第二話 次のステージへ
狩りが上手くいったのでお肉は沢山準備できた。次は焼肉で使う野菜を調達する番だな。
ハナちゃんと畑に行き、野菜作りをお願いすることにした。
「ハナちゃん、今日はこの野菜を作ってほしいんだ。頼めるかな?」
「あい~」
ぱらぱらと種を撒いていくハナちゃん。今回はキャベツ、長ネギ、ナス、玉ねぎ、ピーマンの五種にした。種類としてはこれでいいかなと思う。
俺も一緒に種まきをして、すぐに作業は完了した。次はいよいよ、にょきにょきの儀式だ。
ちょろちょろとじょうろで水を撒きながら、歌を歌い始めるハナちゃん。
「にょっきにょき~おいしいやさい~たくさんです~」
今日はお肉が食べられるとあって、ハナちゃんも気合が入っている。いつもより歌が長い感じだ。
すぐさま野菜はにょきにょき成長し、見事な野菜が出来上がった。
「ふい~」
「野菜、沢山できたね。ありがとうハナちゃん」
なでなで。ハナちゃんの頭を撫でて、労をねぎらう。
「えへへ」
今日もお仕事が上手くいって満足そうだ。ひとしきり撫でてから、のんびりと野菜の収穫を始めた。
一時間位たった頃、そろそろ半分くらい野菜を収穫できたあたりで親父が畑にやって来た。様子を見に来てくれたのかな?
そう思っていたけど、親父から予想外の報告をもらった。
「おい大志、広場でイノシシの丸焼きが始まったぞ」
「……え? もう焼き始めてるの!」
まさかもう焼き始めているとは……。これはビックリだ。親父は報告を続ける。
「ああ。夕食に間に合わせるには、今から焼かないといけないから、とかなんとか」
……今から焼いたって固いだけだと思うけど、良いのかな。最低でも二十時間くらい待たないとガッチガチのはず。
カモなら夕方位にはなんとかほぐれてるから、今日はカモ祭りの予定だったのだけど。
もうちょっと詳しく聞いてみるかな。
「今日食べられるのはカモ位かと思ってたけど、待ちきれなかったのかな?」
「俺も聞いたんだけど、そこは任せてくれ、とか言ってたな」
う~ん……なんだか良くわからない。野菜を収穫し終えたら、見に行ってみるか。
「じゃあこれ終わったら、俺も見に行くよ」
「そうだな。俺も手伝うよ」
「助かる」
「ありがとです~」
こうして、ハナちゃんと親父と一緒にいそいそと野菜を収穫した。
野菜を収穫し終え広場に行くと、確かにエルフ達がワイワイとイノシシの丸焼きをしていた。木で串刺しにしたイノシシを、くるくる回して炙っている。
……あっ! シカも枝肉にされてる。これも今日食べるつもりだ!
「皆さん、もう焼いちゃうのですか?」
「あ、タイシさん。ゆうしょくまでには、しあがりますよ」
ヤナさんが気合の入った様子で答える。まあ丸焼きは数時間かかるから、今からやらないといけないのは分かる。でも別の問題が……。
「明日にならないと、固くてダメなんじゃないですか?」
「ふっふっふっ……そこはおまかせあれ」
ヤナさんが自信満々で答えて、背後のエルフ達に目配せした。すると、エルフ達はなんかの植物をしぴぴっと指差して言う。
「もりにはえてるこのくさを」
「おにくにつかえば、あらすてき」
「あっというまに、やわらかに!」
彼らの指差す先には、シダ植物みたいな草があった。エルフの森にある草だよねこれ。ちょっと光ってるし。
「この植物をどう使うのですか?」
「このはっぱでおにくをもむと、なぜだかおにくがやわらかくなるのですよ」
……何故だかお肉が柔らかくなる、謎の植物。それ、大丈夫なのだろうか……。
俺はそのシダ植物みたいなものを手に取って調べてみた。見たところなんてことない植物ではある。光っている以外は。
これ、大丈夫かヤナさんに聞いてみよう。
「これ、大丈夫なんですか?」
「ええ、ひをとおせばだいじょうぶです」
「火を通さなかったら?」
「――ひをとおせばだいじょうぶです」
火を通せば大丈夫、で押し切られた!
思わず俺は親父と顔を見合わせる。親父も微妙な表情をしていた。
でももう焼いてしまっているわけだし、ここは最後までお任せする方針で行こうか。
若干不安だけど……。
ただまあ、予定外だけど食材は増えた。それはそれで、良いことなのかな?
そう思うことにしよう。
◇
丸焼きは彼らの技術と経験を信頼して、お任せすることにした。というか俺ではもう手出しができない領域にある。
こっちはこっちで、カモ祭りの準備をしよう。普通のやり方で行くのだ。
カモは煮ても焼いても美味しいけど、グリルで焼くと一層美味しい。グリルでの丸焼きと、網焼きの両方をやるつもりでいる。
夕方近くなった頃、エルフ達のうち丸焼き担当の数名以外は、俺と一緒にバーベキューの準備を手伝うため集まってくれた。
集まってくれたエルフ達と、ワイワイ準備を始める。まずはバーベキューセットを設営するかな。
カチャカチャと機材を組み立てていく俺を見て、皆が周りに集まってきた。
「これ、なんのどうぐ?」
「ぴかぴかしてて、かっこいい」
「なんかすごそう~」
バーベキューセットに興味深々な皆さん。周りを囲んでワイワイしている。
「お肉を美味しく焼くための道具ですよ」
「「「おにくがおいしくやける!」」」
……皆さん、美味しく焼く「ため」の道具であって、美味しく焼けるとは限りませんよ?
