第十五話 鬼が出るか蛇がでるか
ここはとある世界の、とある祭り会場。
やらかしてしまいました。
ヤナさんの濃縮電きのこ酒をみんなにまざってこっそりのんで、ちょっとしびれていた隙に……防壁に穴が空いたようです。
でもあれ癖になるんですよね。刺激的な電気味が良いと言うか。
ただそのせいで、外部から何かを探知されちゃったみたい。
今からくるとか聞こえましたが、どうしましょう……。
まあ、大志たちがなんとかするはずです。
たぶんそう。
……細かいことは気にしないで、私は飲み放題を楽しみましょうかね。
こういうときは、飲んで忘れるのが一番らしいですから!
◇
この隠し村への侵入経路は、洞窟ともうひとつ、いつも入ってくる入り口だ。そのほかに経路は無い。
つまり警戒すべきは、その二つの入り口となる。
「俺は洞窟のほうを警戒する」
「大志、俺もだ」
「わかった」
親父と爺ちゃんは洞窟を警戒する担当を立候補した。
じゃあ入り口は俺と高橋さんだな。
「高橋さん、俺と行こう」
「ああ」
「みなさんの護衛は、私とお婆ちゃんがします」
高橋さんにバディを頼むと、快く引き受けてくれた。
ユキちゃんとお婆ちゃんは、遺跡で村人たちや観光客のみなさんを護衛してくれるようだ。
ここはひとつ、お任せしよう。
「では、加茂井家にこちらをお願いします」
「はい」
「こっちはまかせてねえ」
と言うわけで、警戒態勢発動だ。
無線機をもって、それぞれの担当地区に向かおう。
「タイシ、きをつけるですよ~」
「ケガしないように気を付けるね」
「あい~」
ハナちゃんもくねくねしながらも、心配そうに見上げてくれる。
ただなぜくねくね踊りをしながらなのかはわからない。
「ヤナさん、消防団の指揮と無線をお願いします」
「わかりました」
念のためヤナさん率いる消防団にも活動を依頼し、状況開始だ。
よし、それでは持ち場に就こう!
「では、状況開始」
「ああ」
「行くか」
「おう」
親父と爺ちゃんは洞窟に向かい、俺と高橋さんは入り口へと向かう。
全員無言で走り出すが、本気を出しているため相当早い。
数分で入り口に到達した。もう一方のチームも、今頃到着している頃だろう。
「よし、警戒態勢に入ろう」
「ああ」
俺と高橋さんは、近くの手頃な茂みに身を隠す。
無線で連絡もしておこう。
「こちらアルファ、警戒態勢に入った。近くの茂みに隠れている。どうぞ」
『こちらブラボー、了解した。こちらも同様に警戒態勢に入っている。どうぞ』
『こちらチャーリー、遺跡の周囲は問題なし。どうぞ』
「こちらアルファ、了解した。引き続き頼む。通信終了」
ブラボーは親父と爺ちゃん、チャーリーはヤナさんだ。
どちらも警戒態勢に入っており、あとは待機するしかない。
何も起こらなければ良いが……。
「……」
高橋さんと二人、息を潜めてじっと待つ。
「?」
そしてそんな俺たちを、近くにやってきたハクセキレイちゃんが不思議そうに見ている。
というかくちばしでつついて来た。ああいや、今仕事中なので。
「??」
「???」
よくわからないが他にも鳥が集まってきて、つんつんしてくる。
今仕事中なんですよ。好奇心旺盛なのは良いのだけど、ちょっと今はアレなもので……。
「……大志、この鳥どうする?」
「そっとしておこう」
高橋さんの頭にも鳥が停まっていて、俺たちの緊迫感をよそにのどかな光景である。
でも仕事しないと。
――そうして三十分が経過する。
「飽きてきた」
「早くない?」
これだけ時間が経っても、何も起こらない。今すぐ行くと言ったのはなんだったのか。
移動に時間が掛かっているのかな? それとも洞窟のほうから来る?
