第五話 町の遊撃手
ここはとある世界の、とある現ボイラー技士さんのおうち。
外に出られるようになったドラゴンさんたちが、作戦会議をしておりました。
「なかなか、この辺のお肉がとれなくて……」
「運動するしかないわね」
「たぷたぷしている……」
そっちの会議ですか。でも彼女たちにとっては、喫緊の問題なのです。
たぶんそう。
「というか、おひい様の反応に全然近づかないわ」
「すっごく遠くに居るってことだよね」
「どこなのか、見当もつかないよ~」
お肉会議の傍ら、本題もお話していますね。
探せど探せど、おひい様の反応に近づかないのです。
「とりあえず、ジテンシャっていうのを手に入れたわ。これで遠出が出来るので、手分けして探しましょう」
「「「はーい」」」
シカ角お姉さんが、このカオスな会議をまとめにかかりました。
そう、ドラゴンさんたちは技士さんのアドバイスにより、自転車を手に入れたのです。
「じゃあ、私はこっちね」
「それなら、私はこっちにいくよ~」
「反対側はまかせてね」
八人は、それぞれ自転車に乗って街に繰り出しました。
両足でペダルはこげないのですが、しっぽをつかって片方のペダルをジャーコジャーコと器用に押しています。
やればなんとかなるものですね。
「おっと!」
「これ、難しいわ!」
「なんでヤマトのひとたちって、こんなの簡単に乗れているの?」
そして初めての自転車ですので、こける人も出てきました。
ただ運動神経は良いのか、ひょいっと飛び降りて無傷です。
なかなかつよい方々ですね。
「乗れるようになれば、簡単よ」
「そうだね。これは便利だね」
「どこまでも行けそうだよ~」
リーダー格の三人は、スイスイ乗れているようです。
鼻歌を歌いながら、おひい様の捜索開始ですね!
ちなみに反応する水晶玉っぽいやつは一つしかありませんので、全員で手分けする意味はありません。
その玉を持っているシカ角お姉さん以外の人たちは、単なる町の散策になってしまうのですが、まだ全員気づいていないわけです。
微妙なところで抜けているドラゴンさんたちなのでした。
「わわわ、ヤマトの街って不思議!」
そして一人意味のある捜索をしているシカ角さんですが、自転車で繰り出した街の様子にお目々がキラッキラ。
見たこともない建物や、不思議な服を着た人々、それに意味の分からない道具などなどがひしめきあいます。
「あ、一時停止するのよね、ここで」
しかしちゃんと交通ルールを勉強したシカ角さんは、安全運転で街の散策を続けます。
あっちできょろきょろ、こっちでお店を覗き、そっちでちょっと一休み。
なかなか充実した、ちたまにっぽん探検ですね。
「このはんばーがーっての、美味しそうね……」
やがて、ふらふらとファーストフード店へ誘われ……たっぷりポテトとどっしりバーガーで腹ごしらえです。
今日運動する分以上のカロリーを摂取したシカ角さんは、お腹のお肉と戦いを続けるのでした。
それはともかく、彼女の捜索はすでに散策となっており、頼みの水晶も変化はありません。
早々に、行き詰まっているのでした。
「……おかしい、お腹のお肉が増えた気がするわ。こんなに運動しているのに……」
そりゃさっきLLサイズポテトと、メガのついたハンバーガーを食べましたからね。
お砂糖たっぷりのジュースもLLサイズだったのですから、増えることはあっても減りませんよ。
なまじ勾玉の換金で財があるため、こうした誘惑にすぐ負けるドラゴンさんたちです。
特に彼女のお腹は、だいぶ摘まめる水準で余っておりましてこれ。
このままいくと、ある日手持ちの服が着られなくなっていることに気づいて、めっちゃくちゃ焦りますよと。
「これは、まずいわ……。便利なやつの反応も、全然変化がないし……」
