第三話 警備員さんの受難
ここはとある世界の、とある古墳。
ドラゴンさんたちが調査していた時の事です。
「こ、こら君たち! そそ、そこで何をしている!」
強力な懐中電灯で侵入者を照らしながら、もうすっごい震えた声で警棒を構える、警備員さんがおりました。
お年のほどは、五十代始めくらいかな?
職務を全うすべく、怖いながらも侵入者を確認しようとすっ飛んできたのです。
ここは宮内庁管理の古墳ですので、番小屋に警備員さんが居たのでした。
「キャー!」
「オバケー!」
「でたああああああ!」
これにはドラゴンさんたちもびっくり!
見たこともない恰好をした、自分たちとは違う野太い声でやってきた存在に大パニックです!
「女だと……。あり? なんだこの人たち、下半身が、へ、蛇……!」
そして警備員さんも、ライトで照らしたドラゴンさんたちの姿を見て――。
「――……」
ぱたりと倒れ、気絶してしまいました。まあそうですよね。
真っ暗な深夜、立ち入り禁止の古墳に……下半身が蛇の人が何人もいるわけです。
このホラーな展開に、普通の人ならオチるのも仕方がないというもの。
良い感じに彼女たちのネコのような目がライトに反射して、そりゃあもう怖さ倍増だったりもしますし。
「これ、なんなのかしら」
「人なのかな?」
「こんなの居るの?」
突如現れて気絶した、警備が出来ていない警備員さんですが、ドラゴンさんたちはこわごわと棒でつんつんしています。
初めて見た、ちたま人の男性ですからね。とりあえずその辺の枝でつついてみたくなるものですよ。
「……はっ!」
しかしつつきすぎたのか、警備員さんが目を覚ましてしまいました!
ドラゴンさんたちぴんち!
「こ、これは夢なのか……? そうに違いない。と言うかここで仕事しないと、またクビになってしまう……」
ドラゴンさんたちを恐怖の目で見つつ、何やら葛藤を始めた警備員さんですね。
職務を遂行しないと、色々大変なようです。
でも夢なら逃げても良いのでは?
「まあ夢だからといって、仕事だから逃げ出せない。マニュアルどおり通報しよう……」
生まれたての小鹿のように膝を震わせながら、警備員さん立ち上がりました!
必死に「これは夢だ」と自分に言い聞かせながら、お仕事をしようとしています。
夢だと思うなら逃げましょうよ。
「弱そうね」
「これなら取り押さえられそうよ」
「しばりつけて逃げちゃいましょうか」
その姿をみたドラゴンさんたち、これなら何とかなると確信を深めております。そして、じりじりと包囲網を縮めておりまして。
ぴんちなのは警備員さんのほうなのでした。多勢に無勢ですよこれ。
「いっせーのでかかるわよ」
「わかったよ」
「いっせーのだね」
ひそひそと話しながら、獲物を包囲するドラゴンさんたちです。
さようなら、警備員さん……。
「いっせーの!」
「「「わー!」」」
「ぎゃあああああ!」
哀れ警備員さんは、ドラゴンさんたちの餌食となってしまいました。
ただ捕縛されるときにグラマラスな彼女たちの「ぷるるん」があったので、結構幸せそうな顔もしたような……。
それはそれ、これはこれ、なのかな?
◇
翌朝になりました。今日はとってもいい天気ですね。
ちゅんちゅんと雀の鳴き声とともに、おはようございます!
