第十四話 面白い感じの里
現在、あっちのおひい様が暮らす森を目指して移動中だ。
「あや~、これはらくちんですね~」
「ゆれるのいがいは、かいてきさ~」
「じめんがあかいね! ふしぎだね!」
(すぴぴ)
(すやや~)
(……むにゃ)
ハナちゃんや偉い人ちゃん、それと妖精さんは、けっこうくつろいでいらっしゃる。神様ズは快眠をむさぼっており、よくこの状況で寝られるなと感心だ。
「大志さん、前方に大きな岩があります」
「おっと、迂回しよう」
ユキちゃんはナビゲート役で、現在位置の確認や前方の注意をしてくれる。俺とユキちゃんの双方で警戒することによって、安全性を高めるって寸法だ。
同時に無線連絡も行い、後続車の誘導も行う。危機管理はばっちりなのだ。
「にしても、すでにこの星で使えるナビゲーションシステムを作ってあるのは、びっくりですね」
後部座席一列目に座っている魔女さんは、カーナビ代わりにマウントしてあるタブレットを見てふむふむしていた。
まあカナさん作成の地図をスキャンして、ダッシュボードに貼り付けた超高精度ジャイロと連動させているだけだけど。これはドワーフィンでのお引っ越し作戦で、ある程度技法が確立しているからね。ちょちょいとシステムを手直ししただけなので、たいした事はしていない。
「まあジャイロなので誤差はありますし、この星の自転は特殊なので、結構ずれるとは思いますよ」
「休憩ごとに誤差を確認して補正するのでしたっけ?」
「そうです」
カナさん作成の地図は、一応ランドマークを書き込んで貰ってある。そこを休憩ポイントに設定してあるから、見つかったら誤差修正が出来る。見つからない場合はずれているので、そこは妖精さんに空から確認と捜索お願いしますって作戦だ。
魔女さんにもそれは説明してあるので、特に不安は無さそうだね。
「そう言えば、大志さんは何度も『特殊な自転』と言っておられますが……」
続けて魔女さんが聞いてきたけど、その辺は説明してなかったな。
良い機会だから、解説しておこうか。
「えっとですね、この星はなんと一日が二十二時間です。衛星であるにもかかわらず、公転周期と昼夜が一致しないのですよ」
そう、この衛星にはちたまに近い昼夜があるのだ。潮汐ロックを起こす衛星としては、普通あり得ない。
軌道計算をしても、エルフィンからの影響を受けて潮汐ロックが起こる重力圏内なのだ。
「普通の衛星はちたまのお月様と同じように、自転と公転周期が一致するのですが……この星はそうではありません」
「だから、昼夜が惑星と近いことになっていると」
「そうなります」
我々が今いるリューンという星は、普通の衛星では無い。
「観測の結果、自転軸が横倒しになっていました。その結果、昼夜が惑星に近い変化をしているのです」
「そこまで調べてあるのですね」
「ちなみに公転周期は十二ヶ月で、綺麗に他の衛星とバランスしています」
どうしてこんな軌道と自転をしているのかはまだわからないが、大昔にジャイアントインパクトでもあったのかもしれない。その結果、自転軸がかなり傾いたのかもだ。
そしてエルフィンの重力が影響を及ぼし、完全に軸が横になってしまった、と推測される。
こんな軌道で吹っ飛んでいかないのかと思うのだが、重力を計算すると他の衛星と綺麗にバランスしていた。
一番小さいフェアリンが内側で、一番大きいリューンが外側だ。ドワーフィンはそれらの真ん中くらいの大きさで、上手いこと釣り合ってしまっている。
「もしかしたらですけど、エルフィンは数十億年くらい前に、超々巨大な円盤があったかもですね。その円盤がやがて、これらの衛星群を形成したと」
「想像すると、面白いですね」
「エルフィンの赤道に行って地質調査をしてみたら、痕跡は見つかるかもと考えております」
エルフィンのロッシュ限界外側に、超々巨大な円盤があったと仮定してみる。円盤の内側は物質量が少なく、一番小さなフェアリンが出来上がった。
真ん中はそこそこであり、中くらいのドワーフィンが形成される。
一番外側は物質量が多く、一番大きなリューンやいくつかの星が出来上がり、やがてジャイアントインパクトで衝突し自転軸を傾けた。そんな成り立ちが思い浮かぶ。
そして衛星が三つもあるため、エルフィンの地軸は極めて安定し、ほぼ傾きが無くなったのかもしれないな。
「なんにせよ、このリューンという衛星の気象は地球とよく似ています。もうそこからして特殊ですね。しかも横倒しなので、惑星基準での極圏や赤道の常識が通用しないんです」
「宇宙規模で見ると、面白いですね」
