第一話 たった一つの見落とし
催事に飛び入り参加した、ラミアっぽい見た目をした龍の女子三人からお話をしてもらった。
それによれば、彼女たちの暮らしていた森が灰化し、みんなでお引越しをすることになったと言う。
「やはり、そうなんですね」
「やはりと言うと、あの森がダメになるやつについて、何かご存じなのですか?」
思わずつぶやくと、シカ角さんが問いかけてきた。
ほかの二人も、くるりんとこちらに顔を向けて「その話詳しく」的な顔をしている。
今わかっていることについて、情報共有をしよう。
「えっとですね、こちらの方々も同じ目に遭いまして、うちの村まで避難してきたり連れてこられたりしたんです」
「たいへんだったですよ~」
「もうほんと、ダメかとおもったね! ダメかと!」
「ひどいめにあったさ~」
軽く説明すると、それぞれの種族を代表してかハナちゃんとサクラちゃん、リーダードワーフちゃんが心底えらい目にあった感を醸しながらアピールする。
「なるほど、同じようなことがほかの世界でも起きていたのですね」
そこまで聞いて、シカ角さんがふむふむ顔になった。
続けて、この現象が起きた場所は同じ世界だと言う共通点も伝えておこう。
「それでですね、この現象に襲われたところって、同じ世界の近くの星同士なんですよ」
「近くの星? ですか?」
「はい、調査の結果、このような関係になっています」
スマホで天体写真を見せながら、惑星エルフィンと衛星フェアリンやドワーフィンとの関係を地面に書く。
そして、今まで謎だったうえ調査をほっぽり出して忘れていた、あの赤い衛星Xの画像とその推測位置も書き加えた。
「私たちの予想では、この赤い星がみなさんの暮らしていた世界かと考えています」
「なるほど……。確かに私たちのところは、地面が赤いところが多かったです」
「鉄が沢山なんだよ~」
「塩も沢山だけど、おかげで森以外で作物を育てられる土地を探すのが大変だね! あるにはあるけどね!」
こちらの予想を伝えると、ドラゴンさんたちはそれぞれ土地の特徴を教えてくれた。
なるほど、鉄と塩の星なのか。
衛星Xが赤く見えるのは、酸化鉄が原因と推測出来るな。まだ断定は無理だけど。
「みんな、たんぼつくってたです?」
「ええ、主にお米を作って食べてたわ。雑穀とかもあったけど」
「たうえ、たいへんですよね~」
「そうなのそうなの、大変なのよね」
「ですです~」
そしてハナちゃんとシカ角さん、田植え話で盛り上がり始める。
ふふふ、来月当たり田植え準備始まるから、楽しみにしててねえ。
大変なお仕事、待ってるんだよお……。腰痛いらっしゃいなんだよお……。
それはさておき、色々気になる点もあるんだよな。
エルフィン惑星系では、稲作をしている種族はいなかった。というか大規模農業をしていない。
みんな狩猟採取が主なんだよな。ヤマトって言ってた話もあるしで、なんかちたまと関係ありそうなんだよこれ。
ちと聞いてみるか。
「ちなみにこれが私たちの栽培している米なのですが、そちらで育てていたものと違いがありますか?」
「ジャポニカ米ですよね。私たちもそうでしたよ」
お? なんだかすらすらと米の種類が出てきたぞ。
ちたまにっぽんの基礎情報が普通に通じる?
