第三話 筋肉痛のため
田植え二日目となり、朝から元気に腰痛イベントが再開される。
「~」
なぜかわさわさちゃんが田植えに参加し始めたけど、教えていないのに意外と上手である。植物だけに、勘所がわかるのかな? とりあえずほめておこう。
「上手にできてるね。お手伝い助かるよ」
「~」
ほめてあげると、うれしかったのかぴょ~んと飛んで俺の服にひっついた。ちなみに、わさわさちゃんは田植え作業でどろんこであるわけでして。まあ、俺もそのうちどろんこになるから、遅かれ早かれという感じなので。とりあえずくすぐりして可愛がっておく。
「~」
くすぐるとなんかすっごい喜んでる。そうしてちょっとわさわさちゃんと遊んだりして、満足したのかわさっと田植えに戻っていった。
(コツがあるの)
(……なるほど)
(こうするんだね!)
わさわさちゃんが田植えに戻ると、神様たちも参加してわさわさちゃん担当エリアの進捗がズバ抜け始める。というか、エネルギー体でも苗をつかめるのね……。まあ、仕事が進むならなんでもいいか。
「おれらんところはそんなひろくないから、まあまあらくだな」
「よくばっても、せわできないもんな」
「このくらいがげんかいかね」
あっちの森田んぼとか平原の人たち含む観光客向け田んぼは小規模なので、危なげない感じで出来ているな。もう今日田植え終わっちゃうくらいかも。元族長さんや消防団長さんも、ひょいひょいと作業できてるよ。
「きょうはおてつだいしてみるぞ」
「なんかたいへんそうだけど、やれるだけ」
あとは観光客のみなさんも、そそのかしたら参加表明だね。報酬はきちんと出すので、どしどし頑張って頂きたい。
「今日はがんばるわよ」
「一日ぐらいでどうにかなるとは思えないけど、それはそれ」
「大盛だものね」
昨日撃沈したお世話ドラゴンさんたちも、夕食大盛がかかっているらしく張り切っていた。
「みなさまには申し訳ございませんが、私は見学致します。なにせ沈むので……」
おひい様は沈むから見学みたいだね。無理をしない方針以前に、救助活動が必要になるからだけど、けっこう残念そうだ。でも、俺はおひい様でもコキ使う男なのだよ。お仕事割り振っちゃうからね。
「おひい様、あちらで昼食のおにぎりを作っておりますので、せっかくですから参加なされてはいかがでしょう」
「あ! それはいいですね。ぜひとも仲間に加えて下さい」
おひい様にお仕事をお願いすると、うれしそうな感じで快諾してくれた。ではでは、おにぎりを量産して頂こう。
「いっしょにこねようね! こねようね!」
「まあるくしようね! まあるく!」
「こうするとしっぱいできるよ! こうすると!」
新たなメンバーがやってきて、妖精さんたちもきゃいっきゃいだね。最後のイトカワちゃんアドバイスは、なんだろう失敗学かな? 俺としてはヒヤリハットな感じがするよ。ともあれ、メンバーを再編してじわじわと田植えをしていこう。
そうしてあっという間に午前の部は終わり、お昼を挟んで午後の部開始だ。ここから、疲労が出始めるわけである。
「あや~、まだまだあるですね~」
「きょうは、むりせずやるさ~」
「……」
ハナちゃんたちのエリアでは、残作業量を見積もってハナちゃんが遠い目をしていた。偉い人ちゃんは昨日の教訓を活かし、抑え目にやっている。なお、キツネさんは既に言葉を発する余裕がない模様だ。ちょっと居た堪れないので、休憩エリアへご案内しよう。