「それで、警備員一名が行方不明と」
「はい。連絡が付きません」
大事になっていますよ、警察がすっごい来ています。
人が一人行方不明になっていますからね。そりゃあ当然です。
「争った形跡があるとのことですが」
「こちらです」
「確かに……それで、警備は一人で行っていたのですか?」
「最近肝試しかなにかで入り込もうとする若いのがおりまして、それを防ぐ目的でした。ですので人員は一名しか配置していなかったです。監視カメラも無いですからね」
「発覚は……朝の交代時間ですか」
「そうです。具体的な時間は不明となります。ただ深夜に、悲鳴を聞いたとは近所の方が言ってました」
そうしている間にも、着々と事情聴取は進んで行きます。
「こちらは、箸募古墳です。警備員男性が行方不明となり、警察が捜索を開始しました。現場には争った形跡があり――」
テレビ局も来ていますね。これ、ヤバいのでは……。
そしてこの事態を巻き起こしたドラゴンさんたちはというと――。
「もがー! もががー!」
「ヤバいよ~……凄いなんか集まってるよ~……」
「あの赤くピカピカひかってるのはなんだろうね! 凄い速さで動いてるね!」
「あの洞窟も消えてしまって、どこに逃げたら良いの……」
捕獲した警備員さんに猿轡を噛ませ、縄でぐるぐる巻きにして囲んでおりました。
今は古墳から見えるところにある、三輪山のふもとら辺にある雑木林に潜伏中です。
何名かが木に登り、大騒ぎになっている現場を見つめていたのでした。目が良いですね。
「というか、これどうしようかしら」
「もがー!」
「指南書に対処法があるか調べてみるわ」
状況がカオス過ぎてどうしようもないため、シカ角さんが巻物を調べ始めました。
それでなんとかなるのですかね?
「う~ん、『状況を説明して、助けてもらうのが一番』と書いてあるわ」
「そうなんだね」
「それで何とかなったら良いよ~」
ダメだと思いますが。
「とりあえず、やってみましょう」
そうしてシカ角さんが、こわがる警備員さんにとつとつと、今までの出来事を説明しました。
「そんなわけで、私たち困っているのです」
「ううう……辛かったんだねえ……」
あっさりと警備員さんがオチました。動物たちが帰って来なかった話のあたりで、もう号泣してましたね。
こういう話に弱いようです。チョロ――おっと、良い人みたいですねこの方は。
「とは言え、私はお金もないし力もない人間でして……。みなさんを助けたいとは思いますが、どうすればいいのか……」
ただ普通の人が異世界人を助けるのは、とても難しいのも事実です。
大志たちみたいに、それが生業みたいな存在は、ほぼおりません。
警備員さんは、悩んでしまいました。
そもそも大騒ぎになっているので、まずそれを収拾せねばなりません。
「とりあえずみなさんは、ここに居てください。出来たら、夜に迎えに来ます」
「……はい」
警備員さんは、まずお騒がせしている現場をなんとかするようです。
意を決した顔をしながら、山を下りて行きました。
このまま逃げられてしまうかもしれませんが、ドラゴンさんたちにはどうしようもありません。
じっと、彼を見送るしかないのでした。
そして、夜のこと。
「……何とかしました」
疲れ切った警備員さんが、普段着で山に現れました。
ずずんと沈んだ顔が、とても心配です。
「仕事をクビになってしまった……」
あ~……。
「な、何かご迷惑をおかけしてしまいましたか?」
「いえいえ、気にしないでください……」
人が良すぎますよ……。でも、騒ぎは見事に治まりました。警備員さんの、多大な犠牲を伴いましたが……。
「ひとまず、車を借りてきました。皆さん乗ってください」
「車ですか?」
「定員十名の車ですから、まあ全員乗れるかと」
「乗る?」
警備員さんの言っていることが判らないドラゴンさんたちですが、おとなしく後を着いていきます。
ふもとのほうに、大志が乗っているやつと同じのが停まっていました。
やっぱり輸送にはこれですよね。
「ささ、座席に座ってシートベルトをしてください」
「ええ……?」
始めて間近で見る自動車に、ドラゴンさんたち目が点です。
でもここでのんびりしていると、人に見つかってしまいますもので。
警備員さんに詰め込まれるようにして、みんな車に乗りました。
その後なんかわからない帯とかであれれ? となりながらも、なんとか準備完了です。
ではでは、車を走らせましょう!
