第七話 良識とは
あれだけ映画やってもまだ見たいという要望が、ひっきりなしに来る。すっかりみなさんハマってしまったようだ。だが要望に応えて、しょっちゅう上映会をやっているわけにもいかない。やるたびに結構なイベントになってしまうし、さすがに毎日こんなにサービスしているわけにもいかんのですよ。
「そんなわけで、映画ブーム対策会議を開きます」
「ですよね」
「まーあれは流石にな」
「毎日やるのは無理よねえ」
自宅の居間にて、ユキちゃんと親父、そしてお袋とで対策会議を行う。今回ちたま組少数のみで検討する理由としては、村でやったら間違いなく「毎日やろう」という意見でまとまるからだ。ここはひとつ、俺のようにとても良識のある(当社調べ)メンバーで検討する必要がある。
「村人たちや観光客たちの気持ちはわかるのだけど、あのままでは生産性が無くてちょっとね」
「激しく消費して終わっちゃいますね、確かに」
ユキちゃんが補足してくれた通り、今のやり方のままでは生産性が乏しく消費が激しい。たまにやる娯楽ならいいけど、ずっとやっているのは無理ですな。
「ただ観光という側面で見ると、あれはあれでかなりの魅力があるのも確かなんだ」
「妖精さんがどんどん増えてますね」
「田植えに来ていたエルフたちも、森に帰ったら絶対に触れ回るぞ」
「ひそかにリザードマンたちも参加してたわよ」
現状すでに観光客を集める効果が出ており、噂を聞いたエルフがどばっと映画見たさに来る未来が予想される。なんならリザードマンたちも。なお妖精さんはすでにどばっとご来訪頂いており、おそらく六千人くらいに人口が増えている。さすがの動員力……!
「このままだと毎日映画上映イベント開催となり、生産性が乏しいイベントがいつまでも続く可能性があるんだよね」
「それはちょっとまずいですね」
「良くないよな」
「今のままではだめね」
俺が考えている懸念点を表明すると、ユキちゃんも親父もお袋も同意のようだ。まあこれは、簡単に予想できることでもある。
「かと言って始めたのは自分だし、無下に断るのも可哀そうなんだよね。普段わがまま言わない人たちだから、望みをかなえてあげたいのもあるんだ」
「村のみなさんは普段よく働いていますし、限度の問題ですかね」
「行きすぎなければ問題はないんだよな」
「要はバランスってことね」
村人たちは普段働きづめだし、映画観たいってくらいは本来ならオーケーオーケーで済む。今回は観光客も巻き込んで映画漬けになりそうだから、ちと気を遣う必要があるって感じだ。こっちはもてなす側だからね。
まあすべてではないけど、ある程度の要望を叶えてあげるにはどうしたらいいかなって部分の意見を募っていきたい。
「いくつか考えはあるけど、とりあえずどうしたらいいと思う?」
「私にいい考えがあるわ」
問いかけると、お袋が自信満々な様子でそうおっしゃる。嫌な予感しかしないが、取り合えず聞いてみよう。
「して、お袋のいい考えとは」
「実写版デビ〇ルマンを一日ずっと見てもらうの」
「却下で」
「なんでよ!」
聞いてみると、思ったよりヤバい案が出た。一日ずっとは命に係わる。
「想像以上にキツいですよそれ」
「美咲さ、それはないわ」
「な、なんでよ……」
ユキちゃんと親父からも白い目を向けられ、お袋はキョドっておる。でもそんなのに耐えられるの、よほどのエリート以外は無理だよ……。
「そりゃあお袋は鼻歌交じりで実写版デビル〇マンマラソンできるだろうけど、人間にそれは無理なの」
「今なんて言ったかしら?」
俺の発言によりお袋と一触即発の雰囲気が漂うが、事実としてそうなのだ。無理である。親父とユキちゃんだって、同意の目をしているんだぞお。
「じ、じゃあ……劇場版キャシ〇ャーンならどうかしら!」
「被告人の退廷を命ずる」
「ちょっと!」
おわかり頂けただろうか。
「大志さん、お義母さんてもしかして……」
「そうだよ」
「美咲はユキちゃんが思った通りだぞ」
「え? 味方がいない感じなのこれ?」
ユキちゃんも気づいたようだが、そうなのだ。お袋は「こういう」問題作が好きなのである。危機管理に自信がある俺としては、お袋が好む作品の上映は許可できない。
「そういう映画を見させて飽きさせるというのは確かに手だけど、お袋の言うラインナップは劇薬すぎるよ。犠牲者がどれくらい出るか想像もつかない」
「そんな意図なんかないわよ。でね、ほかにもこれとかサメとか――」
「その手に持っている作品全部アレだよ」
「だから良いんじゃない。面白くなさすぎるのが面白いのよ」
「人間にそんな超高度なことを求めないで欲しい」