その身に深刻なお肉余りを抱えたシカ角さん、自転車を停めて真剣に悩み始めました。
水晶玉を見つめ、お困り顔です。
「……あら? あれは何かしら?」
なお、水晶玉の向こう側にたい焼き屋さんが見えました。
またもやふらふらと、甘くて良い匂いのするお店に引き寄せられております。
「おさかなの、お菓子なの?」
「いらっしゃいませー。カスタードたい焼きがお安くなってますよー」
「それください」
あああ、今度はたい焼きを買い食いするようです。
「あとですね、安納芋たい焼きもお勧めですよー」
「アンノウイモ? それもください」
「まいどー」
店員さんの言うがままに、お勧めの品も追加です。
これはもうあれですね、数日後に顔が丸くなっているのに気づき、焦るやつかと。
顔を洗ったときにほっぺの感触で「あれ?」となるって聞いたことがありますよ。
「いざ、参る」
そして美味しそうなたい焼きを調達したシカ角さん、公園のベンチに座って実食です。
「あららら、これは甘くて良いわね!」
まずはカスタードたい焼きを一口食べると、その甘さにもうウッキウキです。
しっぽをくねくねさせて、喜びを体で表現しちゃいました。
「お安くなっているのでこれなら……じゃあこの、ちょっとお高めのお勧め品は……」
カスタードたい焼きをあっという間に胃袋へ輸送した彼女は、お次に安納芋たい焼きを見つめました。
なにせお店のお勧め品で、お値段からすると期待が高まります。
「では、こちらも――!」
お芋のたい焼きを食べたシカ角さん、その切れ長なお目々がカッと開きました。
しっぽもピーンと伸びています。
「こ……これは……私の大好きなお芋味!」
そういえばそうでしたね。ドラゴンさんたち、甘~いお芋が大好きなのです。
この謎の地であるヤマトにて出会った、ソウルにビビっと来る味がそこにはありました。
「すいません! このお芋のやつ全部ください!」
「まいどー」
慌てて再度お店に向かったシカ角さんは、安納芋餡のたい焼きを買い占めです。
自転車のカゴにいっぱい詰め込んで、ニコニコ顔でおうちに帰りました。
お芋に目がくらんで、おひい様の捜索は忘れたようです。
まあどこを探しても成果が出ないので、ぼちぼちやるしかありません。
たまにはこういう息抜きも、良いのではと思います。
「みんな! これ! この食べ物は美味しいお芋の味がするわよ!」
「「「キャー!」」」
その日は戻って来た仲間たちと、お芋のたい焼きでお祭りです。
彼女たちみんな大好き甘~いお芋味ですので、充実したおやつとなったのでした。
――それから数日後のことです。
「今日も捜索、がんばるわよ」
「「「はーい」」」
今日も今日とて、ドラゴンさんたちはおひい様を探します。
もちろん、奈良の町にある様々なお店で買い食いをしながら。
しかし異変が起きました。
「あら? なんかジテンシャが、『ミシッ』とか鳴った?」
「気のせいじゃない?」
「とりあえず、出発しましょう」
シカ角さんの自転車から、ミシミシ音がしております。気のせいではないですね。
しかしその時は特になんとも思わず、出発してしまいました。
「……なんだか、最近疲れるわね……」
自転車で移動中のシカ角さん、息が切れるのが早くなっておりますね。
そりゃあ、けっこうおふと――ですから。坂を上るのも、一苦労です。
「気のせい……気のせい……」
何かを見て見ぬふりをしている彼女ですが、ひたひた、ひたひたと何かが迫っております。
そして、ついに――。
「ひっ! お洋服のボタンが飛んだわ!?」
しま〇むらで買ったお気に入りのブラウスの、お腹のボタンがはじけ飛びました!
とうとう、お洋服の許容量限界を迎えたのです!