「それでは、行きますよ」
その後、車内が大騒ぎになったのは言うまでもありません。
◇
「あや~、いきなりじどうしゃですか~」
「正直怖かったです」
「アレするかと思ったね! 自動車びっくりだったね!」
「まさか動くとは思わなかったよ~」
いきなり自動車に乗せられたという話を聞いて、ハナちゃんびっくりお目々だね。
俺もそこまで急展開はしなかった。というか、警備員さんとことんひどい目にあっている。
お仕事も失って、彼は悪くないのに踏んだり蹴ったりだ。心配で仕方がないよ。
「その警備員さんは、大丈夫なのですか?」
「今から思うと、申し訳ない事をしました。ですが、今は大丈夫ですよ。立派なお仕事をされております」
「さようで」
一リットルの紙パック焼酎をそのまま一気飲みしながら、シカ角さんが申し訳なさそうな顔をした。
今は大丈夫と言っているから、連絡を取り合っているのかな?
「現在でも連絡は取りあってますか?」
「はい。おとといお電話したときは、元気そうでした。お仕事も順調だそうです」
「それは良かった……」
どうやら警備員さんは、なんとかなったようだ。
いい人が報われないのは、聞いてて辛いからね。
「しかし、みなさん苦労されたのですね」
「それなりに大変ではありましたが、比較として暮らしは楽だったかもと思います。最初から、にっぽん文明にずぶっと浸かりましたから」
文明にずぶっと浸かった? 一体どんな暮らしをしていたのだろう。
「もうほんとずぶずぶですね。電気最高ですよ」
「確かに、電気は美味しいですね」
「まろやかです~」
「はい?」
シカ角さんが電気最高と言うと、ヤナさんとハナちゃんが即座に同意した。
しかし、おそらく二人の意図はドラゴンさんには伝わっていない。
エルフにとって電気はとことん食べ物だが、我々はそうではないのだ。
それは良いとして、車に乗った後どうしたのだろうか?
続きを聞いてみよう。
◇
ここはとある世界の、とある警備員さんのおうち。
「静かに入ってください。ここが私の自宅です」
車で走ってたどり着いた先は、静かな住宅街の一軒家でした。
灯りはついておらず、真っ暗です。
「これは、おうちですか?」
「ええ、家ですよ」
「ふしぎだね。見たこともない造りだね」
「二階建てとか、凄いよ~」
きょろきょろしながら、ドラゴンさんたちがおうちに入りました。
警備員さんは、周囲を見渡してから、玄関を閉めます。
「今から灯りを点けます。突然明るくなりますが、びっくりしないでください」
「はい」
あらかじめ断りを入れたうえで、電気のスイッチをオンしました。
途端に室内が明るくなり、リビングがお披露目です!
「……!」
「ほんとに、明るくなったよ~」
「これもふしぎだね。びっくりだね」
心構えが出来ていたせいか、みなさんは驚きつつも声を抑えていますね。
ここまでくる間に、さんざん車の中でキャーキャー騒ぎましたから。
もう耐性は付きつつあるみなさんなのでした。
「今は一人暮らしですので、ある程度家の中は自由に過ごせると思います」
「こんな広いおうちを、一人で所有しているのですか? もしや権力者では」
「……いえ、妻と二人の子供がおりますが、実家に帰しておりまして」
重いです。警備員さん重いですよ……。
「はは……前の勤め先で色々あって居られなくなりまして、今は家のローンを返すために一人で頑張っております。家族には迷惑をかけられないもので……」
「言っている内容は良くわかりませんが、大変なのはなんとなく伝わりました」
――重すぎます! でも警備員の仕事はもう、アレなんですよね。
このドラゴンさんたち、ヤバいほど迷惑かけてますよ。大変ですよこれ。
「キャー! なんか変な模様が映ったわ!」
「こっちはなんか、水が出てきた!」
「この箱、開けると冷たい風が出てくる!」
こっちで重い話をしている隙に、他の方々はおうちの家具とかで大騒ぎを始めました。
リモコンをいじったらテレビが点いて驚いたり、蛇口をひねってびっくりしたり、冷蔵庫を開けちゃ閉めしてキャッキャしてますね。
