第十六話 こちらの料理は興味深い
こっちの里に来て顔見せや無事の報告も終わり、決めごとも調印出来た。あとやる事と言えば、こちらからのお礼の品についての説明だね。
本当ならお供ドラゴンさんに説明する予定だったのだけど、こっちのおひい様が自ら出向いてくれたので、さくっと説明しちゃおう。
こっちのおひい様はそれを忘れて、俺観察始めちゃったのだけれど。
「お礼の品につきまして、説明したいと思います」
「……はい」
こっちのおひい様がニコニコと目録を取り出したけど、今回は色々持ってきた。
「まずは甘味料として、お砂糖ですね」
「……目録によると、高純度な糖らしいですが」
「ほぼ純粋な結晶になるまで精製してあります」
うちのおひい様によれば、ドラゴンのみなさまは甘い物が大好きだそうで。でもちたまのお砂糖ほど高純度な糖は精製出来ないため、リューンではかなりの価値になるそうだ。
自分たちで使っても良いけど、主によその森とのやり取りで、相手のおひい様を喜ばすために使うのが良いのではと備考に書いてはある。
「どれくらい甘いかの参考に、氷砂糖を用意致しました」
「……あら! 本当に氷みたいですね!」
シカ角さんがすかさずこっちのおひい様に、雅な漆塗りっぽいお皿に盛った氷砂糖をすすっと献上した。……ドラゴンさんたちって、漆塗りの技法持ってるのかな?
「……どれどれ……うっわ! これめっちゃ甘いやん!」
漆塗りっぽいお皿に気をとられていたら、こっちのおひい様が毒味も無しに味見しておる。警戒心なさ過ぎでは。
「ホントですか? あらほんと!」
「これはびっくりですね」
そして二人のお供さんたちも、ひょいぱくっと氷砂糖を味見しておられる。この無警戒さ、お父さん心配だよ。
「お砂糖の活用方法につきましては、資料を参照ください」
「……目録にある、これですね」
「そうです」
警戒心なさ過ぎドラゴンさんたちをニコニコと見つめながら、うちのおひい様が説明を続ける。
これはシカ角さんたちが二年間の間にまとめた、「自分たちの世界で使えそうなちたま技術資料集」のことである。彼女たちは、伊達にちたまで過ごしていた訳ではないってことだね。
今回のお礼の品は、基本的にその資料集を元に用意したものだ。
「代表例としては、お芋のお酒を蒸留して出来た『焼酎』というものにこの氷砂糖を添加し、果物をつけ込んだ果実酒等ですね」
「……この『蒸留器』を使えば、その『焼酎』が出来るわけですね」
「そうなります」
シカ角さんがまず真っ先にお酒の作り方を説明するあたり、ウワバミである。
それはともかく、ちたま蒸留器とその使い方や、蒸留についてのあれこれも資料化してあるのが流石である。
「他には――」
いつの間にかシカ角さんが全部説明しちゃっているけど、目録のほとんどは技術にまつわる物だ。
和紙のようなドラゴン紙の品質向上とその道具サンプルや、製鉄関連技術とか。他にも医療技術だったり概念だったりと盛りだくさんだね。当然、稲作についての物もある。
そう、お礼の品は知的財産なのだ。蒸留の技法も、本来の目的は消毒薬用途なのである。こちらで持て余しそうな物や危険な物は極力省いてあるから、まあ大丈夫だろうとは思う。
どうしてもってやつは、そこかしこに注意と事故事例が書いてある。俺も選別に参加して、問題ある技術はNGを出したし。発動機や回転するもの、あと高圧系も危なすぎるのでやめようとかね。
ひとまず、現状ある物を改善するレベルにとどめてある。
「最後に、稲の新品種についてです」
色々説明したのち、シカ角さんがそう言ってうちのおひい様を見る。これは結構難しい物だけに、流石にトップが説明した方が良いよね。
「……新品種ですか」
「はい、大志さんたちの世界で改良された、品種となります」
これもシカ角さんたちが、コツコツ資料をまとめて種籾を用意した物だ。寒い地方でも良く育つ種や、塩害に比較的強い種とか、病害虫に強い品種もある。要するに生産量をなんとかしたいって所だね。
「……森に近い水田なら、試験出来そうですね」
「そうですね。森から遠い畑については、従来品種の方が育つと思われます」
