第十五話 試される腹筋
「では、こちらへどうぞ」
面白ドラゴンさんたちに色々観察されたのち、なんかオーケーが出た。みなさんほくほくしており、ご満足頂けたようだ。
まあ友好的な感じなので、悪い気はしないのだが。
「タイシやさしいですからね~」
「明らかに大丈夫そうな人、選んでるよね」
「確かな鑑識眼」
(あんしん)
ハナちゃんやユキちゃんが、俺が狙われる理由を述べているが、そうなのだろうか。魔女さんと神輿もうんうん頷いておる。
これはあれか、俺の人畜無害オーラがしみ出してるからかな? 流石俺。
「だいじょうぶそうなかんじは、たしかにするさ~」
「おうさまだからね! おうさま!」
「おおらか~」
「きゃい~」
ほら、偉い人ちゃんや妖精さんたちも、俺の醸す安心オーラを評価しておる。
人徳がなんかこう、その辺からジワっと良い感じになんかしてるかもだな。
「まあ大志が一番ゆるいからな」
「顔からしてそれ」
「この無警戒さ、母さん心配よ」
調子こいていたら、親父と高橋さんから狙撃を頂いた。お袋からもなぜか心配されるのだけど、俺は危機管理に自信があるのだが。
「ささ、姫君とお会いしましょう」
おっと、そういや目的はそれだった。さんざん俺を観察してつやつや顔になったおひい様が、しゃららんと先を促しているよ。
「では、向かいますか」
「シャベッタ」
「やっぱりしゃべるのね」
「しゃべらずにはいられない」
「意思疎通は可能と」
おひい様にお返事したら、周りに控えていた面白ドラゴンさんたちがひそひそと……。しゃべりますがな。
というか親父や高橋さんもしゃべってたでしょ。
常識的に考えて、俺より高橋さんのほうが珍しくない? 唯一のリザードマンだよ?
――あ! ごまかす石付けてるから目立たないのか! なるほど対策ばっちりではないか。
まあ俺は顔を覚えてもらう目的もあるので、その選択はできないのだけど。
「さささ、行きましょう」
この様子が微笑ましいのか、なんだかおひい様にっこにこで、俺の背中をさあさあと押して先を進む。
え? 俺が先頭歩いちゃって良いの? 何かこう儀礼的にあれこれあるのでは?
「こちらでございます」
しかし案内ドラゴンさんとか周囲に控えている方々は、なんか別段気にした様子も無い感じだ。というかめっちゃ俺のこと見てる。お目々キラキラしてる。シーラカンスを見つけた学者みたいな顔してるよ。
「さささ、どうぞどうぞ」
そんな感じでおひい様が背中を押すので、なぜか俺が先頭を歩いている感じで建物の中を進む。
「こちらでお清めを行います」
やがて一段高い床があるところまで進むと、なんかそんなことを言われ、また囲まれたわけだが。
「あ、大志さんたちはお履き物を脱ぐだけで良いですよ」
そう言いながら、おひい様が前に出ると、控えていたドラゴンさんたちが集まって布で蛇部分をふきふきし始めた。一緒に来たドラゴンさんたちも同様だ。
なるほど、こっから先は土足厳禁って感じなんだな。でもドラゴンさんたちは靴を履かないので、拭いて綺麗にするってわけか。
つまりこれから先が、屋内本番って所かも。今までのは単なる回廊みたいな。
「土足の扱いについては、事前にすりあわせしておきました」
「なるほど」
確かに、二本足と一本足では文化は異なるよね。ちらりと、ドラゴンカルチャーの一端が見えた感じだ。
「わたしたちは? わたしたち!」
「空を飛んでいるので、そのままでよろしいかと」
「わかった! わかった!」
なお、妖精さんは空中を飛行しているため、そのまんまでオーケーらしい。
おひい様こういう細かいところ、すり合わせしてくれていたんだな。流石上流階級の気配りって感じだよ。
「お清めしますね」
「必要は特にありませんが、せっかくだから」
「いい機会ですし」
えっちょっとまって、二本足グループは靴脱ぐだけで良いんだよね?
なんでみなさん、俺だけ囲むの?
「ほほう、お肌に張りがあるわ」
「見習いたい」
「良い匂いがするわね」
とまあなぜか俺だけ、顔とか腕とかフキフキしてもらった。さっぱり爽快である。
意外と至れり尽くせりなのでは? という思考がよぎるけど、それに浸かると洗脳される気がしてならない。自分をしっかり持っていこう!
