第八話 別のブーム
「そういえばやっとこおもいだしたんですけど、わたくしども、もくてきがあってきたんです」
映画館のハコだけ用意し、運営は村人へ丸投げにて騒動を収めた後日、観光客エルフの代表からそんなことを言われた。騒動のきっかけになった、あの団体さんである。本日はそういったわけで、朝から集会場でお茶しながら二人で会議って感じだ。
「ばるすのやつがたのしくて、かんぜんにわすれてました」
テヘヘと頭に手をやる観光客エルフのお方は、まあ三十代かなってくらいの、髪の長い女性エルフさんだ。服装はツギハギがなんか多い……。
それはさておき、どうやら目的があって村に訪れたようだけど、映画騒動でさんざん遊んですっかり忘れていたっぽい。まあそれは良いとして、目的があるなら聞いておかないとね。
「ほほう、目的ですか。内容によりけりですが、できる限りお力になれたらと思います」
「じつはですね……このむらでは、ぬのをかんたんにつくってるって、うわさをききまして」
「布ですか?」
「ええそうです」
話を聞いてみると、布に関することのようだ。簡単に作っているというか、簡単に調達しているというかなんだけど。
「なんというかこう、これくらいのおおきさのやつで、ガシャコガシャコとやるとできるとか」
続けて観光客エルフの代表さんが、両手で手で三十センチくらいの大きさを表しながら、そんなことを言ってくる。……そんなん、村にあったっけか?
「あ~、ちょっと記憶にないのですけど、どなたかから伺いましたか?」
「うかがったというか、なんかのおみせのごろうじんがやってるのみて、そういえばこれもくてきだったっておもいだしたんです」
なんかのお店のご老人……あ、もしかしてハナちゃんのひいおばあちゃんかな? それで思い出したけど、そういやおもちゃの織機持ってたっけ。今でもちょくちょくなんか作ってるぽいな。
「それで思い出しました、確かにありますね」
「そうですそうです! そのへんでごそうだんがあるのです。わたしたち、ぬのをつくるのにこまってまして」
そこまで来てようやく、目的が分かった。詳しく聞かないとわからないところはあれど、つまりは布をなんとかしたいわけだ。
「なるほど、布を沢山作りたいとかもっと楽に作りたいとか、そのあたりでしょうか」
「まさにそれですね。なんだかここのところ、ぬのがたくさんひつようになってまして」
「そうなんですか」
「はい、うちのもりはぬのがじまんなんですけど、よそのもりから『もっとない?』ってひっきりなしに、おねがいされちゃいまして」
もともと繊維産業でよその森と取引してたけど、ここのところ需要に追いつけない、て感じのようだ。
「ぬのをとりひきすると、けっこうもうかるので、よそさまゆうせんなんですけど。そうすると、じぶんたちがこまっちゃうわけで」
「そういった事例は、よくありますね。自分たちの分を削って、取引しちゃうの」
「たしょうふそくしても、まあなんとかなりますからね、ぬのとかは」
あれか、服装がツギハギだらけなのは、なんとかしたって感じのようだ。と言うことはだ。
「それが最近、そうでもなくなってきた、という感じでしょうか」
「そういうかんじなんです。よそさまのひきあいがおおくて、じぶんたちのぶんも、たりなすぎになってきちゃいましてこれ」
布が自慢の森代表エルフが、たははって感じでお困り顔になった。まあ確かに、布は多少不足してもなんとかなる。ただそれも限界に近づいてしまい、困ったって事だね。なにせ布が自慢の森なのに、服装がツギハギだらけになるほど、不足しているのだから。
そういうことなら力になれるかもしれない。ようは布を増産したいから、力を貸してくれってことだ。
「産業規模で布を作る装置は……いくらか心当たりがありまして、まずは調査したいと思います」
「ほんとうですか! ありがたいです!」
心当たりがあると伝えると、布が自慢の森代表エルフは両手を挙げて喜んだ。いやあの、まだ調査してからでないとですね、いろいろわからないというか。
「ま、まあ……しばしお待ち頂ければと」
「わかりました! それまでえいがみてます! なんか『かぜのたにのやつ』のにんずうあつめしているらしくて! いそいでとうろくしてきます!」
もうちょっと待ってほしい旨を伝えたら、待ってる間映画見てくるって感じで、すっ飛んでいった。もうなんか、目的見失ってるよねこれ。
それはいいとして、織機の調達と訓練って感じで方針を考えてみるか。次は身内を集めて、調査検討会議を開こう。
――ということで同日お昼前に、ハナちゃんちでお茶しながら、会議を執り行う。メンバーはヤナさんとハナちゃんにひいおばあちゃん、それとユキちゃんだ。
「あや~、ぬのをつくりたいですか~」
「ふがふが」
軽く説明すると、ハナちゃんとひいおばあちゃんが、おもちゃの織機でガシャコガシャコと布を作り始めた。今作らなくても良いんだよ?
