第一話 丸投げします
音も無く森を歩く一人のエルフ。その手には短弓が携えられていた。
彼は突然立ち止まったかと思うと、目を瞑って周囲に耳を凝らし始める。
……聞こえるのは風で森がざわめく音だけだが、彼はそれ以外の音を見つけたのだろうか。
探るように耳と頭を動かし音の発生源を探っていた彼だが、程なくして弓を構え矢をつがえた。
その矢が狙う先は――真上。
そこには鬱蒼とした木々の間からわずかな木漏れ日が見える以外、何もない。
そんな場所に狙いを定めた彼は、目を瞑ったまましばし静止する。一秒……二秒……三秒……。
瞬間――カンッ! と弓音が鳴り響き、矢がものすごい勢いで飛んでいった。
ヒュッと空を切って舞い上がっていく矢。空に上がって行ったそれは木漏れ日の中に吸い込まれて見えなくなり、ビイィィンという弦の振動音だけが余韻として残る。
それから間もなくして、木々の葉に当たりガサガサと音を立てながら――矢が刺さった何かが落下して来た。
ドサっと地面に落ちたそれは……中型位の大きさをした、鳥だった。一撃で仕留められている。
――これがエルフの狩りなのか!
空を飛ぶ鳥を、木々の葉の間に矢を通して見事に仕留める。
俺は初めて見る弓での狩りと、その腕前に感心したのだった。
◇
あの宴から数日。俺は自宅でエルフ達の生活を安定させるための、次の計画を練っていた。
野菜栽培はエルフ達の特殊能力で目途が付きそう、という段階になった。特にハナちゃんの量産能力が際立っている。
既に試験として、ナスやネギなどの新たな野菜の種も渡してあるので、ハナちゃんがその気になれば一気に各種の野菜が供給できてしまう段階になっている。
このまま一気に穀物栽培、としても良いけど、実の所安いので買って来れば良い物でもある。
これ以上ハナちゃんに負担もかけたくないし、穀物は別に急がないことにした。
時期が来たら普通に撒けばいい。のんびりやろう。
となれば、残るはお金の問題でできなかった食肉の調達、つまり狩りをする番となる。
――そこまで考えて気づいた。あれ? 今猟期じゃないから猟銃持ち出すの難しいな……。
今年の銃検はもう済んでいるけど、来年の銃検のときに使用実績報告がある。そのとき猟期外に使った説明が出来ない……よって、銃は使えない。銃に関しては不正は厳禁だ。
そうすると残されたのはわな猟だけど……。
わな猟は狩猟禁止鳥獣がかかる可能性もあるし、何より人の入るところに罠とか仕掛けたくない。これはエルフ達も同様で、わな猟は禁止する方針にしよう。
……とすると、俺が出来るのは狩猟が許可されているものを教える事と、狩場に案内するくらいしかできない。
俺は銃か罠が無いと狩りなんてできないので、実際狩りをするときは……俺は役立たずだな。どうしよう……。
よし。エルフ達に丸投げしよう! これで問題解決!
そうと決まれば早速実行しよう。俺はネットで拾った狩猟対象動物の写真をプリントアウトした。
車に写真やら各種の道具、結局衝動買いしたバーベキューセットと炭も積んでいく。
狩りをするんだから、上手くいけば焼肉ができる。タレもリッター単位で買っていこう。
ついでに親父も誘った。焼肉をするなら、人数は多い方が良いよね。
こうして、途中で物資を調達しながら村に向かって車を走らせた。
村に到着すると、さっそく狩りに自信のあるエルフ達を集め、講習を開始する。
「では皆さん、狩りの講習を始めたいと思います」
「とうとうきた」
「まってた!」
「おにく~」
マッチョさんやマイスター、ヤナさんのほかに、数名の狩り自慢も参加となった。なんと女性も一名居る。
ようやくのお肉が食べられるとあって、皆気合十分、既に狩りの装備を身に着けての参加だ。
……でも、今からそんなに装備を固める必要はないんだけど……。写真見せるだけなので。
あまりに気合が入って居るエルフ達に気圧されつつ、説明を始める。
「とりあえず狩ってよいのはこの動物のみです」
「これとおなじようなやつ、あっちのもりでもいたな」
「こいつ、つよそう」
「このとり、うまそう」
「おにく~」
シカやイノシシは、似たようなのが居たらしい。話が早くて良いな。何名かはもう食べる事しか考えていないみたいだけど……。
……まあ、説明を続けよう。
「本当はダメなのですが……。皆さんの道具は弓矢のようですので、特別に許可します」
「ゆみがだめっていわれたら、なんもできなくなっちゃう」
「わなはつかってもいいの?」
女子エルフさんがしゅぴっと手を挙げて、罠の使用を聞いてきた。当初の方針どおり、罠は禁止の旨を伝えよう。
「罠はちょっと。特定の動物を狙うのも難しいですし、人も危ないのでやめときましょう」
「おにくがぁ~」
罠がだめと聞いて、絶望したような顔になる女子エルフさん。この人は罠専門だったのか。ピカピカの立派な弓を持っているから、弓に自信があるのかと思っていた。
……もしや、全然使っていないからピカピカなの?