「では、どうぞ」
そうしてドラゴンさんたちのお清めが終わった後は、また「さささ」と背中を押されてなぜか俺が先頭で建物の中を進む。板張りの床はしっかり作ってあって、真っ平らなのが技術の高さを感じさせるな。
「こちらの部屋へどうぞ」
きょろきょろとしながら進むうち、一つの大きな部屋へと案内された。なんだか、大広間みたいなお座敷みたいな所だな。奥の方はベールがかかっており、一段高くなっている。
「こちらにお座りください」
手前の方は結構ゴージャスな感じの座布団が人数分敷かれており、そこに座るよう案内された。
当然おひい様は一番前だよね。でも、なぜ座布団が二つ並んでいるのだろうか。
「大志さんは、こちらへお座りください」
疑問に思っていると、おひい様が隣の座布団を手のひらで示すわけだが。
そこに俺が座っちゃって良いの?
「私がここで大丈夫なのですか? なんかこう、儀礼的に」
「問題あらへんよ」
「せやろか」
「せやで」
おひい様訛り出てますよ。ともかく、言われたとおりにしておこう。恐る恐る座っちゃうよっと。
……高級座布団みたいで、ふわふわでござるな。
「ユキ、このあとどうなるか、ハナはなんとなくわかったです?」
「奇遇ねハナちゃん、私もよ」
「大志さんの位置がもうあからさまよね」
後ろからひそひそ聞こえてくるのだけど、ぼくも嫌な予感がするんだよお。
「おひい様の、ご入場~」
とやっているうちに、あっちのおひい様がとうとうお越しになられたようだ。
奥にあるベールの向こう側に、しゅるしゅると動く影が見えた。あれが、こっちのおひい様なのかな? 影は三人分見えるので、本人とお供さん二人って感じか。
ドキドキして見ていると、おひい様っぽいシルエットは真ん中辺にしゅるっと座った。なんだか緊張するよ!
「……ほんま、無事でよかったわ~。安心したわ~」
そして俺の緊張はいきなり破壊された。ベールの向こう側から、もう遠慮無しのフレンドリーな感じでお声がかけられたわけだが。
「おひいさま、訛り、訛り」
「……何でもございませんよ」
ベールの向こう側から何やらそんなひそひそ声が聞こえてきたが、聞かなかったふりをする。
もうこの時点で、あっちのおひい様も面白いことは良く分かった。
「この度は、無事再会できて嬉しゅう思います。これもひとえに、姫君の助力あってのこと。誠に感謝申し上げます」
ともあれ今さっきのやりとりがまるで無かったかのごとく、うちのおひい様がしゃらんと頭を下げ、お話を進めた。慣れてる感がある。
おかげで、会合に厳粛な雰囲気が出たね。俺もしゃきっとしよう。
「……私も、みなの元気な顔が再び見られて、感無量ですよ」
気を取り直したのか、ベールの向こうであっちのおひい様がくねくねした。喜んでいるのはくねくね具合で良く分かる。いい人な感じがするね。言葉遣いは丁寧で、やっぱり上流階級とお話しているのを実感だ。より一層、部屋の空気が引き締まった。
「事の顛末は、文にて伺っております。そちらの大志様とみなさまから、ご助力頂いたようですね」
あ、なんかこっち向いて問いかけてきた感があるな。これ、俺が返事した方が良いのだろうか。
「どうぞ」
ちらっとおひい様を見ると、こくりと頷いたね。じゃあ、俺がお返事しよう。
「はい、ふとしたきっかけでみなさまと出会い、ご助力を――」
「ホンマニシャベルンヤアアアアアアア!」
ちょっとまって! せめて最後まで聞いて!?
ベールの向こうにあるシルエットも、心底驚いてピーンとしているし。
「がまんです……がまんですよ……!」
「ほんと、よ、予想通りで……」
「笑ってはダメよ……! でもこれ……」
そしてチラリと後ろを見ると、ハナちゃんとユキちゃん、そして魔女さんが下を向いて何かをこらえているわけだが。厳粛な雰囲気を一撃で破壊されただけに、腹筋にかなりの負荷を強要されておられる。
「――」
なお、偉い人ちゃんたちは「無」の表情で、一見何ともないように見える。さすが権力者であるのだけど、それぞれしっぽがすごくぷるぷるとしているのを見ると、どれほど耐えているのかが伺えた。
「ぐっ……この破壊力……!」
「完璧なタイミング……」
親父とお袋は口元をヒクヒクさせて耐えているけど、あとほんのちょっと一押しすると、決壊するねこれ。
「しゃべると驚かれるのは、経験あるんだよなあ俺」
「わたしたちもだね! かわいさはせいぎだからね! かわいさ!」
(あるある)
なお高橋さんや妖精さんと神様たちは、驚かれた経験が多いだけにこの状況でも「気持ちわかる」的な感じでうんうん頷いている。
そういやみなさん、初見で驚かれるグループだね。
「……よう分からんけど、つかみは上々やな」
そしてこの大災害を巻き起こした当人は、ベールの向こうでなんか嬉しそうにくねくねしておられますな。
この面白ドラゴンさんの一撃によって、ハナちゃんたちの腹筋は犠牲になったのだ……。
――その後は、なんとか腹筋の危機を乗り越え、色々公式なお言葉を交わした。
避難した民の受け容れありがとうとか、お礼の品を持ってきたので目録確認してねとか、これからの事について書類を持ってきましたとか、そんなことを丁寧なやりとりでつつがなく済ませる。
決めごとは事前に文書のやりとりですりあわせており、調印するだけらしいけど。
もちろん救助に出向いた精鋭ドラゴンさんと、救助されたお供ドラゴンさんたちもそれぞれお礼の言葉を申し上げたりして、ちゃんと義理を果たす。
あっちのおひい様は、無事なドラゴンさんたちからお礼の言葉を受け取っているときが、一番嬉しそうにくねくねしていた。仲間想いの人なんだろうな。
「以上をもちまして、公式会談を終了といたします」
やがてお堅いお話は終わり、会談は終了となった。まあ無事の報告と顔見せ、そして調印などのお仕事は一段落ってところか。
「……して、堅苦しい話が終わったところでですね」
おや? ほっと一息ついていると、なんか視線を感じるわけだが。
ベールの向こうで、あっちのおひい様がすごく、くねくねしているぞ?