「あ~、なんかそれ元族長とかも言ってましたね、布が不足してるって」
楽し気に布を作る二人を眺めていると、話を聞いたヤナさんが、そんなことを言う。
「元族長さんがですか?」
「塩不足が大幅に改善されたり、ほかの森との取引が増えて余裕ができたので、子供がバンバン生まれているそうですよ」
「それで物資不足ですか。特に布が」
「みたいです」
どうも貿易量が増えて余裕が生まれた結果、ベビーブームになっているようだ。その結果、量産に手間取る布が不足してるって感じかね。
「私のお薬も、子ども用にガンガン売れてますね」
「……あれが、ガンガン売れているのですか?」
ヤナさんのお薬といえば、「ガガギギ!」って味がするアレなやつだ。それが売れている?
「ええ。味が『ガギ?』くらいになるまで改良できましたし」
「さようで」
どうやら改良できたようで、飲んだら疑問符が付く程度の味にまでなったぽい。すごいんだかそうじゃないんだかよくわからないが、売れているなら良いことか。
ちたまの薬でも、そういうくらいの味ならまあそこそこあるし。粉薬とかね。
「まあ私一人でやるの大変なので、調合方法は教えちゃってます。なので、しばらくしたらお薬は落ち着くかなと思ってますが」
「教えちゃってますか」
「もともと、あれは人のために作ったやつですからね」
レシピを教えちゃうとかすごいなと思うけど、そういや元々お薬で儲ける気はゼロだったな。単純に人助けでやってたことなので、自分たちで調合してもらった方が、ヤナさん的にも目的に合うんだろう。
ベビーブームの本当の支えとなっているのは、もしかしたらヤナさんの生み出した、あの薬なのかもしれない。
「話を戻しますが、それでもあっちの森は、この村からある程度布を調達できるから、まだマシみたいですね」
ヤナさんが続けて教えてくれたけど、ニュアンス的になんかほかの森でも、それっぽい雰囲気がある。確認しておこう。
「……ほかの森でも、似たようなことが起きてるんですか?」
「詳しくは聞いてないですけど、平原の人たちから聞くにそれっぽいですよ?」
まだマシなあっちの森でも話が聞こえてくるなら、そうじゃない森はたいそう困っているんじゃないか?
「これ、平原の人たちにも話を聞いたほうが良いですかね」
「かもですね。ちょっと消防団に連絡して、何人か呼んできてもらいます」
「お願いします。お話のお礼は、養命お酒って感じで」
「わかりました」
ヤナさんが壁にかけてある無線を手に取り「あーあーこちら消防団」とやり始めたので、お任せしよう。てかこの村の消防団便利すぎ。後でなんか差し入れしとくか。
「およばれしました。あのおさけもらえるんですか?」
「ごようじかな~」
「おじゃましま~す」
しばらくすると、平原のお三方がうきうきとやって来た。お茶とお菓子をお出しして、会議に加わって頂こう。ひとまず、聞いた話を説明しておくかな。
「――と、こういう話を聞きまして」
「ひとのおうらいがふえたもりは、だいたいそんなんですよ」
「あかちゃんたくさんかな~」
「にぎやかでよいですよ」
聞いた話を説明すると、すぐさまそんな感じの証言が得られた。貿易増の森はどこもそんな感じ、と。やっぱりあっちの森だけじゃなくて、それなりの範囲でベビーブーム起きてるわこれ。
「大志さん、リアカーとか自転車で流通が改善された結果の、これですかね」
「おそらく。平原の人たちが効率的に移動できる範囲での、経済成長が起きてるんだと思う」
ユキちゃんは学校教育を受けているだけに、この現象の原因というか、きっかけは気づいた感じだ。そう、流通が改善すると経済成長が起き、それにより人口が増えるという、割と当たり前の現象だね。
リアカーと自転車をバラまいているので、森同士の直接取引も盛んになってきているだろう。これにより、不足物資の融通やら取引の拡大やら、いろいろ起きていると見るべきかな。塩取引の円滑化なんてのは、最たる例だ。
「二年ちかく経って、結果が出てきたって感じなのですかね?」
「そうだと思う。リアカーと自転車の導入で、移動速度が三倍以上になったり、積載量が数倍でしょ。そりゃ経済成長もするよ」
徒歩で時速三キロだったのが自転車で時速十キロ以上になったり、軽くて頑丈なリアカーにより、フクロオオカミの運搬量限界が、百キロから五百キロ以上になる。数字上のインパクトも結構でかい。