まあ、獲物は村の皆で分けるから、そんなに絶望しなくてもいいですよ。
「あとは狩場を教えますので、そこで狩りましょう」
「おねがいします」
「がんばんべ」
「おにくがまってるの~」
エルフ達を案内して、狩場まで向かった。山のちょっと奥、人が余り入らない場所まで歩いていく。
道中、ヤナさんが俺の持つ装備を見て質問してきた。
「タイシさんは、そのどうぐでかりをするんですか?」
「いえ、私は狩りをしませんよ。これは捌く為の刃物です」
「……えっ?」
ヤナさんが驚いた顔でこちらを見る。他のエルフ達も、意外そうな顔で聞いてきた。
「かり、しないの?」
「またなんで」
「おにくがぁ~」
また女子エルフさんが絶望したような顔で嘆く。いや、俺は狩りしないけど、まだ獲物が取れないと決まったわけじゃないですよ?
とりあえず狩りが出来ない理由は、説明しておこう。
「私の狩猟道具は、規則があって簡単には使えないんですよね」
「そうなのですか」
「きびしいきそくだな~」
「きせいされるどうぐとか、すごそう~」
道具が使えないと聞いて、様々な反応を返すエルフ達。
まあ道具があっても、害獣駆除のために嫌々狩猟をやっている俺では、結局役には立たないと思う。
ここはひとつ、ぶっちゃけてしまおう。
「ぶっちゃけていうと、私は狩りでは役立たずです。なので皆さんに丸投げしちゃいます」
「ぶっちゃけちゃった」
「え、まるなげ?」
「それ、うれしいような、せきにんじゅうだいなような……」
丸投げすると聞いて、あっけにとられるエルフ達。うん、本当俺では役に立たないから、皆で頑張ってほしい。
何とかなるさ。なると良いな。なるに違いない(断定)。
そうこうしているうちに狩場に到着し、エルフ達と狩りを始めることになった。でも俺は見てるだけ。
「では皆さん、頑張ってください。私は見てるだけにします」
「わかりました」
「がんばんべ~」
「みられてると、きんちょうする~」
なんだかんだ言いながらも、生き生きとしているエルフ達。やっぱり狩猟採集が好きなんだろうな。
俺はいそいそと歩き出したエルフ達の後についていった。
……そして狩猟の結果というと、非常に上手く行った。
エルフ達の弓の腕は素晴らしいものがあり、危険なことも無く獲物を仕留めて行った。
なかでも一番すごかったのが、飛ぶ鳥を弓で落としたことだ。しかも視界に入っていない鳥を。あれは凄かった。
目の前にいたキジを狙わず、この鳥美味しいよと教えたカモをあえて狙ったと言っていた。
しかし、羽音だけでカモだとわかるとは、凄い聴力だな。伊達に長い耳しているわけじゃないってことか。
記憶力も凄い。数回羽音を聞いただけでもう覚えている。これもお肉への渇望がなせる業なのかもしれない。
ちなみに、マイスターとヤナさんは成果ゼロだった……。調子が悪いのか聞いてみたらこんな回答が。
「わたし、かりはへたくそでして……」
「おれもどへたくそ」
なんで狩りに自信がある人って招集した時に参加したの? とは聞かなかった。男には、時に見栄を張りたいときもある。たとえそれが無茶だとしても。
二人の弓や装備がピカピカの新品同様な時点で、察することが出来なかった俺が悪いんだ……。
そんなこともあったが、とりあえず食肉の確保は出来た。もう十分なので、今日の狩りはこれでおしまい。
捌くのは慣れているという話だったので道具を渡して任せてみたけど、これも鮮やかな手際だった。
あっちに居た動物と似ているとのことだったので、手順も大して違わなかったようだ。
これでもう、狩りに関してはエルフ達に全部任せて大丈夫だと判断した。さすがは狩猟民族と言ったところか。
……というより、俺の出る幕が無かった。
まあ、これで肉類の問題はひとまずなんとかなる。だんだんと村の食事が良くなっていくのは、関わった者としても嬉しい限りだ。
この調子で、一歩ずつやって行こう。
「おにくたくさん~」
「きょうのゆうしょく、ごうかになるぞ~」
「いまからたのしみだわ~」
狩りに参加したエルフ達も、成果を前にしてウキウキしている。ようやくのお肉なので、今日の夕食が楽しみで仕方ないみたいだ。
ここはひとつ、景気づけも兼ねてパーっとやっちゃおう。せっかくだから神様にもお供えして、賑やかにやりたい。
そうなると、ハナちゃんに野菜をお願いしなきゃいけないな。
またあの可愛らしいにょきにょき儀式がみられることを楽しみに、エルフ達と村へ帰った。