魔女さんが窓の外をみて、お目々キラキラになった。そう、この衛星はとっても面白いのだ。
「なんか、むつかしいおはなし、してるですね~」
「わきゃ~ん、わけわからんさ~」
「せかいはまわってるんだね! まわってる!」
「ぐるぐるだね! ぐるぐる!」
「きゃい~」
そしてハナちゃんや偉い人ちゃんと妖精さんは、お目々ぐるぐるである。まあこの辺のうちうな話は、ちと難しいからね。
妖精さんの言うとおり、世界は回っている、で正解なので気にしなくても大丈夫なのだ。
「異世界ってファンタジーとばかり考えていましたが、地球外と考えるとまた違ったワクワク感がありますね」
「そうですね。というか、ちたまの存在もかなりファンタジーですよ。どうしてあんな都合の良い惑星が偶然生まれたのか、それこそが不思議です」
そもそも、俺からしたらエルフィン惑星系の人たちより、普通に魔法使ってる魔女さんの方がずっとファンタジーなんだけど。だってこの人、ほうきで空を飛ぶんだよ?
どう考えても魔女さんの方が別の世界から来た感じだよ。でも生粋の信州魔女だとか、世の中なんかおかしいよね。
灯台もと暗しとは、彼女に贈りたい言葉である。
「異世界で、しかも地球外……これはいろんなファンタジーが重なってたぎるわね!」
自分のことを棚にあげている、この中で一番ファンタジーしている魔女さんだけど、まあ楽しんでくれているのなら幸いだね。
「大志さん、そろそろ最初の休憩地点ですよ」
そうして雑談しているうちに、ユキちゃんから休憩ポイントが近いとの報告を受けた。もうそこまで進んだか。
「おっ、じゃあランドマーク探そう」
「タイシタイシ、あれじゃないです?」
早速探そうとすると、エルフのすーぱーお目々を持つハナちゃんが、左前方を指さした。たしかに、良い感じの岩山がある。地図にポイントしてある場所とも一致するな。
「ジャイロの誤差は許容範囲だね、良い感じだ。それじゃあ親父たちとも連絡取り合って、最初の休憩をしよう」
「そうするです~」
こうしてちょくちょく休憩し、ジャイロの誤差を修正しながらリューンの荒野をひた走る。
「では、お願いしますね」
「ミュミューン」
最後の休憩ポイントでは、おひい様がネコちゃん便を飛ばして「近くまできたよ」のお報せだ。
こうして連絡しておけば、向こうもドタバタせずに済むよね。
「あとはしばらく待てば、迎えが来るはずです」
「では、ゆっくりしましょう」
直接乗り込んでも良いのだけど、向こうがびっくりしてしまう。なので、この休憩ポイントであちらの迎えを待つ手はずとなっている。
いきなりお邪魔するのだから、せめてこれくらいは気を遣わないとね。
「あや~、のどかわいたですね~」
「お茶を飲みながら、ゆっくり待とうか」
「そうするです~」
ハナちゃんは喉が渇いたらしく、お茶を提案してみた。さっそくいそいそとティーセットを取り出し、準備を始めるハナちゃんだね。
「はい、おちゃですよ~」
(おそなえもの~)
(ほっとひといき!)
(……けっこうなおてまえ)
お湯が入っている魔法瓶があるので、さくっとお茶が出てくる。一口飲んでみると、ワサビちゃん葉っぱ茶はちょうど良い温度で、とても美味しく淹れてあった。
いつの間にか神様ズも便乗していて、みんなですすすとお茶を飲む。
「ハナちゃんありがと。いつもながら、良い腕してるね」
「うきゃ~」
お茶の腕を褒めると、ぐにゃる前兆現象が出たわけだが。しかしほめてほめて光線はまだ出ているので、もうちょっと褒めないといけない。しかしそうすると確実にぐにゃる。
難しい選択を突きつけられてしまった……。
「ハナハ先生の腕、いろんな種類のお茶でも出来そうだね。今度一緒にお茶会しようか」
「ぐふ~」
しかし俺は容赦なく褒める男なのだよ。見事にハナちゃんがぐにゃったけど、これはもう運命としか言い様がない。
「また大志さん、ハナちゃんをぐにゃらせて遊んでますね」
「つみつくりな、ひとなのさ~」
「わかっててやってるからね! わかってて~!」
「おやくそくだね! おやくそく!」
「ほのぼの~」
そしてそれを見ていた女子たちから、総ツッコミを頂いた。いやでも、ほめてほめて光線が出ていたわけでして。そりゃあ褒めちゃうでしょうと。
そうしてほのぼのと過ごすこと、三十分ほどした時のことだ。
「あや! なんかおとがするですよ~」
今度はハナちゃんのすーぱーエルフお耳が、ぴこっと立った。何かの音を捉えたらしい。
「あ、確かに蹄の音が聞こえますね」
キツネさんイヤーも捕捉出来たようだ。蹄の音というから、ウマさんかな?