「ユキちゃん、無理せず休み休みでいいよ。ほら、休憩所で少し休もう」
「え、ええ……」
「ユキはやすんだほうがいいですね~」
「そ、そうするわね……」
ハナちゃんから見ても心配だったようで、俺とハナちゃんの提案をユキちゃんは素直に受け入れたようだ。でも無理しすぎたのかろくに動けず息も絶え絶えな感じになっているので、抱えて連れて行こう。
「おっ……思わぬ役得が」
お姫様抱っこで輸送すると、ユキちゃんはそんなことをおっしゃって真っ白耳しっぽがぽわんと出た。なんという滑らかな毛ざわりであろうか。ブラッシングしたい。確かにこれは役得である。
「ほら、やっぱり男に持ち上げられるとアガるんですよ」
「完全に実証されましたね」
「私もアガりたい気分なのよ」
休憩所に行くとお疲れお世話ドラゴンさんたちがいたのだが、ま~た変なことを言い始めるわけでして。ただ、疲労困憊なため動けないようだ。
「ま、まあみなさん、ゆっくり休憩してください」
「すいません、腰がどうも痛すぎて……」
「現場作業って大変なのね」
「なので気分がアガる何かが必要かと思うのです」
ドラゴンさんたちをねぎらうと、いろいろ感想がこぼれてくるのだが……最後のはどうしようね。あれかな、田植え終了後のお疲れ会の話でもしようか。
「田植えが終わりましたら、お疲れ会とかしますよ。それを楽しみにしていただければ」
「それはアガりますね!」
「飲み会だわ!」
「男に頼むと気分をアゲてくれるっと!」
どうやらこれでよかったみたいで、ドラゴンさんたちの気分はアゲアゲになったようだ。めでたしめでたしだね。さて、持ち場に戻ろうかな。
「あにゃあにゃ」
「アイ〇ルーが、田植え機を操縦してる……。これはファンタジーなのか、やはり昭和の農村なのか……」
なお現場に戻ると、田植え機で作業しているシャムちゃんをみた魔女さんが、哲学的な問題に直面していた。とりあえず、好きな方で解釈したらいいんじゃないかな?
こんな感じで様々な人間模様とともに、田植えを行う。規模が大きくなったので、四日目昼過ぎまでかかったわけだが――。
「おわったー!」
「ぜんぶうえたわよー!」
「おしごとできたさ~!」
「やったね! やったね!」
なんとか村人一丸となってやり遂げ、みんなで田んぼを眺めて感慨に浸る。
「あや~、なんとかなったですね~」
「腰が……」
「農家の大変さ、身に染みる」
ハナちゃんもお目々キラキラで田んぼを見つめているけど、隣のユキちゃんはもう動けない感じ。魔女さんは体力まだ残っているぽいけど、作業の大変さは身に染みたようだ。まあ、全部手作業でやってたらそうなるのも無理はない。機械でやってても大変だからね。
「大盛……」
「お肉……」
「ふわふわ卵……」
「はいはいわかったから、今日は盛ってあげるからね」
疲労困憊のお世話ドラゴンさんたちは、口々に希望の盛りや献立をつぶやくが……シカ角さんも、がんばったみんなの要望は聞き入れるみたい。ちなみに最後のふわふわ卵要求はおひい様である。おにぎり握るのでここまで疲労するのすごいよね。
まあ今日はもう仕事を終わりにして、休んでもらおう。号令かけるかな。
「はーいみなさんお疲れ様でした、今年の田植えはこれにて完了です。今日はもう仕事を終わりにして、ゆっくり休みましょう」
「「「はーい!」」」
こうしてなんとか田植えは終わり、あとはこまめに様子を見て都度手入れしていくことになる。秋の稲刈りまで、しっかりやっていこう!
