第二話 森の遊撃手
午前中はまあ混沌とした田植えになったけど、よくよく考えたら去年もこんなんだった。気にしないことにして、お昼ご飯を食べることにする。
「なんだかんだいって、きょねんよりはすすみぐあいよくね?」
「からだがおぼえてるのかしら」
「こう……なんというか、からだがかってにうごくというか」
おにぎりをバクバク食べながらエルフたちがキャッキャと話しているけど、確かに去年よりはずっと早く仕事が進んでいる。異世界のエルフが、どんどんちたま農民化しているのだ。出で立ちも農村田植えルックなわけで、こうなんというか……農家! って感じがすごい。
「ユキ、どう考えても昭和の農村よね?」
「何なら今でもこうよ。うちの周辺とか」
この雰囲気については、ファンタジーにあこがれる魔女さんが一言物申したい雰囲気を出している。しかし……魔女さんだって現場監督みたいなわけで。今の自分に魔女要素がゼロな点はどう考えているのだろう。
「タイシタイシ~、このおかず、ハナがつくったですよ~」
哲学的問題について思考していると、ハナちゃんが卵焼き食べて食べてって感じで、差し出してくる。それじゃあ、頂きましょうかね。
「ハナちゃんありがと。ほほう、出汁で味付けしてあるんだね。おにぎりによく合って美味しいよ」
「うふ~」
おにぎりは農作業で汗をかくことを意識して、やや塩気を強くしてある。この塩気とハナちゃんが焼いた出汁入り卵焼きが、綺麗に調和しているね。なんというか、薄味で出汁によりやや甘めにしてある卵焼きとおにぎりの塩気が合わさって、ちょうどよくなる感じだ。ハナちゃんきちんと食べ合わせ考えて味付けできるんだよな。子供なのになんかすごいよ。
「私はお味噌汁を作りました。大志さんどうぞ」
「ありがとう」
ユキちゃんはお味噌汁を作ったようで、一口すすると白みその優しい味がした。具材は長ネギだけなんだけど、このシンプルさが良いというか。農作業の合間に飲むのはこれが良いというか。わかってるチョイスだ。
「うちはこれさ~」
「これは見事なたくあん」
偉い人ちゃんはどうやらたくあんを漬けたらしく、かなり立派なのが出てきた。いつの間にこんなのを……。
「ほぞんしょくだってきいて、ためしにつくったらめっちゃうまくできたのさ~」
「味も良いですね、これはよく出来ていますよ」
「わきゃ~ん」
なるほど、保存食実験で作ったら上手くできて、うれしくなっちゃったのか。味は酸味が少なく甘辛い感じで、塩気は抑え気味かな。色は市販のものとは違い手作り感がある薄い黄色って感じなのだが、なんというか旨味が感じられて美味しい。この旨味はなんだろう?
「旨味が出ていておいしいですけど、出汁か何かですか?」
「うちらんところでとれるこざかなをにぼしにして、こなにしたやつをいっしょにつけこんだのさ~」
「おっ、煮干しというか、魚粉で旨味だしているんですね」
「これがおもってたよりおいしくなったのさ~」
川魚なんだろうけど、旨味ぎっしりのやつがドワーフィンには生息しているっぽいな。なかなかどうして、素材の選択が上手なのかもしれない。
「やっぱり農作業の合間に食べるのは、こういうのが良いね」
「そうですね」
「あい~」
「わきゃ~ん」
こうしてほのぼのと昼食を食べていると、午後の農作業もより一層頑張れるって気がしてくるね。
「ゆだんしたところでしっぱいさくだよ! はいぶんまちがえたやつ!」
ぬっ?
「あまさをひきだすためにおしおをいれたら、べつなかんじにおいしくなっちゃった!」
なるほど、それがこの宇宙ステーションな感じのやつか。もうすでにおだんごではないけど、人工物って感じがよく出ている。だけど、太陽光パネルっぽいのは何でできているのだろうか……。
「わたしもよくわからないできだけど、たべてね! たべてね!」
「はい」
ということで、思わず正座になった状態で実食だ。
ほほう、繊細な美味さの中に、なんだか宇宙の味がある――。
◇
何かの深淵を覗いた感じがしたお昼の後は、田植え午後の部だ。はりきって行こう! まあ俺は、田植え機で一気にやっちゃうんだけどね。
「大志さん、よろしくお願いします」
今日はヤナさんと手分けして、お互いの田んぼを機械でなんとかする予定だ。じゃんじゃん植えよう。
「わー! くさがどんどんはえてく!」
「あれ、たべられるやつをうえるなんかなんだって」
「わざわざくさをなんかするんだ、ふしぎ~!」
田植えマシンエリアでは、観光客エルフが機械で植えられる様子を見て大はしゃぎしていた。まあ、よくわからないメカがよくわからないけどなんかしてるの、見てると結構楽しいよね。
「うわわわわ、あんな勢いで田植え出来るのですね!」
「近くで見ると驚きですねこれは」
「ああいう道具があったら便利だね。たくさんお米がつくれるね」
「あっという間だよ~」
なんだかおひい様やドラゴン三人娘も、しゅるしゅると歩きながら田植え機を見学している。実際に稼働しているところを、間近で見てみたかったんだな。これは社会勉強でもあるので、おサボりではないのだろう。
「男の田植えは早いっと」
「筋肉で動かしているのかしら」
「あのなんか植えるやつを動かしているの、男だけよね」
ついでにお世話ドラゴンさんたちも見物しているのだが、どんどん間違った男理論が論文化されている気がしてならぬのだ。まあ、あまりにアレなら反論の論文を書いて提出しよう。……査読通るよね?
