第六話 職業選択の自由
ここはとある世界の、とある町。
ふとしたきっかけが、ありました。
「そういえば、おやっさんてホテル業務経験あるんすよね?」
「はい? ええ、ありますよ」
ボイラー技士さんが、職場で知り合った若いのと飲み会をしております。
その中で、こんな話が出ました。
「副支配人まで行ったとか」
「ちいさなホテルですが、そうですね。そのあと大手に買収され、私はリストラされてしまいましたが……」
「せつないっすね」
「そうですね……」
どうやら、技士さんはなかなか波乱万丈な職歴があるようです。
「それでなんすけど、うちの親戚がやっているホテル、支配人の爺ちゃんが歳で続けるのが難しくなったっすよ」
「はあ」
「爺ちゃん、こないだ法事で親族が集まったとき『どこかに支配人出来そうなまともな人、道に落ちていないかな?』とかボヤいてまして」
「道に落ちてはいないと思います」
落ちてたら事件ですね。
「どうっすか? 面接するなら、顔つなぐっすよ」
「そうですね……ちょっと、考えてみます」
こうして、ボイラー技士さんにヘッドハンティングのお話がやってきたのでした。
「こんなことがありまして」
「あら! それは良い事ではないですか」
「それで、大丈夫か占って頂きたくて」
もちろん、同居のドラゴンさんたちに相談ですね。
彼女たちの占いによる助言は、技士さんを大いに助けてきたのです。
今回のお話も、結果を聞いて判断したいみたいですね。
「ではでは、かしこみかしこみ~」
そんなわけで、ドラゴンさんたちが儀式を始めました。
毎日しているので、もう手慣れたもの。しゃんしゃんと占いが行われ、その結果はと言うと――。
「『天職ってやつらしいよ、定年まで出来るって。老後はのんびり現地で暮らせそうだけど、節約して貯金をしとくと、老後の趣味を楽しめるってどっかで聞いた。どこで聞いたかは忘れちゃった』だそうです」
「おお! 節約は得意ですよ! 趣味は……まあ考えておきます」
「『このあたりにお勧め物件があるらしき話が出たから、そこに家族を呼び寄せて一緒に暮らせるんだって。ただし子供の大学は本土になるかなあ』とかも出ましたね」
「おお! おお! 家族とも一緒に……! ん? でも本土って?」
ふわっとしているにも程がありますが、どうやら良い結果が出たようです。
ともあれ技士さんはさっそく顔をつないでもらい、面接へと出かけたのでした。
「合格しましたよ! ただ……ひとつ問題がありまして」
結果は合格で、技士さん大喜び……かと思いきや、ひとつ問題があるようです。
「問題と言いますと」
「そのホテル、沖縄にあるんですよ……」
「オキナワですか……。どこですそれ?」
「ここからめっちゃ遠い離島で、南国の行楽地です。お告げの『本土』ってそういう事だったんですね……」
勤め先が、とっても遠かったようです。そうすると、このおうちとドラゴンさんたちはどうなるかが、問題となります。
「おひい様って、ここより北東に居そうなんだよね?」
「その離島って、聞いた限りじゃ逆方向だよ~」
これまでの捜索により、おひい様はこの地より東に居ることはわかってきました。
しかし技士さんの勤め先は、反対方向です。
「……どうしましょう?」
「どうしましょうね」
その日は、結論が出せないまま夕食を食べて、ぐっすり眠りました。
みなさん徹夜はしない主義なのです。
そして翌日になりました。
「ダメもとで……おひい様の居場所を、占ってみましょう」
「いままで『そのうち合流する』とか、『なるようになる』とかばっかりだったね。あてにならないんだよね」
「ふわっとしすぎだよ~」
とりあえずダメ元で、おひい様の所在地を占うようです。
これで何か結果が出れば、また今後の方針も立てられると言う物ですね。
そんなわけで、また朝からしゃんしゃん、占いのはじまりはじまり。
「『かの地で待つ』とか出たわよ」
「なんぞこれだね」
「やっぱり意味不明だよ~」
そして結果は、やっぱりあてにならないものでして。
水晶玉の反応からは、「元気ですよ」というのはわかるのですが……。
結局のところ、結論は出ませんでした。
「でも、あのお方のこれからを考えると、私たちがぶら下がっているのは……」
「せっかくの好機なんだよね。もっと良い仕事してほしいよね」
「これ以上、迷惑かけられないよ~」
占いがあてにならないので、ドラゴンさんたちはみんなで会議を開きました。