最近はエルフィンにできた湖を使って、水運も始まっている。こうなるともう爆発的だろう。
「その結果二次産業の生産力が追っつかずに、インフレ傾向ってところか」
経済成長の後には、必ずしもとは言えないけど人口増加もついてくる。ちたま先進国ほど子供の養育にコストがかからないエルフィンなら、まあ人口増加はするだろうね。
そうなれば従来の手法で生産していた加工品は、当然追っつかなくなるわけで。
「需要が上回ってしまったのですか」
「物流が発展しすぎて、そのほかの産業が追っついていない、かもしれない」
「いろいろ絡み合ってそうですね」
なにせのんびりやっていたエルフィンに、あっちからするとオーパーツの軽量高強度アルミ製リアカーと自転車を、バラ撒き続けているのである。そりゃあ、バランス取れなくなるのも当然かな。まあやめないけどね。
「布をもっと作りたいって話から、なんかこうまで大きな出来事が見えてくるとは思わなかった」
「ちょっと軽く考えてましたね」
ドワーフィンに船をバラ撒いているのも、いずれこういった話になってくるかもな。あちらはそれを狙ってやっているのもあるが、エルフィンは危機管理優先で、経済成長はあんまり考えてなかった。
なんにせよそれ自体は喜ばしいことなので、細かな問題を解決していこうじゃあないか。
「それでなんだけど、たぶん布の需要って、自分たちが思っているより大きそうだね。相談に来た森も、もしかしたらかなり逼迫しているかもしれない」
「エルフさんたちのんびりしているので、あんまりそういった緊迫度合いが伝わってこないの、ありますね」
「あるある」
エルフの、のんびり具合はすごいからね。なんだ大丈夫そうだ、とか思ってこっちものんびりしていると、気づいたら問題大爆発しているとかある。エルフのんびり時空にとらわれると危ない。
今回の布の件も、だいぶ手遅れになってから、やっと動き始めた気配が濃厚なのだ……!
「……急がないとまずいかもしれないね」
「ですね」
なにせ当の布自慢の森エルフたちは、目的を忘れて映画に夢中なのである。
なおその原因は俺という。
「できたです~」
「ふが~」
「お、上手にできたね」
ハナちゃんとひいおばあちゃん、そしてヤナさんも、出来上がった布を見てキャッキャしており、もうほんとのんびりさんだ。エルフたちに任せていると、まずい……。
というより、教育受けて知識で頭パンパンなちたま人側の動きが速すぎるのかもしれないけど、先手先手で動いて損はないはず。ひとまず迅速に調査と検討を進めよう。
「ぬのとかふえると、ありがたいですね」
「はこぶのも、そんなにおもくないかな~」
「けっこうもうかるんですよ」
平原のお三方は、布の増産で取引量が増えると嬉しい感じか。まあ、重量としてはそれほどでもない上に、単価が高いからかな。突然呼んでちょっとしか話をしていない平原の人たちが、一番結果を気にしていてなんかもうね。
一番の当事者である森のエルフどこ行った。
◇
当事者不在なのはさておき、布の増産に必要な要素といったら糸の原料と、それを紡ぐ装置も必要だ。そのうえで、織機の運用が可能なのである。
「糸の原料となる素材って、あります?」
「ありますよ、というか割とその辺に、沢山ありますね」
「ふわふわになる、おはながあるです~」
ヤナさんに原料について聞いてみると、隣で聞いていたハナちゃんが、綿みたいなのを見せてくれた。お花から採れるらしい。まあ綿花みたいなのがあるっぽいね。
「どこの森にもあります?」
「わりと沢山ありますね」
「ぬのにするのがめんどいから、たくさんあってもそのまんまです~」
原料はわりと沢山あるみたいだけど、そこから布にするまでがキツいから、有効活用できていないようだ。じゃあ、糸紡ぎと機織が何とかなればよさそうな感じはするね。まあ原料が不足しても、ほかの森から原料の綿を輸入して、糸や布に加工して輸出すればいい。加工貿易ってやつだ。
最大の問題である原料とその調達は大丈夫そうなので、じゃあ機材をそろえて研修すれば良いって見通しが立ってきた。
「おっきなぬのがたくさんあれば、あっちでもおふとんつくれそうですね~」
「あ~そういうことか、布が不足しているからおふとん文化も発展しないのか」
「おふとんは、ぜいたくひんです~」
