第九話 データを見ると、ちょっと変?
とりあえず海まで行こうという方針の元、車を走らせて一時間ほど。
「うみです~!」
「わきゃきゃ~ん! すてきさ~」
おひい様レーダーのデータ取りのため、とうとう上越まで到達だ。
今は谷浜にて、ざざんと波打つ海を堪能している。
ハナちゃんと偉い人ちゃんとかは、両手を挙げてハイテンションで砂浜を走り回っているよ。
「大志さん、良い感じに記録出来てますよ」
「どれどれ?」
エルフ組とドワーフ組が外に出て海を見てはしゃいでいる間に、車内ではユキちゃんが軽くデータを見せてくれた。
しっかり映像記録は撮れているようで、これなら分析は出来そうだ。
「この映像を使って、どのように分析されるのですか?」
「そういえばユキさんから、分析等が得意だとおうかがいしております」
「興味あるね。どうやるんだね」
「私も知りたいよ~」
ノートPCで動画を確認していると、魔女さんとドラゴンさんたちも覗き込んで質問してきた。
そうだな……軽く説明しておこうか。
「まあひとまずは、この光点の動きとGPSデータを比較して、何か特徴的な数値が出るか分析するって感じですね」
「なるほど?」
「GPSだと誤差がでますよね?」
シカ角さんは首を傾げてしまったが、魔女さんは高専卒だけあってぐいぐい来た。
なおヤギさんとヒツジさんは、笑顔のまま固まっている。うかつに質問すると、小難しい話が出てくるのを理解しているようだ。
それはそれとして、お話の続きだ。
「当然その問題はあったから、今回はそこのステキ装置を使うことにしました」
「これですか?」
「これ、みちびきを利用してセンチメーター級の精度を出せる代物です」
「そんなのがあるんですね」
「あんまり知られていないですけど、あるんですねこれが」
今回の秘密兵器は、センチメータ級測位補強サービスの「L6信号」対応受信端末だ。
準天頂衛星ちゃんはそういうサービスもやっていて、この軌道を算出してプロジェクト化した研究者さんと役人さんは凄いなとしみじみ思う。
そしてシカ角さんも首を傾げたまま固まってしまったので、魔女さんに説明するだけの展開となったわけだが、説明は続けちゃうからね。
「このアンテナと端末を使うと、すごい高精度が得られるんだ。兵器級のやつ」
「へええ、こんなに小型なのに凄いんですね」
興味が出たのか、魔女さんがステキ装置をつんつんし始めた。
まあ凄くコンパクトなので、そんなに高性能だとは一見わからない。
とここまで説明したところで、キツネさんがスマホをぽちぽちし始めた。
そして、「うげっ」てな感じの顔をしたあと――。
「あんまり触らない方が良いよ。今ちょっと調べたけど、その装置お値段百万円よ?」
「ぐああああああ!」
こんな感じで、この端末のお値段が暴露されてしまった。
ユキちゃんの情報提供によりお値段を知った魔女さん、つんつんしていた右手を押さえなぜか苦しむ。拒絶反応が出てしまったようだ。
普段宝石という高価な物を扱っている割に、高額マシンへの耐性はあまりないらしい。
「こ、こここれが百万円……」
「くく車が買えちゃうね。おそろしいね」
「あああありえないよ~」
固まっていたドラゴンさんたちも、お値段を聞いてお目々が点状態で装置を眺め、やがてふるえはじめる。しっぽというか脚? はカチコチだ。
確かに安い軽自動車なら、これで新車を乗り出せる金額である。普通車でもそれなりの中古が買える値段だね。
「ユ、ユキ、この人なんなの? かる~い調査かと思ってたのに、いきなり百万円ぶちこんでるけど……」
「いつもの大志さんね」
魔女さんがありえない何かを見る目で俺を見ながら、ユキちゃんに問い合わせだね。
ちょっと心配顔のキツネさんによる回答は、ご無体だが確かにいつもの俺だ。
良く分かってらっしゃる。
「そ、そんなにお金を使わせるつもりではなかったのです……」
「甘く考えてたね……」
「もうしわけないんだよ~」
ドラゴンさんたちは、申し訳なさのためかちっちゃくなってしまった。
いや、そんなつもりではないのは俺の方なのだけど……。
だからお値段は言うつもりが無かったのだけど、ユキちゃんが暴露しちゃったのである。
「みなさん、ちょっとこちらへ」
「ユキ、どうしたの?」
「まあまあ」