自分たちを助けてくれて、今まで守ってくれていた恩人さんのことです。
真剣に夕方まで議論し、その日は夕食を食べてぐっすり眠りました。
やっぱり徹夜はしない主義なのです。お肌の大敵ですから。
「私の都合で、色々悩ませて済まない」
「いえいえ、ここまでして頂けただけでも、返しきれない御恩があるのです」
なかなかでない結論と今後の方針に、支配人さん(仮)もドラゴンさんたちも、お互い思いやりで乗り越えます。
そうしているうちに、ホテルのお仕事の回答期限がやってまいりました。
「ひとまず、沖縄でお仕事をして頂ければと。私たちは、ここでしばらく過ごすことが出来れば嬉しいです」
「わかりました。この家はもうちょっと維持します」
結局元技師さんは、支配人さんにジョブチェンジすることとなりました。
金銭的な都合で別れて暮らしていた家族と、ともに過ごせるのが大きかったのです。
奥さんの実家の援助に、もう頼らなくて良いのですから。
「連絡はマメに取り合いましょう」
「そうしましょう。何から何まで、ありがとうございます」
こうして、支配人さんは沖縄の地へと旅立つことになったのです。
ドラゴンさんたちはこの人に恩があり、支配人さんもドラゴンさんたちにとても助けられました。
その両者の道が、とうとう分岐したのです。
「それで、私が現地に赴任する前に、そのおひい様の捜索も兼ねて……東日本一周でもしませんか? 思い出作りのために」
「東にほん一周ですか? 大冒険では?」
支配人さんの身の振り方が決まったところで、彼からこんな提案が出ました。
おひい様捜索の事情は知っているだけに、東を探せばよいこともわかっております。
せっかくだから、お別れになる前にみんなで旅行しようという考えですね。
そのうえで、旅の地を東日本に設定すると。
なかなか、上手い事考えますね。
「新幹線やレンタカーとか高速バスを使えば、のんびり回っても半月で回れますよ」
「そうなのですか?」
「計画次第ですけど」
ここは現代ちたまにっぽんです。ドラゴンさんたちの想像以上に、すごい乗り物があるのですから。
そんなわけで、みんなでおひい様探索やお別れ会を兼ねた、東日本一周旅行が始まりました。
「あら? デンシャってこんなデカかったかしら?」
「なんかすごい早いね! めっちゃ怖いね!」
「窓の外がビュンビュン流れていくよ~!」
新幹線に乗って、ぷるぷるしたり。
「と、トーキョーってヤバイわ! さすが都!」
「駅の中で迷うね! ここはどこだろうね!」
「乗り場がわからないよ~!」
東京観光をしてあまりの人口とビルの密度に、心底びっくりしたり。
そして東京駅で乗り場が見つからず、オロオロです。
ちなみに改札で「大〇に行きます」て言うと、一時的に改札から外に出られますよ。
「ここが温泉! 神話にあったものが、本当にあるのね!」
「みなさんが暮らしていた町にも、天然温泉に入れる施設はありましたよ」
「なぬ?」
「私はたまに行ってたよ~。癒されたよ~」
「なぬ!?」
「こっそり行ってたんだね! そういうのがあるって教えてほしかったね!」
お次は東北各県を回り、温泉旅館でのんびり。このとき各々のドラゴンさんたちは、奈良の街の散策にて、それぞれ憩いの場を見つけていたことが判明しました。情報共有はされていなかった模様。
それはさておき、もちろん水晶玉をのぞき込んで、おひい様捜索も欠かせません。
「なんだか、離れてきたわね」
「そうだね。こっちじゃないのかもね」
「前は近づいてたんだよ~」
やがて福島から宮城、岩手から青森へと移動するたびに、反応が遠ざかって行きました。
一番近かったぽいのは、今のところ群馬の草津という情報は得られましたが。
「と言う事は、あの辺にいらっしゃる……?」
「なんだか、アタリが付いて来たね。これは成果だね」
「旅にでて、良かったよ~」
こうしておひい様情報を分析しながらも、順調に旅は続きます。
お次は日本海側の県を満喫し始めました。秋田でキャッキャし、山形で観光したり。
「ここでは芋煮について意見を述べたらダメですよ?」
「そうなんですか?」
「争いが起きるもので」
「こわいね。たいへんだね」
「争う価値があるんだよ~」
そんなこともありましたが、新潟に入ってから新展開が起きました。
高速バスに乗っていた時の事です。
「あら! 今までで一番近いわよ! これは凄いわ!」