親父たちから通信はないので、こっちから確認してみよう。
「……こちらアルファ、状況変化なし。飽きてきた。どうぞ」
『こちらブラボー、同じく。どうぞ』
『こちらチャーリー、みんなは飲み会を始めてます。どうぞ』
親父たちのチームに変化はなく俺たちと同様飽きてきており、遺跡ではすでに警戒を放り投げて飲み会が始まったそうだ。
たった三十分で警戒班が瓦解し始めている。
「ZZZ」
と言うか高橋さんがお休みの国に旅立った。
俺も遺跡に帰って飲み会したいが、責任者なので出来ない。
しかし正直、自分も眠くなってきたわけで。
――さらに三十分後。
「こちらアルファ、何もなし。どうぞ」
『こちらブラボー、同じく。どうぞ』
『こちらチャーリー、エビフライとカレーが合うぞって盛り上がってます。どうぞ』
何も起こらず。
俺もすごく眠くなってきているし、無線から聞こえる親父の声も眠そうだ。
遺跡のほうでは、エビフライカレーで盛り上がっているらしい。確かにそれはかなり美味しい組み合わせだ。
そんな感じで、いい加減疲れてきたとき――何かの、音が聞こえた。
「……こちらアルファ、何かが接近中」
それだけ伝えて、また息を潜める。高橋さんは寝ているのでそもそも静かだ。
耳に聞こえる音は、どんどん近づいてくる。
何かを引きずるような、ずるずるという音が。いや、足音も混ざっている。
いったい何が接近しているのだろうか?
「こんな場所があったの!」
「不思議だよ~。わからなかったよ~」
「隠されてたね。すごい技術だね」
「でも轍がありますね、車が通った跡があります」
やがて声が聞こえてきたが、複数人いるらしい。女性の声っぽいのだが……。
そろそろ、姿が見えるころだ。ちらっと、草の間から確認しよう。
「ここは現在進行形で、『誰か』が管理している形跡があります。相当な力の持ち主かと思われますので、警戒してください」
「そうね、とんでもない術だわ。菓子折りを持ってこなかったのは、失敗だったかしら」
「やばいよ~、こわいよ~」
「でもくねくねの神様がいるんだよね。確かにここなんだよね」
肩から上しか見えないが、全員女性の様だ。四人いる。
しかもその中の一人は……魔女さんだった。先頭を歩きながら、後ろの三人を案内している。
しかし彼女がどうしてここに?
……この領域に入れると言う事は、悪い人でもないしそういう目的もないということだ。
考えてもわからんな。
よし! 姿を現して話を聞いてみよう。まずは明るく挨拶だな。
「はいみなさんこんにちは。なにかここにご用事ですか?」
「キャー!」
「でたー!」
「ぎゃあああああ!」
「オバケー!!!!!」
しゅたっと道に出て挨拶したら、全員腰を抜かす。いきなりすぎたか。
そんなことより魔女さん以外の方々の姿を見て、俺のほうがびっくりした!
この人たち――。
「た、大志さん!?」
びっくりして固まっていると、魔女さんが俺に気づいたようだ。
そうそう、ぼくはオバケじゃないよ。
「え? お知り合い?」
魔女さんの反応を見て、腰を抜かしているうちの一人が反応した。
俺と魔女さんの顔を交互に見ている。
説明しておこうか。
「私と彼女は、商売上の取引先という間柄です」
「そ、そうなんですよ。でもなんで、大志さんがここに……」
「私はここの管理者です」
「大志さんが、ここの……」
知り合いだという旨を伝えると、へたり込んだままの魔女さんが俺を指さす。
なぜここにという問いかけには答えたが、今度は俺のほうが聞きたい。
魔女さんはともかく、一緒に来た三人が問題だ。ちたま一般人ではない、そのお姿は……。
「ちなみにそのお姿……蛇さん的な感じですか?」
「お姿? ――あ! 術が効いてない!」
「ほんとだよ~! バレちゃってるよ~!」
「跳ね返されるね! 強すぎだね!」
「え? お姿って何ですか?」
姿について尋ねると、三人はきょろきょろしてすごく慌て始めた。
なお魔女さんは虚ろな目になったので、完璧に洗脳されておるわ。気づいていない。
「見られちゃったわ!」
「どうするんだよ~! ごまかせないよ~!」
「いっそのこと開き直るのがいいよ! どうしようもないよ!」
三人は正体がバレたことにうろたえているが、俺もオロオロだ。
なにせそのお姿は――下半身が蛇っぽい。そして側頭部には、それぞれ特徴的な角がある。
ラミアさんのような、そうではないような……ともかく、ちたま一般人ではない。
