第十二話 羽ばたけ、妖精さん!
ここはとある世界の、とある村。
織機製造が一段落した布自慢の森エルフたちが、映画館併設の喫茶店で、ひそひそとお話をしておりました。
「かふぇおれおまちどうさま! おまちどうさま! ここにおいとくね!」
「ありがと~」
「どういたしまして! どういたしまして!」
妖精さんがきゃいきゃいと給仕をしている飲料を受け取り、真剣な議論が進められているようです。
「なあ、布つくるやつが出来たら、森に帰るよな?」
「まあそうよね」
「もともと、それで来たんだしなあ」
織機の製造が進むにつれ、彼らの帰還が近づいてまいりましたが、それ関連のお話のようです。彼らは未練たらたらで 、次の映画の札を握りしめておりますね。ドッドーヒーハーするあれですか。金字塔のやつですよ。ちなみにこの村では、ホラー枠で上映のようです。
「えいがを映すキカイってやつ、あれってどうなってんだろうね」
「まったくわからん」
「ちたまにある、謎のまほうでうごいてるみたいよ」
「あ、妖精さん、追加でふわふわほっとけーき二階建てでお願いします」
「ふわふわほっとけーき二階建てだね! まかせて! まかせて!」
それはともかく、布自慢の森エルフたちは、カフェオレを飲みながら映写機についてキャッキャと議論を進めています。でもあれ、ちたまでも結構最新技術で作られたプロジェクターなので、理解は難しいと思いますよ。レーザーでなんとかする良いやつだったはずです。
「ああ、あれですか。あれはこうなってこうで、それがそうなってああで――」
そうして議論しているところに、追加のホットケーキを運んできたメカ好きさんが、解説を始めました。ナノさんのお手伝いで、アルバイトしているみたいですね。なお経営者が奥さんのため、タダ働きの模様です。
「ほっとけーきおいしいね! おいしいね!」
「甘いものたくさんで、たのしいね! たのしいね!」
「いたれりつくせり~」
ちなみに任せてといったのに給仕をメカ好きさんに丸投げした妖精さんたちは、あっちのテーブルで報酬のバターと花蜜たっぷりホットケーキに夢中になっております。
「わからん、なにをいっているかまったくわからん」
「なぞの技術」
「つまり、光を屈折する仕組みで拡大しているわけね。かめらと似た仕組みかしら」
仕事を丸投げしてホットケーキをほおばる妖精さんはさておき、メカ好きさんの語りを聞いた布自慢のエルフたち、目を白黒させて理解に苦しんで……おや? 約一名かなり良いところまで理解している人がいます。大志に相談をした、リーダー格のあの女性エルフさんですね。
「え? 言ってることわかるん?」
「えいがみてたら、なんとなく頭に入ってまして。これ系のえいが結構ありますよ」
「そうなんだ」
「すげー!」
どうやら映画の見過ぎで、ある程度ちたま科学技術の原理が頭に刷り込まれてしまったようです。まちがったちたま知識を刷り込まれていなければよいのですが……。もう手遅れですかね。
というか、カメラの仕組みがわかるのになぜ織機の仕組みは理解できないのでしょうか。優先順位が違う気がしてなりません……。
でも、勉強はからきしだけどゲームのことなら学者級に詳しい人、ちたまにたくさんいますよね。それと同じことかしら?
「そうそう、かめらの原理と同じなんですよ」
メカ好きさんは話が通じる人が現れてうれしいのか、キャッキャと小難しいメカの仕組みを解説し始めました。
「結局、何言ってるかわからん」
「あたまこげた」
「しゃしんをぱらぱらやると動いてるように見えるのよね?」
「そうなります。タイシさんが言ってました」
置いてけぼりの大多数はさておき、メカ好きさんと布自慢リーダーの女性はとつとつと動画や映写の原理にトークが弾んでおりますね。
「じゃあじゃあ、しゃしんたくさんあれば、あんなのができるの?」
「できるといえばできるけど、めっちゃくちゃおかねかかります」
「おかね……あんまりないです」
「えいが見るのでどんどん減ってく……」
映画に魅せられた布自慢の森エルフたちは、どうしても映画をなんとかしたいみたい。まあ、DVDプレイヤーを買ってそれで見れば良いんじゃないですかね。訓練すれば、自前で充電できるのがエルフの強みなのですから。無駄にため込んで特に利用していない、別腹エネルギーは有り余っておりますよね。
「なんか、ああいうえいが、おれらでも作りたいよね」
「そうよね」
「俺が主役な」
「いやいや俺が」
「それとも私かな」
おや? なんか話が変な方向に……。あなたたち、布を作るためにここに来たんでしょ。盛大に脱線してますよ?