とまあギャラリーが大興奮の田植え機エリアであるけど、機械でやっているため順調に作業は進んでいく。そろそろ休憩しよう。
「おう大志、そっちが休憩しているあいだに、俺がやっとくぞ」
「じいちゃんありがと」
「あにゃにゃ」
「~」
「――」
「シャムちゃんもありがと」
俺が小休止している間は、じいちゃんと、なぜかオバケたちを引き連れたシャムちゃんが引き継いでくれるようだ。こうやって交代で機械をずっと動かすので、恐ろしい速度で作業が進むな。まあ休憩がてら、手植えグループを見て回ろう。
ということで腰痛エリアへと足を運ぶ。
「あ、大志さんこっちは順調ですよ」
現地に行くと、果たして魔女さんがけっこうな速度で田植えをしていた。さらにいうとペースが落ちないし、腰痛で目からハイライトが消えてもいない。
「けっこうすごい成果出てますね。田植え経験者ですか?」
「いえ? 今日が初めてですけど、体力には自信があるんです」
「初めてでこれはとても凄いですよ。大したものです」
「お役に立てて何よりですね」
田植え経験者かと思って聞いてみたら、そうではないらしい。宝石加工などの器用さと、土建のバイトで培った体力が融合した結果ぽいね。意外なところに野球選手の大谷さんみたいなのが居たって感じ。つまりそれくらいすごいのである。
「お、おおう……腰が……」
なお、キツネさんはうつろな目になっていた。田植え初めての魔女さんに、圧倒的に負けているこの現実に俺はどう対処してよいかがわからない。とりあえず励ましておこう。
「ユキちゃんも頑張っていて、心強いよ。無理せず出来るところまでで良いからね」
「は、はい……」
ねぎらいの言葉をかけると、お疲れの様子ではあるがすごく嬉しそうな顔になられた。でもまあ、無理させないよう気を付けておこう。よそ様の娘さんだから、大事にしないと。
決して怒らせたら祟りが怖いからそうするのではない。そのはずだ。
「あや~、ハナもけっこうできたです~」
「ハナちゃんは相変わらず順調だね。そろそろ休憩しよう」
「そうするです~」
ハナちゃんは危なげない感じで、ペース配分もばっちりといったところか。まだまだ元気だけど、無理は禁物なので休憩エリアで休んでもらうことにした。
「あわきゃ~ん……なんかこしが……」
「くびもなんか……」
「……」
「あの、あまり無理をせずとも大丈夫ですよ。こちらには機械がありますので。というか休憩してください」
ハナちゃんエリアのお隣では、偉い人ちゃんとお供ちゃんたちが案の定な状態になっておりますな。でも三人とも、接待がてらの体験会みたいなものなのに、すっごく真面目にお仕事してくれている。そういうところがあるから、湖でも偉い立場になったのだろう。なんにせよ、良い人たちである。あとで思い切り接待しておこう。
「わきゃ~ん、おことばにあまえて、ちょっとやすむさ~」
「そういえばうちら、こういうおしごとは、とくいじゃなかったさ~」
「うんどうぶそくさ~」
偉い人ちゃんたちを休憩エリアにご案内して、救助完了だ。それでは、次にドラゴンさんエリアを見て回ろう。
「もう……動けない……」
「田植えのキツさ、わかってなかったの……」
「この腰痛を論文に……」
現地では、お世話ドラゴンさんたちが全滅していた。稲作していたはずなのに、どうして……。
「あの、みなさん稲作をされていたのですよね?」
「私たちは、文官ですので……こういった実作業はしたことないのです」
「そもそもあまり外に出ませんので……」
「事務処理は得意なのですが」
聞いてみると、お世話ドラゴンさんたちは文官なため、現場作業では体力がおっつかないようである。まあ、聞いてみるとそうかもなって思う。でも同じ文官のシカ角さんをはじめとした三人娘は、ひょいひょいと出来ているんだよな。この違いはなんだろう?