「う、うわ……これはさすがにまずいのでは。と言うか恥ずかしい」
毎日自転車で楽をして、どでかバーガーとポテトを食べていたシカ角さんです。おまけにおうちでは、甘いお芋のおやつまで。当然それ以外に三食もりもり食べております。
その成果は見事に現れたのでした。
「お、お肉……せめて隠さないと……」
慌ててお腹を押さえる彼女ですが、どうにもなりません。
見栄張って一サイズ小さなブラウスを買うからですよ。
まあ、諦めて大きなサイズを買ったら買ったで、油断が加速するのですが。
痩せたいなら、タイトな服を選択して戒めにするのは、なかなか良い手段ではあります。
でもシカ角さんは、見栄で小さいのにしただけですけれど。
「じ、じーゆーだったら回避できた……?」
そういう問題ではありません。どこのブラウスでも、そのサイズだと結果は同じですよ。
というか妙に庶民的アパレルブランドに詳しくなってますね。
ドラゴンだっておしゃれしたい! そんな彼女の執念が垣間見えます。
まあそれは置いといて、今はこの緊急事態に対処する必要があるわけなのですが……。
「あ、あら? この看板なにかしら?」
その時、お腹を隠すためうずくまったシカ角さんの目に、一つの看板が映りました。
「――痩身エステ?」
立て看板には、エステサロンの痩身コースがお手頃料金とともに記載されています。
その文言を見て、シカ角さんの目がキラリと光りました。
「痩せられるの……?」
痩せるのではなく、お脂肪を移動させてそれっぽくする施術ですね。
それでも、意外と狙ったところがしばらくは萎むのです。なかなかどうして、短時間ごまかすには効くやつ。
他にも時間をかけて、実際に質量をなんとかするコースもあるとかなんとか。
「入って、みましょうか……」
後が無いシカ角さんは、ふらふらと……エステサロンへ、入っていったのでした。
そして二時間後――。
「おーほほほほ! お腹が引っ込んだわ!」
サロンの前で高らかに笑うシカ角さんが!
ボタンが飛んだブラウスもちゃちゃっと直して、見た目は何とかなった彼女がそこにはおりました。
「このエステってやつ、凄いわね!」
ちたまで洗練されたエステを体験し、もう首ったけです。目が虚ろですね。
なにせ危機的状況を、たった二時間で救ってくれたのですから。
シカ角さんは、もうエステの虜となってしまったのでした。
「ま、また来ましょう……」
こうして、シカ角さんはたまにこっそり、エステ通いをすることとなりました。
ちたまで悪い事ばっかり覚えていきますね。
放置したらあかん子ですよ。
◇
「えーすて! えすて!」
「ですよね! エステ最高ですよね!」
「「「キャー!」」」
おかしいな、おひい様捜索の話だったはずが、いつの間にか買い食いがメインとなり、最後に熱くエステを語るフェーズに突入したぞ。
女子エルフたちも、大好きな『えすて』の話が出て、もうキャッキャしておるわ。
でもなんでそれにハマったのか、というきっかけと原因が、なんだかぼかされている気がする。
今聞いた話では「ある日自転車をこいでいたら、ふとお店を発見した」としか言っていないが……本当にそうなのかな?
その間に何か、ドラマがあるような気配がするのだが。
「何にもなしに、エステサロンへ入ったのですか?」
「そ、そうですよ? 何か問題でも?」
「いえいえ」
シカ角さんがキョドりながら目をそらしたが、これは~何かを隠しておるな。お父さんそういうのわかっちゃうんだよお。
ただあまり突っ込むと地雷を踏みそうなので、追求はしないでおこう。
俺は危機管理には自信があるんだ。
「タイシタイシ、そのおいもって、あまいです?」
「話に出てきた安納芋ってのは、めっちゃ甘くて美味しいやつだよ」
「きょうみあるですね~」
おっと、ハナちゃんはお芋のほうに興味を惹かれたようだ。お花よりお団子である。
安納芋はすぐには用意できないから、約束だけはしておこう。
「すぐにってわけにはいかないけど、見つけたら持ってくるね」
「たのしみです~」
ハナちゃんはお芋が楽しみなのか、ご機嫌でうふうふしているね。
この話が終わったら、ネット通販でも探してみるか。スーパーじゃなかなか見かけないもので。
「ま、まあそれでエステにハマってしまいまして……お金がその……」
「安くはないですからね」
「ええまあ」
お芋について考えていたら、シカ角さんがお話を戻してくれた。
かなり言いにくそうにしていたが、エステ通いをしたらお金が飛んでいく。
ちたま文明の誘惑に、抗えなかったのだ。
「どうしようかと思っていたところ……これを思い出したのです!」
そしてシカ角さんが、巻物を取り出した。達筆で読みにくいのだが、「美容大全」と書いてあるのかな?