◇
織機は試作一号機から小改良をつづけ、ついに試作四号機にまでなった。細かいところを調整しているって感じで、もう完成は目前といったところだ。今日も今日とて、集会場でわいわいと検証作業が行われている。
「~」
「クモさんまじすげえ」
「さすがほんしょく」
「ここどうやったらいいのかしら?」
なお、一番うまいのがクモさんである。とび矛を器用に使ってかなりの速さで布を作ってしまう。もはやドラゴンさんや布自慢エルフたちも、クモさんから運用を教わっているレベルというのがすごい。というかクモさん用の足ふみ延長棒まで開発されており、完全な主力である。これは褒めておかないとね。
「クモさんすごいね~。これご褒美の生キャラメルだよ。すごく高いやつだよ」
「~!」
ごほうびの高価な生キャラメルをあげると、ものすごく嬉しそうに食べ始めた。なおそのせいで作業はストップである。タイミングを間違えた。
「あと少しで、織機もなんとかなりますね」
「やっとこです~」
それはともかく梅雨前には出来上がりそうな勢いで、ユキちゃんとハナちゃんもホッとしている。俺も、これが長引いたら大変だよなあって思っていたから、一安心だね。まあ、出来上がってからが研修の本番で、それはそれで大変なんだろうけど。
「あわきゃ~ん、これはすごいさ~」
「ぬのが、どんどんできてくさ~」
「これはうちにもほしいさ~……でも、ちょっとでかいさ~」
織機がどんどん完成していくのを見て、見学しにきた偉い人ちゃんたちも欲しそうな顔をしている。ただ、ちょっとでかいという意見があるね。
「やはり、ドワーフのみなさんからすると装置が大きすぎますか」
「この、はんぶんでもでかいさ~」
「もうすこしちいさいのがあると、うれしいさ~」
聞いてみると、やっぱり装置がでかいという話だね。これはまあ、ドワーフちゃんたちの体は小さいから、それに合わせた大きさにしないとキツいのはよくわかる。であれば、今ある織機がうまくいったらスケールダウンしたバージョンも作ったほうがいいかもしれないな。ただ機械ものは単純に小さくしても要求精度が変わり想定通り動かないこともあるから、再設計にはなるだろうけど。
「これがうまくいきましたら、小さい型式の設計もしようかと思います」
「それはうれしいさ~」
「たすかるさ~」
エルフィンだけではなく、ドワーフィンでも需要があるぽいから、要望には答えていこう。妖精さんたちは……まあ後で聞いてみるか。
「たべたらふえるんだよ……ふえるんだよ……」
「ゆだんしたね! ゆだんしたね!」
「あきゃ~い……」
彼女らは今、ナノさん経営の喫茶店で報酬の甘味を食べ過ぎたため、ダイエットに忙しくしていて大変そうだから。様子を見ながら声をかけたい。今はキッチンスケールの上で、リアルな数字と戦っているし……。
イトカワちゃん、片足を上げても軽くはならないよ。そしてサクラちゃんとアゲハちゃんは、羽ばたいて重量軽減という不正行為はやめましょう。
「みんな、とべるくさよ。とべるくさ」
「おかあさんありがと! ありがと!」
「これでまたとべるね! ふえてもとべるね!」
「たすかる~」
フェアリー重量測定時不正行為を眺めていると、モルフォさんがふよふよと飛んできて、飛べる草を三人に手渡している。重量増加で飛行不可能になった妖精さんも飛べるようになる、魔法のアイテムだね。本来はそういう用途で使用する代物ではない気がするが。
「おいしくないけど、とべるからね! とべるからね!」
「これでまたたべられるね! たべられるね!」
「とぶのらくちんだね! らくちんだね!」
妖精さんたちは草をかじかじして、笑顔でふよふよ浮き上がる。微笑ましいのか痛ましいのかわからない光景だ。ん? 待てよ? 飛ぶのが楽ちんになる?
「あえ? タイシどうしたです?」
「何か気になることでもありましたか?」
妖精さんの言葉に引っ掛かりを感じていると、ハナちゃんとユキちゃんが俺の視線の先を追い始めた。そこには、元気に漂えるようになった妖精さんたちがいた。
そう、飛ぶのではなく漂うのである。これは……。
「ハナちゃん、妖精さんたちほとんど羽ばたいてないよね」
「だいたい、ういてるだけですね~」
「それがどうかしたのですか?」
さっきサクラちゃんとアゲハちゃんは、一生懸命羽ばたいて重量をごまかそうとした。そこまでしてやっとこごまかせる質量ともいう。それが飛べる草を摂取した途端、羽ばたかなくてもふわふわ浮いているわけだね。つまり、楽をしている?