「そちらは体力的に大丈夫ですか?」
「まあ、私たちは現場からの叩き上げですから。調整のために動き回ったりもしますので、体力はあるほうですね」
「その辺に自信があったから、おひい様の救助隊に入れたんだよ~」
「鍛えといてそんはないからね。今でも運動はしてるね。太らないためにもね」
三人からそれぞれ回答をもらったけど、なるほど現場からの叩き上げ組ってやつなのか。ドラゴン社会にもそういうのあるんだな。確かにおひい様の移動が遅れたとき、猛吹雪と豪雪の中救助に向かえるだけの体力はあったのだから、これくらいなら大丈夫なんだろう。
「うう、あまりお力になれなくて申し訳ございません……」
そうして話している三人娘の後ろでは、おひい様がしんなりしておられる。でも、うちとしても無理をさせたいわけじゃないからね。
「無理せずぼちぼちやりましょう。私たちも手をお貸ししますので」
「お言葉に甘えます」
無理してもいいことはないのがわかっているのか、おひい様の指揮のもとお世話ドラゴンさんたちも休憩して回復フェーズに突入だ。ゆっくり休んで頂きたい。
なお遅れが挽回できなくなったため、夕食抜きの刑を回避することが難しくなったのはどうしよう。……がんばりをアピールして、とりなして貰うのが一番かな?
こうして田植えの時間は過ぎて行き、夕方前に本日の作業は終わりとなった。
「けっこう早く作業が進んでいますので、予定より早く田植えはできそうです。明日も無理せずぼちぼちやりましょう」
「「「はーい」」」
締めのあいさつをして、みんなで村に帰還する。そして温泉に直行な感じ。俺もお風呂入ろう。
「ハナちゃん、今日はお風呂に入ったあとご飯食べて、サクッとお休みしようね」
「あい~、はやくねるですよ~」
「うちもおんせんはいって、つかれをいやすさ~」
「私もそうします」
ハナちゃんも偉い人ちゃんも、ユキちゃんもお疲れだ。温泉にゆっくり浸かって休むのが良いよね。ちなみに魔女さんは子猫亭のディナーシフトがあるそうで、働きに向かった。体力お化けである。
「わたしたちはおだんごこねるね! おだんご!」
「ゆうしょくにたべてね! たべてね!」
「しっぱいするはずがせいこうしちゃった! まさかのしっぱい!」
妖精さんたちは、ありがたいことに夕食をこさえてくれるようだ。疲れているとき自分で作るのけっこう大変だから、これは助かる。ただ、イトカワちゃんの発言が非常に気になるところなのだが。成功するのが失敗とは?
ともあれみんなで温泉に行って、それぞれ男湯と女湯に分かれて回復の泉へGOだ。
「ああ~、とける~」
「たうえのあとのおんせん、たまらんじゃん」
「てあしがぴりぴりするのが、いいんだよな~」
男湯に入ると、田植えエルフたちがぬる湯につかってふわふわしていた。そうそう、動いて疲れているときに温泉入ると、気持ちよくてたまらんのだよね。俺も体を洗ってからゆっくり温まろう。
「おふろあがりは、ラーメンたべるじゃん」
「そうしよう」
「すぐにできるのがいいよね」
マイスターたちの夕食はインスタントラーメンか。まあ、お風呂上りにラーメンは抜群に美味しいんだよな。女子エルフも今日のお料理はめんどいだろうから、ラーメンでも良いんじゃないかなと思う。無理して作らなくたって、良い時もあるのだ。
こんな感じでのんびりと温泉を楽しみ、ハナちゃんたちが出てくるのを待つ。
「今日はみんながんばったみたいだから、晩御飯抜きの刑は執行猶予とするわ」
「やったあああ!」
「大盛で!」
待機中にお風呂上りドラゴンさんたちが、そんな感じで盛り上がりながら出てきた。頑張りは認めてもらったようで、何よりだね。
「タイシ~、おふろあがったです~」
「お待たせしました」
「ほかほかさ~」
「おふろはいいね! おふろはいいね!」
ほんわかとドラゴンさんを見送っていると、ハナちゃんたちもお風呂から出てきた。ではでは、拠点に帰って夕食としよう。今日の献立は、妖精さん渾身のお団子定食である。
「あ、これお惣菜パンみたいで良いですよ!」
「おいしいですね~」
「わきゃ~ん、こういうのもよいさ~」
果たしてお味はユキちゃんが言った通り、お惣菜パンみたいで美味しかった。中身がカレーだったりツナマヨだったり、チーズたっぷりだったりとバリエーション豊かである。妖精さん、こういうのも作れたんだな。