「どうやら、迎えが来たようです」
ハナちゃんとユキちゃんの話を聞いて、おひい様がそう判断した。まあ、ウマさんに乗って迎えの人がくるっぽいね。
ハナちゃんとユキちゃんが見ている方向を、よく見てみるか。……あ、砂埃が見えた。あっちからくるっぽいな。
「今それらしき存在を目視しました。数分で到達すると思われます」
「え? どこですか?」
「あっちですね、砂埃が見えます」
「まったく見えません……」
見えたというと、おひい様も確認しようとした。だけど視力はそんなでもないようだ。
「大志さんがマサイ族なだけですので、おひい様はお気になさらずに」
「まさい……?」
ユキちゃんがフォローしてくれたけど、ぼくはマサイの民じゃないからね。
とまあ見えた見えないでキャッキャしていると、どんどん砂埃が近づいてきた。ウマさんも見えたので、確定だね。
「あ、来られたみたいですよ」
「ほんとですね! みなさん、ウマに乗ってきたようです」
おひい様もようやく見えたのか、迎えの人も目視できたようだ。確かに、二頭のウマさんと、それぞれに乗ったドラゴンさんが見える。乗馬服なのか、唐装っぽいけど裾がひらひらしないよう、帯で縛ってある。なんかぴっちりした感じの装いだ。唐の男服っぽい感じかな?
そんな感じのかっこいい二人のドラゴンさんは、間もなく俺たちのすぐ側まで到着し、ウマから降りてこちらを見る。キリリとしているね。
「これはこれは、姫君様、ご健勝で何よりでございます」
「お久しぶりですね。此度の出迎え、ご苦労です」
さっそくおひい様が前に出て、キリリドラゴンさんとなんか丁寧な挨拶をしている。この辺権力者だなあって感じるね。というか、顔見知りっぽい。
「して、此方の方々が、お招きする客人のみなさまでございますか?」
そしてキリリドラゴンさんが、こちらを見て問いかけてきた。
俺もキリッと返答しちゃうよ!
「はい。代表は私となります」
「ホントニシャベッタアアアアアアアア!」
おーい! どうして俺がしゃべるとその反応なの!?
というかキリリとしてても、面白ドラゴンさんなのね。
◇
結局シカ角さんがさくっと説明してなんとかした後、案内ドラゴンさんの後を付いていくことになった。
「あや! たんぼがあるです~!」
「森の外に、水田を作っているんだ」
「かなりの規模ですね」
道中大規模な水田があり、ドラゴンさんたちの稲作がどんな物かが垣間見える。
森の中から水路を引いてあり、結構しっかりした区画で整備された田んぼはきっちりと管理されていることがうかがえた。
稲も育ってきており、収穫はあと数ヶ月ってところかな?
「車が通れる規模の、大通りも作ってあるのですね」
「轍を見ると、大型の馬車か何かが通っているぽいね」
道路も結構な規模で整備されており、そこそこの交通があることがうかがえる。というより、ウマさんを使って耕したりしているのかな?
色々興味は尽きないけど、それは後で聞けば良いか。
「ひとがならんでるですね~」
「あそこが森の入り口っぽいね。安全運転で、ゆっくり行こう」
「あい~」
道の両脇に並ぶドラゴンさんたちが、次々にお辞儀した。これ、よその森のおひい様を受け容れる儀礼かなにかかな?
なんだか歓迎されてるって感じがして、良いね!
