第四話 フリーダムへの道
元警備員さんが、とことんドラゴンさんたちに振り回されている、そんな図式が明るみになった。
まじめな一般人に迷惑かけすぎ案件ではないか。
「まあ、普通の人ならそうなるよな……」
「ノウハウゼロだから、どうしようもない」
「幸運なのか不運なのか……」
俺の感想を皮切りに、親父と高橋さんも微妙な顔で同意する。
でもよくよく考えると、うちも似たようなドタバタをしている気がしなくもない。
ま、まあ気にしないことにしよう。そして、まだまだ話は始まったばかりだ。
そのすったもんだを経て、彼女たちはちたまとどうかかわりあってきたのだろう?
「それからはどうしたのですか?」
「警備員さんが慌ててご実家に行かれ、なんとかごまかしたそうです」
「さようで」
元警備員さんがんばってるなあ……。というか、ごまかす能力が高すぎてびっくりだよ。
何とかなったなら良かったけど、俺が聞きたいのはそれじゃないと言うか。
「こわわわ」
「うわきをごかいされるとか、ふるえる」
「やばし」
エルフたちはそれが聞きたかったらしく、元警備員さんの危機にぷるぷるですな。
でも興味深々な顔なので、なんだかんだでそういう話は好きなようだ。
「それはともかく、そこから始まったのですね」
「はい、それからはもうこの世界のお勉強漬けになりました」
日本酒をビンのままぐびびとラッパ飲みしながら、またシカ角さんが語り始める。
その話には、拠点を確保した彼女たちの奮闘があった。
◇
ここはとある世界の、とある元警備員さんのおうち。
一人暮らしだったその家は、とっても賑やかになりました。
「なるほど、やはり漢字を使っているわねこれ。字体は結構違う物もあるけど」
「これなら理解しやすいね。すぐに覚えられそうだね」
「かな文字ってのは便利だよ~。でも横書きするのはまだ慣れが必要だよ~」
まず始めたのは、こちらの世界のお勉強です。
五十音を教えて貰った後は、コツコツと読み方を学びました。
「あら、ヤマトって言葉は私たちの資料にもあるわ」
「じゃあこの神話にあるお話って、本当にあったんだね。驚きだね」
「でもこの資料だけだと、詳しい話はわからないよ~」
自分たちに伝わる神話と、ちたま日本との関連性を見つけたりも。
それからは、ちたま日本人を彼女たちの言い伝えにある、ヤマトと認識することになりました。
「ヤマトさんたちは、性別があるのですね」
「不思議だよ~」
「半々で存在するって謎だね! 私たちとなんかちがうね!」
そして彼女たちにとって、人間の男という生物が不思議でなりません。
ヤマトの人でも、男性と女性でずいぶんちがいます。
「動物たちには性別がある子がほとんどですから、人でもあり得るという話ですか」
「大発見だね! 人でも男が成り立つんだね!」
「これは論文を書かなきゃだよ~」
人間の男女と言う違いについて、ドラゴンさんたちの好奇心は尽きないのでした。
ただ新しい世界やちたま人に興味は尽きませんが、大事なお仕事があります。
「おひい様、反応があるのよね……」
「かなり遠くにいらっしゃるね! たぶんこっちに来ているんだね!」
「一安心だよ~」
そう、おひい様との合流です。
彼女の言っていた通り、比較としてあの大寒波よりは安全な場所に出られました。
今は毎日山盛りご飯にふわふわ卵料理も食べられて、みなさんほっくほく。電気炊飯器は二台に増えました。このおうちのエンゲル係数はうなぎのぼりです。
なお、お料理はドラゴンさんたちも自力でできますが、食料の買い出しは元警備員さん担当です。スーパーに行くたびに物量すごくてひーひー言ってました。
ともあれこの状況を見ると、大事な大事なお姫様も、こちらに来ている可能性が高いのです。
なにより、水晶玉に反応がありますから。元気な証拠が、そこにあったのでした。
「でも、探しに行けないのは困ったわ」
「この姿だと、大騒ぎになるね。というか大騒ぎになったね」
「どうにかしたいよ~」
しかしみなさんは、困ってしまいました。なにせ下半身が蛇の人など、どこにも居ないのですから。
それ以前に不法入国なので、色々と肩身の狭い身です。
「てれびってやつを見ても、手掛かりはないわ」
「おひい様が姿を現していれば、騒ぎにはなるはずだね」
「上手に隠れているかもしれないよ~」
何か出来事があると、テレビである程度は伝わります。
自分たちのような人間が現れたなど、大事件も良いところ。
きっと大騒ぎになるので、毎日チェックは欠かしていませんが……今のところ、情報は入ってきませんでした。
「でもこのキュア的なのって、面白いわ」
「魔法が使えるなんてすごいね!」
「衣装も素敵だよ~」
あら? なんだかアニメにどっぷりはまっていませんか?
