第八話 すやすやおひい様
俺たちはようやくおひい様の卵サルベージに成功した。
この五日間、本当によく頑張ったと思う。三日目と四日目の事は知らんなあ?
それはともかく、ドラゴンさんたちが崇めるおひい様のお姿を、俺も有り難く拝見したいと思うので、ひょいっと卵を覗いてみた。
そこには――。
「この方が、おひい様ですか……」
「はい、綺麗でしょう?」
「ええ、これは美しい」
卵の中に眠るおひい様は、白蛇さんだった。
年齢は……十五歳から十六歳くらいか。まだまだ顔つきは幼いが、ユキちゃんレベルに美人である。
体格は華奢で、上半身だけ見れば身長百五十センチ位の小柄さである。ただ蛇さんなので、スネーク部分はそれなりに長い。
服装は金糸で刺繍されたエスニックな模様と、白と赤を基調とした巫女服のような唐装みたいな出で立ちかな。
そして肩まで伸びる髪は真っ白なシルクのような光沢で、奇麗に切り揃えられていた。しっぽの部分もホワイトで、キラキラしたウロコが淡く七色の光を反射する。とにかく白い蛇さんという感じか。
いっぽう、側頭部に生えている十センチくらいの角は色彩豊かだった。黒曜石のナイフみたいな形をしているのだが、まるでオパールのような極彩色の輝きで、まさに宝石といった美しさ。
これはドラゴンさんたちが、崇め奉るのも良く分かるな。それくらいの神々しさである。
たまにお姿を表したら、そりゃあキャーキャー言われるよね。
おひい様と呼ばれるにふさわしい、宝石の角を持ったホワイトドラゴンさんだったというわけか。
「あや~、これはきれいなひとですね~」
「まさに神」
「飾りたいレベル」
一緒にのぞき込んだハナちゃんも、おひい様のお姿にお目々まん丸だ。
ユキちゃんもなんか拝んでいるけど、キツネさん全開状態の彼女も同レベルなのだが、自分のことは良く分からないらしい。というか君も神なのでは?
それと魔女さんは宝石みたいな角の輝きを見て、うっとりしていた。おひい様の角は素材じゃ無いから止めようね。
「まっしろだね! まっしろ!」
「きれいだね! きれい~」
「きゃい~」
妖精さんたちも、俺たちの反応を見て興味を持ったようだ。
卵をのぞき込んで、きゃいきゃいしている。あと粒子がキラッキラ。
ともあれこの眠り白蛇さんを起こして、状況説明とか色々話をする必要がある。
「おひい様を起こして頂けますでしょうか」
「あ、そうですね。今起こします」
シカ角さんにお願いすると、さっそくゆさゆさとおひい様を起こし始める。
「おひい様、起きて下さいな。ほらほら」
「う~ん……あともうちょっと……」
「これ、二度寝はダメですよ二度寝は」
「じゃあ……三度寝なら……」
「あ! 寝ちゃダメですよ! 起きて下さい!」
「ああ……ふわふわ最高……」
「熟睡!?」
なっかなか起きないなあ。とんでもない寝ぼすけドラゴンさんのようだ。
そのうちドラゴンさん四人が束になって、起きなさい起きなさいとがんばる。
「ぐ~……」
「全員でかかっても起きない……」
「いつものことだよ~」
「筋金入りだからね」
「もう、海に放り込みましょうよ」
やがて、ドラゴンさんたちがぐったりした。なんだか、いつものことらしい。
あとウシ角さんは一番の強行派みたいで、なんか毎日苦労させられていた感があるな。でも海に放り込むのは止めようね。乾かすの大変だから。
しかしこのままだと困るので、俺もおひい様の起床をお手伝いしましょうか。
まずは情報収集から行こう。
「ちなみにですが、おひい様も甘いお芋は大好きでした?」
「それはもう。バクバク食べてましたよ」
「なるほど」
ということで、お芋作戦で行きましょうか。
前にハナちゃんがご所望していた、安納芋を用意してあるんだよね。
本当は最終日に、おめでとうか残念だったねのどちらでも、ドラゴンさんたちへの労いとして渡そうと用意していたものだ。
まさかこんな形で使うとは、思わなかったが。
「ねえ、このお芋を、六十五℃から八十℃くらいの間で、じっくり加熱できるかな?」
「まかせるさ~」
「だいとくいさ~」
さっそく、ドワーフちゃんにお願いして絶妙な温度で加熱してもらう。
この範囲でお芋を熱し続けると、得も言われぬ甘みと香りを出すのだ。
ふふふ……おひい様はこれに耐えられるかなあ?