上半身の服装はごく普通で、ブラウスとかワイシャツとかだ。あと三人ともリュックサックを背負っている。
下半身は長いスカートをまとっているけど、まあズボンは履けないよね。
わりと上下のコーディーネートに気を配っているようで、なかなかのファッションセンスだな。
あとみなさんグラマーで、三人とも肌はやや褐色な感じだ。顔立ちはエスニックな雰囲気がある。
それはともかく、詳しいことを聞かないとよくわからん。
「あの……」
「ひいいいい!」
「食べられちゃうよ~! 美味しくないよ~!」
「食べるのは好きだよ! でも食べられるのはごめんだよ!」
声をかけると、三人とも抱き合ってめっちゃ怖がっておられる。いや、食べませんから。
それより、姿を隠してというか偽っていたようだ。
俺には効果が無い、というか領域内では偽装が解除されるので、正体モロバレで恐慌状態みたいだが。
「おい大志、なんか騒がしい……なにこれ?」
と思っていたら、高橋さんが騒ぎを聞きつけて出てきた。
「!!!! ――……」
「――……」
「……」
「あわわ――……」
そして高橋さんのキバとかあって強そうなお姿を見て――全員気絶。
どうすんのこれ。人畜無害だってゴリ押しする前にシャットダウンしてもうたよ。
「なんだこれ?」
「とりあえず運ぼう」
「そうすっか」
なんだか良くわからないけど、このままにしておけない。
とりあえず、集会場に運んで様子を見よう。
「こちらアルファ、訪問者四名と接触した。一名は知り合いで、あの魔女さんだ。どうぞ」
『こちらブラボー、これからどうする。どうぞ』
「こちらアルファ、ひとまず集会場で話を聞く。そちらは遺跡で待機していてほしい。どうぞ」
警戒態勢はひとまず解除し、訪問者のみなさんとの対処は俺が担当することにした。
『え? 魔女さんが来ているのですか!?』
「そうだけど、ひとまずユキちゃんは待機していてほしい。話を聞いてから判断したい」
『わ、わかりました』
ユキちゃんも魔女さんがいると聞いてびっくりしているが、まあひとまず待機だね。
念のため、話を聞いてから会わせるか決めたい。
あと高橋さんも遺跡にて待機だ。見た目怖いからね。
ようするに俺一人でお話聞きますよ作戦となる。
なおラミアさんぽい方々はそれなりに長いので、大変に運ぶのが面倒であった。
◇
集会場に運び込んだのち、しばらくして四人は目を覚ます。
まあその時も色々ゴタゴタしたが、何とかお話が出来る状態にはなった。
魔女さんの知り合いってのが効いた感じだ。
「一時間ほど前、念話を送ってきたのは……みなさんですよね?」
「はい」
問いかけにまず返事をしたのは、肩甲骨くらいまである黒髪ストレートで、側頭部に小さな鹿のような角のある人だ。
不安そうに、蛇っぽいしっぽの先をくねくねさせている。蛇っぽい部分は赤いウロコに緑の縞模様が入っているな。
一番年長っぽくて、二十代前半、大学生以上って感じだ。
「そうなんだよ~! やっとこ見つけたんだよ~」
次に答えたのは、おっとりした感じの方だ。肩まである黒髪はくせっ毛でくるくるしており、側頭部の角は羊さんぽい。
ウロコの色は青と黄色でアオダイショウっぽい模様をしている。
お年のほどは、高校生くらいって感じだね。
「くねくねの神様だね! 探してたんだね!」
最後に答えた子は、茶髪ショートのヤギさん角な元気の子か。
ウロコは赤と青のまだら模様で、中学生くらいの年齢に見える。
こんな感じで、俺の問いかけにそれぞれ答えたラミアっぽいみなさんだけど、まだ若干こわごわとしていた。
だがこわがりながらもお茶はすびびと飲むし、お茶菓子もバリボリ食べるしで、ある種の逞しさが窺える。
「私はその……触媒の効果試験を手伝ってまして」
「触媒ですか?」
「はい。感応石を用いたものでして……」
魔女さんもおずおずと答えたが、その話を聞いてピンとくる。
確か彼女は、エステサロンで技術指導のバイトをしていたはずだ。
そしてそれは、感応石を用いた何かのためという話であった。
と、言う事はだ。
「もしかして、エステサロンの関係者ですか?」
「はい。この先生方は、エステサロンのみなさんです。凄腕ですよ!」
あっ、魔女さんの目が虚ろになった。洗脳すごい。
「実はあの鉱石、供給元は私でして」
「そうなんですか」
「世間はせまいね。知り合いの知り合いだね」
洗脳されている人はさておき、ラミアっぽい人たちに自分も関係者だと伝えると、なんだか脱力しておられる。