びっくらこいている魔女さんとドラゴンさんたちは、ユキちゃんに手招きされて車両後部に集まっていった。
そしてひそひそと何かを話し始める。
「大志さんは、こういうときお金に糸目を付けない事があるの。お任せにしているとエスカレートしていくから、慎重になる必要があるわ」
「金銭感覚が私たちと違う?」
「投資になるとか、これは必要だなって事柄になると……二桁ほどおかしくなるかな」
「なるほど」
「理解したよ~」
「豪快なんだね」
聞こえてるんだよお。ぼくはおかしくないんだよお。
結果的にそうなっただけであって、お金で解決出来ないことが多いこの仕事では、マネーパワーで片付く案件は楽な方なんだよこれ。
というのは言い訳で、単なる趣味だから気にする必要はないわけだが。
以前から買おうかなあと思っていたアイテムを、今回ちょうど良いから思い切って購入しただけであるわけでして。
「あ、あの……いずれ必ず、お返し致しますので」
「申し訳ないね。恩返しはするね」
「がんばるよ~」
ひそひそ話は終わったのか、ドラゴンさんたちが申し訳なさそうに頭を下げてきた。
いやまあ、半分趣味入っているから、そこまで恐縮することは無いのだけど……。
「いずれみなさんのお力に頼る事もあると思います。その時にお力を貸して頂けたら、嬉しいですね」
「分かりました。お困りの際には、是非とも頼って下さい」
ごまかしも含め、そのうち頼るからお願いって感じにしたら、多少はほっとできたようだ。
ふふふ……色々丸投げするので、楽しみにしてて下さいねえ。
俺は無茶ぶりする人間なんだよお。タダより高い物は、無いんだよお……。
「あや~、タイシわるだくみしてるですね~」
「あとがこわいさ~」
「いつもの悪い人の顔になってますね」
悪い顔をしていたら、いつの間にかハナちゃんと偉い人ちゃんがバスの中に戻っていた。
ユキちゃんも参加して、三人で遠巻きに俺を見ているわけだが。
でも、仕事丸投げはジャスティスだから……。
そんなことがありつつも、データ取りは良い感じに出来た。
あとは戻って、分析してみて考えよう。
「あやや~、ゆうひがきれいですね~」
「わきゃ~ん、うつくしいさ~」
「日本海の日の入りって、凄いですよね」
結局上越で色々遊んだ後は、海辺の駐車場でサンセットを眺めて締めくくりだ。
日本海側の醍醐味といったら、やっぱりこれだね。
「おおおお、こう言うのも良いですね」
「しゃしん! しゃしんとります!」
ヤナさんとカナさんも、夫婦仲良く夕日を眺めて感動している。というか海に到着してからずっと、二人の世界でイチャイチャしておったわ。
大家族故にこういう機会を設けてあげないと、なかなか水入らずとは行かないだろうからね。愛情を深められたなら、幸いかな。
「すすす、すごいさ~!」
「これはかんどうものさ~!」
お供ちゃんたちも、カメラで写真撮影しながらわっきゃわきゃだ。良き接待が出来たかな?
(きれい~)
(いいものみれた!)
(……おそとも、たまにはいいかも)
神様ズも、ほよよと飛行しながらキャッキャしている。謎の声もはしゃいでいるね。
おひい様捜索のために遠出したけど、楽しいイベントになって何よりだ。
そして当事者たるドラゴンさんたちはと言うと――。
「あらー! こっちの海も、夕日は綺麗だわ!」
「海はしばらくぶりに見るね!」
「綺麗だよ~」
こんな感じでやっぱりはしゃいでおられるのだが――その発言内容が気になった。
シカ角さんが「こっちの海」と言った。これはちょっと確認してみないと。
「あの、みなさんの暮らしていた所には、海があるのですか?」
「私たちの森から多少離れていますが、ありますよ」
「ほほう、あるんですね」
確認してみると、やっぱりドラゴンさんたちの世界には海があるようだ。
彼女たちが暮らす森から、ちょっと遠いみたいだけど。
「というか、普通は海があるものでは?」
「ハナちゃんや妖精さんたちの世界には、なかったようです。ドワーフちゃんたちの世界も、淡水湖のみだと聞いています」
「不思議ですね」
シカ角さんが続けて確認してきたけど、まあ海が普通にある世界の人はそう思うか。
ただエルフィン惑星系では、海ってあんまりないみたいなんだよね。
でもドラゴンさんたちの星には海があるんだから、漁とかしてたのかな?