「あや~、おいしそうです~」
「素晴らしい香りですね……」
「これはこれで、ごちそう……」
しばらく加熱し続けると、まずハナちゃんたちがやられた。ユキちゃんとかキツネ耳出てるからね。
魔女さんは多分、なんでもごちそうかと思われる。
「女はお芋が好きっと」
「それを論文にする必要ありますか?」
お供ドラゴンさんも、じゅるりとしながら論文を書いている。なんだかんだで、彼女も甘いお芋は好きらしい。
そうしてお芋を焼くこと、なんと一時間! 良い感じに焼き上がった時――。
「お、お芋の香りがするねん……」
「あ、起きた」
「ようやくだよ~」
「ここまでしないと起きないのは、どうかと思うね」
やっとこ、おひい様が目を覚ました。目の色は角と同じで、オパールのような複雑な輝きをしている。瞳孔はネコちゃんみたいな形かな?
そして寝ぼけ眼で、お芋の匂いをたどってキョロキョロしておられる。
まあ、朝食代わりのお芋を食べて貰い、目を覚まして頂こう。
熱いから紙で巻いてあげてっと。
「はい、これが焼きたてほくほくの、甘ぁ~いお芋ですよ」
「……? 奇妙な生物?」
「私は人ですよ」
「なるほど、ひとまずお芋を頂けますか?」
「どうぞ」
そしてお芋を受け取ったおひい様は、すーはーと呼吸をしたと思ったら――。
「シャベッタアアアアアアア!」
と叫びながらお芋をかじられた。
しゃべりますよ。だってにんげんだもの。これはもうお供さんで慣れたので、微笑ましく対処出来るのである。
「あの、説明をお願い出来ますか?」
「わかりました」
でもまあめんどいので、シカ角さんに説明を丸投げだ。
宜しくお願いします。
「あの、おひい様……ちょっと説明しますので」
「マタシャベッタアアアアアア!」
「いやいや私は顔見知りでしょ! しゃべりますって!」
「そうでしたね。ちなみにちょっと太りました?」
「うぐっ!」
どこかで見た光景だ。おひい様も、まさか面白ドラゴンさんなのだろうか。
ちょっと嫌な予感がするのだが……。
あと普通言いにくいことを、ズバっと指摘されておられる。そっとしてあげて。
まあ、ともかくシカ角さんになんとかして貰おう。
◇
現在、夕食のお時間である。
「なるほど! それは苦労かけましたね。申し訳ないです」
「いえいえ、こうして無事再会が出来たのですから、感無量です」
「無事で良かったよ~」
「安心したね。おひい様と会えて良かったね」
おひい様になんとかシカ角さんが状況説明を終えて、現状認識をして頂けた。
今はドラゴンさんたちに囲まれながら、猛烈な勢いでご飯を吸い込んでいる。
「このご飯、美味しいやん――大変に美味でございますね」
「ヤマトの方々が、長い時間をかけて改良したものですよ」
「美味しいのに、寒いところでも沢山収穫出来るらしいよ~」
「羨ましいね。凄いお米だよね」
というかドラゴンさんたちも、バクバクご飯を吸い込んでおられる。
今回の作戦目標を達成できて安心したからかな?
食欲がもりもりみたいで、すくすく育って欲しい。
「あや~、すごいたべるです~」
「尋常ではないですね……」
「ああああ……先生方が、太ってしまう……」
この様子を見たハナちゃん、あまりの食いっぷりにぽかんとしている。
ユキちゃんと魔女さんは、美容の先生方が丸くなられないか心配顔だ。
でも大丈夫! もう手遅れだからね。諦めよう。
「わきゃ~、おいわいがてら、エビとカニをとってきたさ~」
「もりあがるさ~」
「おまつりするさ~」
「その辺にも結構いたぜ。この海は豊かだな」
「たくさんとれました」
そうしている中、ドワーフちゃんたちと高橋さん率いるリザードマンたちが、その辺の海底で食糧を採取してきてくれた。
海岸から近いところにも、結構いるみたいだ。まあそうじゃなければ、あまり海で活動しないドラゴンさんたちも、漁獲できないよね。
「おや! これはご馳走や――ご馳走でございますね」
「今日はお祝いしましょう!」
「めでたいからね! 盛り上がろうね!」
「ご馳走食べようよ~」
おひい様も海産物は好きなようで、めっちゃくねくねした。というかハナちゃんダンスレベルで軟体な感じ。
体柔らかいなあ。
「みんなありがと、早速お料理して、大いに盛り上がろう!」
「「「わーい!」」」
ということで、夕日を眺めながらエビとカニの磯焼きパーティーが始まる。
「みなさまに助けて頂けたようで、誠にお礼申し上げます」
まずはおひい様が、みんなに対して頭をペコリと下げた。
白い髪と宝石のような角に夕日が反射して、なんかキラキラしてる。
さすが神々しい。
「わきゃ~ん、がんばったかいがあるさ~」
「おめでとうさ~」
「いやあ、なんとかなってよかった」
「ほっとした」
「よかったね! よかったね!」
「きゃい~」
(それほどでも~)
お礼を言われたドワーフちゃんやリザードマンたちも、嬉しそうだ。
妖精さんたちはキラッキラで、神輿もなんか七色である。うぉっまぶしっ!