「……ちと、こちらにいらして頂けますか?」
そして手招きするのだが。おいでおいでしてる。おひい様って、めったに人前に姿現さない感じのことを聞いていたのだけど、大丈夫なの?
ベールの向こうにいるわけで、気軽に俺が行ったらまずくない?
「あの……?」
「ささ、どうぞ。どうぞどうぞ!」
困惑してうちのおひい様に視線をやったのだけど、どうぞどうぞと背中をおされてしまった。
そのまますすすと押されて、ベールをくぐって向こう側へ足を踏み入れたわけだが――。
「……間近で見ると、体格ええなあ」
そこにいらっしゃるは、俺をぱっちりお目々で見上げる、ホワイトドラゴンさんであった。しかも、うちのおひい様とよく似ている。年齢はこの人の方がそれなりに上に見えるけど、やや年の離れた姉妹ってレベルだね。
うちのおひい様が妹、と言われても違和感は無い。
「腕とか触ってみい、カチカチやよ」
「……ほんまや、カチカチやな」
おひい様ってホワイトドラゴン族なのかな? とか色々考えているうちに、なんかぺたぺたと腕とか触られておった。
「不思議やろ?」
「うちらとえらいちごてるな」
「せやろか?」
「せやで」
あと二人とも、訛りでまくってますよ。ついついせやろかって応答しちゃったけど、やっぱり不思議なのね。
「タイシたいへんですね~」
「呼ばれたら、ほいほいついて行っちゃうから」
「警戒心無いよね」
「わきゃ~ん、つれてかれたさ~」
「おうさまだからね! おうさま!」
ベールのあっち側からは、なんか片付けしている気配がするのだけど。
みんな助けて欲しい。
◇
色々面白い会談は終了し、自由時間となった。
まあ自由とは言え、おひい様はお仕事沢山だ。
「キャー! おひい様よくぞご無事で!」
「おかげで、私たちは無事過ごせております!」
「本当に助かりました!」
今度は、元の集落から避難した人たちとの顔合わせだ。お互い無事を確認して、くねくねと喜びを分かち合っている。
「事前に聞いていたとは思いますが、私はこちらの方々が運営する村にて、お世話になります。力及ばず申し訳無いことですが、我らの森がおかしくなってしまった以上、みなさまはこちらの森で暮らしてください」
「さみしいですね……」
「いずれ、また会えると思います。その時まで、どうぞ力を合わせて欲しいです」
元の集落の方々に、これからどうするかを改めて伝えたりもだね。彼女たちの暮らしていた森が灰化してしまった以上、どこかに身を寄せ定住しなくてはならない。
とはいえ避難ドラゴンさんは財産等を持ってここに来ているので、流石に二年も経てば生活基盤はこの森でもう出来ているとも言う。
あとはおひい様手持ちの財産をいくらか放出して、それを元手にこの森のおひい様にもうちょっと避難民を支援してもらうわけだ。さっきの会談ではサラッと決まっていたけど、その事前すり合わせで何回もお手紙をやり取りしてたね。
「ここで一緒に、暮らすことは出来ないのですか?」
「どうやら私には、成さねばならぬ事があるようです」
そしておひい様や村に来たドラゴンさんたちには、何か解決しなければならない問題がある。それが何かは、まだわからない。
「定期的に、連絡はいたします」
いちおう門が閉じてしまっても、便利なやつを持ってエルフィンやらフェアリンやらドワーフィンに行けば、通信は出来そうなのだ。
そこまで行けば、同じ世界だからね。リューンへ行けないだけである。
こうして元の世界から強制的に切り離し、新たな世界で何かを見つけるのだ。
というより、リューンで過ごしたらまずい何か、があると考えられる。
「それと、この方が男の人ですか」
――ん?