でもまあ、息抜きは必要ですよね。たぶんそう。
「そもそもこの板も魔法で動いているのよね?」
「電気って魔法らしいね。危ないらしいね」
「ご飯も簡単に炊けるしで、ヤマトの魔法はすごいよ~」
彼女たちにとっては、電気イコール魔法みたいなものらしいです。
ひつじ角さんがテレビの裏に回って調べてみたり、ヤギ角ちゃんが冷蔵庫からプリンを取り出し食べてみたりと、こちらにも興味は尽きません。
ちなみに今食べられたプリンは、シカ角さんが大事にとっておいたやつです。
あとで揉め事確定ですね。
こうして彼女たちは、少しずつちたまに溶け込んでいったのでした。
その姿が原因で、外に出かけられない、という問題を残して。
「じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
元警備員さんも占いによって新しい職が見つかり、忙しくなってきました。
今はボイラー技士として、正社員ではありませんがなんとかお仕事しております。資格を持っていたのですね。
というわけで平日は、ドラゴンさんたちおうちでじりじりと食っちゃ寝やお勉強の毎日です。
外に出られないため、おひい様の捜索もままなりません。
何とかしたいところなのでした。
そんなある日の事、変化が訪れます。
「あら? なにか変わった占い結果が出たわ……」
「どれどれ……『これでそれが手に入れば、お悩みもなんとかなるかも? あのへんにあるよ』って意味わかんないね」
「勾玉ならたくさんあるよ~。やってみようよ~」
毎日の日課として、彼女たちは占いをしておりました。警備員さんちの一室を占領し、きちっとした祭壇が設けてあるのです。
今日はその結果が、不思議なようでした。
「相談してみましょう」
ただ占いは彼女たちの頼みの綱です。何か変わった結果が出たならば、行動するのも手なのでした。
こうしてドラゴンさんたちは、もう一つの頼みの綱である今はボイラー技師さんにお願いをしてみることに。
「この『おいなりさま』という所に勾玉を持っていけば、悩みが解消するかも? みたいでして」
「お! それうちでも代々祀っている神様ですよ。ここからそこそこ離れたところに総本山がありますね」
「そうなのですか」
話を聞いた今はボイラー技士さんが、神棚を指さしました。そこには、ちょこんと座るお稲荷様のオブジェが。
この方は信仰が厚いようで、奇麗にお掃除されています。
「大昔は、ご先祖様も神主をされていたと聞きました。神仏習合についていけず続けられなかったそうですが」
「なるほど?」
どうも話を聞くに、元警備員さんこと現ボイラー技士さんには、なんだかご縁がある神様みたい。
ドラゴンさんたちはその辺の細かい話が分からないため、首を傾げておりますが。
ともあれお稲荷様と聞いてはじっとしていられない技師さん、翌日さっそく現地に向かって行きました。
そして――。
「鳥居をくぐるうちに、いつの間にか変なところに出てしまいました。そこで迷って道もわからず困っていたら……なんだかかなりゴージャスな、巫女さんみたいな恰好の人がすっ飛んで来まして」
「ごーじゃす?」
「その巫女さんから『君の持てる勾玉を、この増幅石と是非とも交換せなむ。げに願ひたてまつる』とお願いされました。交換して欲しい感じが凄かったのと、雰囲気に流されてしまって……この増幅石というものと交換しました」
「ゾーフクセキ? なんですかそれ」
「わかりません。気づいたら街道にいて、これが何なのかも聞けませんでした」
ボイラー技士さんが、謎の石を携えて帰ってきたのでした。なんか不思議な出来事と遭遇して交換しちゃったみたいですね。
「ひとまず、お渡しします」
「ありがとうございます。早速調べてみますね」
「そうしてください。しかしあの巫女さんは一体……まさか?」
「ではみなさん、調べましょう」
「「「はーい」」」
ボイラー技士さんが何かに気づいて「はっ?」となりましたが、そこは気にせずドラゴンさんたちが動き始めました。