「私は子猫亭のディナーにシフトはいりますね」
「あや~、まだまだはたらけるの、すごいです~」
「体力すごい」
ちなみに魔女さんはまた子猫亭のバイトだそうで、ユキちゃんの言う通り体力ほんとすごいよ。
◇
「あや~、これはうごけないですね~」
「筋肉が……悲鳴をあげている……」
「わきゃ~ん……」
「ひさびさに、きたさ~」
「これはなかなか、きついさ~」
田植え終了の翌日、拠点にお泊りしているハナちゃんたちは、案の定筋肉痛でダウンした。おふとんから出られない現象が起きている。
(からだいたい……)
(……きんにくつうかな)
(これはいたい)
なんか神様たちも筋肉痛らしいけど、神輿とエネルギー体でも筋肉痛になるというね。お父さんその辺がよくわからないよ。
「たいへんそうだね! たいへん!」
「もぞもぞしてるね! もぞもぞしてるね!」
「きつそう~」
妖精さんたちはおにぎり製造担当だったため、田植え担当のみなさまとは違って今日も元気できゃいきゃいだけど、筋肉痛メンバーを見て心配そうだ。これはあれだね、まず朝風呂でほぐれて頂こうではないか。
「みんな朝風呂に行って、ゆっくりするのがいいよ。運んであげるから、お風呂道具は用意してね」
「あい~」
「朝から役得……」
「わきゃ~ん、おふろはいいものさ~」
「さうなはいるさ~」
「あったまるのさ~」
朝風呂を提案すると、みなさんゆるゆると準備を始める。お着換えとか見られたらアレなのもあると思うので、外で待っていよう。ということで家の外に出ると、村はしーんとしていた。
「おはよう大志、今日はもうほとんどの村人と観光客が撃沈してるぞ」
しばらくすると、親父と高橋さんがのそのそとやってきて報告してくれた。まあそうだね、みんな筋肉痛か。お手伝いに参加した観光客も、見事に散っているようだ。
「風呂掃除は、田植えしなかったエルフやドワーフのちいさな子供たちと、妖精たちがやってもう終わらせてるぜ。俺が監督したけど、まあ難なくこなしてた」
「そうなんだ、高橋さん現場監督ありがとう」
毎日のお風呂掃除は、田植え担当以外のメンバーがやってくれたそうで、子供たちと妖精さんの活躍がありがたい。あとでお菓子を差し入れしておこう。
ん? よく考えたら、この村って子供も結構こき使っているブラック村なのでは。……考えないようにしよう。
「今日は一日こんな感じだと思うから、手が足りないところがあったらリザードマンたち使ってくれ。報酬は村の共益費から出せばいいだろ」
「そうしよう」
さらに高橋さんが提案してくれたけど、村人のほとんどがダウンしているから、そうするのがいいね。
「タイシ~、じゅんびできたです~」
という話をしているうちに、女性陣の準備ができたようだ。ではでは、お運びしましょうかね。
「それじゃあハナちゃん肩車ね、ユキちゃんは抱えていくよ」
「あい~」
「ありがとうございます……役得」
「神様たちもどうぞ」
(ありがと~)
(……おせわになります)
(たすかる)
まずはハナちゃんとユキちゃんや神様たちを運んでから、次に偉い人ちゃんたちをお運びする。ほどなくして全員温泉に送ったところで、村人たちもぞんびちゃんな感じで温泉に歩いていく様子が見て取れた。温泉に入れば、多少はマシになるかもね。
ただちょっと村の機能がマヒしそうなので、いろいろ見回ってみるかな。
「雑貨屋さんは、おじいちゃんおばあちゃん担当だからやってるな。お料理屋さんは臨時休業で、観光案内も同じくか」
ちらっと巡回してみると、雑貨屋さんはいつも通り営業していた。腕グキさんとステキさんがダウン中なので、お料理屋さんはやっていない。マイスターも撃沈しているので、フクロオオカミに乗っての観光も今日はお休みだ。
「ば~うばう」
「ばうばう」
「モヒヒ」
フクロオオカミもお仕事がないので、ウマさんといっしょにのんびりしていた。今日は村の活動も、ほぼ休止って感じだね。ナノさんもダウンしているから、ホットケーキでお茶するってのもできない。二次産業と三次産業がほとんど休止状態である。
なお甘味が食べたければ、お花畑に行けばキロ単位で爆撃されるため、その辺は大丈夫ではある。あのエリアは甘味だけ物量がすごい。