「やっぱりこのへんなんだね! おひい様がいるんだね!」
「今までで一番の成果だよ~」
そう、おひい様レーダーの反応が、けっこう近くなったところがあったのです。
「あ、でも遠ざかったわね」
「この辺だって覚えておこうね! 地図に印をつけるね!」
「宿を予約しちゃったから、寄り道できないよ~」
しかし計画された旅行のため、その時はひとまず印だけつけました。
それから金沢で遊んだり、石川で温泉に入ったり。
さんざん遊んでから、富山で新幹線に乗りました。
「ここから長野に行って、お猿さんが温泉に入る面白いところを見に行きますよ」
「ナーガノ? そこはジゴク谷でしたっけ?」
「そうです」
最後に長野観光をして、この旅は締めくくりです。
北陸新幹線にゆられながら、長野駅を目指してのんびり電車旅ですね。
その時の事でした。
「あらー! 近い! 近いわこれ!」
「ほんとだよ~、もうスレスレだよ~!」
「この辺だね! おひい様近いね!」
飯山駅を過ぎて長野駅に向かうとき、どんどん反応が近づいたのです。
彼女たちは、今までになくおひい様へと接近したのでした。
「ここよ! この地がそうなんだわ!」
「みつかったね! とうとうだね!」
「奇跡だよ~」
奇跡ではありませんよ。レーダーがあるでしょ。
ともあれドラゴンさんたちは、とうとう約束の地を見つけたのでした。
ただし、そこから先が一筋縄ではいきません。
「でもこれ、詳細な場所はわからないのね……」
「もう重なり合っているね。でもどこだかわからないね」
「まさかの落とし穴だよ~」
そう、おひい様探知レーダーは、ピンポイントで指し示すものではなかったのでした。
水晶玉からすると、もうすぐそこ。だけど、見つかりません。
かなりの広範囲を探さねばいけないことが、判明したのでした。
「あとは地道に、移動して探すしかないわね」
「でもでも、ナラからナーガノは遠いよ~」
「通いでは無理だね! ここに住むしかないね!」
地獄谷で楽しく観光した後は、旅館で作戦会議です。
支配人さんが見守る中、お酒を片手にわいわいと意見を出し合いました。
「それでは、長野におひい様がいらっしゃると、そういう事ですね」
「ほぼ間違いないです。ただし、出会うためには現地での捜索が必要となりました」
「なるほど……。では、この旅行が終わったら、色々考えてみましょう」
「はい」
こうして東日本旅行は大成功をおさめ、ドラゴンさんたちの方針も決まりました。
あとはどうやって実現するか、現地でどう暮らすかを計画せねばなりません。
「帰ったら、忙しくなるわよ」
「占い沢山しようね」
「がんばるよ~」
先の事が見えてきて、ドラゴンさんたちも気合が入ります。楽しい旅館で、大切な今後が見つかったのでした。
もちろんそのあとのマクラ投げも、気合十分で楽しみましたが。
◇
「なるほど、旅行で移動した結果、ここ長野だと判明したわけですね」
「そうなんです。だから、この地で探そうと思いまして」
お互いの道が分かれてしまったが、その時企画した東日本旅行にて、居場所が判明したと。
なかなかどうして、旅をするのは大事である。
「それからはどうしたのですか?」
「何はともあれ、現地で暮らす方法を考えました」
「その結果が、エステサロンと」
「はい。ナラで成功していたのもありますので」
「しかし、勤めてから数か月で独立ですよね?」
「そこはあの増幅石と、術でごにょごにょと……」
「なるほど」
どうもあのエステサロン、系列店みたいだね。本店は奈良にあるっぽい。
「最初は私一人と本店の方に手伝って頂いて、細々と始めました」
「雑居ビルとかこっちでの住まいとか、良く借りられましたね」
「やっぱり術でごにょっと」
「さようで」
この人、ごまかす術を多用し過ぎである。用法、用量を守って正しくお使いくださいだよ。
「私が魔女さんとお店に行ったときは、オープンして間もなかったのですね」
「そうなります。なのでお値段はお安くして、お客さんを獲得していきました」
「流石凄腕ですね!」
あっ、ユキちゃんと魔女さんの目が虚ろになった。洗脳はいまだ解けない。
まあお安くしていたからこそ、キツネさんのお小遣いと魔女さんのなけなしの可処分所得で行けたわけか。
「今では業務拡大をしつつありまして、ぼちぼちとナラの仲間も呼び寄せ、今は三人でやっています」
「まだ奈良で暮らす方もいらっしゃるのですね」