ちなみにそのうち一名は、お茶菓子を食べるのに忙しくてこちらの話を聞いていない。
「ともあれ、なぜここに来られたのですか? 見つけたとおっしゃってましたが」
「そうそうそれ! それなんですが……」
もう一名もお茶菓子の攻略に入ってしまったので、残ったシカ角お姉さんとお話だ。
この人がまとめ役っぽいので、お任せされている感がある。
つまり丸投げだね。
「私たち、人探しのためにこれをつかってまして」
おもむろにリュックから何かを取り出したが、水晶玉っぽいね。
「水晶玉っぽいですね」
「これは私たち巫女に伝わる便利なやつでして、色々ありますがまあ便利なんです」
「さようで」
ふわっとしすぎてよくわからんが、まあ便利なブツらしい。
というかこの人たち、巫女さんなんだな。まあ魔女さんを洗脳できるくらいだから、すごい実力ありそうだ。
「それで、この便利なやつを使って人を探していると」
「はい。おひいさまなのですが……合流できなくて」
「待ち合わせとかをしていたのですか?」
「この便利なやつをつかって、安全な場所で落ち合う予定だったのですけど……会えなくて」
「そうなんですか」
「はい」
どうやら彼女たちにとってのお姫様がいるようだけど、合流が出来なかったらしい。
その人を探すために、この便利なやつを使うと。
「こっちに来てからずっと探していますが、ぼんやりとしか反応がなく……」
「長野で落ち合う予定だったのですか?」
「いえ? ただ淡い反応からすると、このナーガノって所におられるようで」
「長野にですか?」
「おおまかにですが、この辺かと。ですので、もうずっと探していたんです」
そのお姫様を探すために便利なやつをつかっていて、どうも長野に居るっぽいのか。
ただ反応がぼんやりすぎて大まかにしかわからず、ずっと探し続けているようだ。
「感応石を求めたのは、もしかして感度を上げればあるいはって所ですか」
「そうです。この触媒本当にすごくて、これならイケるんじゃないかって」
そう言いながら水晶玉をのてっぺんを指さしたけど、よく見るとうちが売った感応石がくっつけてあるね。
なるほど、探知かなんかで使っている便利な奴を、触媒で強化したってところか。
実際そのおかげで、うちの結界内にあるなにかを探知したっぽいし。
しかも、念話まで届ける強力さだ。
……んでも、これくらいであの結界を突破できるのかな? そんなに弱くはないはずだが。
まあ現実として突破されたのだから、あとで結界は見直すとしよう。
「それで、見つかったのですか?」
「ええ! もうあのくねくねの神懸かった踊り、おひいさまくらいしかできませんから!」
見つかったの? と問いかけると、ラミアっぽいお姉さんが、ガババっとちゃぶ台に前のめりになった。
でもあれ、ハナちゃんがくねくね踊ってたやつに対してっぽいんだよな。
そういう知り合いがいたとも聞いていないし、人違いなのでは?
「その、大志さんがここの管理者なのですよね?」
「そうですね」
「おひいさまのところへ、案内していただくことはお願い出来ませんか?」
「う~ん、どうしたものか……」
彼女たちの目的はわかったが、ハナちゃんと会わせて良いものだろうか。
とはいえ自力でこの村に入れたので、隠し村で自由に過ごす資格はあると言える。
ならまあ、良いのかな?
「……とりあえず、今お祭りの最中でして。そこに案内することは可能ですよ」
「お祭りって聞こえたよ~」
「楽しそうだね!」
お祭りしてると言ったら、残りの二人がすっごい食いついてきた。
そういうところは聞いているらしい。
「是非とも案内してください! お願いします!」
「お祭りみたいよ~! おひいさまもそこにいるらしいよ~!」
「縁日たのしみだね! おひいさまともようやくあえるね!」
「ああいや、まだそのおひいさまだとは確定していないもので……」
ともあれ彼女たちはお客さんとして扱おう。
もちろん魔女さんもだ。全員自力でここに来れたのだから。
「こちらアルファ、話はまとまった。訪問者をそちらに案内する。どうぞ」
『こちらブラボー、了解した。どうぞ』
『こちらチャーリー、了解しました。どうぞ』
「こちらアルファ、今から向かう。通信終了」
ひとまず遺跡側に無線連絡したので、これから向かおう。
さてさて、鬼が出るか蛇がでるか……て、蛇さんがやってきたんだったな。
まだこのラミアっぽい人たちのことはわからない事だらけだが、まずは行動しよう。
見守る人お仕事サボり中