隠蔽の術を探すときに、偶然見つけたやつだったか。
「おうちでできれば、お金を節約できるかなって」
「さようで」
動機がとても不純であることは、良くわかった。
ただ、これが今に繋がっているんだろうな。
「それで、上手く行ってしまったのですよね?」
「そうなんです! この巻物本当にすごくて!」
「試しにやってみたら、お肌トゥルットゥルになったんだよ~」
「あれは衝撃だったね。今までの苦労なんだったのってね」
あっ、ドラゴンさんたちの目が虚ろになった。この巻物に洗脳されておる。
もうここまでくると、その巻物は魔導書なのではないか? あぶない感じがするのだが。
まあ俺がエステするわけじゃないから、気にしないでおくか。
彼女たちは幸せそうなので、それで良いのではと思う。俺は危機管理に自信があるからね。
「それから通っていたエステサロンに頼み込んで就職して、この巻物技術を応用していったのです」
「大本は、一般サロンだったのですね」
「かなりの凄腕で、当時から繁盛していましたね。私も、そのお店でまだまだ教わりたいことはあったりします」
「なるほど」
もともと腕の良いサロンと出会ったのが、良かったんだろうな。
そこで感動してしまい、ドラゴンさんたちが暴走を始めたということか。
ことは美容の話であるわけで、もう止めることは不可能である。
なんだかんだで彼女たちも、ちたまにっぽん生活を満喫していて何よりだね。
「ただやっぱりおひい様の捜索も必要で、デンシャで遠出もするようになりました」
「その時はあんまり遠くには行けなかったけどね。にっぽんを旅するの、一人じゃ無理だったからね」
「ヒコーキは怖くてむりだったよ~」
まあエステに拘泥していたわけではなく、捜索も当然続けていたようだ。
主に電車利用で多少の遠出って感じか。飛行機はむりだったんだね。
うちの村の住人たちも、後戻り出来ないところまで隠しておいたからね。
荒療治で乗せたから、自由意志に任せていたら今でも飛行機は乗っていなかっただろう。
現代人だって、飛行機ぜったいやだ! と言う人はそれなりにおられる。
無理もない話だ。
「ハナたちは、ヒコーキのったですよ~」
「あら! それは凄いわね! 子供なのにえらいわ!」
「うふふ~」
ハナちゃんは飛行機乗ったよアピールしたら、シカ角お姉さんが素で驚いて褒めている。
頭をなでられたハナちゃん、またもやご機嫌だ。
「ちなみにそれからは、猛勉強してエステの資格を取ったり、サロンで働いて活動資金を稼いだりして過ごしました」
「身分保証などは、どうされました?」
「シヤクショってところで、術をごにょごにょと……」
「ですよね」
「ですね。増幅石様々です」
なるほど、結構スレスレなやり方だが、出来なくはないな。
ただ細かく調べられると、履歴に矛盾が出るので何かあるとめんどくさいことになる。
あとで色々洗浄しておこう。半年はかかるけど、まあ比較的安全だ。
これもスレスレだけど、ごめんなさいってことで。
「ただ、活動をするうえで……別れもありました。私たちを匿ってくれたあの方です」
「別れですか?」
「はい、あの方に新たな道が見つかったのです」
そういえば、ボイラー技士さんは今立派な仕事に就いているって話だったな。
技士さんではない、別の職業ってことなのだろうか?
「その方は、今何をされておられるのですか?」
「沖縄で、ホテルの支配人をされておられます。本部町と言うところですね」
え? なんか知っている名前が出てきたぞ?
どういう事だ?
「詳しく教えて頂けますか?」
「はい、あれは夏の終わりごろのことです」
今度はウィスキーをラッパ飲みしながら、シカ角さんが語る。
ボイラー技士さんに訪れた、一つのチャンスについてのお話を。
シカ角さんの個人情報は守られた