第四話 エルフ特製謎焼き
用意してあった丸焼きはすべて皆のお腹に収まった。正直かなり大量にあったはずだけど、一時間も持たなかった。
しかしエルフ達はまだ食べ足りない様子だったので、シカとカモの焼肉を始めることにした。
網の上でジリジリと焼けていくお肉から時たま油が垂れて炭に落ち、じゅわっと煙と音が上がる。
周囲に広がる香ばしい香りに、ごくりと喉を鳴らすエルフ達。もう食器を構えて準備は万全だった。
彼らの持つ食器を見て思いつく。お肉を焼いている間に、焼肉のタレを配っておこう。
俺はタレの容器を手に取り、皆に声をかけた。
「皆さん、お肉に付けるタレを持ってきましたので、配ります」
「その、ちゃいろいやつですか?」
「これ、おいしいです?」
ヤナさんが、タレの入った二リッター容器を指さして言う。ハナちゃんもぴょこんと顔をだし、興味深そうにタレの容器を見つめていた。
「ええ、そうです。これがあれば、大抵のお肉は美味しく食べられますね」
「ほほう」
「たのしみです~」
とりあえずタレを各自の食器に多めに入れていく。三十人弱も居るから、あっという間に一リットルが消えた。
「なるほど、これはたしかにおいしい!」
「おいしいです~」
試しにタレを指につけて味見したヤナさんとハナちゃん、味は好みに合ったようだ。
「ほんとだ。これだけでいろいろくえそう」
「おにくにさらにあじつけちゃうとか、すてき」
「おれのじまんのこうそうやきは、ただのはっぱのせやきだったのだ……」
タレを味見した他のエルフ達にも、どうやら好評のようだ。
しかし、自慢の香草焼きか。それはそれで食べてみたいな。あのへこんでいるいるおっちゃんエルフにお願いして、作ってもらおうかな。
「ちょいとそこのかた、香草焼きに興味があるので、作って頂けませんか?」
「お、いいのかな?」
「どうぞどうぞ。お肉は沢山ありますので、皆さんも好きに焼いちゃいましょう」
おっちゃんエルフだけではなく、他の方々も誘ってみた。
「じゃあおれも」
「わたしもやるわ~」
「じゃあハナもやるです~」
こうして、皆でワイワイと肉を焼いていった。
おっちゃんエルフは何枚かの葉っぱを、慎重そうにカモ肉の上に乗せている。
あれ? 本当に葉っぱ乗せるだけ?
そしてハナちゃんは、なんか動いている植物? を何個か森から運んできた。
花のつぼみみたいな部分が、パクパクと口を開けたり閉じたりしているアレな奴だ。
見た目はプロテアのつぼみに似てる感じだ。
ん? ハナちゃんはその動いている植物を、どうするつもりなのかな?
あっ! 動いてる奴に肉を詰め込んでいる! それ食べられるの!?
ヤナさんに抱き上げられたハナちゃんは、網の上に動く肉詰め植物を置き、グリルの蓋をかぶせてしまった。
え? それで終わり? 謎植物に肉を詰めて終わりなの? 下味つけたりとかしないの?
「ふい~」
「ハナ、がんばったね」
ヤナさんは、一仕事終えて満足そうなハナちゃんの頭をなでている。ヤナさん的には問題が無いようだ。
俺的にはかなり衝撃的な料理? 風景だったんだけど……。
こうして、一部不安な部分もあったけど、お肉が次々と焼きあがって行った。
焼けたお肉から順に、手近なところに居た人たちに配っていく。
「ああ~おいしいわ~」
「このタレ、すごいな~」
「やさいもおいしくたべられちゃう」
焼き肉のタレは好評のようで、お肉がどんどんハケていった。そして網の上に残るは、エルフ達がこぞって作った謎焼きである。
大半は普通に焼いただけなので問題は無いのだけど、二つほど問題のある作品が……。
おっちゃんエルフの作品と、ハナちゃんの作品である。
おっちゃんエルフが作った自慢の香草焼きは、乗せられた葉っぱが紫色になっていた。
色的にちょっと抵抗があるんだけど……。
「ささ、どうぞどうぞ」
「ぐぐっといっちゃってください」
「このいろになってからが、おいしいのよ~」
エルフ達が笑顔で勧めてくる。逃げ場はない。好奇心猫をもアレする。良いことわざだな……。
でも言いだしたのは俺だし、腹をくくるか!
「で、では……頂きます!」
覚悟を決めて一口かじると――口の中にシソの味と香りが広がる。
この葉っぱ、紫蘇かよ!