そりゃそうか、自動車免許取ってるくらいだ。一般常識と基礎教養はあるんだろうな。
じゃあそれ前提で話せるのか。やってみよう。
「インディカ米ではなかったと」
「もしかしてよその森はにはあるかもですが、私たちは作っていませんでした。インディカ米のような品種は、おそらく気温が足りず育たないかと」
「ホッカイドウだっけ? あんな寒いところでお米作ってるって聞いて、びっくりしたよ~」
「私たちじゃ無理だね! そんな品種持ってなかったね!」
お米の話で盛り上がるみなさんだけど、もう地理や気候とかも結構通じる感があるな。
この人たち、どれくらい前からちたまにっぽんに居たのだろうか。
その辺の話も聞いてみないと、良くわからないな。
「まあお米の話は置いといて、みなさんはどうやってこの世界に来られたのですか?」
「それがですね……」
シカ角さんが語り始めた、その内容とは――。
◇
ここはとある世界の、とある赤い星。
灰化した森を脱出すべく、ドラゴンさんたちが慌てておりました。
「第一班は準備出来たわね! それじゃあ移動を開始して! 十五日で到着するはずよ」
「第二班もそろそろ大丈夫そうだよ~。明後日には移動出来るよ~」
「こっちはちょっと遅れ気味だね! 手伝いに行ってくるね!」
全員の準備が整ってから移動すると大幅に遅延するため、ある程度の班に分けてお引越しのようです。
荷車に沢山の食料や家財道具を積んで、仕舞えるものは仕舞って大忙しですね。
準備に時間が掛かっているおうちは、後の班に回すなどの調整も大変です。
三人のドラゴンさんたちが中心になって、みんなが無事移動できるよう采配しているのでした。
「こっちはちょっと手が空いたから、おひい様のお手伝いをしてくるわね」
「あとから行くよ~」
「忙しいね! 大変だね!」
同時に、おひい様のお引越しもお手伝いですね。
大事な大事なトップの人ですから、しっかりやりましょう。
そうしてシカ角さんが、大きな建物に向かって行きました。
ちょっと見守ってみましょうか。
「おひい様、私もお手伝い致します」
「ありがとうございます。では、あちらの方々と相談してください」
「わかりました」
おひい様の暮らすおうちでは、十人位のお世話ドラゴンさんたちが、てんてこ舞いしておりました。
大事な巻物を仕舞ったり、分解できる家具はバラバラにして仕舞ったり。
荷車で運ぶものも選んだりで、大忙しですね。
「巻物おっも! これ全部持ってかなあかんの……」
「……おひい様、何かおっしゃいました?」
「いえ? 何でもございません」
あら? ……まあともかく、みんな大忙しです。
そうしてバタバタとしている間にも、次々とお引越しが行われていきました。
数日後のことです。
「それじゃあ、次は私が班を率いるね! お引越しするね!」
「行ってらっしゃい。途中は大雪だから、気を付けるのよ」
「がんばるんだよ~。暖かい恰好していくんだよ~」
ヤギ角の子が、班長となってお引越ししていきました。
そのまた次の日は、羊角さんも。
優秀な官僚である彼女たちもまた、班を率いなければならない立場なのです。
「本当は、おひい様と一緒に行きたかったのですが……」
「私は大丈夫ですよ。この方たちと向かいますので」
シカ角さんは、おひい様とも長い付き合いです。妹のようにかわいがっていた彼女を残して、移動する事に無念さを感じているみたい。
でも班を率いなければならない立場のため、どうしようもありません。
「私たちにお任せください。がんばればイケる予感が無きにしもあらず」
「たぶんなんとかなったら良いなって」
「何とかならなかったら、ごめんなさい」
「私たち、森の外に出るの初めてなもので」
「だ、大丈夫なのかしら?」
優秀なおひい様のお世話係も、みなさん気合みなぎって……だいぶ心配ですよこれ。
自信持っているの、おひい様だけじゃないですかね?
シカ角お姉さん、めっちゃ不安をあおられております。
お世話係さんたちのあまりの頼りなさに、シカ角お姉さんぷるぷる。
「大丈夫ですよ。いざと言う時の対処法も、こちらの巻物にありますから」
そんなシカ角さんを励ますために、ベールの向こうでおひい様が巻物をしゅっと取り出したようです。
じゃじゃーん! という効果音が鳴りそうなほど、自信満々なシルエットが見えました。
すっごいくねくねしていますよこれ。
「ま、まあ……その巻物、凄いですからね」
「ええ、だから安心してください」
どうやら、凄い巻物のようですね。シカ角さんも、納得の書物みたい。
おひい様とて、奥の手はあるからゆえの自信なのですね。
「これほんま凄いんやから」
「はい?」
「何でもございませんよ」
ベールの向こう側から、まかせときオーラが漂っております。
ともあれ、お付きの人もおひい様も、この森の頂点とその親衛隊です。
彼女たちの優秀さと巻物パワーで、乗り切れそうですね。
「では、私は明日移動を始めます。もし何かございましたら、この便利なやつでご連絡をお願い致します」
「はい。みなの事をよろしくお願いします。三日後くらいに出発しますので」
こうして、シカ角お姉さんも、班を率いてお引越ししていきました。
最後に残ったのは、おひい様の班だけ。
本当なら、いの一番に移動してもらいたかったようですが、なにせ荷物が多すぎます。
迷惑をかけるのを嫌ったおひい様は、自分のことは後回しにして、民を優先させたのでした。
――しかしこれが、おひい様がやらかした唯一の間違いだったのかも、しれません。
シカ角さんがお引越しに成功して、三日後の事です。
「おかしいわ……もう到着しても良いはずよ」
「連絡してみようよ~。これはまずいよ~」
「何かあったかもだね! 大変だね!」
無事お隣の森にお引越ししたみなさんですが、おひい様が予定を過ぎても到着しなかったのです。
「出発の連絡は予定通りだったのよね?」
「ちゃんと来たよ! 予定通りだったよ!」
「ミュミュ~」
現地では、ヤギ角ちゃんが連絡を受け取ったようです。ネコちゃん便で送られてきた手紙を広げて、見せていますね。
そこでは予定通りだったみたい。
「……すぐに確認しましょう。儀式をして、連絡を取るわ」
「準備するよ~!」
「巫女を集めるね! こっちの森にも協力してもらうね!」
慌てて何かを始めるみなさんですが、ワーワーと行動を始めました。
三時間くらいで準備が整い、儀式の始まり始まり!