「海でお魚とかを捕まえたりしてました?」
「多少はですね。距離的にあんまり行くことは無かったですけど。なんと言っても、森でほとんどがまかなえましたから」
「そうなんですか」
「あと大きな理由として、海の近辺では淡水があんまりなく、集落が作れないのですよね」
「確かに淡水が得られないと、漁業の拠点を作っても維持出来ませんね」
彼女たちの世界には海があるけど、淡水調達の問題があるんだな。
「海に流れ込む河川が、近くにあればって感じですか」
「あるにはあるのですが、途中で塩が混ざっちゃうのです」
「そう言えば、鉄と塩が豊富でしたっけ」
「ええ。だから森から離れた河川は塩分濃度の関係上、稲作出来る水質ではなくて……」
どうにも森を離れると、集落を作るための水が確保出来ないようだな。
もしくは、淡水の河川でも上流しか使えないって感じか。下流では塩分が濃くなってしまうと。
「海岸線も季節によって変動するので、ちょっと難しい感じでした。あとは距離的に、獲れたお魚は干物にしないと、森まで持ち帰れませんもので」
「干物は、それはそれで美味しいですけどね。でもかかる手間を考えたら……」
「そういう色々があって、海はあんまり活用できていません。もったいないなって思ってはいるのですけど」
もうなんか色々、海を活用するためのハードルが高いって感じだな。無理しなくても、森でだいたい間に合うからそこまでは……という。
実際見てみないと分からない事も多いけど、そう簡単に解決できる話じゃないようだ。
まあこの辺はおひい様を見つけて、それから考えよう。
そのためにも、分析をがんばらないとね。
「大志さん、もう良い時間になりましたよ」
「そろそろ帰るとしようか」
「それが良いと思います」
ドラゴンさん世界の海について考えていると、ユキちゃんからタイムリミットのお知らせが来た。
日没を眺めていたのだから、当然だね。
それじゃあ、そろそろ長野に帰るとするかな。
「それではみなさん、今日はそろそろ帰りましょうか」
「そうするです~」
「おうちかえるさ~」
「ですね」
こうして、色々遊びながらもそれなりのデータは取れた。
あとはAIちゃんたちと相談しながら、分析してみよう!
◇
データ取りの翌日、自宅にて分析をすることとなった。参加メンバーはユキちゃんと魔女さんに、シカ角さんとなっている。
残りのドラゴンさんたちは、エステのお仕事があるとのことで、そっちを優先してもらった。
なんといっても人気店だから、予定外の休業となると大勢の女子が悲しむのである。
そんなわけで、みなさんをお家にご招待だ。
「大志さんのおうち、敷地はとっても広いのですね」
「家の大きさはそうでも無いですよ。通常三人、多くて爺ちゃん婆ちゃんを加えた五人暮らしなので、これでも持て余していたりしますが」
「確かにこのお家の大きさでも、三人で暮らすと維持が大変そうです」
「実は敷地内にある建物は、ほとんどがガレージや作業場なんですよ。重機やら設備やら色々備えておりまして。あっちにある建物は事務所だったりします」
家に招いた魔女さんは、敷地内での移動中も、きょろきょろと周囲を興味深そうに見ていた。
説明したとおり、住居の大きさはそれほどでも無いんだよね。二階建てだけど、キツネさんちと比べたら三分の一くらいじゃないかな。
住んでいる人間が少ないので、大きな家は必要がないというか、あっても困るというか。
「居住区はほどほど、実は施設や設備が大半って、なんだか秘密基地みたいですね」
「ある意味そうです」
「……ある意味?」
魔女さんの言うとおり、秘密ではないけど基地という認識で合っているかな。
自宅というより、市街地に作った拠点内に住んでいる、という感覚の方が近いかも。
なぜそうなっているかと言えば、単純に我が一族の趣味である。深い理由は無い。
好き勝手にやっていたら、こうなっていたのだ。ガレージは漢のロマンであるからして。
浸水被害が物理的に起きない土地であることもあり、エスカレートはしていると思うけど。
「あら! 明かりが自動で光るのですね!」
「面倒なので、人の気配を検知して光るものを要所に使っております」
「便利ですね!」
宅内に入ると、シカ角さんは照明設備に興味が出たのか、人感センサーLEDライトを背伸びしてのぞき込んでいた。
ドラゴンさんがのび~をすると、二メーターを楽々越える。高所に得意な種族って感じだ。天井の電灯メンテナンスが楽そうで良いな。
でもライトを直接見るのはやめようね。
「ただ、お金持ちって感じがそこかしこに……。車庫にあったレク○サスとか……」
「あれは不動産業用の社用車で、あれくらいないと箔がつかずに、仕事にならないのですよ。個人的には、ハイパワーターボ四駆でさえあれば、車はなんでも良いのですけどね」
「まずそのハイパワーターボ前提な発想がダメかと」
「なんですと?」
いやでもガレージにある軽トラは、スーパーチャージャーだから……。ターボじゃないからセーフだよね。
ぼくの車選びは、まともだよ……。
「家のお父さんも、ターボがどうたらとお母さんを説得しようとして、見事に失敗してました」
「まずターボで奥さんを説得出来ると思うほうがおかしいわ」
ユキちゃんもみんな大好きターボトークに参加してきたけど、あのカラスなお父さんは説得のネタ選びが確かに間違っている。魔女さんにもつっこまれており、味方は誰もいない。
まあお母さんの説得を、なんとかがんばって頂きたいものである。
そんな女子力あふれる馬力トークをしながら居間に到着だ。
お茶を飲みながら、データ分析をしよう。
「ターボはおいといて、早速昨日のデータを分析しましょうか」
「そういえば、そうでしたね」
「あら! ぱそこんも高級機!」
リビングのテーブルにノートPCを準備し、設置してある大画面TVに画面をミラーリングしてみんなで閲覧可能にした。
魔女さんはすちゃっとソファに座り、シカ角さんはマシンをキラキラお目々でのぞき込んでいる。
……このシカさん、パソコンが好きな感じがするよ。これが高級機というかハイグレードマシンだと分かるのは、結構詳しくないとわからないからね。
もしかしたらオタクPCトークが通じるナカマかもしれん。あとでさりげなく探ってみよう。
とまあ、そんなことをしている間に、ぱっそこーんが起動した。
「ピポ」
そしてすぐさま乗っ取られるわけだが、AIちゃんに話は通してあるからね。
なんか待機してくれていたようで、うちの子賢くてかわいい!