「おにく、うまくやくのってけっこうたいへんなのよね~」
「おにくをあぶるの、たいへんなの」
「これがあれば、こがさずにやけるのね~」
バーベキューセットを囲んでキャッキャしている奥様方。
でも奥さん、ダメな人が焼けば、やっぱりダメになりますよ?
若干勘違いしている風な皆さんだけど、ヤナさんだけは様子が違った。炭を眺めて首を傾げている。
どうしたんだろう?
「ヤナさん。炭を見ているようですか、どうしました?」
「これってすみなのですか? ふしぎなかたちをしていますけど」
ヤナさんが興味深げに聞いてきた。しかし買ってきてなんだけど、これってなんだろ。真ん中が空洞の炭ってオガ炭だっけか? 親父に聞いてみりゃ早いか。
「親父、これってオガ炭だっけ?」
「ああ、オガ炭だな。おが屑を固めて炭にした奴だ」
「おがくずでも、すみになるんですか?」
ヤナさんが驚いたような顔で聞いてくる。やっぱオガ炭か。親父が説明を続ける。
「結構作るのにコツがいるみたいですが、設備があればできるみたいですね」
「ほほう」
ヤナさんはオガ炭を手に取ってしげしげと見はじめる。おがくずがこんな炭になると聞いて興味がわいたようだ。
「オガ炭って結構昔からあったけど、これそんな簡単には出来ないの?」
「ああ。たしか戦後の発明だから、意外と最近できた奴だぜ。それなりの技術的基盤が無いと作れないんじゃないかな」
「むずかしそうですね」
ヤナさんが残念そうに言う。難しそうか……もしかして、自力で作りたかったのかな? おがくずで出来ると聞いたから、割と簡単に出来るんじゃないかと思っちゃうよな。
しかし、オガ炭に興味を持つという事は、炭を作りたいって事なのかな。聞いてみるか。
「みなさんは、炭って結構使います?」
「たまにつかうくらいでしたね。なにせつくるのがたいへんですから」
炭を作るのは大変か。窯で炭を作るのは確かに大変だし、野焼きで作るのも人手が居るな。わざわざ作らなくても良いのなら、それに越したことは無いからあんまり炭焼きとかしなかったんだろう。
そうだな、炭焼き窯でも作ろうか。ヤナさんに提案してみよう。
「そのうち炭焼き窯でも作りましょうか? 皆で」
「いいですね。すみでおにくをやくと、おいしいですし」
お、ヤナさんも乗り気だな。まあ提案して何だけど、俺は炭焼き窯の作り方を知らない。
なのでこれもエルフ達に丸投げする予定でいる。
素人の俺がネットで調べて炭焼き窯を作るより、実際に経験のあるエルフ達がやった方が上手く行くと思うんだよね。
それを聞いていた親父は、ヤナさんに更なる提案をした。
「燻製小屋も作りましょうよ。狩猟を始めたのだし必要になりますよ」
「お! わたしたち、くんせいづくりにはけっこうじしんがありますよ」
ヤナさんはどうやら燻製作りに自信があるみたいで、ニヤリとニヒルな笑顔をした。
エルフ達の作る、異世界の味。郷土料理も美味しかったので、期待が高まるな。
……まさか燻製もカレー味とかはないよね。まさかね。
こうしてまた新しい計画を話し合いながら、焼肉の準備は着々と進んでいった。
しばらくして大体設置し終えたので、そろそろ火を点ける段階に。
炭は早めに準備しておかないと、いざ開始! と言った時にじりじり待たされるし。
ねじった新聞紙を中央に重ねて組み、その周りに炭を並べて積み上げる。こうすると着火剤無しで火がつくらしい。まあ着火剤を買うの忘れたから、こうするしかないんだけど……。
そうして、マッチを取り出しいよいよ着火――しようとしたところで、ハナちゃんが隣に居ることに気づいた。
何時の間に……しかも棒と板を持って準備万端だ。
「タイシタイシ、ひおこしするです?」
うきうき顔で、火付けをお願いされるのを期待しているハナちゃん。しかし、俺が持っているマッチを見て首を傾げた。
「タイシ、それなんです?」
「これはマッチと言ってね。簡単に火が付く道具なんだ。こうやって――」
俺はマッチを擦って実演してみせる。シュボっと火が着き、独特の匂いが漂う。
「「「おおおおおお!」」」
「いっしゅんでひがついたです~!」
それを周りで見ていたエルフ達が驚きの声を上げる。
ハナちゃんも驚きの様子で、目を真ん丸にして燃えるマッチを見ていた。
「すげえ、ハナちゃんよりはやい」
「れんしゅうすれば、できるようになるのね」
「にんげん、やればできるんだな……」
ハナちゃんを超える火起こし速度に、感動しているエルフ達。ただ、能力とか努力の結果でこうなったと思っているようだ。
しかし俺は練習したわけではない。ただ化学の力を借りただけ……。
エルフ達の羨望の眼差しを居たたまれない気持ちで受けていると、ハナちゃんがふむふむといった顔で言った。
「なるほど、そうやるですか」
おもむろに木の板と棒を、俺がやったようにマッチを擦る時の体勢で構えるハナちゃん。
ん? 何をするつもり?
――しゅぼっ。
次の瞬間、ただの木の板と棒なのに――マッチみたいに火が着いた。
何……だと。
「やった~! ひがついたです~!」
「おおお~ハナちゃんすげえ~」
「いっしゅんだったぞ!」
火起こしの次なるステージに上がったハナちゃん、大喜びだ。そしてエルフ達も大騒ぎ。
俺はそんな光景を唖然として見ていた。
一体何が起きたの……?