「こ、これはファンタジー! 凄い動画が撮れてる!」
魔女さんもこれには大興奮で、カメラを回してはしゃいでる。恐らくお袋も、後ろのバスでキャーキャーしているはずだ。こういうの大好きだからね。
「あや~、きちっとしてるです~」
「なんだか統率取れてるって感じすごいよね」
「みごとです~」
ハナちゃんもドラゴンさん文化に圧倒されたのか、お目々まん丸できょろきょろだ。
俺も色々見たいのだけど、運転しているからよそ見できない。あとで動画を見させて貰おう。
「でもタイシ、みんなタイシのことめっちゃみてるです?」
「そうなの? 車が珍しいからそれを見ている、とかじゃなく?」
「あきらかにタイシをみてるです~」
脇見が出来ないのでわからない。ただ、確かに大量の視線を感じてはいる。
「タイシきをつけたほうがいいかもです?」
「……そうする」
というか、下手したらこの里の方々ほとんどが、面白ドラゴンさんである可能性が……。
嫌な予感が、するんだよお。でも俺は危機管理に自信があるからね。いざと言う時は、おひい様になんとかしてもらおう。
こうして謎のプレッシャーを感じつつ、しばらく先導のキリリドラゴンさんに誘導されて、大通りを直進していく。
やがて、集落見え始めたところでウマさんが停止した。こっちも停まろう。
「ここからは、徒歩となります。姫君を先頭に、お進みください」
キリリさんがウマから降りて、そう告げてきた。
「では、私に付いてきてください」
おひい様もそれで良いのか、しゅるるっと先頭に移動した。言うとおりにしよう。
「あの方が東方のおひい様なのね!」
「流石お美しい!」
「キャー!」
おひい様がしずしずと進み始めると、街道? の脇にいるドラゴンさんたちがキャーキャーしはじめた。なんかアイドルを見てはしゃぐ女子みたい。
というか、これそういうイベントなのかな? 着ている服を見ると、一般市民って感じで素朴な衣装だし。
あとその方々が、お花をこちらに向かって撒いてくれている。花道ってやつ?
「あや~、おまつりですね~」
「たしかに、そんな感じがするね」
この華やかさに、ハナちゃんもあや~っとなっていた。
「ねえ、あれが男らしいわ」
「でかい」
「しゃべるのかしら」
そして、ひそひそとそんな声も聞こえてくるのだが。しゃべりますからね。
他にも男性陣はいるのに、なぜ俺だけ注目されるのかわかんない。あれか? 俺なんか変なのかな?
とまあおひい様がキャーキャーとアイドルみたいに歓迎され、俺は観察されながら道を進んでいくと――。
「こちらにお進みください」
なんだかお宮というかお寺というか、結構でかい建物の所に到着した。キリリさん二人が門の脇に控え、すすっとお辞儀して先を促す。
「お招きありがとうございます」
おひい様もしゃらんとお辞儀して、すすすっと門をくぐっていった。俺たちも後に続こう。
「あややや~、りっぱなつくりの、おうちですね~」
そこは、なんというか唐招提寺みたいな感じで、俺からすると文化財って印象の建物だった。お寺じゃ無いっぽいけどね。
「お供の方は、こちらで身体検査をさせて頂きます」
建物の中を進むと、途中でなんかそんなことを言われた。まあ、権力者と会うんだから念には念を入れるのは普通か。
でも、「お供の方」って言ったよね? 方々じゃなくて?
「ん? 身体検査やて?」
「やて?」
「何でもございません」
首をかしげていると、なんかおひい様も「あれ?」て顔をした。え? どゆこと?
「では、検査をさせて頂きます」
「これが男なのね」
「調べないと」
「しゃべるのかしら」
そして、しゅるしゅると集まる面白そうなドラゴンさんたちである。
あとはなぜ、俺だけ囲むのだろうか。
「腕が、カチカチですね」
「足とかもガッシリしておりますわ」
「良い匂いがするのね」
「何この筋肉」
ちょっと。これ身体検査じゃなくて俺観察じゃね?
「あや~、やっぱしこうなったです?」
「大志さん油断してるから」
「大体分かってたわよね」
(ねらわれてた)
そして遠巻きに眺める、ハナちゃんとユキちゃん、そして魔女さんだ。
見てないでたすけて欲しいんだけど。神輿とか、なんか狙われてたのわかってたぽいし。
そういうのは早めに言っておいてほしかったのだ。
「あら、論文を書くときは共同執筆しましょう」
「それが良いですね」
おひい様! いつの間にか仲間に加わってないでどうにかしてください。
この状況、すごく照れちゃいますから!
飛んで火に入る危機管理マイナス