「いきなり全員はさすがに無理でしたので。あとの五人は、奈良の本店で見習いしてます」
残りの五人は、奈良の本店で働いているそうだ。
というかちたまに来たドラゴンさん、みんなエステティシャンか、その見習いをやっているのか……。
儲かるってわかっちゃったから、しょうがないよね。とことんまで暴走しておるわ。
「あとはおひい様を探すために、車が必要だなってなりまして」
「それで免許も取得したと」
「はい。この地はジテンシャで回るには、ちときつかったのです」
「ですよね」
「車はまだ買えていないのですけれど」
「下手な中古を買うと、かえって高くつきますからね」
「そうですね。そう聞いて、すごく慎重になっています」
町からちょっと出ると峠だからね。車が無いとやっていけないのですよ。冬とかは自転車無理だし。
それはそれとして、さっきから気になっていたことを確認だ。
「ちなみに重要人物なのに存在感が薄いあの方ですが、もしかしてこの人では?」
俺たちが沖縄旅行で泊まった、あのホテルの支配人さんの写真を見せる。
もうなんか、フラグが立ちすぎているのだ。
「あら! そうですよ。なぜ大志さんがあの方のお写真を……」
果たして思った通り、あの支配人さんはドラゴンさんたちの関係者だった。
あの人の霊力が妙に高かったのは、おそらく彼女たちの儀式を間近で見たり、経験したからだな。
元々神主をやっていた血筋でもあり、潜在能力は高かったと思われる。
それに加えて本物凄腕巫女たちが目の前で儀式をしまくるもんだから、眠っていた力が呼び起こされたのかもだ。
ユキちゃんをすぐに本物だと気づけたのも、事前に総本山で同じ系統の神と出会い、神気と言う物を知っていたからだと思われる。
でなけりゃコスプレの人かな? で済ませていただろう。
あの支配人さんには、ちゃあんと積み重ねがあったのだ。
「あえ? タイシこのひと、かんけいしゃです?」
「話を聞くとそうらしいよ。世間は狭いね」
「せまいですね~」
ハナちゃんがお料理をもぐもぐしながら、しみじみ言う。
割と知人の知人とかあるなあ。
「そういえば、何か強力な守護がありましたね、あの方には」
「強力な守護、あったんだ」
「ええ、うち系列を信仰しているのに、なぜ別系統の守護が? とは思いましたが」
どうやらユキちゃんは、支配人さんにかけられた強力な守護を検知していたようだ。
でもうち系列って言ってるのは、正体を隠す気あるのだろうか?
油断しきっているそのうかつさが可愛い。
「ああそれ、あのお方にお守りを渡してあります。これですね」
「なるほど」
その謎については、シカ角さんが原因のようだ。
勾玉をしゅっと取り出しているので、同じものを渡してあるのだろう。
確かに強力なお守りっぽいオーラは感じる。
「ひとまず、ここまでが私たちに起きた出来事となります」
「波乱万丈でしたね。でもご無事で何よりです」
「良き方に巡り合えたのが、大きかったかと」
「そうですね」
今度はうねうねちゃんの入った瓶を両手で持ち、そこのお酒をぐびぐびと飲みながらシカ角さんがお話を締めくくった。
周囲にあったお酒は、いつの間にか飲みつくされている。
「しゃしゃ~!」
なお、うねうねちゃんはシカ角さんに飲み込まれないよう、ひしっと瓶にしがみ付いていた。
「こっちの瓶においで。お水とお砂糖も入れておくからね」
「しゃっしゃ~」
別の瓶に移動してもらい、うねうねちゃんの救助は完了だ。
それはともかく、聞いた限りではおひい様を探してすったもんだの末、とうとうここにたどり着いたって感じかな。
これを可能にしたのは、あの支配人さんが裏で支えていてくれたからこそか。
もし彼女たちの暮らしていた星があの赤い衛星Xだとしたら、彼は俺たちの代わりに仕事をしてくれたとも言える。
いずれ機会を見て、挨拶に行こう。今は奈良で暮らす残りのドラゴンさんたちとも、話さなければいけない。
入守家当主としての、新たな仕事が出来たようだ。
「タイシタイシ、またこのむら、にぎやかになるです?」
「かも知れないね。そうなるよう、いろいろみんなでやっていこう」
「ハナもおてつだい、するです~」
「頼りにしているね」
「あい~」
もしかしたら、このドラゴンさんたちが次の仲間になるかも知れない。
ハナちゃんも賑やかなのが大好きであるため、凄い楽しみそうだ。
ここはいっちょ、ドラゴンさんたちのお悩みに首を突っ込みましょうかね!