資料を読みながら、こっちのおひい様が頷いた。リューンではちたまの農薬が利用できないため、持ってきた品種が上手く育つかはやってみないとわからない。木酢液の精製方法も資料にはあるけど、どれくらい効くかも分からない。とにかく試してみようって段階らしいけど、どうなるかは俺にも分からないな。ただ交雑するとまずいので、畑は距離を開けてねとはアドバイスしてあるけど。
あと塩害については、リューン伝統品種の方が強いのでは、という指摘もしてある。その点ちょっと確認してみよう。
「こちらの水田は、森から離れるほど塩分濃度が上がるのですよね?」
「……はい、どうしても、地中から染み出してしまうのです」
「お招き頂いた際に水田を拝見致しましたが、それでも生育は良いように感じられました。この世界の稲は、塩害に極めて強い品種と考えております」
この森に入る前に通過したあの水田だけど、良い感じに生育していた。あれをみてほぼ確信出来たけど、リューン稲は塩害に強いと考えられる。
ちたまの稲も凄いけど、こちらの稲だって負けてはいないんだろうな。
「……成功するかは分かりませんが、やってみる価値はあると思います」
「それぞれの品種につきまして、栽培法方も資料にございます」
「……試験場を、整備する必要がありますね」
そしてしばらく資料をじっと見ていたこっちのおひい様だけど、やる気になったようだ。白いしっぽが、ピシっと伸びた。なんというか、分かりやすい。
「毎日気温や作物の状態をしっかり記録してください。それが肝となります」
「……『かめら』と『百葉箱』ですね。こちらもありがたく使わせて頂きます」
農業はとにもかくにも気温とお天道様と水と肥料だ。必要な物沢山あるな……。
まあ気温とお天道様はどうにもならないので、とにかく記録しまくるのだ。そのためにインスタントカメラとその運用方法も目録に入っている。
「このかめらってやつ、ほんま凄いんよ。ちょっと写真撮ったるから」
「……光ったやん」
「ほれほれ、見てみい。これ見たまんまを、写しとるんやよ」
「……ほんまやん!」
そしてうちのおひい様がカメラを実演し、こっちのおひい様とキャッキャし始めた。どうやらおひい様同士、すっごい仲良しみたい。フィルムと電池はおびただしいほど用意してあるので、計画的に使ってね。一応二次電池とソーラーパネルで充電する物も用意してあるので、電源は大丈夫かなと思う。
ともあれシカ角さんたちがまとめた技術資料と、こちらで実験を始めるとっかかりの品々は譲渡された。あとは、リューンの方々がなんとかする流れだね。
「大志さんの写真も沢山あるんやよ。論文用やね」
「……それも目録に入れて欲しいんやけど」
「今撮ればええんやない?」
「……せやな。自分で資料作ればええんや」
ん?
◇
散々写真撮影されたあとは場所を移して、お互いの無事を祝ってのささやかな宴が始まる。
室内の光源は献上品のLEDライトがさっそく使われているあたり、ドラゴンさんたちの柔軟さが見受けられるな。
「タイシおつかれです?」
「いろんな姿勢とったからね。でもちょっとくらいだから、大丈夫だよ」
「ご協力ありがとうございました」
室内を見渡していると、ハナちゃんがさっきの撮影会でお疲れの俺を心配してくれた。まあ慣れてない事したからちょっと疲れただけかな。うちのおひい様も、ほくほく顔でお礼を言ってくれている。
でも今回撮影されまくった事で良く分かったけど、モデルさんって凄いんだなと。
「フフフ……思い出沢山」
ちなみになぜかユキちゃんも、便乗して撮影していた。思い出沢山らしい。
それはさておき、宴はいつも俺たちがやっているバイキング方式ではなく、お膳て感じで出てくるそうだ。ちょっと楽しみ。
「あら、平安時代の宮廷料理みたいな感じね」
そしてお膳が運ばれてくると、お袋がそう言ってキャッキャした。ほほう、そうなのか。
献立はすごい山盛りご飯に、鳥肉っぽいのが入ったお吸い物と、鮎っぽいお魚の焼き物があるな。あとは、赤米かな? のお茶漬けみたいなやつもある。他には味噌みたいなやつとか、酢の物みたいなやつとか、なんか薄茶色で四角いやつもか。卵料理もあったりして、十五品目くらいあるな。いろいろ味が想像出来ない物が多くて、食べてみないとわからない。