お袋は自慢のコレクションを棚から取り出すが、他の家人にとっては呪物コレクションにしかみえないのである。しかもこの母自身は、楽しく作品を見ているのが困る。面白くなさすぎるのが面白いとか言われてもね。てか、自分のお気に入りなアレ映画を村人に見せたいだけで、会議の主旨は完全無視じゃんか。
「大志さん、この『死霊の〇盆踊り』ってなんですか?」
「知的生命体が見るものじゃないよ。精神が破壊されるんだって」
「ええ……クトゥルフ系ですか?」
「それとは関係ない作品だけど、確実に破壊されるそうだよ」
「そんな恐ろしいものが……」
結婚前の話として、親父はこの作品をお袋と家で過ごすとき一緒に見せられたらしい。親父がそれを乗り越えてくれたからこそ、俺がいるのだ。父の偉大さよ。
「親父、ありがとう……」
「突然どうした」
いきなり感謝されて驚く親父だが、この男、忍耐力は超一級なのだ。俺にその遺伝子は受けつがれていないようだが。子供のころ、お袋が「一緒に映画みよっか」って言ってデビルのやつを見せられた時、俺は意識を失ったらしいからね。不思議なことに、記憶にないのだが。そう、記憶にないはずなんだ……うっ、頭が。
てか盛大に話それてるから、軌道修正しよう。
「そんなわけで、映画ブーム対策会議を開きます」
「今までのこと全部なかったことにしましたね」
「それがいい」
「みんなして……」
お袋はたいそう不満そうな顔だけど、無かったことにするのが一番だ。今までのやり取りだけで、親父と俺はトラウマがよみがえってきているんだよお……。
それはさておき、とりあえず俺が考えている対策案でも出しておこう。
「自分的には、生産性がないなら生産的にしましょうって案があるよ」
「あ、わかりました」
「まあ現状、それしかないよな」
「実写版デビル〇マンを見ることに何の生産性を持たせられるの? 失うだけよ」
お袋……アレな映画から離れようよ。しかし、ユキちゃんと親父は何をするかわかっているようだ。まあ、簡単な話だからね。実はこの会議を開催した目的は、同意を得たうえで規模と予算を決めたかった、だけである。それがどうしてここまで話がそれたかは、全くの謎だ。そういうことにしておこう。
――という会議をした翌日のこと。
「有料になっちゃうけど、映画館を作ることにしました。これでそれなりに、見たい映画がまあまあ自由にみられるようになるかと」
「えいがかんってなんです?」
「映画を見るための専用施設かな」
「そんなのつくっちゃうです!?」
「まじで!」
「わきゃ~ん、たのしみさ~」
「えいがかんだって! えいがかんだって!」
「男は要望を聞いてくれたっと!」
不毛な会議の翌日、集会場に人を集めて告知する。そう、映画館を作ってしまうのだ。専用施設をこさえてしまえば、集会場や広場を占拠することもない。お金を取るからまあ経済活動にもなるし、上映係を作ってバイトさせれば稼ぎにもなる。お金がなければ映画は見られないので、働く目的にもなるかな。
ただし、制限があるんだな。
「方式としては、一回の上映にいくら、という感じにします。見たい人が集められれば安価に見られるし、ひとりしかいない場合は、おそらく高額すぎるので上映は無理だと思います」
「せちがらい」
「ひとをあつめないといけないとか、ふるえる」
「ばるすのやつなら、すぐじゃん」
そう、「一人いくら」ではなく「一回につきいくら」なのである。つまり、人が集まらない映画は一人で見るには高額になりすぎて上映できないのだ。これは少人数のために電力をそれほど贅沢に使えないのが理由の一つでもあるし、毎日映画三昧ってわけにもいかなくする抑制策でもある。
無理して高額なお金を払ってでも一人で見たい、という人はそうはおらんやろという考えだ。
「映画館は三十人が限界くらいな大きさですので、希望人数が多い場合は二回三回に分けてってことになります。その代わり、映画を鑑賞する環境は集会場や広場で見るより良くなります」
「部屋を暗くしたり、外からの音を遮断したり、音を良くしたりと映画に集中できる環境になりますよ」
続けて人数制限について通知したが、ユキちゃんがメリットとなる点を補足してくれた。お金を取ったり制限する代わりに、とても快適な映画鑑賞ができますよってことだね。
「なるほど」
「ひとをわければいいのか」
「それくらいならまあ」
この辺はしょうがないよねって感じで納得してくれた。そんなデカい施設にしてもしょうがないからね。この人数制限は運営する上でもメリットとなる。これくらいなら、村人たちに丸投げできるからだ。