しかもさっぱりして美味しい。というかまんま鶏ささみの紫蘇乗せだった。
「どうかな? うまいかな?」
「ええ。これ、こっちでも鳥を似たような味付けで食べる料理、ありますよ」
「それはよかった~」
ほんとに良かった……。たぶん一番安堵したのは俺だ。しかしまだ難関は残っている。
「タイシタイシ~。ハナのおりょうり、たべてほしいです~」
ハナちゃんがぴょんぴょん飛び跳ねながらアピールしてくる。そう、ハナちゃんのアレが残っているのだ。
あの動いていたやつ、あれを食べるのか……。
俺は蓋をされたソレを見た。ソレから漂う香りは、結構良い。よし! とりあえず見てみるだけ見てみよう。
俺は恐る恐る蓋を開けた。
ぱか。
そこには――こんがり焼きあがったつぼみがあった。
うん、そのまんまだね。流石にもう動いてはおらず、つぼみはピッタリ閉じていた。
ハナちゃんはそれを木でできたスプーンの上に乗せると、俺に差し出してくる。
「タイシ~。うまくやけたです~。はい、あ~ん」
さて。見た目的にはただのつぼみ焼きだけど、調理風景を見てしまっている。どうしよう。
「タイシ、ほらあ~んです~」
ハナちゃんのダメ押しが来た。これはまた、腹をくくるしかない……。今日何回腹をくくったかな。
俺はハナちゃんの差し出したつぼみ焼きを口に入れる。
勇気を出して噛んでみると、つぼみはほろほろと崩れ、口の中に肉の旨味たっぷりの熱い汁がじゅわっと流れ込んできた。
――これ美味しい! 凄く美味しい!
中身に汁だけが詰まった小龍包みたいな味だ。しかし肉はどこに消えたんだ? 汁しか無いぞ?
……もしかして、これ肉が全部とけて汁になったのかな?
「タイシ、どうです? おいしいです?」
「うん……。正直びっくりするほど美味しい。今日一番かも」
「よかったです~! これ、ハナのじしんさくなのです~」
今度こそ、実際に自分が作った料理を評価してもらえたハナちゃん。嬉しさのあまりくるくる回りだした。
確かに美味しい。ほんとに今日食べた中で一番美味しかった。
でも調理風景がな……めっちゃくちゃ動いてたよなこの植物……。
……よし、考えるのを止めよう。美味しくできた。それでいいじゃないか。
考え過ぎは良くないな。うん。
こうして俺は考えるのを止めた。
◇
その後宴は大いに盛り上がり、そろそろ日付が変わるころかな、という所でようやく宴は終わりを迎える。
用意されたお肉と野菜はすべて食べ尽くし、周囲には食べ過ぎで動けなくなったエルフ達が横たわる。
お供え物もいつの間にか神様が回収しており、きれいに無くなっていた。
まだ未開封だった焼肉のタレも神様が回収したのか、容器ごと消えていた。
それ、お供えしてないんですけど……。
そして無事なのは大量に食べても別に平気な、俺と親父だけだった。
俺たちは食べ過ぎエルフ達を抱えて、それぞれ割り当てた家に運んだ。皆幸せそうな顔をしていたので、まあ大丈夫だろう。
最後にハナちゃんとヤナさんを両脇に抱えて家に運んでいると、ヤナさんが言った。
「めんどうかけてすみません……」
「……もうたべられないです~」
色々申し訳なさそうな二人だけど、俺はこれでいいと思っている。
あれほど食い詰めていたエルフ達が、宴だったとはいえ動けなくなるほど食べられるようになった。
これはちょっと前では不可能だったことだ。
一つずつ、ちょっとずつ生活を良くしていくため頑張った。その結果の一つがこれなんだ。
喜んで良いことだと思う。まあ、毎日これだと困るけど……。
「お腹一杯食べられるようになった。めでたいことですよ」
「……そうですかね?」
「いいことです?」
二人はやっぱり申し訳なさそうに言った。今まで抑制された生活だったから、負い目もあるのかな。
「ええ。こういう事が出来るようになった。それは素晴らしいことです」
「そうですか」
「いいことです~」
二人はちょっと安心した顔になって、俺に運ばれていく。故郷の森がこっちにできてからは、エルフ達も自分たちが積み上げた森での経験と技術が使えるようになった。こっちの物資とあっちの物資。こっちの技術とあっちの技術。
それらを組み合わせた結果が今日の宴で、大きな成果が出た。おなか一杯食べられた。
それは良いことに間違いない。まあ、今日ほどの大騒ぎをしょっちゅうは困るな。言っておくか。
「でも、毎日はダメですよ? たまにやるくらいで」
「わかりました」
「たまにするです~」
こうして、大騒ぎのお肉祭りは終了した。
俺と親父はエルフ達を家に置いてきたあと、集会場で雑魚寝することにする。
しかし、眠い目をこすりながら集会場に向かう道すがら、奇妙な何かと出くわした。
「ギニャ……」
暗闇の向こうに居たソレは、奇妙な鳴き声と共にトテテっと逃げ出した。
暗くて良く見えなかったけど、何かの獣かな?
「親父、今の見た?」
「ん? 何か居たか?」
どうやら親父は気づかなかったみたいだ。一応報告だけはしておこう。
「良く見えなかったけど『ギニャ』って鳴くなんかが居たっぽい」
「何だそれ。この山にそんなの居たっけか」
居ないはずだけど……。一体なんだろうか。もう逃げてしまったので確かめようは無いな。
「ネコじゃないか?」
「ネコっぽかったかな……?」
……今考えても何もわからないな。
まあいいか、正直もう眠くて仕方がない。明日また考えよう。
「考えてもわかんないな。後にしよう」
「そうしとけ。正直俺も、もう眠い。大志もそうだろ?」
「うん。もう眠くて頭働かないよ」
集会場に着くなり猛烈な眠気が襲ってきた。細かいことはもういいや、寝てしまおう。