は一層にぎやかになりました。
――でもこれは、ただの始まりに過ぎなかったのです。
何日か後、大志が村に顔を出した時の事でした。
「タイシ~! 元気です~?」
「うん、げんきだよ。ハナちゃんはどうだった?」
「元気いっぱいです~」
一番に駆け付けたハナちゃんとあいさつしている間に、エルフ達も集まってきます。
「みなさん、おかわりありませんか?」
「ええ、無事にやれてます」
「それはよかった。こっちもじゅんちょうです」
ヤナさんと大志が現状を確認しあっていると、フクロイヌもトテトテと遊びに来ました。
「ギニャ~」
「ニャ~」
ごく自然に大志の前に座り、上目使いでしっぽをふりふり。あざといアピールを開始します。
大体のエルフはこれにやられるほど、エルフの弱点を熟知した動物なのでした。
さて、大志に通じるのかな?
「……ん?」
フクロイヌを見た大志、固まります。いままで見たこともない動物が、突然やってきたからです。
「え? なにこれ。ねこ? くま?」
混乱する大志に、ヤナさんがあわてて説明します。
「こ、これはフクロイヌと言いまして! なんだか最近現れるようになったのです……」
「……フクロイヌ? さいきんあらわれるようになった?」
最近現れるようになったと聞いて、大志は何やら考え込んでしまいました。
それをみて心配になったヤナさんとハナちゃん、大志にお願いをします。
「あの……この動物、村で世話してもいいですか?」
「ちゃんと面倒みるです~」
「ギ、ギニャ~」
二人のお願いに続いて、フクロイヌもあいさつします。この動物――空気が読めるようです。
大志はそれを見て、笑顔で答えました。
「ええまあ、それはかまいませんよ」
「本当ですか!」
「やったです~!」
「ギニャ~ン!」
大志から許可をもらえたので、喜ぶ二人。
特にフクロイヌは嬉しくなったのか、大志の周りをトテテテと回り始めました。
「ほら、よしよし」
「ギニャ~ン」
大志はじゃれつくフクロイヌをなでなでしました。
動物に慣れているのか、勘所をおさえた優しい手つきです。
これにはフクロイヌも大喜び。あっというまに、大志に懐いてしまいました。
そうしてフクロイヌをなでていた大志は、ふと……あるものを発見します。
「……あれ? ふくろがある。まさかこれ――ゆうたいるい!」
大志が発見したもの、それは――おなかの袋でした。なんと、フクロイヌは有袋類だったのです!
有袋類……それはこの地球でも、とっても珍しい貴重な動物です。
そんな珍しい動物が、ギニャギニャ鳴きながらじゃれついてくるのです。
驚く大志は、その名前に納得しました。
「だから『フクロ』イヌなんだな……」
驚きながらも、フクロイヌをなでくりしている大志。なんだかんだ言って、彼も動物が好きなようですね。
そんなフクロイヌと遊ぶ大志を見て、他のエルフ達も一安心。
「ここに居ても、良いってさ」
「良かったわね~」
「正直、フクロイヌが居なくて寂しかったのよ~」
エルフ達は嬉しそうに、その光景を見つめていました。
自分たちが可愛がっている動物を、大志も可愛がってくれた。それが嬉しかったのです。
そうしてしばらく遊んで、フクロイヌをあっさり手なずけた大志は、ヤナさんに聞きました。
「しかしこのフクロイヌ? ですか。ヤナさんたちのところにいたどうぶつですか?」
「ええ、そうです。良く集落に遊びに来てました」
「なるほど……あっちのいきものですか……」
ヤナさんの説明を聞いてまた考え込む大志。ぽつりとつぶやきました。
「ついかでおきゃくさんがきたこと……いままでなかったよな?」
不思議がる大志、首を傾げます。
この村にお客さんが来るときは、決まって前のお客さんが巣立ってから、という様式になっていました。
ところが今回は違います。今いるエルフ達が巣立つ前に、追加でお客さんがきちゃったのでした。
エルフが大勢来たことまでは「そんなこともあるのかな」で済ませた大志ですが、今回の件で予感を感じます。
「もりがかれてこまったのは、エルフたちだけじゃない。そこにいたどうぶつたちも……」
――そう、大志が感じた予感とは、嫌ぁ~な予感の方なのでした。