「施設と設備は用意しますので、人を募って見たい映画を決めて、お金を出し合って上映にこぎつけて頂ければと」
「ハナたちがきめていいです?」
「もちろん決めていいよ。準備したり機械を操作する係の人はどうするかも相談してね。お仕事になるから報酬が出るよ」
「おしごとになるんだ!」
「きかいがいじれる!」
なんたって、映画見たいのは村人と観光客だからね。制限もできたけど裁量も増えたので、うまい具合に運営していってほしい。村人たちで運営するからこそ、利益が読みやすい一回にいくら方式にしたわけだ。大きくは儲からないけど、大損もしない。人が集まらないなら上映できないだけなので、運営費で赤を出すことはないわけだね。
一回につき固定費として設備利用料に人件費と電気代がかかるため、それを参加者が折半してねっていう方式のほうが人気作は安く上がるし。利用料も、十人くらい集まるなら問題ない位の価格設定にする。設備自体のコストは俺負担だけど、のんびり返してくれれば良い。福利厚生の面もあるので、そうカツカツして利益を上げたいわけじゃないからね。
ただこれだと子供たちが不利なので、対策もある。
「子供は座席当たりの利用料半額で、もっと小さいお子さんは無料にします。なので、子供たちがお小遣いを出しあって映画上映することも可能です。座席に二人や三人で座れば、一人当たりでかなり安くなるかな」
「「「キャー!」」」
「ちなみに妖精さんたちも一座席あたりで半額なので、子供たちより一座席にたくさん座れる分、相当安くなるよ」
「「「きゃい~!」」」
「神様は……まあ便乗して見るときは無料にしときます」
(わーい!)
子供料金について話すと、キッズたちがキャーキャー大喜びだ。妖精さんたちもきゃいっきゃいだね。神様たちはくるくる飛び回ってはしゃいでいる。ちなみに無料分と半額分の負担は俺がするけど、設備投資分の回収が延びるだけなので、たいしたこともない。
あとはこの半額における一つのテクニックを、あらかじめ言っておこう。
「つまり大人は、お子さんや妖精さんを動員するとお得です。そのぶんだけ半額になりますから、一回の上映料金が大人だけの時より下がるんですよね」
「あーそういうこと!」
「こどもといっしょに、えいがみやすくなるのね」
「これはうれしい」
「いっしょにえいがみようね! いっしょにみようね!」
子供と妖精さんを連れてくれば来るほど、上映のハードルが下げられる。これで妖精さんや子供たちは映画がたくさん見られて、大人たちも安上がりになる。方策を考えたときにこの穴はすぐに気づいたんだけど、それはそれでいいんじゃねって感じでそのままにした。福利厚生でもあるからね。
まあその辺は様子を見るとして、ほかにも設備投資分を回収したなら、映画館は村にあげちゃう。料金も投資分の回収が消えるため維持管理費の上乗せくらいになるので、さらに下げられるんだよね。数年かかるだろうけど、ここまでくれば格安になる。その時運用をどうするか、料金体系をどうするか再度考えれば良いかなと思う。売り上げの一部を共益費にするって手もあるから、村の方針次第かな。
あ、それと映画館設置に付随してもう一つ施設を設置することも伝えておこう。これは単なる便乗商売だ。
「映画館に隣接して、喫茶店も作ります。飲み物や軽食を出す、軽めのお店ですね。映画を見るときにもどしどしご利用ください」
「わたしがたんとうするの」
「わたしたちもだよ! わたしたちも!」
村にお料理屋さんはあるけど、喫茶店はなかったからね。駄菓子屋さんでもんじゃはやっているけど、映画鑑賞中にもんじゃは無理でして。前々から計画していた妖精さんとナノさんの喫茶店てことで、せっかくだから同時オープンだ。映画館との相乗効果を狙っている。
湖畔リゾートのリザードマンカフェとは距離があるから、いずれ村にも設置したいと考えていたのがようやく形になるし、よかったよかった。ナノさんも屋台経営から進化して、店舗経営に移るってわけだね。なお場所代が払えない場合また屋台に戻るわけだが、今の売り上げなら問題ないとは見積もってある。繁盛して手が足りなくなれば、アルバイトを雇うことも視野に入っているくらいだね。
こっちの設備費用は、おそらく短期に回収出来そうだと見積もられている。中古コンテナハウスの安いのを使うだけだし、椅子やテーブルはナノさんが自作するそうだから安上がりだ。あれ? でも俺、ナノさんの木工技術がどれほどか、知らないな。……あとでメカ好きさんに確認しておこう。嫌な予感がする。
「あや~、なんだかたのしくなりそうですね~」