「お、お風呂までたどりつけない……」
「わたしたち、ここまでなの?」
「うあああ筋肉痛がああああ」
「~……」
そうして見て回っていると、ドラゴンさんたちがじぶんちの前で遭難しかけていた。てかわさわさちゃんも一緒に遭難してる……。聞いた感じでは温泉に行こうとして、すぐさま挫折したっぽい。……救助しておこうかな。
「あ~、温泉までならお運びしましょうか?」
「ぜ、ぜひとも!」
「突然にアガる催し来ましたね!」
「とうとう持ち上げてくれるの!」
「~!」
声をかけると、おひい様を筆頭にドラゴンさんたちがアゲアゲになった。それくらい元気なら、運ばなくても大丈夫じゃないですかね……。わさわさちゃんとか、ぴょ~んとジャンプして俺の服にひっついたし。
「わ、私たちもお願いします……」
「さすがに体に来たね。動けないね」
「運んでくれたら、あとは何とかするよ~」
シカ角さんたち三人娘もさすがにダウンみたいで、運んでほしいオーラがすごいな。まあ彼女たちに免じて、面白ドラゴンさんたちも運んでおこう。
「うっはー! やっぱりアガるやん、っとなんでもございませんよ」
「これは良い気分」
「単位が決められそう」
「男に運ばれるとアガるっと!」
「~」
なお、お運びしたドラゴンさんたちの感想はこうであった。喜んで頂けてなによりですね……。わさわさちゃんも、大喜びで女湯に入っていった。てか、植物に女湯とか男湯とか関係あるの?
とまあこうして遭難者を温泉に輸送する任務を終えて、拠点へぼちぼち戻ろうかと歩き始めたら、平原のお三方がきょろきょろしているのが見えた。どうしたのかな?
「みなさん、おはようございます」
「あ、タイシさんおひさしぶりです」
「あそびにきたかな~」
「ちょっとよていがあって、たうえにはまにあいませんでしたね」
「ばうばう」
「ばう~ん」
おはようの挨拶をすると、お三方とフクロオオカミたちからにこっとお返事がきた。どうやら予定があったようで、今日到着したみたいだね。まあそれは良いのだけど、きょろきょろしていたのはなんでだろう?
「先ほど周囲を見回しておられましたが、どうされました?」
「それがですね、むらがしーんとしてて、どうしたのかなって」
なるほど、今日は村が静かなので不思議がっていたのか。全員筋肉痛だってことをご説明しようじゃないか。
「みなさん田植えで頑張った結果、筋肉痛で今日は一日動けない感じです。もしかしたら明日もですけど」
二日目以降に最大の筋肉痛が襲来する年齢層の人たちもいるから、今日で終わりではないと思う。
「あ~、そういうことですか」
「がんばったのかな~」
「まえはここまでじゃなかったですよね」
ことの顛末を説明すると、お三方はなるほどねって顔になった。三人とも、田植えが重労働だってのはご存じだからね。
「しかしそうすると、どうするか……」
おや? 平原のお父さんがお困り顔になったぞ? 何かあるのかな。
「お困りのようですけど、できることならご相談に乗りますが」
「いやまあ、おこまりってほどでもないのですが……きょうはこれから、おおぜいここにやってきそうなんですよ」
「大勢ですか?」
大勢来るとは、何事ぞ。
「はい、とちゅうのみちで、『そろそろつくわよー!』ってはりきってたしゅうだんをみたんですよ」
「わたしたちはフネできたのですが、けっこうちかいところまできてましたよ」
「おひるには、とうちゃくするんじゃないかな~」
「ばうばう」
へえ、集団がここを目指してやってきているのか。てかフクロオオカミも乗ってこれるフネを、いつの間にか開発したようだ。まあエルフ造船は結構技術力あるから、作ろうと思えばすぐなんだろう。それはさておき、集団がくるとなると、今の村じゃ対応できないな……。
「あ~、確かに大勢だと今の村ではもてなすのが難しいですね……」
「なので、たいへんじゃないかと」
その辺を気遣ってくれたんだな。事前に教えてくれただけでも、だいぶ助かる。とはいえ、団体客が到着するまでそう時間はないから、今からできることもそんなに無いんだよな……。
どうしよう?