「別の世界があるとは、不思議な物ですね」
「二本足で転ばないのですか?」
「ツノは生えていないのね」
「この服の生地、何で出来ているかわからないの」
「おいも食べますか?」
そして囲まれるのだけど、一般市民のドラゴンさんはそうでも無い感じだな。素朴な感じで、単純に興味があるって様子だ。
官僚とかお供とか、おひい様に近いドラゴンさんが面白くなるっぽい。論文を書くような層が非常に積極的になるわけか。
「大志さんは、こうして群がられるのは不快ではないですか?」
そしておひい様が、今更こんなことを聞いてくるわけだが。まあ別に、照れちゃうだけで不快では無いかな。
「特に不快って事は無いですよ。だってみなさん、一生懸命こちらのことを知ろうとして、努力しているのですから」
「そう捉えて頂けると、嬉しいです」
ドラゴンさんたちは、初めて見た謎の種族を知るために、一生懸命なのだ。どんな文化や考え方があって、自分たちと何が違うのかを知りたがっている。
少なくとも、怖いから拒絶するとかが無いだけずいぶん友好的だ。怖がられていたら、これほどペタペタと触られるわけも無い。
彼女たちなりの好奇心と友好の表れであって、邪険にする理由は全くないんだよね。
「友好しようと思わないなら、これほど……まあ接触は普通しませんよね。なので交流を持とうとしているのは分かりますし、それを拒むのはかわいそうです」
「ふふっ、優しい人ですね」
「ですかね」
ただまあ、なぜ俺だけ囲まれるのかという点はあるのだが……。まあこれも、異文化交流の一環としておおらかに捉えよう。
なにより、今貰ったお芋がめちゃ美味い。もうそれで良いんじゃ無いかと。
「好意が無ければ、こういったお芋も頂けませんから。これは美味しいですね」
「分かって頂けて助かります」
仲間の行動やらを肯定的に捉えて貰えたのが嬉しいのか、おひい様がニッコニコになった。こうしてコミュニティを認めるのも、大事なことだよね。
周りの一般市民ドラゴンさんたちも、おひい様と友好的にする俺を見て、ニコニコしているし。和やかな文化交流って感じで、ほのぼのしちゃうよ。
「……なるほど、もっと触っても良いと」
「これは論文ですね」
「お許しが出たわ」
と思っていたら、後ろにあっちのおひい様と、そのお供さんたちがおりましてね。いつの間に!
そしてもう両手をこちらに向けて、触る準備万端て感じなんだけど。今までは、あれでも遠慮してたぽいぞ……。
「はいみなさん、限度はあるのでこれくらいで。腕とかをこうしたりとか」
あっヤバっと思っていたら、流石に見かねたユキちゃんサポートに入ってくれた。まあ腕とかを、軽く触るくらいならね。
実際にユキ先生がお許しになられる範囲というのを実演して、ドラゴンさんたちに説明してくれている。
「そうそう、これ位がちょうど良い筋肉量ですね」
「なるほど、男はこれくらいがちょうど良いのですね」
「……確かに、これくらいなら」
キツネさんの実演を参考に、二人のおひい様が俺の腕のツボを良い感じに押す。今日はずっとハンドルを握っていたから、効くな。でもおひい様たちは握力結構あるのね。
「フフフ……合法」
そしてユキちゃん、なぜかダーク状態になって、すっごい俺の腕とかモミモミするんだけど。もう解説とか終わったよね? ちょっと揉みすぎじゃない?
でも黒耳のふさふさファーが首筋に当たって、毛並みの素晴らしさを実感出来る役得がありましてね。
(よこしま)
(どさくさだね!)
(……ねらわれてた)
そして神様ズからツッコミを頂くのだけど、俺は邪ではないと思う。
「はいはいみんな、もみすぎですよ~」
やがて見かねたのか、ハナちゃんがドラゴンアンドフォックスの輪から俺を救助してくれた。危なかった、この包囲網は俺一人では抜け出せなかったんだ。
「ハナちゃんありがとね~」
「うふ~」
エンドレス腕モミから救助してくれたハナちゃんには、当然頭なでなでだね。
エルフ耳がてろんと垂れて、嬉しそうである。
「子供に助けられる大人とかどうなん」
「大志しっかりしろ」
「お母さん心配よ」
そして親父と高橋さんと、お袋からもツッコミを頂いた。
その通りなので、なんも言えない……。
ハナちゃんの危機管理能力が仕事した