「我らの同胞を導いて頂いた事につきましても、タイシさんやシロウさん、そしてお嬢様方に深く感謝致します」
「ご無事で何よりです」
続けてこちらにも頭を下げたけど、仕草が上品だね。流石お姫様だけある。
まあまあ挨拶はこれくらいにして、ぱーっと食べて飲もうじゃないか。
「それでは、おひい様の鋭気を養うためにも、沢山食べて飲みましょう」
「「「おー!」」」
挨拶の後は、お祭り開始だ。とはいえバーベキューなので、適当に焼いて食べるだけである。
「エビを生で食べるとは、贅沢ですね。とても美味ですよ」
「森から出られないと、味わえませんからね」
「特にこの黒いタレ、絶品やね」
「やね?」
「何でもございません」
おひい様はシカ角さんにお勧めされたエビ刺しを食べて、もうニッコニコだ。そして日本酒を水のように消費していく。
この人もウワバミなのか。
「それにしても、伝説のヤマトと繋がっていたとは、不思議なものです」
「私たちも、なぜ彼女たちが奈良に出てきたかは、分かっておりません。いずれ、おひい様の知識をお借りしたいかと」
「そうですね、資料を探してみましょう」
「お願い致します」
うふうふと料理に舌鼓を打ちながら、にっこりとこちらにも話しかけてくる。
権力者らしいけど、それほどお堅い人では無いようだ。
「あと、人でも男が成り立つのは凄いですね。これは論文を書かないと」
そしてなんか、嫌な予感がする事をおっしゃられる。
「ですよねですよね、論文書きましょう!」
「私も協力するよ~。結構情報集めてるんだよ~」
そして論文書きたい組がすすすっと集まり、こちらを見るわけだ。
おひい様とウシ角さん、あとヒツジ角さんが、巻物を取り出しておるわ。
「え、えっと……」
「ほらほら、男は腕とかカッチカチですよ。筋肉すごいです」
「あとねあとね、喉仏が出てたり不思議なんだよ~」
「これは興味深いですね!」
そしてドラゴン三人に囲まれて、腕とか首とか触られるわけだ。
みなさん学者の目で観察されると、照れちゃうよ。
「ユキ、ほっといて良いの?」
「いちいち気にしないことにしたの。大志さんなんだかんだで、身持ち堅いから」
「確かに」
そして後ろからそんな声が聞こえてきたが、助けて欲しいのだけど。
あと俺が身持ち堅いって、単にモテないだけであるのだが。
お袋曰く「腕力を自覚しろ」らしいが。意味がわかんないよね。
「まあ、今日はどんちゃん騒ぎしましょう。論文は後ですよ後」
「そうしましょう。野外で食事など、めったに出来ることではありませんから」
「飲みましょう!」
「ご飯も沢山あるからね。まだまだ炊けるね」
「おいしい野菜もあるんだよ~」
こうして親睦を深めながら、最終日の夜が深まっていく。
一時はどうなることかと思ったおひい様捜しだが、今日ようやく一つの目標を達成出来た。
まだ残り九人のお供ドラゴンさんたちの捜索は終わっていないが、ひとまずはこの成功を噛みしめようじゃないか。
なお、深夜になった頃、飲み過ぎでつぶれ無残に転がっているドラゴンさんたちを、テントに放り込んだのであった。
ウワバミにも関わらず酔いつぶれるほど飲むとか、はしゃぎ過ぎである。
気持ちはわかるのだけどね。
◇
翌朝、五日に渡った作戦は無事終了し、村へと戻ることになった。結果的に見て三日で終わる仕事を五日かけてやった俺たちだが、その顔は誇らしげだ。
そう、細かいことを気にしてはいけない。目的は達成したのだからそれでいいのだ。
ともあれ戻るためには、撤収作業をしなくてはならない。
ひとまず第一陣のドワーフちゃんたちをバスに乗せ、ランクルにはリザードマンが乗り込み、人員輸送を行うことになった。
「それじゃ、まずは行ってくるな」
「行ってらっしゃい」
彼らを送り届けたら、第二陣で俺たちが帰還する。それまでに拠点を撤収しておこう。
「私もお手伝いしますよ」
「あら! おひい様はゆっくりしていて下さい」
「ここまでして頂いたのですから、何もしないわけにはいきません」
作業を始めたら、おひい様も手伝うと言い出した。シカ角さんは止めているが、したいようにさせてあげるの良いと思う。
ケガをしないように、見守ってあげよう。
「まあまあ、自分でやってみるのも良い経験ですよ」
「……そうですね」
シカ角さんをとりなして、とりあえず作業をして頂くことにした。
したのだが――。
「ぜはー……ぜはー……お、重いんやよ……」
かまど用のコンクリブロックを持ち上げようとして、おひい様が早速虫の息になっておられる。
この人めっちゃ体力無いのでは?