「毎日の適度な運動が減量には重要なはずだけど、あの草で浮かんでたらほとんど運動してないのといっしょじゃないかな?」
「あや!」
「大志さん、妖精さんたちが最近悩んでるアレの原因って、まさか……」
「自分は、そのまさかだと思うんだよ」
そう、本来は脆化病妖精さんが飛べるようにという目的で使用しているのだが、よくよく見ると普段使いもしており、飛ぶのが楽になる草という使用法もされているわけだ。むしろ今はそっちのほうが主流になっているまである。
たとえるなら、今まで一生懸命坂道を歩いて通勤や通学をしていた人が、電動アシスト自転車で楽々スーイスイを始めたようなものでは?
すなわち運動量が激減する。しかし食べる量は変わらない。
「らくちんだね! らくちん!」
「きゃい~きゃい~」
「おうちにいきましょ~」
「おだんごあるわよ。おだんごあるわよ」
俺が恐ろしい背景の分析をしている間に、飛べる草アシストで楽ちんふわふわと、妖精さんたちがお花畑へ漂っていった。微笑ましい光景の裏に潜む「本人たちは運動しているつもり」問題も漂わせながら……。ちなみにモルフォさんも漂う組であるため、疑義がある。
「タイシタイシ、なんとかしないとまずいです?」
「うん、本人たちは運動しているつもりだよあれ」
「減るわけがない……。大志さんこれはなんとかしないと」
さて、ふとした弾みに高度な政治的問題を発見してしまったわけだが、もうこれは飛べる草自粛令を出すしかないわけですな。てか下手すると……。
「下手するとフェアリン全域に、飛べる草乱用における重量増加問題がはびこっている可能性まである」
「あやややややや」
「布不足どころではない社会問題……!」
やばいことに気づいてしまったけど、これはちょっと調査が必要だ。急いでお花畑に行って情報収集を行おう!
ということで慌てて移動し、観光客妖精さんにお話を聞いてみるわけだが――
「きゃい? けっこうみんなつかってるよ! つかってるよ!」
「べんりだね! べんりだね!」
「ひろまってるね! ひろまってる!」
こんな情報が得られたわけでして。これはもうすぐに対処しなければならない。
「大志さん、これはもうまずいのでは……」
「ひろまってるですね~」
ユキちゃんとハナちゃんも、ハラハラした感じでこちらを見上げている。そうだね、これはまずいね。フェアリン全域に質量増加症がはびこっているかもしれない……。
さて、ではどうやってこの危機を乗り切るか。というか便利でらくちんな飛べる草を、どう自粛させたらいいのか。まずは説得フェーズから始める必要があるな。
「ねえねえ妖精さんたち、ちょっと集会場に集まってほしいな」
「きゃい? あつまり? あつまり?」
「相談したいことがあってね」
「きゃい~! そうだんのるよ! そうだんのるよ!」
「おちからに~」
「なります~」
集まってほしいと声をかけると、きゃいきゃいと妖精さんたちが集まってきた。力を貸すよと言ってくれるのは大変にうれしいが……これから彼女らに、現実を伝えねばならぬ。
こ、心が痛い……!
◇
ここはとある世界の、とある重工の作業場。
大志が何やら暗い表情で妖精さんを集めている間、なにやら期間工の皆様が集まっておりました。
「俺らでエイガみたいなのつくりたいよな」
「わきゃ~、えいがはいいものさ~」
「主役は俺な」
「いえいえ私が」
エルフとドワーフちゃんが、お弁当を食べながらそんな雑談ですね。最近造船に参加したドワーフちゃんたちも、やっぱりどっぷり映画にはまっておりまして。
「きゃい? なにしてるの? なにしてるの?」
わいわいやっているところに、何も知らない無垢な観光客妖精さんもやってまいりました。モンシロチョウみたいな羽をしたややちいさめな子で、ぱたぱた一生懸命羽ばたいていることから、飛べる草で楽をしていない子のようです。
「いま、エイガっていう面白いやつ、つくろうずってお話してるの」
「えいが? なにそれ? なにそれ?」
まだこの子は映画沼にはまっていないようですね。今まさにこちらに遊びに来たところなのかな?
「エイガみたことないの? それならいっしょに見に行きましょう。すっごく面白いのよ」
「きゃい~! えいがってやつみる! えいが~!」
布自慢の森リーダーらしき女エルフが、映画鑑賞のおさそいですね。まだまだ無垢な妖精さんを、沼にはめるつもりのようです。
「それで面白かったら、いっしょになんかやりましょうよ」
「いいかもね! いいかもね!」
布エルフ女子は、仲間を募り始めました。大志たちが飛べる草問題で奔走するなか、なにやら裏で変な計画が進行しているような……。
「やっぱり最初はばるすのやつよね!」
「んだんだ」
「あれはまじで良い」
「きゃい? ばるすのやつ? ばるすのやつ?」
「さあさあ行きましょう!」
こうしてまた一人、沼にはまる子が増えるのでした。さてさてどうなることやら。
まあわたしは300m先のコンビニに車で行く田舎民なんですけどね