みんなでさっそく、この物体Xについて調査を始めます。
「これ……これ……力が数倍も、もっと何倍も増幅する!?」
「凄い石だよ~。半端じゃないよ~」
「力が足りなくて使えなかったあの術とか、行けるかもだね! 試してみようね!」
それは、驚きの連続でした。巫女一人では到底出来ない術も、これがあれば可能なのです。
全員慌てて、術の巻物を読み漁りました。
憧れのあの術が、出来るかも。そう、この石ならね。
「確か、隠形の術があったはずよ。私はこっちの資料を調べるわ」
「じゃあ私はこっちだね」
「私はこっちを調べるよ~」
おひい様の水準でないと使えないような術が、沢山ありました。
しかし、巫女級の彼女たちでも、可能性が出てきたのです。
みんな一生懸命、調べました。
「あ、美肌の術があるね」
「――詳しく」
「その調査を私が担当することについては、やぶさかではないわ」
「今、美肌って聞こえたのだけど」
そして速攻で脱線を始めましたよ。
しかし彼女たちも女子なため、お肌は気になるのです。これはもう本能というか……。
「これ、美容大全って書いてあるわ」
「「「キャー!」」」
何やら面白い資料を発見してしまい、しばらく明後日の方向に突っ走るドラゴンさんたちなのでした。
それはともかく、資料の精査は進みます。
「あった! 隠形の術みつけたわ!」
やがて目的の術が見つかり、今や儀式の間と化したボイラー技士さんちの一室で、むにゃむにゃとドラゴンさんたちの施術が始まります。
「……変わったかわかんないわね」
「試してみるしかないでしょう」
「そうね」
そんなわけで、技師さんの協力のもと、逃げられるように車を待機させた状態で実験が始まりました。
うららかに晴れた日曜日、術を施されたドラゴンさん代表のシカ角さんが、試してみます。
「あら、こんにちは」
「おねえちゃんこんにちはー!」
道行く小学生に声をかけてみたり。
「今日もいいお天気ですね」
「そうだねえ」
公園でひなたぼっこをしているお婆ちゃんと、世間話をしたり。
「らっしゃっせー」
コンビニに入って、三つあるプリンを買ってみたり。
どこに行っても、騒ぎになることはありませんでした。
「これならイケるわ!」
「やったよ~! お外に出られるよ~!」
「早速みんなにも術を施そうね! 自由を手に入れられるね!」
こうして彼女たちがちたまに来て数か月、ようやく外に出られるようになったのでした。
「まずは何をする?」
「やせないと」
「それね」
そして彼女たちがまずしたことは、ジョギングでした。
この数か月家の中で食っちゃ寝していたため、みなさんわりとおふと――。
切実な、問題だったのです。
◇
「おっふ」
「おにくが、おにくが」
「なぜか、へらないの……」
ここまでの話を聞いて、カナさんを始め女子エルフたちにダメージが入る。
ドラゴンさんたちはまず減量をして成功したのに、ここにおわしまするエルフ女子戦士たちは、負け続けているのだ。
自分たちとの差を見せつけられ、艦隊は一瞬にして壊滅である。
ちなみに減らない理由は食べ過ぎだからです。
「どりょくしたんだね! きもちわかる! きもちわかる!」
「たいへんなんだよね! ほんとたいへん!」
「チョコとまんない~」
「きょうはみのがすよ! みのがすよ! あしたかくにんするけどね!」
「あきゃ~い」
妖精さんたちはかろうじて成功組であるため、ドラゴンさんたちの減量話に超共感していた。
でもサクラちゃんがチョコをかじりはじめたので、説得力は弱い上に明日お肉をつままれる。
それはともかく、増幅石の話が出てきてまたもやびっくりだ。
「ユキちゃん、これってうちが卸したやつだよね?」
「ですね。あの当時、魔女さんと私たちの身内にしか販売しませんでしたから」
ユキちゃんに確認すると、裏付ける回答が得られた。
ちなみにこの会話でも「お稲荷さん系列で流出」が明らかなため正体がバレているのだが、キツネさんは気づかない。
でもうちの家族はみんな知っているので、問題はないよね!