「かしこみかしこみ~」
しゃんしゃんと水晶玉みたいなやつに祝詞を捧げ、なんか色々やっておりますね。
細かい手順があるようですが、神道っぽい感じかな?
『……はぃ……き……ました……』
あ、なんか聞こえてきました。でもすっごい聞き取り辛いです。
なんだか電波が遠いような、接続が悪いような……。
「お、おひい様! ご無事ですか!」
『げんき……ですよ……』
ただ聞き取り辛いものの、元気っぽいですね。
とぎれとぎれですが、状況がわかってきます。
「では、重量が原因で遅れているのですね?」
『はい……おもすぎて、ウマをやすませる……が……おおくて』
「今はどこにおられますか?」
『もりをでて……すこし……――』
「あ! 繋がらなくなっちゃったわ!」
しかし、とうとう通信が途切れてしまいました。
断片的な情報をまとめると、荷物重すぎでウマさんがお疲れみたいです。
休み休みしているうちに、どんどん遅れたっぽいですね。
森を出てちょっとしか進んでいない状況が、明らかとなってきました。
「……まずいわ、今一番寒さが厳しい時期だわ」
「そこで足踏みしていたら、大変なことになるよ~!」
「何とかしないとだね! 急がないとだね!」
なんとかお引越しした三人は、途中の冬がとんでもなく辛いことを経験しております。
そんなヤバい寒気が、今まさにあの森に迫っているのでした。
「こっちのおひい様に、協力をお願いしましょう」
「そうするよ~」
「それしかないね!」
巫女だけの力では、もうあの便利なやつでも通信が出来なくなってしまいました。
今頼れるのは、こちらの森のおひい様だけ。特別な力がある、森のトップにしか出来ないことがあります。
三人は、慌てて面会を取り付けました。
「……状況はわかりました。何とかしてみましょう」
「お願いします!」
こっちのおひい様は、とっても協力的でした。
ベールの向こう側で巻物を見ながら、渡された水晶玉みたいなのになにやらむにゃむにゃやっています。
やがて仕掛けが終わったのか、お付きの人に便利なやつを渡しました。
「……これで、ぼんやりとですが位置はわかるはずです」
「確かに、うちのおひい様がいらっしゃるらしき場所と、近い感じがします」
「……アレすると、反応が消えます。つまり反応がある間は、元気ですよ」
「ありがとうございます! 助かりました!」
「……お力になれて、光栄でございます」
どうやら、何かのおまじないをしてくれたようです。
水晶玉の中の、そのまたはしっこに、ぼんやり光る点が見えました。
これが中心くらいになれば、現在地な感じですね。
「……この時期に、その位置やと……時間的に厳しいかもわからんな……」
「? どうされました?」
「……何でもございません」
おひい様の現在地と状態を知ることができて浮かれたのか、シカ角さんはこっちのおひい様のつぶやきを聞き逃しました。
しかしたとえ聞こえていたとしても、結果は変わりません。
やるべきことは、ただ一つ。
「おひい様を迎えに行って、荷物の負担を減らすわ!」
「急いで準備するよ~。精鋭も連れて行くよ~」
「体力自慢を集めるね! 荷車も用意するね!」
おひい様を助けるべく、三人と精鋭部隊は、迎えに行くことにしたのでした。
「……こちらも、出来る限り支援します。防寒具や食料など、必要なものを言って頂ければ」
「何から何まで、助かります。このお礼は、いずれ必ず致しますので」
こちらのおひい様も、支援を惜しまないと約束してくれました。
「……必ず、生きてかえってくるんやで」
「はい?」
「いえいえ、がんばってください」
「はい!」
たとえそれが、もう手遅れだったとしても。