「ほめられちゃった! ほめられちゃった!」
「おいしくできたやつ~」
「せいこうしちゃったやつ~」
ちなみにイトカワちゃんの成功しちゃったやつが、カレーパン風お団子である。こういうのでいいんだよ、こういうので。
そして楽しく夕食を食べた後は、もう速攻寝るのである。本日もまた、女子たちが拠点にお泊りなのだが。
「うふ~、タイシとおねむするのはいいですね~」
「同衾……」
「わきゃ~ん、あんしんかんがあるさ~」
「なんだかよくねむれるからね! ぐっすりだからね!」
ハイテンションなみなさんだけど、お布団に入ったらすぐさまうとうとだ。俺もさっさと寝ちゃおZZZ。
◇
ここはとある世界の、とある村。
みんな田植えでお疲れなのか、今日は早めに寝ちゃったみたい。静かな村は、夜も平和そのものですね。
――しかしそんな平穏のなか、一つの暗躍する影がありました。
「~」
ご機嫌でわさわさと移動する、わさわさちゃんです。みんなが寝静まった隙に、あっちへわさわさ、こっちへわさわさと動いています。これは……こっそりバイオハザードするつもりでしょうか。大変ですよ、朝起きたら森が出来ちゃってる事件が発生しそうです。
「~」
だーれも止める者がいない夜、じっくりと候補地を選定するわさわさちゃんですが、油断するとやらかすわけですね。これはどうしたものやら……。
「ぴ?」
と思っていると、巡回ワサビちゃんが不審わさわさちゃんを発見しました。この子は夜のお散歩がてら、村を巡回して警備してますからね。
「ぴぴぴっ!」
不審植物わさわさちゃんに職務質問すべく、巡回ワサビちゃんが近づいていきました。すると――。
「~!」
「ぴー!」
わさわさちゃん、ものすごいスピードで逃げ出しました! やましいことがあるので、捕まらないよう逃走開始です!
「ぴ~! ぴぴぴぴ!」
あまりのスピードに、さすがのワサビちゃんも追いつけません! あっというまに振り切られてしまいました……。
「ぴ!」
不審植物を取り逃した巡回ワサビちゃんは、すぐさまエルフの森に駆け込みましたが、どうするのかな?
「ぴっぴっぴ」
「……」
おや? クラゲちゃんに向かって、何か話しかけていますね。クラゲちゃんは、ふわふわ漂って特にリアクションしていないように見えますが。
「……!」
と思ったら、クラゲちゃんがひゅいんって感じですっとんで行きました! あの子、こんなに早く動けるんですね。今まで単に漂って、通行人に甘噛みするだけかと思ってましたよこれ。と感心している場合ではなくて、クラゲちゃんを追跡してみましょう!
「……」
「~……」
あれ? クラゲちゃんが戻ってきました。なんと、わさわさちゃんを捕獲した状態で。
「ぴっぴ~」
「~?」
「……」
そして哀れ捕獲されたわさわさちゃんに、巡回ワサビちゃんがいろいろ説明しているような感じです。クラゲちゃんにつかまれた状態で、その説明を聞いている容疑者わさわさちゃん、いろいろ考え始めたみたい。
「ぴ~」
「~」
そして一通り説明を聞いて納得したのか、わさわさちゃんとワサビちゃんで何か合意が得られたようで、クラゲちゃんから解放されました。自由になったわさわさちゃんは、そそくさとドラゴンさんハウスに戻っていきます。よかった、バイオハザードをを未然に防ぎましたよこれ。
「ぴ~」
「……」
それを見送ったお手柄巡回ワサビちゃんは、クラゲちゃんに手を上げて挨拶というか、お礼なんですかね? しています。クラゲちゃんも、触手をひらひらさせて戻っていきました。
……なんでしょう、この森の動く植物は、それぞれコミュニケーションして、お互い協力しあっているような……。
「ぴっぴ~」
やがて一仕事終えた巡回ワサビちゃんは、光るやつが置いてある畑にご機嫌で戻っていきました。今日は大活躍でしたね!
こうしてバイオハザードは防がれましたが、謎植物たちの変な生態の一端も垣間見えて面白い夜でした。というか、大志も村人たちも知らないままに、どんどん謎植物たちが変な社会を作り始めていますけど、それはそれでバイオハザードなんじゃないかと思うのですが……。
まあ引き続き、要注意の植物たちを見守っていきましょうかね。