「おみせふえるとか、すてき」
「やっぱりさいしょはばるすのやつじゃん」
「だよな!」
ナノさんの木工技術はさておき、村人たちの反応も特に問題はない感じなので、あとはコンテナハウスが納品されたら施工開始となった。
それからはもう早いもので、土台のコンクリブロックを置いたり座席を設計製造している間に、四営業日で中古コンテナが納品されすぐさま作業だ。
『チョイ、チョイ、はいスラー』
「わあああああ! あれがえいがかんか~!」
「男は施設を設置するっと!」
コンテナ二つ置いて、映画館と喫茶店を設置だ。後は電気配線と内装をちゃっちゃとやる。リザードマンを動員してさくっとやっちゃうのだ。ちなみに座席は並行して製造なので、まだ全部そろっていない。
「防音施工がちょっと面倒だね」
「防音化すると夏は暑いだろうから、換気以外に対策は考えとけよ」
「ドワーフちゃんにお願いしようと思ってる」
「まあそれが一番か」
「火災対策としては、消火器や警報器の設置と出口は映画の邪魔にならないていどに光らせて、外開きって感じだね。出入口は階段ではなく緩やかなスロープにもするよ」
「たまに避難訓練やっとけよ」
映画館ということで、内装は防音を第一にちょっとお金をかけて施工していく。高橋さんの言う通り夏はかなりきつくなるから、冷やしちゃうよドワーフちゃんを動員予定だ。バイト代を出すか、一回冷房したら映画を何回か無料にするのか、それは好きな方を選んでもらおう。避難訓練は、消防団にお願いかな。
「座席は……作ってるときも思ったが、これすごい頑丈だよな?」
施工途中では、高橋さんがいくつか出来上がっている座席の構造をみて、改めてふむふむしている。耐荷重は一見オーバースペックなレベルに設計してあるんだよね。
「単体で設計耐荷重は千五百キロだね。満員になったとき、座席が一つでも壊れたら大事故だから。まあ、万が一壊れた場合の対策もしてあるけど」
「そうそう、こういうのをギリギリで設計しちゃあかんのだよな。過剰なぐらいで丁度いい」
高橋さんはそういうけど、実際問題として言うほど過剰でもない。まあまあオーバーくらいだ。
「力の強いリザードマンたちも利用客だから、実際これくらいないと安心できないでしょ。加減間違ってポキリとかは避けたい」
「ああ、そういうことか。気にかけてくれてありがとよ」
「長い付き合いだからね」
という感じで企画から一週間ちょっとで突貫工事が終わり、とうとう映画館と喫茶店のオープンとなる。
「それでは、十時にばるすのやつ第一回目を上映します。一回目の方は、時間に遅れないようにしてください」
「おひい様、私たちは一回目ですよ」
「たのしみですね」
「私たちは二回目だよ~、まちどおしいよ~」
「それまで喫茶店でのんびりしていようね」
「いっしょにまとうね! いっしょに!」
初日の映画館上映について、運営はとりあえずヤナさん担当となった。よくわかんない時には、とりあえず先鋒をやらされるいつもの流れだね。頼りにされているとも言う。そのうちメカ好きさんも担当となって、負担を減らしていく方針だ。ちなみに作品は三回ともばるすのやつ上映で、みんな好きね。
「おちゃください」
「はいなの」
「ほっとけーきありますか」
「たくさんあるの」
「さんどいっちください」
「どのしゅるいにしますなの」
早速上映前に飲み物や軽食を購入する人が出て、ナノさんは大忙しだ。時間がかかるものは、上映前に時間に余裕を見て頼んでおくことも周知したほうがいいかもね。ロス率を下げる意味でも。まあ、上映時間はずらせるんだけど。そんなにカツカツな時間管理はしない方針だからね。
でもすぐ作れて補充ができるポップコーンくらいは、用意しておいた方がいいかもしれない。この辺は運営しながら改善していこう。
ちなみに椅子やテーブルについては、俺からの確認で慌てたメカ好きさんの手配により、エルフ重工のああああ木工さんがいろいろやってくれた。ナノさんの木工技術について、なんとなく察せられるエピソードだ。
「うふ~、とうとうハナたちでえいがかん、やるですね~」
「いろいろ作品を用意するから、みんなで選んでね」
「あい~!」
ハナちゃんも映画館が出来てうれしいようで、運営する点についてもわくわくしているみたいだ。自由裁量が増えているので、やりたいことを実現する機会も増えるだろう。試しに、どんな作品を上映企画したいか聞いてみようかな。
「ハナちゃんは、どんな作品を上映したいかな?」
「これをおすすめされたです~」
「それは――実写版デビル〇マン!」
お袋! どさくさに紛れて何てことを!