肌触り良いたくさんの布が必要になり、強度も要求されるんだよね。詰め込む綿も大量だしで、エルフにとってふわふわお布団は贅沢品というのも頷ける。
布産業が増産できれば、おふとん作って売るのも捗るかもだね。平原の人たちが運搬するには、大変そうだけど。
それはそれとして、糸を紡ぐ道具と織機を用意し、何とかしてもらうって方針でやってみるか。
「ユキちゃん、二人で織機と糸紡ぎの装置調べてみようか」
「そうしましょう」
ということで二人でノートPCを操作しながら、装置を調べていく。ちょっと検索しただけで、通販可能な大小さまざまの人力織機が表示された。
「なんだか普通に買えそうですね」
「いい感じかも。とりあえず買って、よさげならエルフ重工でコピーしてもいいかもしれない」
「こっちの糸紡ぎ道具とかもですかね」
「そうだね、そろえて調達しようか」
とはいえ人力織機とか意外と高い。職人の手作りだからみたいだけど。この辺うちの家族もユキちゃんも、織機の良し悪しとかわからんのがネックか。やったことないからね。
「たくさんあって、何を買えばいいか良くわからないね」
「さすがに織機とか取り扱ったことがある人、いませんね」
まあ結論を急がずに、ここはちょっと調査に時間をかけるか。誰か詳しい人見つかるかもしれないし。……あ、そういえば。
「確かドラゴンさんたちが、織機関連の技術提供をあっちのおひい様にしてた。ちらっと目を通して大丈夫そうだから、オーケーした記憶があるよ」
「それなら、彼女たちに聞いてみれば良いかもですね」
「だね、そっちの方が早そうだ」
確か紡績と織機がセットだったと思うけど、その辺は詳しくドラゴン三人娘に聞けば良いか。うちのおひい様も目録作成に関わっていたから、何かしら知見はもたらしてくれるだろう。
「タイシタイシ、このホネホネしたきのやつって、なんです?」
そうして目途がついたことにユキちゃんと一緒にほっとしていると、いつの間にかハナちゃんが隣に来ていて、PCの画面をのぞき込んでた。そのお目々は、興味でキラキラである。とりあえず布を作るやつって説明しておくか。
「基本的には、ハナちゃんがひいおばあちゃんと布を作ってた、あのちいさなやつを……まあおおきくして沢山つくれるようにしたやつかな」
「あや! これでっかいやつです?」
「けっこう大きいよ。これくらいかな?」
「あえ~、なんだかすごそうですね~」
画像では大きさがわからなかったようで、実際にはこれくらいってのを手を広げて表現してみると、ハナちゃんびっくりだね。ついでに、糸を作るやつも見せておこう。
「糸はこれらの道具を使って、なんだか早く沢山作れるらしい。自分は作ったことないのでよくわからないんだけど」
「すごそうですけど、つかいかたはよくわからないですね~」
「そうなんだよね」
というか織機も糸紡ぎも、道具を見ただけじゃどうすりゃいいのか、俺にはよくわからない。わからないから、説明もできないのである。
この辺も、ドラゴンさんたちに聞いてみるしかないって感じだな。
「タイシタイシ、これがあれば、むらでもぬのとかたくさんつくれるです?」
「できる人がいればなんとかなりそうだけど、実はその辺がいまいちわからないから、わかる人に聞こうと思うよ」
「てさぐりですね~」
そうしてハナちゃんと二人で、PCの画面を眺めてむむむとする。
「そういえばハナちゃんとほかの子たちって、糸をちねちねしてなかった?」
「あれは、おうちのおてつだいついでです~」
「お手伝いだったんだ」
「こどものていばんおてつだいですね~」
隣のユキちゃんがふとそんなことをハナちゃんに尋ねたけど、あれはお手伝いついでの競技会だったようだ。遊びっていうか仕事っていうか。だからあんなに地味だったのね。
……ん? 本当にそうか? そういうの関係なく地味なのではないか?
てな感じで、ハナちゃん参加によるエルフのんびり時空に染まり切っていた時のこと。壁にかかっている無線機から、「ザッ」というノイズ音が発せられ――
『こちらしょうぼうだん、えいがかんでなにか、さわぎになってるじゃん』
という通報が入った。――映画館で騒ぎ!?
「ヤナさん、行きましょうか」
「はい」
「私も行きます」
一気に緊張が走り、ヤナさんとユキちゃんで慌てて映画館に向かうこととなった。
何が起きているかわからないけど、急ごう!