「おい大志、まさかだけどさ」
「スルーしといて」
「わかった」
そしてついに高橋さんも察してしまった。でもスルーしてくれるそうなので、これまた問題は起きていないのである。
加茂井さんちのダメージは無いのだ。そうに違いない。
「大志、相手が何であれ応援するからな」
「応援?」
「気にすんな。なるようになるさ」
あと高橋さんがなんか応援するとか言っているが、何の事だろう?
まあ気にするなと言う事なので、そうしとこうか。
「ハナたちも、うみにいくときおせわになったです?」
「あらそうなの? 私たちも夏ごろなの。増幅石が手に入ったのは」
「べんりですよね~」
「そうなのよね~」
ごまかす術と聞いて、ハナちゃんぴこっとなった。うちの村の住人も、すっごい増幅石にお世話になっていからね。
その辺でも共感したのだろう。シカ角さんたちとキャッキャしている。
そしてこの増幅石がらみの話で、タイムラインが気になって来た。
ドラゴンさんたちはいつちたまに来たのか、確認しよう。
「みなさんがこちらに来た日付とか、わかります?」
「はい、あの方に聞いたところは――」
そして、シカ角さんが答えたその日付とは――ハナちゃんたちがやってきた、一月後くらいの事だと判明したのだった。
「そんなに早くに……」
「暖かくてよい時期に来られました」
つまり、灰化が起きた順番とはこうなのだ。
ドラゴンさんたちの星とエルフィンでほぼ同時に灰化が起き、次にフェアリンへ。
最後にドワーフィンで現象が発生し、ここにエルフィン惑星系での灰化クライシスが一巡した、となる。
まあ彼女たちの星が、あの衛星Xであると仮定した場合だけど。
「なんだか、救出難易度順に起きている気はするね」
「そうだな……ぶっちゃけて言えば、彼女たちの避難はほぼ成功していた」
「予定外の重量さえなければ、完遂出来てたよね」
「ああ」
これについて、親父と俺は同じようなことを考え始めている。
今二人で話した通り、当時の俺たちでなんとかなる順に、災害が起きている気がするのだ。
ドワーフィンでの事件は数千人という避難民が取り残されており、過去最高難易度だった。
あれが最初に起きていたら、どうしようもなかっただろう。
ただこれはそう思っただけであり、本当のところはわからない。
そしておひい様が見つかっていない以上、まだこの話は終わっていないのだ。
次は、そのお姫さまの捜索について聞いてみよう。活動が始まったわけだからね。
「それで、外に出られるようになったと言う事は、おひい様の捜索を開始したのですよね?」
「はい。ですが……どうにもぼやけていて、なんともならなかったのです」
さて、じゃあまた詳しい話を聞こう。
彼女たちが、おひい様の捜索でどれほど苦労しているのかを。