「モヒヒ」
「いやいや、うちが頑張らんとあかんで」
「あかんで?」
「何でもございません」
かなり気合いは入っているのだが、訛りが出るほど余裕が無い感じである。
このまま作業させるとアレしそうな気がするので、もちっと軽いお仕事をして頂こう。
見ていて気が気じゃ無いからね。
「こちらの食糧や道具類を、綺麗にこの箱に入れて頂けると有り難いです」
「あ、整理整頓なら得意ですよ。お任せ下さい」
すぐさま違うお仕事をお願いしたが、確かに整理整頓は得意なようだ。
丁寧に良い感じで箱詰めしてくれる。適材適所ってやつか。
「と言うか、整理整頓の手際が見事ですね」
「そんな褒めんといてや~」
「といてや?」
「何でもございませんよ」
手際を褒めたら、照れたのかくねくねした。分かりやすい人である。
訛りは気にしないことにして、ちゃっちゃと撤収作業をしよう。
そうして一時間ほどで無事梱包は終わった。あとは親父たちが戻ってくるのを待つだけだね。
十分ほど待ったところで、バスとランクルがやってきた。ちょうど良い感じか。
さっそく荷物を積み込んだり仕舞ったりして、帰還準備が整った。
「では、村へ戻りましょう」
「「「はーい」」」
全員揃っているのを点呼で確認した後、ランクルには妖精さんたちと親父、そして高橋さんが乗り込む。それ以外の全員はバスで帰還だが、運転は俺担当なのでなるべく揺らさないようのんびり帰ろう。
「昨日聞いていた自動車ですが、いよいよ乗れるのですね!」
「揺れるから、気をつけて下さい」
「びっくりすると思うよ~」
「便利すぎてだめになるね。でもやめられないね」
「大体男が車の運転をするっと」
バスに乗り込んだおひい様は窓際席に座り、シカ角さんの隣でワクワクキョロキョロしている。
遊園地の乗り物に乗る前のテンションが、あんな感じかもしれないな。
じゃあおひい様ドキワクの、バス運行をしようじゃないか。
『こちら高橋、出発する。どうぞ』
「こちら大志、了解した。どうぞ」
高橋さんから無線が入り、ランクルがゆるゆると発車した。併せてウマさんも走り出す。
さて、こちらも追走しよう。
「それでは発車します、揺れるのでお気をつけを」
ぷしゅーとドアを閉めて、いざ出発進行だ!
「うわー! 動いてるやん! 凄いやん!」
「やん?」
「何でもございませんよ」
「というか、さっき動いているのは見ましたよね?」
「乗ってるときは別物ですよ。それはそれ、これはこれですね」
「なるほど」
はしゃいだり取り繕ったりするおひい様をバックミラーでチラ見しながら、バスを安全運転で進める。というか窓にべったり貼り付いているけど、揺れるから頭ぶつけますよっと。
まあそれは気にしないことにして、車を進める。轍の跡を追跡すれば良いだけなので、もうそれほど神経を使うことは無い。
ウマさんとランクルが何往復もしたので、そのルートは安全なのだ。
「これがあれば、みなさんの避難も楽だったでしょうね」
「これ一台でお屋敷が建つ価値ですよ?」
「私には無理でした……」
やがてはしゃいでいたおひい様は、バスの輸送能力を目の当たりにして、ちょっとしょんぼりした。
さらにシカ角さんからの指摘により、また別の意味でしょんぼりする。
面白いドラゴンさんだな。
そうして移動しているうちに、目的の洞窟が見えて来る。
いよいよ、おひい様を俺たちの村に迎えるときが来たのだ。
「さて、洞窟が見えてきました。あと少しで、私たちの村ですよ」
「何があるか良く理解していませんが、楽しみです」
おひい様は物怖じしない性格のようで、ワクワクくねくねしている。
それじゃあ、洞窟をくぐろう。
「行きますよ、いざ、ちたまへ!」
「よろしくお願いします!」
――さあ、村に帰ろう。
ホワイトドラゴンさんである、おひい様を連れて!