たくましい方々です。さすが精鋭部隊ですか。
「はは……仕事をまた探さないと……」
そして元警備員さんがどよよんとしております。家の中でドラゴンさんたちが騒いでいますが、それどころではないようで……。
なんとかしてあげたいとは思いますが、見守るしかないのがどうにもですね。
「……お仕事ですか」
「まあ、何とかします」
その話を聞いたシカ角さんは、ふむむと考え込みました。
大迷惑をかけている以上、どうにかしないといけません。
「よろしければ、占って差し上げましょうか?」
「占いですか?」
「はい。私たち、そういうの得意ですので」
シカ角さんを筆頭に、ここに居るドラゴンさんたちは、森でもトップクラスの巫女さんたちです。占いには自信があるのでした。
しかし警備員さんは現代文明に生きるちたま人であって、すっごい怪訝そうな顔です。
「では、準備しましょう。みなさん、占いしますよ」
「「「はーい」」」
「え?」
と言う事で、警備員さんの返答も聞かずに準備が始まりました。
どこかから道具がしゅぴっと出てきて、ひとんちのリビングに勝手に祭壇が構築されて行きます。
「何が始まるの……?」
「占いです」
きょとんとする警備員さんを置き去りにして、準備完了ですね。
けっこう神道っぽい祭壇が出来上がり、シカ角さんとひつじ角さん、そしてヤギ角ちゃんが配置につきました。
ほかの五人もまわりを囲み、背筋を伸ばしてレディ状態です。
「では、始めます。かしこみかしこみ~」
しゃんしゃんと儀式が始まり、水晶玉にゆらゆらと炎が浮かびます。
これ、おひい様探知用のとは別のやつですね。
占い専用のものみたいです。
「……なるほど」
やがて占いの結果が出たようで、シカ角さんがふむむという顔になりました。
「『あれが高く売れるので、それを資金にしたら?』だそうです」
そう言いながら、エメラルドグリーンの勾玉を取り出しました。ヒスイっぽいですね。
でも、職探しの占いではなかったのですか? 思いっきりオーダー無視ではないかと。
「と言うことで、これをなんとかすれば、よろしいかと」
「ええ……?」
話についていけない警備員さんですが、そそそと勾玉を渡されてしまいました。
「ま、まあ質屋さんか宝石商に行ってみます……」
「シチヤサン? でもなんとかできるのであれば、そうして頂ければと」
そんなわけで、翌日です。
仲良くリビングで雑魚寝したドラゴンさんたちですが、すっきりお目覚め。
その様子を見て大丈夫だと安心した警備員さんは、とりあえず車を返しがてら、町に向かったのでした。
ちなみに全員朝食抜きです。
「い、一千万円になりましたよ! あれ売っちゃって良かったんですか!?」
午後になって帰ってきた警備員さんは、めっちゃ驚いておりました。
どうやら、凄い額になったようです。
「そのイッセンマンエンは良くわかりませんが、何とかなるでしょうか?」
「もちろんです! しばらくはこれで持ちますよ!」
「良かったです」
なんだかんだで元警備員さんとドラゴンさんたちは、活動資金を得たのでした。
占い当たりましたね! 良かった良かった!
こうして、両者の不思議な不思議な奮闘が、始まったのでした。
「ちなみにですが、先ほどこの変なものから音が鳴りまして、持ち上げたら人の声が」
「はい?」
シカ角さんが指さしたのは、固定電話ですね。受話器が上げられて、電話機の横に置かれています。
「返事をしたら『なんで女の声がするの? まさか若い女を連れ込んでいるのかしら?』とか聞こえてブツっとなって、それから聞こえなくなりました」
「なんですと?」
元警備員さんが慌てて着信履歴を確認し、その表示をみて青ざめます。
「つ、妻からの電話……! あああああ、絶対誤解されたあああああ!」
「どうされました?」
「ヤバイ、ヤバイぞこれ……」
どうやら奥さんからのお電話に、シカ角さんがわけもわからず出てしまったようです。
元警備員さんが言うように、完璧に誤解されましたね。
とことん、ドラゴンさんに振り回されるお方なのでした。
めでたしめでたし?