「AIちゃん、今日はよろしくね」
「ピポポ」
「とりあえず分析の方針を伝えるよ」
「ピポ~」
よろしくの挨拶をすると、AIちゃん元気に「まかせて」とお返事だ。
「ねえユキ、大志さんなんかPCと会話してるんだけど、危なくない?」
「ユキさん、コレは大丈夫なのですか?」
「大丈夫では無いですね」
そしてギャラリーがひそひそと俺を危ない人認定するのだが、ぼくはあぶなくないんだぞお。ぜんぶ聞こえてるんだぞお。
しかし周囲はなぜか理解してくれないというか、なんでAIちゃんと会話が出来ないのかがわからない。こんなに分かりやすいのになあ。
でもまあ、気にせず分析を始めよう。
「えっとね、とりあえずGPSデータと光の点の動きを比較して、探知精度を算出しよう」
「ピポ」
「光が動き始めた瞬間と、その時の移動量で概算出来るはずだよ。カルマンフィルタが使えるかも」
「ピッポ~」
こんな感じでAIちゃんと計算をしていくと、大体半径二十キロメートルが精度限界ではないか、という結果が出てきた。
「う~ん、どうもこれくらいが限界精度のようです」
「……けっこうありますね」
地図とを重ね合わせてみると、だいぶ厳しい感じになってしまった。
長野県北部の結構なエリアが、誤差範囲に収まってしまうのだ。
だけどまだ出来ることはある。
「悪あがきで、光点に動きがあった地点を参考に絞り込みをかけます」
光点が遠ざかった地点のデータはいくつかあるので、それを元にどのエリアが怪しいかを絞り込んでみるのだ。
すると――。
「やっぱり信濃町とその周辺全域って感じになりますね」
「これは、私たちの感覚とも合っています」
結局の所、ドラゴンさんたちがアタリを付けた範囲に収まったのだ。
今あるデータが示すところでは、感覚は正しいという事になる。
「私たち、間違ってはいないようですね」
俺としてはただ確認が取れただけ、という状況ではある。しかしドラゴンさんにとっては、自分たちの活動が間違っていなかった、という点で安心は得られたようだ。
とにもかくにも、データと彼女の感覚は一致した。
「すなわち、信濃町を中心にしたこの範囲におひい様がいらっしゃるぽい、と言うのが今回の結論となります」
「これがわかっただけでも、前進ですね!」
結論を伝えると、シカ角さんがくねくねと盛り上がる。
長らく手探りと感覚頼りの捜索に、数字的根拠と探査範囲の目安が出来たのだ。そりゃあ嬉しいと言うものだね。
ただ、懸念が一つ浮かび上がってきた。
「ピッピッポ~」
「AIちゃんもそう思った? だよね、ちょっとおかしいよね」
「ピポ」
「ずっとこうだよね?」
「ピ~ポポポ」
懸念については、データ分析を実行したAIちゃんも同じ事を考えたようだ。
二人で議論を重ねて、さらに深掘りしよう。
「あ、あの……一体何おかしいのでしょうか」
あれやこれやピポポピポポと議論をしていると、ユキちゃんが若干引いた感じで聞いていた。
おっと、俺とAIちゃんだけで話を進めてもしょうがないな。
今のところの考えを伝えておこう。
「自分とAIちゃんの意見なんだけど、このおひい様の位置がおかしいかなって考えているんだ」
「おかしいのですか?」
「普通に考えるとちょっとね」
「え? 詳しく教えて頂けますか?」
光点がおかしいとユキちゃんに説明すると、シカ角さんがずずいっと前のめりになった。
よくよく見てみると、これはかなりおかしいのだ。
そこんところを、ちょいと話し合ってみよう。