これらが盛られた器は、漆器かな? 美しい装飾がされており、高価な食器ぽいね。そろえておいてある箸も、黒塗りで高級そうだ。
「あや~、さどのおんせんりょかんのやつ、おもいだすですね~」
「お膳で食べるの、久しぶりだよね」
「あい~」
ハナちゃんもお料理を見て好奇心をばくはつさせており、まあ確かに佐渡旅行で宿泊した旅館のお膳料理を思い出させるね。
「これは豪華ですね。品目数から見るとおり、歓迎されております」
シカ角さんも、お料理の品目とかを判断したのか、ニコニコしている。
現代ちたま先進国のように生産力が高く、輸入し放題で自由化された社会では、いろんな種類のお料理を並べて食べられる。
でもこっちのように生産力に限界があったり、交通網の関係上輸入がほいほい出来ない社会では、多品種の料理を揃えるのはかなり大変で、贅沢でもある。
こうしたところからも歓迎されているのがわかり、こちらもにっこりだね。
「それでは、始めましょうか。みなさん、杯を掲げてください」
お料理を興味深く見ていると、こっちのおひい様が宴の開催を宣言だね。うちのおひい様がそれを受けて、お膳にある一つの杯を手に取った。俺たちもマネしよう。と、手に取ったら、ふわっとアルコールの香りした。……これ、日本酒っぽいやつだな。
俺たちは良いけど、ハナちゃんは子供だから……。
「ご安心ください、ハナちゃんのはお水にしてありますので」
「あえ? ハナのだけちがうです?」
「これはお酒ですので」
「なるほどです~」
チラリとうちのおひい様を見ると、そこも考慮済みらしい。細かいところ気が利いていて助かるな。
ハナちゃんもお酒を飲む気はないので、説明を聞いて安心顔である。
「では、乾杯」
そうしてこちらの準備を確認したのち、こっちのおひい様が乾杯の音頭を取ってぐいっと杯を飲み干した。それに続いてうちのおひい様も一気飲みしたので、俺たちも続こう。
「おっ! このお酒美味しいですね」
「するっとのめちゃうさ~」
「いいかおり、するさ~」
「たまらんさ~」
マネしてぐいっと飲むと、まろやかな甘みとアルコールの味が舌に広がり、そして爽やかな柑橘系の香りが抜けていった。大吟醸の上物って感じだ。
お酒大好きドワーフちゃんたちも、わきゃわきゃと喜んでいる。
「それでは、頂きましょう」
乾杯が終わったところで、いざお食事タイム開始らしい。こっちのおひい様が食べ始めたのを見て、うちのおひい様も山盛りご飯を手に取った。
「なるほど、上品な味付けで美味ですね」
「そう言って頂けると、用意した甲斐がございます」
「おいしいですね~」
各種おかずの味付けは繊細で、薄くも無く濃くも無く、ほどよい感じだ。基本的に、素材の旨みを塩で引き出すコンセプトっぽいね。なんというか、舌に優しい会席料理って感じがする。山盛りご飯は流石にコシヒカリレベルとは行かない物の、日常的に食べるのは何ら問題ない水準にある。結構高度な稲作をしている感じがするな。
お吸い物みたいなのも、まさに鶏肉って感じで安心出来る味だ。あと鮎っぽいお魚の塩焼きが抜群に美味い。これはご飯が進む。
「ハナちゃん美味しいね」
「ですね~」
うふうふと食べているハナちゃんに話しかけると、ニッコニコでお返事だ。ちたまで散々和食を食べているから、こういう味にも慣れているよね。
「異世界宮廷料理……まさにごちそう」
「普通は食べられないよね。凄い体験」
魔女さんは異世界料理ってだけでお目々キラキラだけど、味も宮廷料理レベルなので今回は本当にごちそうである。
ユキちゃんも一緒に上品に食べているけど、耳しっぽでてますよ。
他の参加メンバーも美味しそうに食べているので、献立のチョイスは大成功みたいだ。
「あらこれ、『蘇』じゃない!」
そうしているうちに、お袋が薄茶色の四角いやつを食べてびっくりしていた。
それが何なのか良く分からないけど、俺もちょっと試してみよう。……おっ! 濃厚なミルクの香りと甘みが!
他にもちょっとしたキャラメルっぽい風味があり、僅かに塩気も感じられる。
これは食べたことが無いな。お袋が知っているみたいだから、聞いてみよう。
「お袋、これって何?」
「さっきも言ったけど、『蘇』よ。動物のお乳を煮詰めて作る、チーズみたいな物ね」
「お乳を煮詰めるとこんな風になるんだ」
「ものすっごい手間と時間とコストがかかる、まさに貴族の食べ物よ。日本では文武天皇が作らせたと記録には残っているわね」
「なんだか、すごそうです~」
お袋が好奇心あふれる感じで説明してくれたけど、それを聞いた他の方々もちまちまっと食べてびっくりしていた。ハナちゃんもちまっと食べて、ちょっとびっくりしている。
「私たちも、森にいた時にはたまに食べてました。あとクモにあげると大喜びで、沢山糸を出してくれるんですよ」
続けてシカ角さんも説明に加わったけど、クモさんにあげてたとな。……なるほど、だからあの子たちは、ミルクキャラメルが大好きなんだな。うちの村で糸をたんまり出してくれるのは、それをあげていたからなのか。
知らず知らずのうちに、リューンと似たような事をうちの村でもやっていたってわけだ。クモさんを自腹でかわいがっているハナちゃんのひいおばあちゃん、ありがとう案件ではないか。
「やっぱり、色々旅したり話を聞くのは大事ですね。だから、クモさんたちはこれと似た味のキャラメルが大好きだったんですか」
「うちの子たちをかわいがってくれていて、ありがたいことです」
特にクモさんを育てていたっぽいシカ角さんは、すごく嬉しそうにそう言った。俺たちがドラゴンさんたちに信用されたり歓迎されるのは、そうした積み重ねもあっての事かもしれないな。世の中、持ちつ持たれつって感じか。
こうして面白いことが判明したりしながら、美味しくお食事は終わる。
だがまだまだ、宴は続くのだ。
「まだまだ宴は始まったばかりです。お酒を飲みますよ!」
ある程度お腹に食べ物を入れたところで、こっちのおひい様号令のもと酒宴が始まった。まあ確かに、酔っ払った状態で宮廷料理を食べても、味とか吹っ飛ぶからね。その辺色々考えてあるらしい。
「わきゃ~ん、おさけさ~」
「ガンガンのむさ~」
「まってましたさ~」
偉い人ちゃんたちもエンジンの回転数をあげ、お酒のおかわりを始める。手をすっとあげると、お世話ドラゴンさんたちがすすすっとやってきて注いでくれるのだ。至れり尽くせりである。
「色々取りそろえてございますので、遠慮無くお申し付けください」
「この、からくちのをおかわりおねがいしますさ~」
「うちもさ~」
「うちは、このあまいやつをおねがいするさ~」
こうしてちまっとしたおつまみと共に、ドラゴン酒がどしどし出てくるようになった。
基本は日本酒っぽいやつが多いのだけど、果実酒やお芋の香りがするのも出てきてバリエーション豊富である。
「ささ、大志さんもどうぞ。どうぞどうぞ!」
「え、ええ……頂きます」
そしてなぜか、こっちのおひい様がいつの間にか隣に座っており、どばばとお酒を注いでくれる。……この森トップの権力者なのに、俺にお酌して良いの?
「あ、うちもやるで」
「では、私も」
「ハナもです~」
「せっかくだから、わたしたちもだね! わたしたちも!」
「じゃあじゃあ、うちらもさ~」
というかうちのおひい様やユキちゃんと、ハナちゃんや妖精さんたちも参加した。偉い人ちゃんもやってきて、みんなでドババと注いでくれる。
お腹が液体で満たされてしまう……。
「良い飲みっぷりやん! イケるクチやな」
「え、ええまあ」
俺はお酒を大量に飲んでも酔わないため、こっちのおひい様がどんどんノリノリになってきている。というか、このお方、酔っておられるな……。
そうして身分的に大丈夫なのか心配な酒宴が開始されたけど、お供ドラゴンさんたちも何も言ってこないので、良いんだろうと思ってガバガバみんなでお酒を飲むわけだ。
最初にあった高級な雰囲気はどこかにすっ飛び、居酒屋みたいな騒がしさになっていく。
「色々お話せな。せっかくの機会やし」
「せやせや」
もう訛り全然隠さない感じで、ホワイトドラゴンさんたち二人がお話しようと言う感じで絡んでくるわけですな。まあせっかくだから、色々お話しよう。とりあえずは、あの卵についてかな。何か知っていること、あるのではと。
「えっとですね……あの不思議な『卵』のことをお聞きしたいのですが。何かご存じですか?」
「あの卵なら、元々歴代の姫が入ってたやつやで」
「なぬ?」
こっちのおひい様が「それがどしたん?」的な感じで答えたのだが……。歴代の姫が、入っていたやつ、とな?
一体どう言うことだ?